学習通信040823
◎「共同体の成員は、生産のために直接に社会的に結合」……。

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 さまざまな種類の使用価値または商品体の総体のうちには、同じように多様な、属、種、科、亜種、変種を異にする有用的労働の総体──社会的分業──が現われている。社会的分業は商品生産の実存条件である。

もっとも、逆に、商品生産は社会的分業の実存条件ではない。

古インド的共同体では、労働は社会的に分割されているが、生産物は商品になっていない。

あるいは、もっと手近な例をあげれば、どの工場でも労働は体系的に分割されているが、この分割は、労働者たちが彼らの個別的生産物を交換することによって媒介されているのではない。

自立的な、互いに独立の、私的労働の生産物だけが、互いに商品として相対するのである。
(マルクス著「資本論」新日本新書@ p72)

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 けれども、商品生産は、けっして社会的生産の唯一の形態ではない。

古代インドの共同体では、南スラヴの家族共同体では、生産物は商品に転化しない。

共同体の成員は、生産のために直接に社会的に結合されており、労働は、しきたりと必要・欲求とに従って配分され、生産物も、消費に回される分については、同じように分配される。

直接の社会的生産と直接の分配とが行なわれているので、商品交換はまったく行なわれず、したがって、生産物の商品への転化(少なくとも共同体の内部での)も、それとともにまた生産物の価値への転化も、起こりえないのである。
(エンゲルス著「反デューリング論-下-」新日本出版社 p194)

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◎「自立的な、互いに独立の、私的労働の生産物」……商品となる資格をもつことになる。

マルクスとエンゲルス……から何を言おうとしているのか。