学習通信040302
◎働くこと……。
 
■━━━━━
 
はじめに
 
 ああはなりたくない。ああはなりたくない。
 20代のとき、この言葉を何回つぶやいたことか。
 いつたいどれだけ多くの「ああはなりたくない」人を見れば、ああならなくて済むのだろうか、と考えたことがある。
 
 いっぽうで、
 ああはなれない。とてもじゃないが、ああはなれない。
 立派すぎる「ああはなれない」人をどこまで認めれば、私には無理だとあきらめがつくのだろうか、と感じたこともある。
 私の視界の中には「ああはなりたくない」多くのサソプルと、「ああはなれない」少ないサンプルのどちらかしかなかった。私の望む「ふつうにいいもの」は、ひとつもなかった。
 
 それにしても、女たちが年上の女性を見る視線は、恐ろしい程きつい。「嫌ねえ、あのオバさん」と言い放つ時は悪意に満ちてるし、「あの人は、特別よ」と断定する時は敵意にあふれている。
 
 私は20代のほとんど、正確にいうと21歳から31歳までの10年にわたって、むき出しの悪意と敵意の視線を年上の女性たちに浴びせ続けていた。なぜ、そこまで何にもしないで平気なの? なぜ、そんなにしてまで無理するの?
 どこにも自分の居場所がない焦りを、相当に意地の悪い視線にして他人にぶつけていた。
 
 なぜ仕事ってするんだろう。私はこの答えをずっと探していた。
「できることなら、やりたくないもの」
「まちがいなく、お金のため」
「自分を表現できる手段にできたらいいなあ、なんて」
「人間の自立には欠かせないもの」
「ヒマつぶし、ってとこかな」
 
 いろんな人の答えを聞いても、なかなかピンとこない。
「ものごころついた頃から、女も一生仕事をするものだと思ってきました。これだけは一度も迷ったことはありません」
 
 こう言われると、私には立派すぎて何も話せなくなる。
「お金のため以外の、何物でもないわよ」
 またここまではっきり断定されると、「そうですよね、それしかないですよね」とスゴスゴと帰るだけである。
 
 もっと迷いとか心の揺れとか思いめぐらすこととかないんですか?
 仕事する目的ってそこまでスパッとひとつに絞れるものなんですか? 時に重心が移ったりすることってないんですか?
 
 さて。
 この本はそうやってずつと首をかしげながら見てきた十数年を記したものです。私は「仕事」をテーマにした仕事につきながら、十数年かかってようやく見えてきたことがあります。それは、あとで気づくのではどうしようもなく遅いことがあるということ。このことは、できることなら20代でわかったほうがいい、ということ。
 
 もし、20代で気づかなかったとしても、いつまでも自分のことを無視し続けたり、気づかないふりをしていることは、死ぬまで悪意と敵意のなかで生きることになるということ。とくに、これからの高齢化社会と情報化社会は、その状態がますます加速することを約束しています。
 
 自分は年とっていくのに、次から次へと新しいもの、美しいもの、輝かしいものが誕生してくるのを、情報化社会は否応なしに運んできてしまいます。これでは、心穏やかに生きてはいけません。もちろん悪意も敵意も多少はないと面白くないから、適度にキープしておきましょう。
 
 ただ、それしかないのは困りものです。若いうちならまだ他人にあたって発散できても、体内のエネルギーが涸れてくると、その毒気は外に出ることなく自分の体内を巡るようになります。すると悪意と敵意はいつのまにか失意に変質していきます。
 
 そこで、この本では人生80年という時間とどのように向き合つたら悪意と敵意だけにまみれずにいられるのか、仕事と結婚のふたつのアイテムをもとにスタディしたものです。
 
 なぜ、仕事と結婚なのか。
 それは、自分のことを知るのに、これほど格好の材料もないからです。また、このふたつはよく似ています。
 
 不確実な情報のもとで、人生の大きな選択を強いられるところ。なんだかんだいっても、ほとんどの人が関わっているところ。双方ともに、いい加減にごまかして過ごせるほど短期間ではなくなっているということ。煩わしい人間関係とやらがまとわりついてくるあたりまで、もうそっくりです。
 
 また時間的経過とともにシチュエーションがすこしずつ変わっていったり、心のありようが微妙に変化していったりで、それはそれは不測の事態も生じてきます。たくさんの変数が隠されているところなども、同系同類と言えるでしょう。
 
 ところが、この類似点に気づかずに、仕事は結婚の敵だ、と思いこんでいる人がまだ多くいます。いっぽうで、「結婚は仕事の邪魔になる」と警戒している人もいます。そういう人は、「私がお嫁さんを欲しいくらい」と、悲しい言い方をします。たしかに、仕事も家庭も子供も、って大変ですよね。
 
 しかし、大変だ大変だと言ってるだけでは、何も見えてきません。一度、実践的スタディをやってみなくては、いつまでたっても悪いのは社会と言うだけで、自分のことがちっとも見えてきません。
 
 吉本ばななは『キッチン』の書き出しにこう書きました。
「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う」うっとりと眠れる場だともいっています。何も眠るのに適した場所は静かな寝室だったり、ふかふかのお布団とは限らないんですね。こういった自分にふさわしい居場所が見つかると、本当にいいと思います。
(松永真理著「なぜ仕事するの?」角川文庫 p5-9)
 
■━━━━━
 
・負け犬とは……
 
 狭義には、未婚、子ナシ、三十代以上の女性のことを示します。この中で最も重要視されるのは「現在、結婚していない」という条件ですので、離婚して今は独身という人も、もちろん負け犬。二十代だけどバリバリ負け犬体質とか、結婚経験の無いシングルマザーといった立場の女性も、広義では負け犬に入ります。つまりまぁ、いわゆる普通の家庭というものを築いていない人を、負け犬と呼ぶわけです。
 
 結婚していない女=負け犬、とすると、「でも00さんみたいに、美人で仕事もバリバリやってる人は、結婚していなくても負け犬ではないのでは?」
 
 と、南アフリカにおける名誉白人のような例外を作り出そうとする人がいるものです。が、どれほど仕事が有能であろうと美人であろうとモテていようと、負け犬条件にあてはまる女は全て負け犬である、というのが本書のスタンス。
 
「既婚子持ち女に勝とうなどと思わず、とりあえず『負けました〜』と、自らの弱さを認めた犬のようにお腹を見せておいた方が、生き易いのではなかろうか?」
 という意識から来る、一種の処世術と見ていただいてもいいでしょう。
 
 なお、本書において「負け犬」と記されている場合、その性別は基本的にメス、すなわち女性です。未婚で子ナシで三十代以上の男性については「オスの負け犬」と表記しますので、混同の無いようご注意下さい。
 
・勝ち犬とは……
 
 負け犬のカテゴリーに当てはまらない女性の意。いわゆる、普通に結婚して子供を産んでいる人達のことです。お金持ちの夫を得て子供のお受験にも成功して余裕のある専業主婦生活をしている人から、収入の少ない夫をパートで支えていたら子供はグレてしまったという主婦まで、一口に勝ち犬と言っても幅広い層がいるわけですが、世帯収入の多寡や家族仲の良し悪しにかかわらず勝ち犬は勝ち犬である、と負け犬の立場にいる者としては勝ってに決めさせていただきます。
 
それぞれの場面において、皆さんのお好みに合った勝ち犬像を思い浮かべることによって、本書を一層楽しんでいただくことができるでしょう。
 
 勝ち犬も負け犬と同様、「オスの」という表記が有る場合以外は全て、メスのことを示すものとお考え下さい。
 
・「負け」と「勝ち」 について
 
 人を勝ち負けで評価することがタブー化している昨今。しかしだからこそ人は余計に、口には出さずとも、心の中で勝ち負けをつけたがっています。
 
 こと女性に関して言えば、今も結婚と子供というポイントによって勝ち負けの評価はなされがち。言論統制が行き届いている現在、「エッ、まだ結婚してないの? なんで? 今はよくても、歳とってから寂しくなるよ〜」
 
 といったわかりやすい差別発言は減ったものの、「ああ、負けてるんですね」
 という無言の評価を、私のような三十代・独身・子ナシ者はなされるわけです。
 
 ではなぜ負け犬は「負け」ていると見なされるのか。……というと、何を生産しているのか≠フ違い、という問題に行き着くと私は思います。
 
 人間というものは、家族の一員であったり、経済社会の一員であったり、国家の一員であったりと、様々な立場を持っています。誰しも同じである国家の一員〃という立場を除けば、結婚して子供を産み育てている専業主婦の勝ち犬は家族の一員≠ニしてのみ、存在していることになる。対して負け犬は、自分の親と自分、という家族は持っていても自分が作った家族は無いわけで、経済社会の一員≠ニしてのみ、存在している。
 
 家庭を持つサラリーマンとか、結婚して子を産みながら仕事も続ける女性は、家庭と経済社会、両方に身を置いているわけです。ではなぜ勝ち犬・負け犬は一つの世界にしか属していないのかといえば、「逃げたから」、もしくは「求められてないから」。
 
 負け犬は、結婚をしたくない、もしくは結婚する意志はあっても、自分が欲するような男性からは結婚相手として求められていないので、家庭という分野に進出せずに&できずにいる。
 
同じように勝ち犬は、社会で働きたくないとか、働くことより子育ての方に使命感を覚えたとか、子育ての他にその人でなければできない仕事がなかったからという理由で、家庭という分野にのみ留まっていることになる。そして負け犬と勝ち犬は、相手に欠けている部分を見つけては、お互いに「不完全だ」と言い合うのです。
 
 勝ち犬は、家庭という世界において子供という有機物を生産しています。そして負け犬は、経済社会においてお金という無機物を得ている。両者が生産したもの、すなわち「子供」と「お金」を比べた時に、子供の方がよりまっとうで価値の高い生産物とされるから、負け犬は「負け」ていると判断されるのです。
 
 子育てに疲れた勝ち犬は、
「子供なんかより、お金を自分で稼げる方がずっといい」
 と言うかもしれませんし、負けていることに対する言い訳をするのに疲れた負け犬は、
「でも私はちゃんと働いて専業主婦の分も税金を納めている」
 と言うかもしれません。
 
 確かにお金をたくさん稼ぐ人は皆から「すごい」と言われて注目されがちであり、お金持ちに憧れる人も多い。けれどお金を稼ぐ人は「すごい」とは言われるけれど、そのお金か宿命的に持っている下品さ故に、「偉い」とはいわれません。「偉い」のはやはり、お金だけでは育たない有機物を生み出すことができる人なのであり、だからこそ江戸時代の士農工商という序列においても、農は商より偉いのだと思う。
 
 負け犬が勝ち犬専業主婦をゴクツブシ扱いしたり、勝ち犬が稼ぎ遅れた負け犬を社会の不良債権呼ばわりしたりと、勝ち犬と負け犬は仲が悪いことが知られています。本当は仲が悪いわけではなく、単に共通言語を持たないので噛み合わないだけなのですが、その「何だかすれ違ってしまう感じ」も、それぞれが生産しているものが異なるところに、原因があるのでしょう。
 
つまりは「すごさ」を追い求める世界において生きている負け犬に対して、勝ち犬は「偉さ」が最も崇高な価値となる世界で生きており、この二つの世界は交わるところが無い。同じメスでも違う土俵にいるため、相撲を取ろうにも本当は相手が見えていないのです。
 
 この勝負、どちらかが折れないと永遠に決着がつかないであろうし、それはあまり良いことではないのではないか……と考え、私共負け犬はこの度、負けを認めることにいたしました(そんなもの勝手に認めるな、という方もいらっしやるとは思いますが、ご容赦下さい)。
 
 負け犬が負け犬となった理由は様々であり、また私達が普通の家庭というものを嫌悪しているわけでもないのです。ただ、ふと気がついたら負けていた。
 
 そんな我々は、なぜ負けたのか。負け犬の未来は、どうなるのか。そしてこんな負け犬を大量発生させてしまった日本の未来は……? ということで、これからしばらくの間、遠吠えてみようかと思います。
 
 とはいっても、人間を勝ち負けで二分することが本当は不可能であることは、私も知っているのです。が、そこを無理矢理にでも分けてしまうと単純に面白い、というのもまた事実。あまり勝ち負けという問題に対してキーキー言わずに、しばらくの閏この遠吠えに、お付き合い下さい。
(酒井順子著「負け犬の遠吠え」講談社 p7-12)
 
■━━━━━
 
働くということの発見
企業での十五年を振り返って
 
内からの希求と外からの要請
 
 ここまで述べて来たようなことを日々考えながらぼくは企業の中で働いていたのではなかった。むしろそれは、あちらに頭をぶっけ、こちらで立往生し、という盲目的な試行錯誤の中から、一滴一滴と滲み出して来る水を身体の底に溜めるようにして到達した認識であるといえる。いや、滴り落ちる水を意識して溜めようとしたのではなく、ふと眼をやると、そこにいつの間にか意外に澄んだ水が溜っていた、という方が近いだろう。
 
 前にも書いたように、ぼくは就職する企業での仕事を決して一生のものとは考えず、いわば実社会なるものを学ぶための不可欠の手段の一つとして受け止めていたに過ぎなかった。そのために実社会で生きる最初のほんの幾年かを企業で暮してみればよいのだ、といった軽い思いしかぼくの中にはなかった。
 
つまり、就職の動機はいささか不純でもあり、ある意味では贅沢なものでもあった。それは一方で、小説を書くことをなによりも大切な自分の仕事と心に決めていた故である。
 
 ところが、実際に会社にはいって働き出してみると、学生時代に頭に描いていた目論見がいかに軽薄で安易であったかを痛烈に知らされねばならなかった。
 
 初めの三、四年が過ぎた時、ぼくにわかったのは、会社などというものはそのくらいの期間を中で過してもなにもわかりはしないのだ、という厳粛な事実であったのだ。
 
 ぼくの計画は修正されざるを得なかった。さらに数年を会社員として暮すことが必要であった。これには、小説を書く作業が思うようには進まなかったという事情も絡んでいるけれど。
 
 そのうち、年齢も三十歳に近くなり、結婚して子供も生まれ、それなりの家庭が出来ていた。つまり、ようやく社会人の生活と呼ばれるようなものがぼくにも与えられたわけである。
 
 と同時に、十年近い月日の流れとともに、次第に会社の仕事が自分の内部にはいりこんで来るのが感じられるようになった。与えられた仕事が単に与えられたものにとどまらず、その中で我を忘れている瞬間があることに気づく。
 
ある意味では仕事が面白くなり、またそれに熱中すると数々の疑問に出会ったり、新しい不満にぶつかったりした。時には、頑迷な上司の無理解に嫌気がさして投げやりな気分に陥り、別の時にはむきになって当の相手に噛みついたりもした。
 
 そして仕事が他人ごとでなくなるのに合わせて、それはぼくの家庭生活を支えるものとしてもますます重い意味を持つようになった。仕事は自分にとっての内からの希求と外からの要請との結節点に立つものとしてぼくに迫って来た。
 
 今にして思えば、知らず知らずのうちに、ぼくは思い上った観察者から「会社員」という名の平凡な生活者へと変っていたのである。
 
働くということは生きるということである
 
 逃げようもないその場所に身を置いた時、初めて会社とはなにか、仕事とはいかなるものか、が少しずつわかりかけて来たような気がした。見ようとしていた時には少しも見えなかったものが、見ることを忘れて生きているうちにようやく見えはじめて来たのだといえる。
 
 さらにいえば、人の生きる場所としての会社の実態のみならず、自らの日々の仕事を通して、労働という営みが人間に対して持つ抜きさしならぬ意義までをも、自然に考えざるを得ぬ地点にぼくは近づいていた。
 
 これは予想外のことでもあった。学生時代のぼくは、労働とは労働者の営みだとごく単純に受取っていたからである。従って、企業の中で労働の実現するのは工場の作業現場だけだと思っていた。この素朴な見解は、一面では正当なものでもある。なぜなら、労働の本質は人間と物との関係の中にあるのだから。
 
 しかし、労働をより広く「働くこと」と受けとめた時、デスクワークに従事する者も当然労働の世界に生きていることになる。企業の中での労働とは、観察の対象でも研究の課題でもなく、我が日常そのものに他ならなかった。
 
 与えられた業務を成し遂げていくうちに、こんなふうに働けたらどれほど嬉しいだろうとか、かくも馬鹿らしいことが起るのはなぜだろうとか、喘ぐようにして考えを追いつつ、ぼくは自分のデスクワークを、「労働」というものの上に重ねはじめていたらしかった。そして「労働」として自らの業務を捉えると、時にはやり切れない思いを強いられ、時には忘我の瞬間をも味う仕事と自分との関わりが、前とは違った形で掴めるような気がしたのだ。
 
 間接的で抽象的な机の上の仕事を、物を作る現場の労働に置きかえて考察すると、意外に理解しやすいという事実も発見した。その頃に読んだ幾冊かの書物は、乾いた土に水が滲み込むようにぼくの内にはいりこみ、ぼくの考えを一層押しひろげ、より広い展望へとこちらを導いてくれた。
 
頭の中に概念として漂っていた「労働」は、一つの調査報告書をまとめる作業、一本のテレビコマーシャルフィルムを製作する行為となって生々しくぼくの前に立ち現われた。むしろ、日常の片々たる業務こそが、「労働」と呼ばれる、人間にとって根深く豊かな拡がりをもつ営為へとつながるものであることを実感するに至ったのだ、という方が正確であるかもしれない。
 
 社会的な展望のもとに眺めれば、一人の人間がどんなにもがいてみても、所詮彼の「労働」は売れる商品を生産する行為でしかなく、しかも個人はその生産のほんの一部にしか参加し得ず、作られたものはどこの誰に使ってもらえるのかもわからない、という空しさを否定出来ない。
 
 けれど同時に他方では、自分の関っているのがそんな無意味な行為であってたまるか、との口惜しさ、たとえなにがどうなっていようともこの仕事だけは自分の手がけたものとして納得出来る形に仕上げたい、といった熱望が渦巻いてしまうのも事実なのである。
 
 としたら、現代の「労働」を「自己疎外」などという便利な言葉であまり簡単に処理してはならない。もしも今日の「労働」の中には「自己疎外」しかないのだとしたら、これこそが「疎外」された俺だ、といえるギリギリの地点にまで自分を追い込んでみる必要がある。「労働」に全身の重みをかけて対決する姿勢がなければ、果して「疎外」の事実があるか否かも確かめられないではないか──。
 
 そんなことを考えつつ、「労働」の視点から人間を見つめると、現代に生きている人々の姿が次第に強い輪郭で浮かび上ってくるように思われた。そして企業という場所が、「労働」という実質を獲得して、ぼくの眼に一つの世界の像をむすぶ結果となった。つまり、そこで人々の働く企業が、現代社会の本質を表現する場として認識されたわけである。
 
 こうしていつの間にか、「労働」はぼくにとっての文学の主題となり、小説の出発点となった。あまりにも漠として捉え難い現代を掴むための貴重な手がかりを、そこに見出したのだともいえるだろう。
 
 結局は二十代の前半から三十代の後半にかけての十五年間をぼくは企業の中で生活したのだが、いま振り返ってみてそれが必ずしも長過ぎたとは思わない。人間の社会的成長の最も激しい時期、思想的成熟の強く期待される季節を企業で過したからこそ、ここまで述べて来たような考えを曲りなりにも自分のものとすることが出来たのではなかったか。
 
そしてそれだけの内容を特定の教師も教科書もなしに現実生活を素材として学ぶには、小学校から大学までの十六年間にほぼ匹敵する時間が当然必要だったのである。
 
 働くということは生きるということであり、生きるとは、結局、人間とはなにかを考え続けることに他ならない。
(黒井千次著「働くということ」講談社現代新書 p174-180)
 
■━━━━━
 
 もしわれわれが、労働生産物のこんにちの分配様式──これは、貧困とぜいたくとの、飢餓と飽食との、はなはだしい対立をともなっている──の変革がさしせまっているということの保証として、<この分配様式は不正であるが、それでも最後には正義が勝つに違いない>という意識よりましなものをもっていなかったりしたら、われわれの状況は困ったものであろうし、また、われわれが長く待つことにもなりかねない。
 
近く到来する千年王国を夢見る中世の神秘家たちは、<階級対立は不正義だ>という意識をすでにもっていた。
 
三五〇年前、近世史の入口で、トーマス・ミュンツァーが声高くこれを全世界に向かって叫んでいる。
 
イギリスのブルジョア革命でも、フランスのブルジョア革命でも、この同じ叫びが響きわたり、そして ──消えてしまった。
 
そして、いま、一八三〇年までは労働し苦しんでいる大衆が冷淡に聞き流していた・階級対立と階級の区別との廃止を求めるこの同じ叫び声は、いま、百万倍の反響を生んでいる。
 
この叫び声は、国ぐにをつぎからつぎへとらえていき、しかもそれぞれの国で大工業が発展していくのと同じ順序でまた同じ強さでそうしている。
 
この叫び声は、この一世代のうちに、それに反対して連合したすべての勢力を押し切って<近い将来のうちに勝利できる>と確信できるほどの力を獲得した。
 
なぜこういうことになったのか? それは、現代の大工業が、一方で、プロレタリアートという一つの階級をつくりだしたからである。
 
これは、歴史上はじめて、<あれこれの特殊な階級組織やあれこれの特殊な階級特権を廃止せよ>というのではなくて、<階級一般を廃止せよ>という要求を提出するごとのできる階級であり、また、中国の苦力の境涯に落ち込むまいとすれば、ぜひともこの要求を貫徹しないわけにいかない階級なのである。
 
それはまたこの同じ大工業が、他方では、ブルジョアジーという形で一つの階級をつくりだしたからである。
 
これは、すべての生産用具と生活手段とを独占しているが、自分の手に負えないほど大きくなった生産諸力を引き続き制御していくことができなくなってしまったことを、思惑投機の時期ごとに、また、それに続く恐慌のたびに、証明している階級であり、その指揮のもとで社会が、ちょうど機関士の力が弱すぎてつまった排気弁をあけることができない機関車のように、破滅に向かって突進している、そういう階級なのである。
 
言いかえれば、あの叫び声がこんにちこのように拡がりもし強まりもしたのは、現代の資本主義的生産様式によって生み出された生産諸力も、また、この生産様式によってつくりだされた財貨分配制度も、どちらもこの生産様式そのものとの激しい矛盾におちいったからである。
 
しかも、その矛盾の激しさときたら、現代社会全体を滅亡させまいとすれば、生産および分配の変革が起こってすべての階級の区別を廃止しなければならない、それほどのものなのである。
 
抵抗できない必然性をもって、搾取されているプロレタリアの頭脳に多かれ少なかれ明確な姿をとってせまってくる、手でつかむことのできるこの物質的事実──この事実にこそ、現代社会主義の勝利の確信は基礎づけられているのであって、あれこれの書斎学者の公正および不正という観念にではない。
(エンゲルス著「反デューリング論」新日本出版社 p221-222)
 
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
◎「負け犬の遠吠え」という本がよく売れているらしい。社会の進歩と女性が働くということ、矛盾をふくみながら……。
 
◎働くこと、労働者のことを深めましょう。
「抵抗できない必然性をもって、搾取されているプロレタリアの頭脳に多かれ少なかれ明確な姿をとってせまってくる、手でつかむことのできるこの物質的事実」と。