学習通信040803
◎資本主義の寿命がつき始めたことを、絵に描いたような姿で……。

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 この新しい悪循環を、現代工業のこの絶えず新しく生み出される矛盾を、廃止することは、またしても、ただ現代工業の資本主義的性格を廃棄することによってだけできる。

自分の生産力を単一の大きな計画に従って調和のとれた仕方で組み合わせる社会にだけ、工業自身を発展させるのにも生産のその他の諸要素を維持ないし発展させるのにも最も適した仕方で、工業を全国に分散させて配置することができる。

 都市と農村との対立を廃止することは、こういうわけで、ただ可能なだけではない。工業生産そのものの直接の必要事になっており、同様に、農業生産とさらには公衆衛生との必要事にもなっている。

ただ都市と農村とを融合させることによってだけ、こんにちの空気と水と土壌との汚染を取り除くことができるし、ただそうすることによってだけ、こんにち都市で病みおとろえている大衆の状態を変えて、彼らの糞尿が病気を生み出すかわりに植物を生み出すために使われるようにすることができる。

 資本主義的工業は、もうすでに比較的にその原料生産地の場所的な制限に左右されなくなってきている。すなわち、繊維工業が加工するのは、大部分、輸入した原料である。スペインの鉄鉱石は、イギリスとドイツとで加工され、スペインおよび南アメリカの銅鉱石は、イギリスで加工されている。

どの炭田も、自分の境界をはるかに越えて、年ごとにますます範囲が広くなっていく工業地域に燃料を供給している。ヨーロッパの全沿岸にわたって、蒸気機関は、イギリスの石炭で、ところによってはドイツおよびベルギーの石炭で、運転されている〔、という具合いにである〕。資本主義的生産の制限から解放された社会は、もっとずっと遠くまで進むことができる。

この社会は、──工業生産全体の科学的基礎を理解し、その一人一人が一連の生産部門全部について始めから仕上がりまでの実地の経験を積んでいる、そういう全面的に発達した生産者の一世代を生み出すことによって、──遠距離から取り寄せられる原料や燃料の輸送に費やされる労働をつぐなってあまりあるほどの、一つの新しい生産力をつくりだすのである。

 都市と農村との区分けを廃止するということは、だから、〈大工業を全国にできるだけ均等に分布することが、そのための条件となる〉という面から見ても、ユートピアではないわけである。文明は、もちろん、大都市という遺産をわれわれに残した。

これを取り除くのには、時間と労苦とがたくさん必要であろう。しかし、それがどんなに手間ひまのかかる長期にわたる過程であろうと、大都市は取り除かれなければならないし、また、取り除かれるであろう。

〈プロイセン国民のドイツ帝国〉の行く手にどういう運命が待ち受けているにせよ、ビスマルクは、〈大都市の没落〉という自分の宿望が間違いなく満たされるという、誇らしい意識をもって墓にはいることができる。
(エンゲルス著「反デューリング論 -下-」新日本出版社 p176-178)

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日本の農業を衰退させると山河が荒廃する──井上ひさし

 ──略──
 明治初期の御雇外国人にマックス・フェスカ(一八四六−一九一七)というドイツ人がおりました。当時、世界でも指折りの農学者でした。彼は日本政府の依頼で全国を調査して歩き、各地の土性図や地質図をつくり、のちに東京帝国大学農科大学でも教えましたが、彼の『日本論』の中に次の一行があります。

「日本の河川はヨーロッパ人の感覚でいえば、滝である」

 彼には日本の川が滝のような急流に見えた。たしかに日本は降水量の多い国です。一年間に平均一八〇〇ミリの雨や雪が降る。ちなみに世界の年間降水量は約一〇〇〇ミリ。ヨーロッパの年平均は七〇〇〜八〇〇ミリ、カリフォルニアなどは三六〇ミリですから、いかに日本の降水量が多いかおわかりになるはず。加えて日本は山国です。国土の三分の二が山地である。そこで川の流れは速く、その水の量は大きい。だから「日本の河川は滝」なんですね。

そこでふつうなら洪水が出て、国土は毎年、荒れに荒れて、使えなくなっているはず。ところが日本人は山の裾野に水田を張りめぐらせて無数のダムを築き、そこで水稲を育てて米を穫る工夫をした。日本人の祖先はまことに賢明であり偉大であった。フェスカは帝大の講義でも事あるたびにそう力説しました。日本はいままで通り小農法で行くべきだと説きました。

 しかし明治政府は、「このままでいい」というフェスカの意見を採用しなかった。なんでも欧米が一番、なんでもかんでも欧米から学ばねばという考えで凝り固まっていましたから、「このままでいいはずがない」というへんな結論を出して、こんどは小農法より規模の利益を重んじる中農法の学者を英国から招きました。そしてそのとき以来、日本の農業を少しでも英国流の中農法に近づけることが国是になったのです。

 いうならば、「規模拡大」は明治以来の国法だったんですね。戦後はさらにアメリカの大農法(工業的農業)の毒にあてられて、いっそう声高に「規模拡大! 規模拡大!」と叫ぶようになったのですが、いずれにもせよ、「水田をつぶせば出水が多くなる」のがわたしたちの国土です。アメリカ米やタイ米を買うというのは、「水を治めなくても、どうということはない」と罰当たりなことをほざくのと同義なのです。都会の方がたに、どうかそのところをわかっていただきたい。

 水田に治水能力があるということは、同時に水田には地下水の涵養力もあるということです。水田に湛えられた水の中には地下に沁み込むものがある。さらに水田の近くの森や林からも水が地下に沁み込む。こうした水は、やがて汲み上げられて工業に使われます。

 そこで、
「大農業国はすべて大工業国である」
 という定理も成立するのです。ちょっとお考えくださってもおわかりのように、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリアなど優秀な工業力を持っている国は同時にすべて優秀な農業国でしょう。これからも日本が工業国として立って行こうというのなら水田を、とくに近くに森や林のある中山間地の水田を大切にしなければならないのではないか。

工業は熱を発生させます。ですからその熱を冷やす水がなくてはかないません。そして水田や林や森、つまり農村なしにはその水がつくれないのです。ばかばかしいぐらい簡単な理屈なのに、これがわからない人が多いのですね。

 このほかにも水田の効能は数多くあります。たとえば稲作がつくってきた日本の景観というものがあり、そこから保養機能も出てくるし、稲作が持つ教育力というのもある。中でも、そこに水田農業があって、だからこそ、そこに人が住んでいるということがじつに大事です。

そこの歴史(つまり代代住んでいた人びとの記憶の集積)、そこの言葉、そこの言い伝えや昔話、そこの祭やしきたり、そこのたべもの……ひっくるめてそこの文化すべてを背負い、それを次の世代へ伝えて行くのは、ほかのだれでもない、そこに住んでいる人間です。そこから人間がいなくなれば、そこにあった文化はスポッと消えてしまう。いわば日本の文化の一部に穴があく。ヨーロッパでは、山間の村で農業を続けている人たちに、

 「不利な条件にもかかわらず、あなたがたがそこに住んでいてくださるから、大切な国土や文化が保持されているのです」

 という感謝をこめて、国税で所得を保証したり、十年ごとにボーナスを出したりしている国が多いのですが、こういう考え方こそ妥当なのではないでしょうか。
(不破・井上著「新 日本共産党宣言」光文社 p228-232)

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地球には貴重な生命維持装置がある

 資本主義の寿命に結びつくもっと大きな矛盾が、現在の世界にはあります。それは、資本主義が生産をしゃにむに発展させたことによって、地球規模で人間が生きる環境を壊しはじめている、という問題──地球環境問題です。

 地球という星は、私たち人間をはじめ、いろいろな生命体が棲むことを可能にする条件──生命を維持しまもってゆく装置をつくりあげていて、これだけの条件をもっている星はなかなか見つからないといわれる星なのです。なかでも、もっとも大事なのは、地球を大気の層(大気圏)がとりまいていることで、この大気圏がなかったら、人間はもちろん、どんな生命も成り立ちません。これは、たいへんな生命維持装置なのです。

 まず、地球を取り囲む大気圏のなかで、地表から一〇キロメートルまでの層(対流圏といいます)は窒素と酸素が主で、そのなかの二酸化炭素(炭酸ガス)はごく少量です。このことが生命にとって重要なのです。

 同じ太陽系の地球に近い惑星でも、金星や火星の大気は大部分が二酸化炭素です。二酸化炭素は、その星にあたる太陽熱を、外へ発散(放射)させないで、内にこもらせてしまう作用──温室効果というのですが──がありますから、地球が、ほかの星と同じように二酸化炭素の厚い層に包まれていたとすると、地球の表面はたいへんな高熱になってしまうはずです。ところが、地球の大気は、炭酸ガスは少量ですから、大気のそういう成り立ちが、生命がすむのにほどはどの温度や気候の条件を保障しています。

 それから、宇宙のなかで、生命が生まれ発展してゆくうえで、いちばん怖いものに紫外線があります。紫外線は、分子を壊します。だから、地球上で生命かそれに近いものが生まれても、紫外線に裸でさらされると、分子のつながりがずたずたに切られてしまいます。生命活動をになうDNAなどは、ものすごく長い分子ですから、そんなものは、紫外線の降り注ぐ世界では、生まれようがない。ところが、地球は、対流圏の外側の成層圏(地表から一〇〜五〇キロメートルの層)に、オゾンという物質の薄い層をもっています。これが、紫外線をさえぎってくれています。

 こういう生命維持装置が何重にもあるから、地球という星では、生命が誕生することができたし、その生命が進化して、人間という高度な生物にまで到達することができたわけです。

この装置は三十数億年以上かかってつくられた

 ところが、調べてみますと、四十六億年前、地球が太陽やほかの惑星とともに生まれた頃には、様子が全然違っていました。大気はやはりほとんど二酸化炭素でできていたし、オゾン層はまったくありませんでした。紫外線が自由自在に降り注ぐ世界でした。

 その地球に、三十五億年前に最初の生命が生まれました。どこで生まれたかというと、海のなかです。地上では、温度は高いし、紫外線に直撃されます。しかし、海のなかは、温度も低く、水の層が紫外線を防いでくれます。つまり、海の水を、現在の大気にかわる生命維持装置として活用して、生命が誕生することができたのでした。

 その生命が進化してゆくなかで、二酸化炭素を吸収して酸素を吐き出す生命体が生まれます。植物の光合成の始まりです。この生命体が、大気のなかの二酸化炭素をどんどん消費し、それを酸素でおきかえた現在の地球では、窒素が大気の八割近くをしめる主役となっていますが、この窒素は別に量が増えたわけではなく、主役だった二酸化炭素が減っていったために、自然にその割合が大きくなってきたと考えられています。こうして、地球の大気は、最初の組成からすっかり様変わりして、二酸化炭素の少ない、窒素と酸素を主にした大気に変わりました。いわば地球の大気の大改造です。

 そうなると、面白いもので、成層圏にまで上がっていった酸素の分子が、紫外線に当たって、オゾンの分子に変わるという現象が進みはじめます(原子・分子の関係で言いますと、酸素原子二つで酸素分子、酸素原子三つでオゾン分子という関係があります)。そのオゾンがやがて層をなして地球の外側を囲み、降り注ぐ紫外線をさえぎるようになります。

 そうすると、それまで海のなかにいた生命たちが、そろそろ陸に上がってもいいかな、ということで、上陸するようになる。これが、四億年前です。三十五億年前に誕生した生命が、生命を保護する条件がととのうまでの三十億年あまり、いわば海のなかで我慢していたわけです。その生命が四億年前にようやく地上に出てきて、今日にいたる多様で豊富な大発展をとげるのです。

 このように、われわれの地球が、生命が生まれて発展しやすい、また人間がすみやすい生命保護装置を持っているということは、最初からあったものではなく、三十億年以上もかかってつくりあげてきた本当に大事な装置であって、それをつくる仕事では生命自身が大きな役割をはたしました。いまの地球環境問題というのは、その大事な装置を、人間が壊しはじめているという問題です。

フロンガスと地球温暖化

 資本主義が生産をあらゆる制限をこえて発展させる、そのなかで人間が知らなかった新しい物質も次々に生まれます。その一つにフロンというガスがあります。一九三〇年に発明されたのですが、安定した物質でどんなものの作用にも強いというので、冷蔵庫の冷却剤とか、洗浄剤とか、発泡スチロールの製造などなど多方面に便われ、その使用量が急速に増えました。

 ところが、便利で無害だと思われていたこの物質が、実はとんでもない有害な働きをしていることが、分かってきました。これが大気の上層にあがってゆくと、大事なオゾン層を破壊してしまうのです。このままでいったら、生命をまもるオゾン層がなくなって、地球の表面が紫外線にさらされる世界に変わってしまう。そのことに人間が気づきはじめたのが、いまから二十六、七年前のことです。南極の上空に、オゾン層がなくなって大きな穴があいていることも分かってきました。

それから大問題になったのですが、そのとき、そんなことはないといって頑張ったのが、フロンガスをつくっていたアメリカの大化学企業・デュポンでした。地球の観測が進み、フロンの破壊的な役割が決定的に証明されたので、さすがのデュポンも反対の矛をおさめました。しかし、このいきさつは、人類にとって害悪だと分かっても、自分の利潤にかかわるとなると、最後まで抵抗するのが資本主義の精神だということをはしなくも暴露したものでした。

 フロンの次に問題になったのが、地球温暖化ということです。さきほど、大気のなかの二酸化炭素が熱の発散をおさえる働きをするという話をしました。これまでの地球では、二酸化炭素の量がごくわずかで、気温や気候をほどほどに保つ条件になっているのですが、その状態が大きく変わり始めたのです。工場や自動車で、石炭・石油などの化石燃料を使って、二酸化炭素を大気のなかに大量に吐き出します。

それから、窒素酸化物なども同じ役割をしますが、こういう排ガスが、現実に大気の温度を上げて、いろいろな異常気象が感じられるところまで、事態が進んできたのです。地球の気温の変化を歴史的に調べてみると、明らかに温暖化が進んでおり、このままでは、二十一世紀の地球はどうなるか、明白な赤信号が発せられました。一九八〇年代の後半のことです。

 こうして、地球をまもるために、排ガスを減らそう、石炭や石油を使う量を減らそうということが問題になって、その削減目標を決めたのが、一九九七年の「京都議定書」です。この面でも、地球の環境をまもる仕事が、ようやく開始されました。

 ところが、みなさんご承知のように、アメリカが京都議定書には反対だと言いだしました。前のクリントン政権の時代までは結構だといっていたのに、今年(二〇〇一年)、ブッシュ政権に替わってから、いきなり態度を変えて、アメリカの国益にあわないから、京都議定書には参加しない≠ニ宣言したのです。この急転は、世界を驚かせました。

 実は、この急転には背景がありました。ブッシュ大統領は、テキサス州出身ですが、ここには、化学や石油などの産業が集中しているところで、そこの財界・大企業が彼の最大の支持基盤なのですが、この工場地帯が吐き出す排ガスの量がものすごいのです。ブッシュ知事の時代に、公的規制を企業ごとの自主規制に切り替えて、事実上野放しにしてきたというのですが、それでテキサス州はアメリカで一番の公害州に変わってしまいました。

 実際、統計を調べても、テキサス州が一年間に吐き出す二酸化炭素の量は、一億七千五百万トンにのぼります。各国をみると、イギリスが一億四千七百万トン、フランスが九千四百万トンですから(どれも一九九七年の数字)、テキサス州一州でイギリスよりもフランスよりも多い二酸化炭素を吐き出しているのです。日本は三億千八百万トンで、テキサスの二倍近い排出量ですが、人口は六倍以上ですから、テキサス一州の排出量がいかに多いかがわかるでしょう(人口あたりでみると、日本の三倍以上になります)。

 ですから、「京都議定書」を実行したら困るのは、ブッシュ大統領の地盤であるアメリカの化学産業や石油産業で、その利害がアメリカ政府を動かして「反対」の声をあげさせていると言ってよいでしょう。

資本主義は地球の管理能力を失っている

 資本主義というのは、もともと利潤第一主義が原理ですが、地球が三十億年もかけてつくってきた生命維持装置が壊されようとしている文字通りの地球の危機の時代に、一部企業の利潤の方が大事だから、そんな装置は壊れても仕方がないという態度をとる──こんな無法が横行するとしたら、それは、資本主義はすでに地球の管理能力を失っているということ、二十一世紀の地球を資本主義にまかせてはおけないということの、なによりの証明だと、私は思います。

 マルクスの時代には、公害といっても、工場が現に活動している地帯の空気や水の汚れの問題でした。それから百数十年たったいまでは、公害は地球そのもの、人類と生命そのものの存在条件を危うくするところまできました。地球が三十億年もかけてつくりあげてきた生命維持装置を、わずか数十年の経済活動で壊しはじめ、制度の内部にはその破壊作用をおしとどめる力がないとしたら、それは、資本主義の寿命がつき始めたことを、絵に描いたような姿で表したものです。

 世界が変わるのには、まだまだ時間がかかるでしょうが、マルクスが資本主義の寿命がつきた証拠≠ニ位置づけた恐慌を、十九回経験してもいまだに解決策が見いだせないでいることにくわえて、地球と人類の将来さえ保障できなくなったというのが、資本主義世界の現状です。ここには、世界史的なモノサシではかれば、資本主義の制度の寿命がつきつつあることのまぎれもない証拠があります。

 そういう点で、二十一世紀という世紀が、人類の未来をひらくすばらしい激動の世紀になることは間違いないと思います。
(不破哲三著「二十一世紀と「科学の目」」新日本出版社 p45-52)

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◎「「農村とを融合させることによってだけ、こんにちの空気と水と土壌との汚染を取り除くことができる」と。

上野広光くんと有里さんの子どもが誕生したよ。2004年8月3日の12時27分です。3280cで身長が大きい子だそうです。彼女だそうです。以上ヒロくんのメールから報告します。みなさん新しい生命≠ノ万歳=Aやった〜。