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京都学習協 2011年賀状


2011/1/31


■@GAKUTOMO NO.233

 保育士をしている運営委員の仲間が、違う保育園の保育士さんに138期労働学校の紹介をしてきた報告を聞きました。その中で、働き方、保育の内容などの話になったらしいのですが、あまりにも自分の職場との違いに驚いていました。

 聞いていて特に印象的だったのは、子どもの送り迎えに、保育園がタクシー会社と契約をし、朝、家から一人タクシーにのって子どもが保育園に来るとのこと。そしてさらに、子どもの保育園での様子を週に2回メールで写真にとって保護者に一斉送信するといったことも。しかも、保護者への連絡事項もメールで一斉送信するとのこと…。
 
 保育のことについてぜんぜん詳しいことはわかっていませんが、この話を聞いていて“おかしい!”とは率直に思いました。
 
 私たち運営委員は、受講生の仲間たちとの話をするのは、会って話をすることを重視しています。どうしても会えない場合は、電話。それも無理な場合は、メール…でもメールでの対話は限界を感じます。

 人と人との関係を大切にしたい。それが、人間らしく生きる上での大切にすべきことの一つだと思います。対話をする時、相手の表情、話す口調、いろんなことから、言葉以上に伝わってくることもあります。当然、こちらの思いも相手に伝わっているでしょう。
 
 保育園でのタクシーや、メールの良し悪しはわかりませんが、それが効率一辺倒からなら、“人”が関わる保育ではそうしたものはおかしいと思います。それは、医療や介護などでもいえるのだはないかと思うのですが…。

 “人間らしく生きる”ことを追求する労働学校では、やっぱり会って話すことを重視していきたいと思います。(吉)11/1/30

◎黙って下向いてメールで連絡をとっている運営委員がいます。労働者の状態を五感でとらえることはできません。にも関わらず、主要な側面は、相手にあります。おかしい。こんなんで人生を託せる話はすすまない。■@GAKUTOMO NO.232を見よ。(む)


2011/1/29


■@GAKUTOMO NO.232
今月から新たに担当することになった職場へ行きました。初めての職場、初めての人・・・緊張します。ドキドキしながら電話をして会いに。ドキドキしながら対話してきました。きっと相手の方もそうなのでしょうが・・・。

ある医療職場は、数年前にも少しの間だけ担当していたことがありましたが、今回また担当することになりました。以前の印象から言うと、私自身の初々しさ(!?)もあり、一方的な話しかできてなかったのだろうと思います。今回は違います。この間、“看護観”を学び、医療職場のリアルな悩みも聞いて実感し、打開したいという思いを私自身持ちました。そして先日話をしに行き、(やっぱりこの病院にも“看護の危機”がありました!)思いを共有できてるんじゃない!?と手応えを感じました。

また、私には未知の職場・・・郵便局です。どういう問題意識を持ってるんだろうか・・・と思いつつ行きました。2カ所担当することになりましたが、それぞれで「自分も保育運動をしてきた」と話してくれました。一人は左保連(左京区の保護者の運動団体)でやってきたと、もう一人は保育園を作る運動をしてきたと話してくれました。初めて会った方々ですが、もうそれだけでグッと近づいた気がしてます(甘いですか!?)。いや、でも私が保育士だということから、そういう話をしてくれたということ自体に温かさを感じました。

色々な職場で対話ができることは、多くの仲間達の経験から学ぶことが出来るチャンスであり、それだけで面白い。学ばせてもらいつつ、学習運動をどう押し出し、どう進めていくか・・・それは、それぞれの職場の運動を、労働組合の力を、どう強めていくかという問題意識と重なっていくし、重ねていかなければ前進しないのだと思います。どんなに困難に見えても、その困難の中にこそ、打開する力はある・・・!

まずは聞き、学び、働きかけ、また学び、一歩でも二歩でも変化を作りだしていきたいと、改めて思いました。(蓮)2011/01/28


2011/1/28


■@GAKUTOMO NO.231
ある職場の掲示板に貼られた組合新聞。カラー写真で飾られたきれいなものでした。「どんな活動をされてるのかな。参考にしよう。」と覗いてみると・・・驚きました。

それは第二組合の新聞で、明らかに労働者側に立つ方の組合をつぶそうとした内容。そこにいる(労働者側の)組合員さんの写真も載せられ「悪事を働く○○労の組合員」と書かれています。「これはどういうことですか??」と聞くと「会社の都合で(仕事がなく)数人の労働者が自宅待機になり、結局その中の数人が解雇通告を受けたけど、その解雇される予定の労働者のなかに第二組合の労働者がいたんや。それで逆恨みしてこっちの組合員に嫌がらせしてる。」とのこと。

敵を間違えてる・・・というより意図的にそう思わされているんだろうと思いました。組合が2つも3つもある職場は知っていましたが、これだけあからさまに労働者同士を分断させるものなのか・・・とびっくり。資本の側が意図的につくり、団結させないための手段として使っていく。まさにその結果がこの新聞の中身なのでしょう。

しかし、いまの資本の矛盾のなかで、労働者をあまりにも劣悪な環境で働かせる状況は、そういう複数ある組合も団結させる事態が起こってきている。実際に資本が自身の墓掘り人になっている状況も生まれつつあることをこれまでの学習で学びました。学習協の「労働組合を強めるための集中セミナー」にも労組の違いを超えて学ぼうという労働者が集まっています。私たち労働者自身がそのことに気づき、数の力に確信を持って資本の側の意図的な分断をいまこそ乗り越えるときだろうと思います。(麦)11/1/27

◎「労働者のもつ唯一の社会的な力は、その人数である。しかし、人数の力は不団結によって挫かれる。労働者の不団結は、労働者自身のあいだの避けられない競争によって生みだされ、長く維持される。」マルクス『労働組合。その過去、現在、未来』──職場に出かける、そこで何を起こっているのか! 労働者の状態を五感でとらえてゆく。労働者オルグの原則的態度です。(む)


2011/1/27


■@GAKUTOMO NO.230
うちの保育園は、朝の7時半から夜の7時半まで開園しています。毎朝7時半頃に登園してきて、6時〜7時までいる子もいます。5時に帰る子も、毎日祖父母がお迎えに来ることになっている家庭も少なくありません。お母さんお父さんの就労状況を反映しています。労働者夫婦の子ども達。

朝が早いので、朝ご飯を家で食べられずに口にほおばりながら登園したり、「これ、食べさせてください」と持ってきて預ける家庭も時々あります。「食べてません」とだけ伝えて行かれる時もあります。そういう時は、園で簡単な食事を出して保障しています。

先日、ごっこあそびをしている時にも、家庭の食事状況が見えることがありました。年長クラスの子どもが「はい、オムライス買ってきたよ〜」というので、「オムライスは作ってほしいな〜」というと、「だってタマゴがないんやもん!」「じゃあ、オムライス買ってくるよりタマゴ買ってきてよ・・・笑」なんていうやりとりをしました。おかしくて笑ってしまいましたが、担任に伝えると、毎日ノートに書いてある食事内容は、外食が多く、コンビニ弁当も多いとのこと。あぁ・・・。表面だけでは子どもは理解できないのだ。繰り返されると傷つけることになるのではないか。

アメリカの話ですが、家庭の経済状況の目印は、以前は服装だったけど、いまは食卓に並ぶ食事に変わったといいます。「地産地消」が流行っているが、地元の新鮮な有機食材は値が張る。満足に食事をとれない子どもたちの多くの家族が、主に所得の事情から、カロリーは高いが栄養価は低い「ジャンクフード」に頼るということが書かれていました(10/12/10「しんぶん赤旗」潮流)

経済的な貧困に加えて、生活の質の貧困とでもいうか・・・いろいろな意味で貧困な状態に置かれているのだ、と思いました。貧困を生みだす社会の構造を学ぶことで目の前の、朝ごはんを食べて来ない子、ファーストフードばかり食べている子や親への視点が変わります。(蓮)2011/01/26

◎労働者の食事……(む)

 衣服についていえることは食物についてもいえる。

労働者は有産階級にとってはあまりにもひどいものを手にいれる。イギリスの大都市では、どんなものでも最上のものが手にはいるが、それには高いお金がかかる。労働者はわずかな金で家計を維持していかなければならないので、そんなに多くを支出することはできない。

そのうえ彼はたいてい土曜日の夕方になってやっとその賃金の支払いをうける──金曜日に支払うこともはじまっているが、このたいへんよい制度はまだなかなか一般化していない──そこで彼は土曜日の夕方、四時か五時か、七時ごろになって市場へやってくるが、そこではすでに午前中に中流階級がいちばんよい品をえらびだしてしまっている。

朝のうちは市場にはいちばんよい品があふれているが、労働者がくるころにはそれはなくなっているし、もしなくなっていないにしても、彼らはおそらくそれを買うことはできないであろう。

労働者が買うジャガイモはたいてい品質が悪く、野菜はしなびており、チーズは古くて質が悪く、ベーコンは臭く、肉は脂肪が少なく、古く、固く、年をとった、しばしば病気か死んだ動物の肉で──すでに半分腐っていることもしばしばある。

売り手はたいてい小さな呼び売りの商人で、粗悪な品物を買いあつめ、物が悪いからこそ安く売ることができるのである。

もっとも貧しい労働者は、もっとも品質の悪い商品を買うさいにも、わずかのお金をやりくりするために、もう一つ、別の手だてを用いなければならない。

すなわち、土曜日の夜ので一二時にはすべての店を閉めなければならず、日曜日にはなにも売ってはいけないので、月曜の朝までに腐ってしまうものは、一〇時から一二時のあいだに投げ売りをするのである。しかし一〇時になってもまだ残っているものは、その九割は日曜の朝にはもう食べられない。そしてまさにこういう品物がもっとも貧しい階級の人びとの日曜の食事となるのである。

労働者の手にはいる肉は食べられないことがよくある──しかし、いったん買ったからには食べなければならない。

──略──

 個々の労働者の日常の食事そのものは、当然のことながら賃金に応じてさまざまである。

比較的賃金の高い労働者、とくに家族全員がいくらか稼ぐことのできる工場労働者は、そういう状態がつづくかぎり、よい食事をとっており、毎日肉を食べ、夕食にはベーコンとチーズを食べる。

もっと稼ぎの少ない労働者は日曜日だけ、あるいは週に二、三回肉を食べ、その代わりにジャガイモとパンをたくさん食べる。

もっと下の方へおりていくと、動物性の食物はジャガイモのなかにきざみこまれたわずかなベーコンだけになってしまう──さらに下へおりるとこれもなくなって、チーズとパンとオートミールとジャガイモだけしかなく、最下層のアイルランド人までくるとジャガイモだけの食事になる。

そのほかに一般にうすい紅茶におそらく、いくらか砂糖、ミルク、あるいはブランデーをいれて飲む。紅茶はイギリスでは、アイルランドにおいてさえも、わが国のコーヒーと同じくらい必要不可欠な飲物で、紅茶がもはや飲めないということは最低の貧しさにおちこんだということである。──しかし以上のことはすべて、労働者が仕事についているという前提に立った話である。

仕事がなければ彼はまったく運命のままにもてあそばれ、もらいものや乞食をしてあつめたものや、そうでなければ──盗んだものを食べている。そしてもし何も手にはいらないときには、前に見たように、まさしく餓死するのである。

食事の量も食事の質と同じように賃金に応じていること、また賃金の安い労働者は、そのうえ大家族をかかえている場合には、完全に仕事についているときでさえ、飢餓におちいるということは自明のことである。

こういう低賃金労働者の数はたいへん多い。とくにロンドンでは、人口の増加に比例して労働者の競争もはげしくなるので、こういう階級がきわめて多数いるが、しかしほかのすべての都市にも見られる。そこでさまざまなやり方をさがす。ほかの食物がないときは、ジャガイモの皮、野菜のくず、くさりかけの植物性の食物を食べ、ほんのすこしでも栄養分のありそうなものはすべて貪欲にかきあつめる。

そして週賃金を週末にならないうちに使ってしまったときには、家族は週の最後の数日間なにも食べないか、あるいは、餓死から身を守るのにどうしても必要なだけの食物しか手にはいらないというようなことも、きわめてしばしばおこるのである。

このような生活の仕方では当然病気を集団的に発生させることになるだけであり、そしてそういう事態になると、しかも自分の労働でおもに家族を養い、きびしい労働のためにもっとも栄養を必要とする一家の主人はしたがってまた最初に倒れるのだが──この主人が病気になったら、ますますひどい困窮状態になり、社会の一員である人びとがもっとも社会の助けを必要としているときに、残酷にも社会はこれらの人びとを見捨ててしまうということが、はじめてはっきりとあらわれてくるのである。
(エンゲルス著「イギリスにおける労働者階級の状態 上」新日本出版社 p112-120)


2011/1/26


■@GAKUTOMO NO.229
「今仕事から帰ってきて・・・」と夜の8時頃に看護師の仲間から電話がありました。その日は日勤でしたが、後輩と話をしていたそうです。

聞くと、後輩の最近の様子が、気分の波があって仕事にも影響がでているとか。そんな状態なので、「どうしたん?」と声をかけたそうです。

後輩は働き始めて2年目、実践研究レポートを書かなければいけない年です。そのレポートが、前向きに書こうとするのだけれど、書けない。実践もうまくいかない・・・後輩が休憩時間中に担当している患者さんが転倒したということがあり、「自分が早く休憩から戻っていれば・・・」と反省していたそうです。

目標も見えなくなって、自信をなくし、仕事を辞めようかとも考えていたと言います。「仕事を辞めていっそのこと旅に出ようかと思って・・・だって」と笑っていましたが。「自分で何でも処理しようとして、できなくて、辞めようかって考えてる。それは違うやろ〜!って・・・自分で全部できるわけがないのに。チームで仕事してるんだから」「これまでも、ちょっと仕事しんどいかな?と思うそぶりはあったけど、今日始めて、そういうことで悩んでるってことがわかったんや」とも言ってました。

学んだ「青年論」そのものです。彼女は冊子を持っていたので、13頁の下見て〜と、いうと、「ホントや〜!これ、読むわ!!」と驚いてました。

「『そんなになっているんだったら、なんでいままで黙っていたんだ』『そこまでどうして我慢するんだ』と言える状態に置かれているにもかかわらず、声が出せない。」という所を読んで、「今日私そんなこと言ってたかも〜」なんて言ってました。

職場に、青年のすぐとなりにいる先輩(仲間)の構えが、青年の人生を大きく変える! と思いました。わたし自身どう接することが出来ているのか、問われています。(蓮)2011/01/24


2011/1/25


■@GAKUTOMO NO.228
組合のしんぶんの改革が迫られています。最初は発行することを目的に(とにかく毎月発行を目標に)していたのですが、発行が軌道に乗ってきた今日的には、次のステップに進まなければいけません。しかし職場で発行を初めて1年半になろうとしているなかで労働組合にとって“新聞は団結の要”という位置づけを学びながらも、いつのまにか片手間に作ってしまい、中身のない(中身を押し付けたような)おもしろくないものを発行していました。もっとみんなの様子がわかるもの、会議に出られていない職員も労働組合の一員として自覚できるもの、みんなの力を発揮できるものをつくらないといけないという一番のポイントをほったらかしていました。

年末に開いた「分会大会」。しんぶんの評価は「作ってくれてありがとう」「分会長がいるから発行できてる」と。何とみんなのものになっていないかがわかりました。自分がいないと発行は止まってしまうというのは、担い手がつくれていないということであり、独りよがりでしかないということだと思います。

一番問題意識をもって「みんなで発信」のコーナーを書いてくれていた子育て中の分会員が「今年、分会の会議も出られないし分会員としての意識も持てず分会を辞めようか迷っていた」とみんなの前で自分の思いを話されました。私はハッとして(いつも問題意識をもって原稿を書いてくれているのになんでもっとその人をアテにして、その力を借りなかったんだろう)と反省しました。もっともっとその人の問題意識をみんなのものにするための工夫はできるはず。2011年、分会のしんぶんづくりでも問われていることは大きいと思います。がんばろう。(麦)11/1/21


2011/1/24


■@GAKUTOMO NO.227
仕事が一段落したとき、ふと先輩と青年についての話になりました。職場の青年の話から、先輩の息子さんの話まで・・・というか、結局ほとんど息子さんの話でしたが。

「仕事以外に家からほとんど出ない。人とのつながりは全くない。」「ネット上で相手を見つけて、見ず知らずの人とマイクで話してずーっとゲームしてる。変な感じやで・・・」。「昔から争いごとがキライな子で、学校の勉強も途中でやめてしまった。頑張って高校は卒業したけど、そのあと一年は完全にひきこもってた。それでも頑張って車の免許を取って就職したんやけどなぁ・・・」と、心配されていました。

中西新太郎さんの言う「声がだせない青年」そのものではないかと思いました。そして、自分が高校時代になんとなく感じていた感覚を思いだして、思いが重なり泣きそうでした。

まわりは「とにかく良い大学へ!」という空気・・・違和感がありました。学費はスゴイ金額なんだから、無駄に進学できない、自分は何になりたいのか、そのために必要な勉強をしに行かなくては・・・と考えました。美術系の学校にも行ってみたかったり、他にもやってみたいな〜と思うことはいくつかありましたが、「将来何になるか」と考えた時に具体的にイメージが持てる保育士を選び、保育士資格の取れる短大を選びました。その時の感覚です。

確かに自分で選んで決めているのだけど、なにか強制されている感じがありました。保育士になって良かった!と思うことは大いにありますが、「この道を選んだ」というよりも、「他の道を捨てた」という方が正しい気がします。でも、それはあくまで自分が「選んだ」のだから、だれのせいにもできません。

そういう「選択」を迫られ、自分で「選んだ」結果が現在だと、受け入れざるを得ない状況。「若者の生きづらさ」として「社会環境や経済環境の問題」と「自分がぶつかっている困難を自分の内側に閉じこめてしまわないとやっていけないという問題」と中西さんが言っていますが、まさにそれです。「期待を捨てさせる社会のメカニズム」が問題です。(蓮)2011/01/21

◎226は、働く仲間の姿に感動し……自分が重なり……泣いてしまいました。227には、青年に……思いが重なり泣きそうでした。・・・労働者、青年に対する「感覚」。わたしたちにとって不可欠な資質です。共有感が深く構築される資質です。


2011/1/22


■@GAKUTOMO NO.226
先日、初めて受講生の職場まで春集会の冊子を届けに行きました。

いつもは会館に来てもらったり、家の近くまで行ったりしていたので、職場に…しかも仕事中に行くのは初めてで少しドキドキしました。

受け渡しはすんなりすみましたが、病院で働いている受講生の白衣姿に衝撃を受けました。

いつもは私服なので、印象がガラッと変わると同時に、「この人は労働者なんや!」と感動しました。

私は今、休職中で仕事に行っていないんですが、受講生が白衣を着て働いてる姿を見て、自分が働いていた時のことを思い出しました。

やっぱり働きたいなぁという思いでいっぱいになって、自転車をこぎながらまたもや泣いてしまいました。

労働学校の講義で、サルが人間に進化した過程には労働が重要な役割を果たしていたことを教わりました。

しかし今は、友達と話していても「働きたくない」「明日、仕事行くのめんどくさい」「仕事しんどい」という話をよく聞きます。

労働が人間から人間らしさを奪っています。

今の働き方が人間らしさを奪っていることを知らずに、それでも頑張って働いている労働者の人たちは沢山いると思います。

そういう人たちが労働学校で学び、意識的に働けたなら、どれだけ素敵な社会になるんだろうと思いました。

やっぱり、現場で働いているのは労働者自身なんだから。

受講生の働いている姿で改めてそれを感じて、137期労働学校で学んだ今の私にできること、138期募集を改めて頑張ろう!!と思いました。(世)2011/1/21


2011/1/21


◎掲載する@GAKUTOMOがありません。


2011/1/20


■@GAKUTOMO NO.225
非正規雇用で働く青年が、言っていました。「自分は非正規で、労働組合にも入っているが、非公然だから・・・。正規職員だったら、職場の未組織の人にももっとこんな話しをしてみたいな〜って思うんです・・・」と。公然化することは、有期雇用だからやっぱり不安だとも話してくれました。

「民主経営」といわれているうちの職場でも、組合には入るが非公然にしてほしいと言って加盟している非正規雇用の仲間がいます。加盟を勧めた時にも、「組合員だから契約更新しないなんていうことは許されないし、させないよ」という話もしましたが、そうは言っても園長と気まずくなりそうだし・・・という感じでした。

有期雇用ということが、いかに“人間らしい働き方”を奪っているか、と思いました。次の契約更新ができるかわからない、契約してもらえないと生活できない、だから言いたいことも言えないし、やりたいこともできない・・・。それでも出来る限りのことを!という思いで、労働組合に結集しています。

そんな風にして、押し込められている力が職場の中に存在しています。誰もが安心して働き、暮らせる雇用のあり方だったら、一人ひとりの力はもっと全面的に発揮できる、活動の上でも、仕事の上でも、生活の中でも。

その日の「しんぶん赤旗」(11/1/19)にあった、詩人の茨木のり子さんのことを語った記事・・・「自分で自分を生きること。・・・自分の生き生きとした感受性を保ち続け、自分の判断で個を生きるということは、とても難しいことです。」「潮流」(1/4)にも「ひとりの人間としてまっとうに生きる・・・いまの時代、当たり前のようでも、それを貫くことは難しい。」「でも、嘆くだけでは変わりません。・・・まじめに、まっとうに生きたいという一人ひとりの決意が歴史の歯車を前進させます」と。「自分で自分を生きる」。(蓮)2011/01/19


2011/1/19
■植物園2011/1/5


■@GAKUTOMO NO.224
@GAKUTOMOを書くようになって、友の既存職場での対話や日常の同僚との会話などで、内容や抑揚など相手のの小さな変化に敏感になったような気がします。今日はあまり自分の仕事内容を多く語らない人が、珍しく自分の仕事内容を話してくれました。京大の動物実験施設で働くその人は、おもむろにゴム手袋を作業室から持ってきて「いまから実験用のマウスを処分しないといけないんです。」と言いながら「最初は抵抗あったけどもう慣れましたね」と話され、その後も自分の仕事以外のこれまでの実験用動物の飼育の話などをいろいろ話し出されました。

これまでから、「若い職員のほとんどは非正規で有期雇用。研究者も非正規が多いよ」と少しずつ職場の労働者の様子を教えてくれるようになってきていて、私自身も「こんな仕事があって、こんなところでも労働者が非正規化されてきてるんや。」と興味深く聞いていました。

私が担当している職場でも、信頼はこういう形でちょっぴり感じられるようになってきましたが、それはまだまだほんの一部でしかありません。多くの職場は窓口対応になってしまっているのが現実です。自分がどれだけ関心を持ってその職場を見ているか、それは各職場の労働者がどれだけ職場のことを語ってくれるかでわかります。

前回の「実践」のGAKUTOMOと重なりますが、もっともっとそういう語ってもらえる職場を増やしていかないといけないなと思います。(麦)11/1/17



2011/1/17


■@GAKUTOMO NO.223
2011年の挑戦! 総合60名、年間180名の新しい仲間に科学的社会主義を学んでもらうこと。本気で挑戦しています。

 その過程にはさまざまな“ドラマ”があります。そんな“ドラマ”の一部がここで紹介できたらと思っています。

 138期労働学校を準備する担い手の中心は、137期に学んだ仲間たちです。自分たちが学び、新しいことを知ったり、仲間との交流や課外活動の実践などを通じて、成長し、労働学校で青年・労働者が学ぶことの大切さを実感した仲間たちが、まわりへ広げていこうと奮闘しています。

 労働学校で2ヶ月学べば、すぐに“語れる”わけではありません。実際にまわりの仲間と対話する中で、“どう伝えよう”っといったところから講義学習を振り返ったり、時には自分がわかっていたようで、全然わかっていなかったことに気づいたり…。

 そして、今、青年がおかれている社会の状況がどうであるかといったことがまとめられている論文などを参考にして、自分たちを含む青年・労働者が労働学校で学ぶ意義をつかみとるなどの学習や論議もすすめています。

 労働学校で2ヶ月学び、そしてこの準備期間で実践する中で、さらに仲間たちは変化・成長します。

 運営委員会では、1週間に一度の運営会議で、対話をしての教訓、積極面や課題など出し合いながら、仲間の経験から学ぶことも重視しています。

 Uさんは、「春集会」に大学の時の友人を二人連れてきました。その二人はこれまでHORIMARUセミナーにも参加しています。「春集会」のあと、Uさんから「138期の総合コースで一緒に学びたい!」という呼びかけで、すぐに申し込みをしてくれました。

 Uさん自身は、二人が先生の話を実際に聞いてもらったり、そこでグループ討論する中で、体験してもらえたことが、受講決意につながったと言っています。確かに、そうしたこともあると思いますが、Uさんが誘ったから「春集会」などに来てくれる“信頼関係”という土台があってのこともいえると思います。今までから、そして今、Uさんが、どんな生活をし、どんなことに取り組んでいるのかといったことを知っていて、そうした全般的なことにも信頼してくれているからこそ、受講につながっているのでしょう。“ドラマ”です。

 Kさんは、職場のつながりのIくんという青年が総合コースに来てくれることになりました。実はIくんとは、137期がはじまる前にも学習会館に来てもらって話したことがあるんですが、137期の受講にはなりませんでした。その時のことを振り返ってKさんは、「自分の思いばかりの話ばかり、ねじふせるような一方的な話ばかりしていた…」と反省していました。

 そして最近改めて、Iくんと話す機会ができて、いろんな角度から労働学校で一緒に学ぼうということを強調してきました。その中でIくん自身も「マルクスは生きている」(平凡社新書・不破著)を買ってくれて一緒に学習することもできました。Kさん自身も「137期の時に話していたこともムダじゃなく、積み上げられた…」と言っていました。

 労働学校に来て学んだ仲間が、それをさらにいろんなつながりの仲間へと広げる…その中で本当にいろんな“ドラマ”が展開されています。Kさんも137期に初めて運営委員をし、仲間との学習しいろんなことを体験して、一回りも二回りも成長したからこそ、今Iくんといろんな角度から話ができたのでしょうし、本人も実感をこめて語ってくれています。

 そして、この@GAKUTOMOを書いている今も、運営委員の仲間から、高校の時の友だちに労働学校の話をして、総合コースを受講する!という報告や、他の仲間からも137期で学びや、総合コースのいろんな職種で働く仲間との交流などの大切さを高校の友人に話したらすごく興味を持ってくれて、お金の都合がつけば受講したいという返事をもらえたという報告も、続々と入ってきています。

 60名の総合コース実現は、こうした一人ひとり、一日一日の“新しい仲間”への対話、働きかけの積み重ねがあってこそなんだと、気持ちがワクワク、ドキドキしている私です。

 そして、あるアスリートの言葉を拝借していうならば、“60名総合コース”が今や、「夢でなく目標になる」ところまで、労働学校で学ぶみんなの力できていると思うと…“今、やらんでいつやるのっ!”という思いでさらに興奮しています。

自民党政治を本当に終わらせ、新しい枠組みの進歩的な政治を実現するためにも……。もっと自分を高めなければっ!(吉)11/01/16


2011/1/16


■@GAKUTOMO NO.222
今日、高校時代からの友人に138期総合コースの話をしました。
普段から家族の話や恋愛の話など、結構親密な話をする仲の友人です。

春集会の前に一度、「私いま労働学校っていう所に行っててね」という話をしていました。仕事で春集会は参加できなくて、「またなんか企画あったら誘うわ〜」と言っていました。

週6日働いていて、総合コース受講は難しいかもしれないとか、家のことや仕事のことや悩みが沢山ある子だから考えること増やすの迷惑かなぁとか、色々考えて労働学校総合コースの受講はまだ勧められないと思っていました。

今日、いつものように色んな話をしていて
「こんな社会やしって言われたらどうしようもない。」「私がどれだけ頑張っても社会を引き合いに出されたら何も言えなくなる。」「自分の幸せは全然考えられない。」と普通の会話に出てきます。

そういう話を聞くと、今までだったら何も言えなかったりしました。でも、青年論パンフを読んだり、運営委員の仲間と『可能性を広げるのは自分次第』という話をしていたこともあって、「そういう社会のこと一緒に勉強してみぃひん?」と勇気を出して言ってみました。

この子に学んでほしい!社会や自分の幸せを諦めてほしくない!と思って話していると急に泣けてきてしまいました。泣いて手を握って話す私に、友人も真剣に聞いてくれて「そんなに勧めてくれるんやったら」と、その場で受講を決意してくれました。

とにかく嬉しかったです。
友人が労働学校で学んで何を感じるか考えるか…どきどきします。

もし、青年論パンフ読んでなかったら…、運営委員の仲間と話していなかったら…、今日友人にも話せていなかったかもしれません。

自分の学習と交流が実践に活きて、この経験が更なる繋がりに広がるきっかけになるんだなぁと感じました。2011/1/16(明)

◎青年をありのままにとらえる。
「こんな社会やしって言われたらどうしようもない。」「私がどれだけ頑張っても社会を引き合いに出されたら何も言えなくなる。」「自分の幸せは全然考えられない。」と普通の会話に出てきます。
わたしたちの認識が遅れています。
(明)さんの奮闘に感動します。(む)


2011/1/15


■@GAKUTOMO NO.221
地域の職場を担当し始めて1年半。たまたま今回は・・・ということかもしれませんが、少し変化がありました。

その職場の労働組合には専従の方がいて、その方を窓口に学習を勧めています。青年がたくさん働いている職場なので、「青年をどう捉えるか」というような学習資料がでると、いつも届けています。でも、これまではなかなかそれ以上のことにはならず・・・「ごめん、読めてない」「また見ときます」という感じでした。

2011年の出足だ!と意気込んで、「今、青年を捉える上で重要な視点が書かれている『青年論冊子』を読んでほしいんです!」と届けました。職場の話もしながら、いつもより少し大胆に提起できたかな〜と自分なりに思っていたのですが、その意気込みが伝わってか、次の週に連絡をしてみると「読んだよ〜」とあっさり。正直、読んでないだろうな〜なんて思いながら連絡したので、これは話さなきゃ!と焦って冊子を取り出し、目で追いかけました。

“2011年の始まり”という意識もあってか、これまでの対話の積み重ねもあってか・・・。信頼が足りませんでした・・・反省!でも、嬉しいです!!

しかも、私が「特にこれを読んでほしい!」と付箋をつけて、メモを入れたやつ以外の論文も読んだ上で、中西新太郎さんの論文が「良かったわ」と感想を聞かせてくれました。青年が「声を出すことが難しい」という状況、それほどの閉塞感・・・職場の青年を見ていて「わかるわ〜」という話でした。

「それも青年だけじゃないよね」と言っておられて、「でもやっぱり青年が!」と、今の青年の置かれている状況の特殊性を強調したくて話をしてしまったのですが、これは失敗したな〜と思いました。「青年だけじゃない」と思うような職場の状況や、その問題意識を聞くチャンスだったのに。次の時には、掘り起こして聞いてみたいと思います。(蓮)2011/01/14

◎職場で青年労働者を育てることは喫緊の課題。日本全国共通です。これが並大抵のことではありません。活動家の経験の力だけではとどきません。理論が必要です。「青年論」を学ぶ必要があります。ぐずぐずしていたら、そのうち、職場が空っぽになってしまいます。2010年を倍する力で。(む)

2011/1/14


■@GAKUTOMO NO.220
本当に2011年からのこの10年は新しい労働組合の担い手をどこまで育てられるか、私自身も21世紀に通用する活動家になるかが問われてるんだなあと思います。

私の担当する「学習の友」の既存職場は30数カ所ありますが、そのなかでも重点を置く労働組合(青年労働者が沢山いる職場)が数職場あります。そこで顕著に表れている“労働組合の世代交代”。執行委員体制が変わったり、団塊の世代の退職で青年が自動的に執行部のメンバーになっていたり。中心的な層も少しずつ若くなっています。

新たに労働組合の支部長になった青年労働者と話をしました。「みんな学ばせないとあかんヤツばっかりや」「今年はいっせい地方選挙もあるんかぁ。しんどいなあ・・・」「もっと動く人いいひんかな・・・」と目線をチラシにうつしてつぶやいています。「人づくりって学習してこそできて来るんですよね。組合員みんなで来てほしいです。でもまずはあなたが来ることで、みんなを参加させる第一歩にしてほしいです。」そう押してみましたがなかなか、厳しい表情を変えてくれません。「学習しないと労働組合は強まらないですよ。」と再度強調すると、最終的に青年の隣にいた副支部長が受講を決意。支部長も「ひとりで行くより2人の方がいいな」ということで受講になりました。

これからどこの職場の労働組合でも青年労働者は中心層にならざるを得ない状況が(青年労働者がそういう役割を)社会によって担わされていくようになると思います。

いまの情勢のなかで、労働組合の幹部としての任務を背負った不安と責任で逃げたくなる気持ちもわかります。しかしそういうときだからこそ科学的社会主義を学ぶことはたたかいの羅針盤になっていくと思います。正確に情勢を見極め、たたかいの科学性を養うことも大きな力になるでしょう。

支部長になったその人に、もう少し仲良くなったらこう言いたい。「いまそういう不安のなかで、学び挑戦している仲間は他の職場にもたくさんいる、連帯しともにがんばっていきましょう」と。(麦)11/1/13

◎「成功の一つの要素を労働者はもちあわせている──人数である。だが、人数は、団結によって結合され、知識によってみちびかれる場合だけ、ものをいう」(マルクス「国際労働者協会創立宣言」)。執念をもって多数を結集しよう。2011年の課題だ。(む)


2011/1/13


■@GAKUTOMO NO.219
137期をともに学んできたみんなで広げてきた新春青年学習集会が終わりました。

労働学校に来たことのない新しい仲間と一緒に講義を聞き、グループ討論をしました。HORIMARUセミナーのときも思ったのですが、今の社会の仕組みや労働者が置かれている現状について知ると、「どうしてこんな風になっているんだろう?」、「変えていくためにはどうしたらいいんだろう?」とみんなが考えていました。まず知ってもらうことが学びのスタートになることを改めて感じました。

集会のあと、総合コースの仲間とその周りから参加した人たちとで、カフェへ行ってさらに話をしました。グループ討論では違うグループだったので聞けなかった感想をさらに詳しく聞けたり、それぞれの働きかたを聞いたりすることができました。「“労働者に支払われている賃金は平均すると作り出した価値のうち8分の3だけ”と聞いてショックだった」、「いろんな人の話が聞けて良かった」、「ちょうど友達と何のために生きるのか、生きるってしんどいなぁと話していたところだった」と色々な感想を話してくれました。労働学校の魅力もそれぞれに感じていて、1人はすでに受講を決意されているので、これからを楽しみにされていて、他の仲間も話す中で「考えてみる」と言ってくれました。実際に自分が体験してみて、さらに労働学校について話し、考える中で、労働学校の魅力を実感し、労働学校で学ぶことが身近なものに感じてもらえたようです。

最後に書いてもらった感想を読んだり、グループ討論の様子を聞く中で、“答え”を学びたい人が多いように感じました。例えば、何のために生きていくのか、自分たちはどうしていけばいいのか、ということに対する答えを教えてほしかったという声がありました。労働学校では、今の社会の仕組み、物の見方・考え方を学び、そこをみんなで考えていきます。考えることがとても大切で、それがあるからこそ実際に行動していくことができるのだと感じています。集会に参加した仲間とも一緒に考えていきたいです。

新春青年学習集会は100名を目標に、自分の周りの友達や職場の人など、労働学校に来たことのない新しい仲間に広げてきました。しかし、当日の参加は約50名。目標の半分に満たなかった、というのが結果でした。もっと多くの新しい仲間に来てほしかった、と思っても後の祭です。もう今からでは、どうしようもありません。自分自身の課題も浮き彫りになった集会でした。課題を乗り越えるために、まずは新しい仲間にどんどん会って話していきたいと思います。2011/1/12(螢)


2011/1/12


■@GAKUTOMO NO.218
「実践」することのおもしろさと難しさを感じつつ職場へバイクを入らせる日々。噛み合う対話はいつも日常の出来事の話からふくらんでいくと思います。その「日常会話」ができるまでの関係づくりが難しいけど最も重要です。

職場で「ちょっとこのお菓子持っていく?」とか「寒いしあったまって行き」という一言も重要なバロメーター。そういう一言がなかった職場からそういう一言が聞かれたときは関係づくりの第一歩と思い「やったあ〜」と内心嬉しくなって帰ってきます。それが次に職場の仲間を紹介してくれるつながりへと発展していくことになるのです。

先日も電話で済まそうと思っていた職場へ足を運んだところ、話のなかで春セミを申し込み、粕汁までごちそうになりました・・・。(寒い日だったので心底温まりました。)

一方でこちらの思いばかり伝えていたり、講座の中身を羅列してしまったりするときは本当にまったく反応がありません。

職場の仲間の反応に自分の対話力を反映させて、それらはすべてこちら側(自分自身)の問題でしかない、相手は資本のイデオロギーに支配され、そう簡単には動かないこともわかっていながらその職場の労働者を本気で立ち上がらせようという気持ちでぶつかれていなかったことを反省し(もっとこういう風に押してみる必要があるな)と思いながら次回こそ!と切り替えていきます。

どういう内容は話せて、どういう点は話せていないかこういうことって自分が動いて、話してみないとわからない。「実践」(対話)のなかで自分を鍛えて変えていくしかないな〜とバイクに乗りながら考えます。どんどん話していかないと時間はない!(麦)11/1/7

◎実践に裏打ちされた@GAKUMOTOがつづいています。大きな勇気と激励をあたえ、日航キャビンクルーユニオンの整理解雇の闘いに連帯する闘いなのだ。

労働者階級の資質──戦闘性、規律性、団結性、楽天性、科学性──を顕在化さ、磨き上げるのだ。21世紀の社会変革に通用する活動家へ成長するのだ。(む)


2011/1/11


■@GAKUTOMO NO.217
137期で初めて労働学校に参加した看護師さんが、感想を聞かせてくれました。他でも学習をする機会はあるけど、実際起こってる問題についての学習が多い。労働学校では、その問題をどう見てどう捉えるか、というものの見方・考え方そのものが学べて良かったと。うれしい感想です。

看護の現場の話も聞かせてほしいな〜と思いながら、いろいろ話しました。

「例えば・・・癌の患者さんって言っても、いろんな患者さんがいて、決まったマニュアル通りに対応できるもんじゃない。痛みもいろいろやし、他の病気を持ってたり、家族関係も違うし・・・でも、『こういう痛みにはこれで対応する』なんていうマニュアルが求められたりする」「薬の処方とか、注射の打ち方とか、そういうことは決まった方法でいいんやけど・・・」と言葉を探りながら話してくれました。「痛がっている患者さんの患部をさするとか、夜寝られへんっていう患者さんにどう対応するのかとか、そういう医者にはできない、看護師の役割を果たしたい」「でも、それができない。『こんなに患者さんと向き合って話をする時間がないなんて思わなかった』って、後輩も言ってる」と。

診療報酬やリスクマネジメントにとらわれて、本来の看護の役割が失われてしまう。そして働きがい、やりがいも見失ってしまう。

看護師さんが今、院内で「求められる役割」と、本来求められる役割との間にギャップがあるんだな〜と思います。でも本当は、本来求められる役割こそ、今、求められているんだ、とも思います。

そういう自覚を持った看護師さんが職場にどれだけいるかで、その病院の看護のあり方が変わるよね!と話すと、「仲間に労働学校を勧めたいって改めて思いました」と応えてくれました。応援したいと思います。(蓮)2011/01/07


2011/1/8


■@GAKUTOMO NO.216
私はいつも自分の職場に新しい保育士さんが入って来られたときに意識していることがあります。それはまず何より一番に声をかけようということです。

それは第16回集中セミナーで「鈴木シャッター支部では、派遣労働者が来ると、まずJMIU組合員が声をかける。事情がよくわからずにきた職場で、誰が最初に声をかけ、誰が親切に教えてくれるかは労働者の信頼感をかちとるきわめて重要な取り組みだ。そして、仕事を教え、信頼をかちとるなかでまじめに長く働く気があるならJMIUに加入して正社員をめざそうとよびかけ、加入してもらう」ということを聞いてさらに意識するようになりました。

先日も職場に新しい仲間が入って来られました。休憩中も緊張と不安そうな顔で一人こたつに入っているその人に、「子どもと接してみてどうですか」とか「どこら辺に住んでるんですか」など何気ない中身で話しかけると少し緊張が和らいだようで、休憩を終えたあとも「こういう場合はどうしたらいいですか?」といろいろ聞いてくれ、笑顔も見られるようになりました。

当たり前のことですが、そうしてまず人間的つながりの第一歩として話しかけることってすごく大事なんじゃないかなと思います。とくに今日的には有期雇用であったり、忙しくてゆっくり相手のことを聞く暇もないような日常なので、初めての職場、初めての人たちの中で失敗しないように・・・と不安や緊張は大きいと思います。そういうなかで、何でも安心して聞ける、失敗してもフォローし合える仲間がいることを感じて欲しい。

労働組合活動家の自然な役割だと思います。そうしていずれ労働組合にも誘っていきたいと思います。(麦)11/1/7


2011/1/7


■@GAKUTOMO NO.215
年の瀬が迫ったある日、某老人福祉施設で団体交渉が行われました。私はそこの施設の職員ではありませんが、産業別の単一労組として団交に参加してきました。

別の職場の団交に参加するのは初めてではありませんが、緊張します。団交事態慣れることはないと思いますが、今回は別のところにあります。

というのも、そこの職場は、この間管理部が団交拒否を繰り返し、地労委の斡旋を受け、ようやく交渉までたどり着いた経過があったからでした。

どうなることかと思いましたが、いざ交渉が始まると、互いに紳士的な交渉の場となり、建設的な交渉となりました。

大きかったのは、今回私の他にも私の職場の仲間が1人、本部から1人、同種別の職場から1人、地域の支部から1人と合計5人もの職場外の人が参加をしていたということです。

私たちは、この間労働組合強化のための学習を積んできました。そこで強調されていたひとつが「産別団交」という問題意識です。言わばこの実践にあたるわけですが、こういう問題意識は、例えば私1人が持っていてもなかなか実践には結びつきません。やはり共通した問題意識を多くの仲間とともに得ることが要です。

また、こういう実践を通じて自身の職場と同じところ、違うところを知ることができ、労働者としての自覚や労働組合の存在意義など汲みつくせないほどの多くことが学べます。今回、おもしろいと思ったのはそこの施設には年間7日間のリフレッシュ休暇があり、しかもその7日間は連続して取らなければならないという休暇規定があることを知ったことでした。

今度うちの職場で取り入れてやろうと企みもわきます。

以前に、全日空客室乗務員の尾崎恵子さんの講演聞く機会があり、他の航空会社の人と交流をもったとき、弁当にさくらんぼが入っているのと入っていないのとの違いに大いに盛り上がったという話を思い出しました。

皆さんもぜひ、職場を越えての「産別団交」おすすめします。(書)11/1/6

◎産別の資本家団体との団交が産別団交でしょう(?)が、職場を超えた産業別単一組織の大きな特徴がでた闘いです。参加した労働者が実際を通じて階級的自覚を高めます。すばらしい活動です。どんどんやる必要があるのではないか。普通に一般組合員も参加できる大衆団交が組織できれば大きなプレッシャーを資本にかけることができるのではないか。闘いの戦術……。(む)


2011/1/6


■@GAKUTOMO NO.214
「21世紀最初の10年」が終わり新たな10年がスタートしました。

自分自身としては生きる方向性を決めて動き出した重要な10年だったように思います。保育士を始め、組合に入り、労働学校と出会い、科学的社会主義を学び始め、社会変革の担い手になる決意をした10年。自分の価値観、保育観、恋愛観も(!)変わってまさに人生が大きく変わった10年だったと思います。しかし振り返ると「自覚的」という点ではまだまだな10年だったとも感じています。

次の10年は前の10年よりさらに課題は高い!

担い手としての決意をいよいよ自覚的に本格的に実行に移していく新たな10年にしないといけない。自分の課題として、「学びつつ闘い闘いつつ学ぶ」の実際が問われているのだから。またそれは次の担い手……後輩へバトンを渡していくことでもある。背筋を伸ばしてがんばっていきたい。

労働者がおかれている状況は10年前と比べてさらに生きづらいものになっている。私のまわりでも青年が仕事のきつさなどから病気になり、退職を余儀なくされるという、寂しいことがおこりました。

「「無関心で受動的」に見える人びとも含め、人民大衆は「出来事そのもの」の展開のなかで、「目覚め」をかちとってゆくものだ、「そこに歴史的出来事の現実の推進力」がある、そういう「目覚め」が起こったときにはわれわれの訴えがはるかに大きな反応をよびおこすことができるーーーこれがエンゲルスの助言でした」(革命論p.115)と、不破さんがエンゲルスの言葉を引用しながら活動家の役割を強調されています。

これからの10年間でどれだけの労働者を、労働者階級として「目覚め」させることができるか、それは変革を速める鍵になっていくんだと思います。この10年、だかこそ揺るがずがんばろう(麦)11/1/4


2011/1/05


■@GAKUTOMO NO.213
2011年が始まりました。去年はただ目の前のことを追うことに必死な1年だったので、今年は広い視野を持ち、自覚的に活動する1年にしたいと思います。

この春から社会人になる弟の話を年始に母としました。母が言うには弟は、「働くということがどういうことか分かっていない。生活できるだけのお金がもらえるなら働かないと言っている」そうです。今の社会に生きる青年像そのものです。

総合コース第7課“知のESSENCET 人間とは”の講義で、人間の本質は労働であると学びました。そんな風にはとても思えないのが今の社会です。私もその講義を受けるまで、何のために働くのかなんて考えたこともありませんでした。今の社会では、できれば働きたくないという思いを持つ青年も多いでしょう。

総合コースの学生の受講生が言っていました。「就職活動では、何のために働くのかなんて考えたらやっていけないらしい」と。考えたらやっていけないから、考えないようにしながら就職活動をし、労働者になっていく学生たち。

身近な弟にも、そんな学生たちにも労働学校へ来て、働くということについて学び、ともに考えたいと思います。どうして考えないようにしながら就活をしなければならないのか、その根本にある社会構造を知ってほしい。そのためには、まず私が話していくことが不可欠です。

“できることを確実に”

実践を積み重ねていきます。(蛍)2011/1/4


2011/1/4


■@GAKUTOMO NO.212
新年、あけましておめでとうございます。

私にとっての2010年は、文字通りの「失われた10年」であったと思います。思い起こせば、2010年が明けたとき、今まで生きてきて初めて新しい年を新しい気持ちで迎えることができませんでした。そのとき、夜空はきれいだったのに、『北斗七星』を見つけようともしなかったことを思い出します。「ほろ酔い加減だったからね」と探さなかったことが、この1年のすべてを物語っていたのだと振り返ります。きっと2009年から続く、活動の停滞についての総括をきちんと行なわず、過ごしてきたということでしょう。

2011年、元日のしんぶん赤旗の主張は、「21世紀最初の10年間は激動の連続でした。」との始まりでした。私が、初めて労働学校に来たのが2001年の夏、秋にはあの9・11テロが起こりました。それから労働学校で運営委員をするようになり、運営委員会を卒業、労働組合の役員となり、地域の学習運動を担ってきました。プライベートでは、結婚と2人の子どもを授かりるなど、激動の10年に合わせるように激動した年月でした。

2011年の始まりに、21世紀の最初の10年がどのような10年であったのかをみることは、私にとって、自分自身をみつめなおす視点をいただいたように思います。

年末年始に、綱領・古典連続教室をチェックしました。志位さんは多喜二の生き方から何を学ぶのかを話されていました。そのことも重ね、今年新たな出発をする決意を抱かせてくれました。
今年もよろしくお願いします。(書)11/1/3


2011/1/4


■@GAKUTOMO NO.211
今年は、宮本百合子さんの没後60年だそうで、いろいろなところで取り上げられるのだろうな〜と、今から楽しみにしています。

年末の「しんぶん赤旗」に、百合子没後60年「百合子の文学を語る集い」で講演をされる朴さんという方の紹介がされていました(10/12/27)。朴さんは書いています。「『貧しき人々の群』の百合子のまなざしが自分と重なりあい、どこに自分の視点を置いて社会を見ていくかの原点になった」。「自分の思想形成において影響を受けた作家と問われると、まず百合子が思い浮かぶ」と。

・・・朴さんの講演が楽しみです(記事になって出てこないかな〜)。

また、「しんぶん赤旗日曜版」(11/1/2・9合併号)でも、旭爪さんという作家さんが語っています。「小さな『私』から出発して、人間の普遍や広い世界までをも描くことができるのだ、と励ましてくれたのも百合子である」と。

具体的な事実の中に普遍性があらわれてくる・・・具体的事実のひとつひとつが、普遍性のカケラだとでもいえるでしょうか。それが、「どこに自分の視点を置いて社会を見ていくか」ということにもなるのでは。

これは年末に、いろんな角度から自分自身にぶつかってきた課題でした(いや、年末にぶつかったというよりも、以前からずっとあった課題で、年末に意識化する出来事があったということですね)。つぶやきです。

とにかく、@gakutomo200号の時に書かれたような、「毎日の生活の中で『科学の目』を意識する」「自覚的に生きる」という点で、不十分さ感じています。しかし、それはきっと1年前の自分と比べたら、前進しているんだと思います(きっと!?)。

2011年、具体的に現れてくる事実をもって科学の目を鍛え、さらに前進したいと思います。(蓮)2011/01/03