学習通信030622
 
◎生きることは、どんな時もたゆみなく新しい瞬間を創造すること……。なにも解説はいらない。それぞれの人生を誰もが生きているのだから。
 
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自分が頑張れば、今の自分よりワンステージレベルアップした状況で仕事ができ、そのレベルに見合った人や環境と出会える。私が言うレベルというのは、お金や名声や外見ではない、魂のレベルである。人として尊敬することができ、性別や世代、国籍は違っても互いを高め合うことのできる「魂の関係」を指している。
 
ひとつステージアップすれば、また縁が広がる。人生はその繰り返しだと思う。
ただし、心身が鈍感になっていると、せっかくの縁をつかみ損なうこともある。
 
人間関係には慣れも生じるし、忙しいときや疲れたときは相手に対する思いやりに欠けてしまうこともある。そんなとき、早い段階で状況に気づき、原点に返って自分を見つめ直すことをしなければ、悲しいことに人は離れていってしまうのだ。
(藤原紀香著「藤原主義」幻冬舎 32p)
 
 
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口論は夜を徹して続いた。私が嫌いというのではない。他に好きな人ができたというのでもない。こうあるべき≠ニいう妻の枠に私が収まらないことが、彼の自尊心を傷つけるのである。醜く聞きづらいことも、地獄の蓋(ふた)を開けるように彼はあからさまにいった。それは彼の本音と建前の険しいせめぎ合いでもあった。そうして私たちは、本音に気づかず(気づこうとせず)、ずっと建前でやってきた夫婦ということなのだった。
 
「俺の収入で、俺の決めた生活をしろ。俺はそういう結婚生活しか頭にない」
と言い続ける彼にうんざりしながら、私ははっと閃(ひらめ)くものを感じた。
もしかすると、彼は私に「お嫁に来い」といっているのではないだろうか。(126p)
 
私は「今日は結婚15周年のうれしい記念日です、そして同時に私の結婚卒業の日でもあります。結婚という問題集からのね」と語った。(148p)
 
わたしたちがたどってきたコースは、多分、多くの人と同じように、結婚している自分と本当の自分のぶつかりあいだったと思う。結婚しているからこうしなければ、結婚しているからこうなんだ……の繰り返し。でも、そういう結婚という形に縛られず、お互い自分の好きな道を、好きなやり方で進んでいこう。それが私たちのあり方だという表明を行ったわけである。(148p)
 
そんなことは基本的なことじゃないかって? 
いや、結婚というのはそこに到達するまでが、長い格闘の日々なのだ。そうした格闘を経ないと、自分は自分を取り戻せないし、自由というものも手に入らない。それを私は15年の歳月をかけて学んだのだ。(148p)
 
生きることは、どんな時もたゆみなく新しい瞬間を創造することなのだから。怖れずのびのびと大胆に、思いのままに生きて下さい。(239p)
(加藤登喜子著「青い月のバラード」小学館)
 
現在進行中、募集中……と、結婚するとは一生つきあうことになる。生半可なことで了解は互いにできない。でも結婚という形は完了形ではない。高め合うといことは、人生の共有……。「青い月のバラード」6行目 ……とはいえ、ひとりの人間の生を誰かが共有するなどということはできるはずもない。と。「藤原主義」24p ……パートナーとは夢や憧れを共有できる人。と。