学習通信040720
◎「少年事件は、……日本文化全体とかかわっている」と。

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日本文化の病い

 若者に対して批判や攻撃を一方的に加える、と言っても面と向かってではなく、同年輩の「仲間」と嘆き合って楽しんでいるだけなのだが、こんなのを見ると、その若者を育てたのは誰かと言いたくなる。そのような若者を育ててきた者の責任というのを考えなくてもいいのだろうか。

 責任論はともかくとして、大人の実際の生き方はどうなのか。五千万円恐喝事件に驚いた人たちが異口同音に言うことは、金額がそれほどになるまで、よくぞズルズルと続けたものだ、ということである。歯止めをかけるにしても遅すぎる、と言うのである。筆者はこのような言葉を聞きながら、最近も同じ科白を聞いたぞ、と思った。そして、それはバブル崩壊のときのことだと気がついた。二千億円などという、ほとんど想像外の金額に至るまで、「ズルズル」と融資を続け、「歯止めをかけるにしても遅すぎる」ことをしたのは、すべて大人、しかも極めて偉い大人たちなのである。

学歴、社会的地位、人生経験、何をとって見ても、一流の人たちがバブル経済の流れのなかで、しっかりと立止ることができず、大勢に流されていった。とうとう何とか歯止めをかけようとしたときは遅すぎたのではなかろうか。そして、後になってから、「おかしいと思っていた」とか言うのみである。これは、五千万円事件とパターンはまったく同じと言っていいのではなかろうか。少年とか青年のことを嘆いておられない。大人も同様のことをやっている。

 バスジャックをした十七歳の少年は、「連帯責任」と称し、誰かが逃げると誰かを殺すと言い、そのとおりにまったく罪もない女性を殺害した。冷血、残虐、極まりない行為である。しかし、筆者は ちょうどそのとき、保阪正康『昭和陸軍の研究』上・下(朝日新聞社)を読んでいた。ここには、日本陸軍がいかに愚かなことを繰り返したかが明らかにされているが、そのなかでも日本軍が中国においてなした多くの残虐行為は、読みとおすのが辛いほどであった。何の罪もない民衆をどんどんと殺す。

 そのなかには、自分の戦友が殺されたための報復という気持もはたらいている。しかし、殺す相手は非戦闘員たちであり、女性や子どもも含んでいる。ここには十七歳の少年の殺人に通じる要素をたくさん見出すことができる。

 それに前述したような、ものごとが動き出し大勢がきまると、確固とした判断がないままにズルズルとそれに従ってしまう。ここでやめるべきだという決意ができない、などという態度は、まさに昭和陸軍の御得意と言っていいほどである。

 これらのことを通じて強調したいのは、現在生じている少年事件は、「近頃の若い者」というよりは、日本文化全体とかかわっている、ということである。青少年問題などと限定して考えるのではなく、日本人全体として──何よりも自分自身のこととして──考えねばならない、と思う。

 以前から問題とされている、「不登校」や「いじめ」にしても、それは「文化の病い」であることを、かねがね強調してきた。そして、最近の少年事件は、その病いが実に深刻であることを示している。

 しかし、ここで筆者は「病い」という表現をまったく否定的な意味でのみ用いているのではないことを明らかにしておきたい。心理療法家という仕事をしていると、「病い」はしばしば新しい発展の契機になることを経験する。このために、精神分析家のエレンベルガーは、『無意識の発見』(弘文堂)において「創造の病い」という考えを提唱した。

つまり、病いになりそれを克服する過程のなかから、それまでと異なる新しい創造的な考えや生き方が生じてくるのである。エレンベルガーは個人の生活史を対象として、この考えを明らかにしたのだが、それは個人のみではなく、ある文化や社会に対しても適応できる、と考えられる。つまり、日本が今深刻な「文化の病い」に罹患(りかん=病気にかかること)していることは、これを契機として新しい発展の生じる可能性があることを示している。もちろん、「病い」なのだから、克服し得ないときは、致命的な障害をもたらすことも事実である。

 このことをよく弁え(わきま)、われわれ日本人は、現在が日本人にとって極めて重要な時期であると自覚しなくてはならない。そのためには、まず、日本文化の現在の状況を把握することが必要である。これが本書の母胎となった『現代日本文化論』全十三巻の発行の趣旨である。このような認識を通じてこそ新しい展開も生じてくるのだ。

 このような考えによらず、現在日本の若者のみを問題と考え、それに対して「道徳教育」をしっかりとすることが必要と主張する人は、戦前に「修身」教育をたたきこまれた日本人が戦争中にどんなことをしたかをよく考えていただきたい。戦争中だから「敵」に対してしたことはとやかく言えないと思う人は、日本の高級将官たちが、日本の兵士の命を平気で棄て去って、自分のみは助かり責任も負わないことがしばしば起こっていることを認識して欲しい。

 何度も繰り返すようだが、いまさら昔に帰ることはできないし、たとえ出来たとしても無意味であろう。われわれは先に進むことを考えねばならない。
(河合隼雄著「日本文化のゆくえ」岩波書店 p2-5)

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 このノートは、一見、メルヘン的な、あるいは抒情的なムードが漂うおしゃれなデザインと『心のノート』というネーミングがソフトで癒やし系の印象を与えますが、実際には道徳の学習指導要領のカラフルな体現そのもの、道徳項目を体系的に教えさせるための徹底したマニュアルであると言えます。国が決めた学習指導要領を完全に教えさせるための教材を国自身がっくり、配布し、教師の教え方を指導した手引書まで配った、かつてなかったほどの国家教育です。

 道徳項目を教えるのに心理主義を導入した全く新しいタイプの「本」による「心の教育」が、全国一律に、義務教育課程の九年間続く道徳プログラムとして、子どもたちの心に向けて、すでに始まっているのです。

学校発信の社会変革

 しかし、今なされようとしている道徳教育は、かつてのように学校の「道徳」授業の中だけで終わるものではありません。学校の全教育課程において実践され、さらには子どもを通じてまずは家庭に、さらには地域社会にまで広がってゆくことが目指されているのです。

 たとえば、ある小学校の校長は、「家庭との連携に出番を──いつでも、どこでも、親にも『心のノート』」と題した文章の中で、次のようにはっきりと述べています。「親が変わらなければ心の教育はどうにもならない。そう思わされる事例は、実に多い。しかし、親を教育するとは言いづらい。ここに『心のノート』の大きな出番があると考えるのである」。

校長は、「PTAの諸会合での挨拶等で『心のノート』を活用する」「心のノートは金曜日に家に持ち帰り、月曜日に学校に持ってくるようにさせる」ことを提言しています。『心のノート』の特徴として挙げられていた「学校と家庭をつなぐ『心の架け橋』」(家庭配布パンフレット)には、実はこういう意味も含まれていたのでしょうか。

 また、親がこのノートで教育されようとしているだけではありません。地域社会もまた対象とされ、「学校発進の社会変革」すら目指されているのです。前述の押谷由夫氏は、「心のノート──作成に込められた願い 道徳教育充実の切り札に──学校発進の社会改革を」という文章の中で、『心のノート』は「大人の心をも癒やし、勇気づけ、生きがいのある生き方へとかりたててくれる」ものであり、「大人自身の道徳心を目覚めさせてくれるものでもある。

『心のノート』の活用によって、学校発進の社会改革が可能なのである」「地域間交流、学校間交流など、活用は無限に広がっていく」と述べています。また「『心のノート』の大きな特色は、全国の子どもたちが同じものをもっているということである。全国の子どもたちと共通の話ができる。インターネットや電話などを通して情報交換が可能になる」として、電子メディアを通じて日本中の子どもにネットワークが広がっていくことをも期待しています。

さらには、「学校環境を、『心のノート』のなかで描かれている世界と同じようにしていくようにこころがける。例えば、よく似た写真やある頁を拡大して教室に貼る」「公民館や図書館など人々がよく利用する場所に『心のノート』の一部を拡大して掲示したり、子どもたちの書いてくれたことを紹介したりすることも効果的である」として、学校という現実世界を、『心のノート』で描かれたいわばヴァーチャルな道徳世界と「同じようにしてい」き、子どもの書いたものをも使って地域を道徳化していくことを提唱しているのです。

同じくノートの作成に関わった柴原弘志教科調査官は、押谷氏らとの鼎談で、「『心のノート』はポスターとしてのイメージもあったんですね」として、「たとえば町内の掲示板に掲示することも考えられると思います。そこに地域の人々からさまざまな意見を書き込んでもらうのもよいでしょう……」と語っています。

押谷氏はまた、二〇〇二年出版された『市民総参加の生き生き「心の教育」──学校発信による「開かれた」道徳教育の推進』で、福岡県大野城市で行われたまさに「市民総参加」の道徳教育の実践を報告しています。そこでも氏は、今後の課題として『心のノート』の活用を挙げています。
(三宅晶子著「「心のノート」を考える」岩波ブックレット p8-10)

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 ところで、ノートに著者名は記されていないが、教師向けに配布された手引書『「心のノート 小学校」活用のために』『「心のノート 中学校」活用のために』(以下、引用の際には「活用のために 小」「活用のために 中」と略記する)の最終頁には、実際の作成・編集協力者の名前が記載されている。

トップに記されている作成協力者会議委員は以下のとおりである。河合隼雄 文化庁長官(座長)/大日向雅美 恵泉女学園大学教授/尾田幸雄 お茶の水女子大学名誉教授/狩野牧人 (社)日本青年会議所地域の先生づくり運動推進委員会委員長/久慈竜哉 (社)日本PTA全国協議会常任理事/中川志郎 ミュージアムパーク茨城県自然博物館館長/中村桂子 JT生命誌研究館館長/長谷徹 東京都港区麻布小学校校長/服部祥子 大阪人間科学大学教授/本田和子 お茶の水女子大学学長

 そのほか、編集協力者(冊子代表委員)には上杉賢土千葉大学教授、新宮弘識淑他大学教授、藤永芳純大阪教育大学教授、横山利弘関西学院大学教授の四名の大学教授が記載されているほか、編集協力者には、小学校版では六五名の小学校教諭や校長、中学校版ではニ八名の中学校教諭や校長の名が記載されており、最後に、文部科学省の編集担当者として、前述の押谷由夫前初等中等教育局教育課程課教科調査宮・現昭和女子大学教授ら一二名の名前が記載されている。

 ところで、作成協力者会議委員の中で、唯一の道徳教育の専門家が尾田幸雄氏であるが、尾田氏は、二〇〇三年一月二六日に設立された「日本の教育改革」有識者懇談会(いわゆる民間教育臨調)の代表委員に就任している。教育基本法「改正」で目指されている子どもたちの選別と統治は、この『心のノート』においては、すでに先取り的に記され、現場において実施されているということではないだろうか。

 この懇談会は「新しい教育基本法を求める会」を中心に、日本会議、新しい歴史教科書をつくる会等が合流して教育基本法「改正」に向けて大同団結した組織である。会長には西沢潤一岩手県立大学長(「新しい教育基本法を求める会」会長)、副会長には石井公一郎ブリヂストンサイクル元社長(日本会議副会長)や長谷川三千子埼玉大学教授ら、運営委員長には高橋史郎明星大教授(「新しい歴史教科書をつくる会」副会長)が就任している。

代表委員には、田中英道東北大学教授(「新しい歴史教科書をつくる会」会長)、全日本中学校校長会会長、協力委員には全国連合小学校校長会会長も就任しており、教育基本法「改正」の思想は、すでに公教育のトップにおいては公然たるものになっていると言える。
(三宅晶子著「「心のノート」を考える」岩波ブックレット p64)

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文化の尊重ということ

 積荷目録の第五としては、「文化の尊重」ということをあげたいと思います。
 ルネサンスの初期からつねにヒューマニストたちは、人間の諸能力が文化によって育てられるということについてのゆるぎない確信をもちつづけてきたように思われます。人間をよりゆたかに、より人間的ならしめるために、そのために、よりゆたかな、より人間的な文化を! これが、ヒューマニストたちの一貫した主張でした。この意味でヒューマニズムは「文化主義」でもある、ということができます。

 人間の諸能力は文化によって育てられるものだということ──これは、人間の本質にかかわる基本的な真理だ、と思います。

 「人はパンのみにて生くるにあらず」という聖書の言葉をもじっていえば、「人は文化を食べて生きる存在」とさえいえる、と思うのです。各人にそれぞれ独自の個性がかたちづくられていくのも、つまりは「文化の食べ方」がそれぞれに独自の道すじをたどることによっているでしょう。

 ここで「文化」というのは、衣食住をはじめ、人間生活のあらゆる領域にかかわるものです。人間生活のさまざまな領域において歴史的に蓄積されてきた知恵、社会的に蓄積されてきた力の総体、それが文化だ、といったらいいでしょうか。言語はもちろん、スポーツも、料理も、すべて文化です。文化としてのスポーツは、均整のとれたしなやかな肉体を育て、文化としての料理はデリケートな味覚を育てます。美しいものを美しいと感じわけることのできる目や耳を育てあげるのも、文化です。

 ルネサンス期のヒューマニストたちは、世界についてのまったく新しい目を開いてくれるものとして、ギリシャ・ローマの古典文化に夢中になったのでした。それは彼らに、人間の肉体と心の世界についての、人生のゆたかさ・すばらしさについての、まったく新しい目を開かせてくれたのです。そしてまた、自然の美しさについてのまったく新しい目をも。

 皆さんは山登りが好きでしょう。山の頂上からの眺めをすばらしいと思うでしょう。それはまさに人間的なよろこびです。でも、中世ヨーロッパの人びとは、そうした人間的なよろこびを知らなかったのです。そのよろこびをはじめて知ったのは、十四世紀イタリアの代表的なヒューマニスト(人文主義者)の一人、ペトラルカであったといわれます。

すなわち彼は、一三三六年四月、弟とともに、アルプス連峰のはずれのヴァントウ山に登り、頂上からの眺めにふるえるような感動を味わったのでした。これによってペトラルカの名まえは、近代登山史の第一ページを永遠にかざることになりました。

 それまで、中世のヨーロッパでは、山は人がみだりに近づいてはならぬ聖なる場所として、ないしは悪魔の住みかとして、おそれられていたのです。山にかぎらず、およそ自然の美に感動することは、それ自体罪深いことだ、というのが支配的な文化でした。それはペトラルカ自身が、山頂からの眺めに感動したあと、そのことで深く自分自身をとがめたと回想しているほどだったのです!

 人間的な文化によってはじめて人間的な感覚がめざめさせられる、ということは、何も数世紀まえのヨーロッパだけの話ではありません。次の文章を読んでみてください。

 「夕やけを見てもあまりうつくしいとは思わなかったけれどじをおぼえてほんとうにうつくしいと思うようになりました」

 これは、家が貧しくて学校にいけず、字を知らずにきた婦人が、年をとってから識字学校ではじめて字をおぼえて書いた手紙の一節です。何と感動的な文章でしょう!

 ここで私たちは、ヘレン・ケラーのことを思いあわせてもいいでしょう。

 一歳半のとき、病気のため突然、目が見えなくなり、あわせてロもきけず、耳もきこえなくなったヘレン。そんなヘレンに、サリバン先生は、必死で「ものにはみんな名まえがある」ということをわからせようとします。そのくりかえしの努力も、くりかえし無駄におわるかに見えたある日のこと。

 「先生は、ヘレンにコップをもたせて『コップ』と手にかきました。それから、コップをポンプのロのところへ出させて、ポンプをおしました。

 つめたい水が、ざーっとでてきて、ヘレンのコップにあふれました。
 先生は、あいているほうの手に『みず』となんどもかきました。『みず』ということばが、つめたい水といっしょに、ヘレンの心の中へながれこんでいきました」(山ロ正重『ヘレン・ケラー』ポプラ社)

 その瞬間、「水というのは、いま手の上をながれているふしぎな、つめたいものの名まえだ」ということが、そして「ものにはみんな名まえがある」ということが、ヘレンに理解できたのです。ヘレンが七歳になった春のことでした。

 その時から、ヘレンにはまったく新しい世界が開けたのです。つめたい水といっしょにヘレンの心に流れこんだもの、それはほかでもない、「文化」というものであったのだ、と思います。
(高田求著「君のヒューマニズム宣言」学習の友社 p37-41)

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 犬がいかがわしい生き物だと、思ったことはありません。猫もそうだし、蟻もそうです。つまり、いかがわしい動物などというのはいないんですね。
 が、たったひとつだけ、人間というのはかなりいかがわしい生き物だという気がする。もちろん、それは自分も含めての話です。
 それはなぜだろうと考えてみると、やはり「ことば」というものを、それも複雑なシンボル体系としての「ことば」というものを、人間だけが持ってしまったからではないかと思うのです。

 何がいかがわしいと言って、この「ことば」くらいいかがわしいものはありません。だから昔の人は「不言実行」が大切だと言いました。雄弁は銀だが沈黙は金だと、雄弁より沈黙を上位に置きました。が、「不言実行」とか「沈黙は金」とかいうのも、ことばを使わなければ言えないわけで、つまり、ことばがあるから人間はいろいろ言ったり考えたりすることができる。逆にことばがなければ、人間は人間でなくなってしまうんですね。

 そう考えると、「人間はことばを使う動物である」という定義は、「人間はいかがわしい動物である」と言いかえても、別にかまわないんじゃないかという気がする。人間の歴史は、いかがわしい生き物たちのいかがわしい所業の歴史と言いかえることもできるでしょう。

 で、人間の持っているそんないかがわしさを、一身に体現しているのが、実は広告というものではないか、とぼくは考えています。ま、芸術や芸能も、祖先は広告と同じですから、それぞれ十分にいかがわしい。が、一〇〇パーセント濃縮還元のいかがわしさを持ったものと言えば、やはり、広告が代表選手でしょう。

 だから、広告の歴史を考えることは、人間の歴史そのものを考えることになるんじゃないか、少なくとも、人間の歴史の一つの側面を考えることになるんじゃないか、と前々からぼくは思ってきました。この本でそのスケッチができたらいいな、と思っているのですが、さて、どうなることやら。なにせ、いかがわしさでは人後に落ちないぼくの話ですから、マユにツバをたっぷりつけて、つきあってもらえればと思います。

 念のために言っておきますが、ぼくはいかがわしいものやいかがわしいことが大好きです。ということは、人間が大好きだという意味です。
(天野祐吉著「私説 広告五千年史」新潮選書 p9-10)

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◎「つまり、日本が今深刻な「文化の病い」に罹患(りかん=病気にかかること)していることは、これを契機として新しい発展の生じる可能性があることを示している。」

河合隼雄の回答は「心のノート」であり、日本文化の「新しい発展」だというのだろうか。

◎文化≠ニいうことを意識してみると……。