学習通信040805
◎おんな言葉……。

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ニュースの言葉
「日本語なるほど塾」司会NHKアナウンサー 山根基世

 実は私もかつて、夜七時のテレビニュースを担当していたことがあります。とはいっても二〇年前のあの頃は、大先輩の男性アナウンサーとペアで、主に「女性用のニュース」を読んでいました。どこかで祭りがあったとか、桜が咲いたとか、そんな軽い話題が女性用のニュース。政治、経済、国際関係などの重要なニュースは主に男性が読んでいました。ですから、その後女性が一人でニュースを担当するようになった時には、「ああ時代は変わった」と、感慨深いものがありました。何しろ私が入局した昭和四〇年代、「NHK、夜七時のニュース」といえば、侵すべからざる聖域、権威の象徴のような場所で、女性が読むなど考えられない時代だったのですから。

 テレビニュースを読んでいていちばん嫌だったのは、丁不一本のニュースの冒頭、「見出し」部分をカメラに向かって喋らなければならないことでした。まだプロンプターなどない時代、覚えるしかないのです。そうでなくともカメラ前の緊張を強いられる場面、そこで男性記者が書いた「書き言葉」の原稿を、女性アナウンサーの私が覚えて、「話し言葉」のように語らなければならなかったのです。生理的な違和感を覚え、とても苦痛でした。

 時移り人代わり、今や女性キャスターや女性記者も大活躍。キャスター同士のやりとりは会話体で進められ、テレビニュースは格段に親しみやすいものとして演出されています。けれどNHKだけでなく民放も含め、ニュース原稿の書き方そのものをよく見ると、文体や、そこで使われる語彙は二〇年前とあまり変わらないように思えます。「男性の書き言葉」を「話し」続けているのです。不思議なことです。

 そこには「ニュースの信頼性」が関わっているようです。ニュースが絶大な権威に感じられた時代、過剰ともいえる信頼もありました。権威と信頼は表裏だったのかもしれません。その権威は男性記者の、「重々しい」書き言葉によって演出されてきた面があります。そんなニュースに慣れてしまい、「軽々しい」言葉で伝えられたのでは物足りない、どうも信頼できない……テレビを見る側にも、そんな感性ができあがっているとは言えないでしょうか。

 ニュースを伝えるのに権威はむしろ妨げになりかねない時代。今、親しみやすく、しかも信頼できる新しいニュースの言葉、「平易な話し言葉」によるニュースを創り出す努力が必要でしょう。合わせて、そんなニュースを受け入れていく私たち自身の意識変革もまた求められているのかもしれません。
(「NHK 日本語なるほど塾」04年8月号 p2-3) 女言葉

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 日本語に女言葉が特別に多い。私の生活にもどっさり女言葉がはいってしまっている。

 日本の社会での女の歴史、それにつれて考えられる男の地位は、女言葉の多いだけ、差別があり、きゅうくつであり、感情表現が率直でないことを意味する。

 自分が小説をかいていて外国の女のひとたちが話す言葉を日本語にしてその会話のニュアンスを出そうとする場合、どうしても女言葉になってしまうことが少くない。そしてそのたびに拘泥する。

 きょう。『婦人公論』で呉茂一氏の「ギリシアの歌妓(うたひめ)」という文章をよんで深く感じた。呉茂一氏は古典専門家としてギリシアのヘタイラ(女友いまの娼婦)のことをかき西紀前三〇〇年有名だった歌妓ラミアーが武勇並びなかったデーメートリオスにおくる手紙を(恋文)紹介していられる。

 そのラミアーの手紙というのが、おそろしく曲線的な身をよじる現代女言葉でかかれている。ここから二つの疑問が出る。

 ギリシア語に、こんな「わたくしとしたことが」という風な、また「お手許から多分におつかわしいただけましたらば、と申しますのも」という云いまわしがあったのだろうか。そしてギリシア語にも女言葉があったのだろうか。あんなに字を少ししかつかわなかったギリシア時代に?

 もう一つは、ギリシア語にはそれほど著しくない女言葉の身をもむ風情を、呉氏は釈訳の文章で使っていられるのだろうか。という疑問である。

 そして、もっとおどろいたことは、この『婦人公論』にのっている太田静子という若い女のひとの「斜陽の子を抱きて」という文章の曲線と、呉氏のギリシア歌妓の恋文の曲線とがよく似ていることである。

 そして更に、こうして見ると太宰という作家がもっていた魅力は、女言葉的魅力であったことがうなずけるのだった。何ということだろう! 女言葉! 云おうとすることをいうというよりも、その半分の表現或はヒント、或は云おうとすることの身ぶりによって想像を刺激し、それを導き、自分にとって云わない部分を都合よい色どりで描かせてゆく女言葉!
(宮本百合子全集第25巻 新日本出版社 p260-261)

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◎「「軽々しい」言葉で伝えられたのでは物足りない、どうも信頼できない」……「自分にとって云わない部分を都合よい色どりで描かせてゆく女言葉!」……と。