学習通信040905
◎学習通信040904……つづき

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 レーニンは、十月革命の数年後、革命ロシアの青年にむかっての演説のなかで、この思想をさらに発展させ、マルクスの学説は、資本主義のもとで獲得された「人間知識の総和」にしっかり立脚していたからこそ、世界の幾百万、幾千万の労働者の学説となることができたのだと説きました。レーニンのこの思想を理解するために大事な点なので、多少の長さを恐れずに、関連する部分を引用しておきましょう。

 「もし、マルクスの学説がもっとも革命的な階級の幾百万人、幾千万人の心をつかむことができたのはなぜか、という質問を諸君が提出するなら、諸君の受けとる答はただ一つ、つぎのものであろう。そうなったのは、マルクスが、資本主義のもとで獲得された人間知識のしっかりした土台に立脚していたからである、と。マルクスは、人間社会の発展法則を研究して、資本主義の発展が共産主義にいたることは避けられないということを理解した。

そして、肝心なことは、彼が、彼以前の科学があたえたすべての成果を完全にわがものとし、その助けによって、この資本主義社会のもっとも精密な、もっとも詳しい、もっとも深刻な研究にもとづいて、はじめて右の点を証明したということである。彼は、人間社会がつくりだしたすべてのものを批判的につくりかえ、ただ一つの点も見のがさなかった。

人間の思惟がつくりだしたすべてのものをつくりかえ、これを労働運動によって点検して批判をくわえ、ブルジョア的なわくに制限されたりブルジョア的な偏見にしばられている人々の引きだせなかった結論を引きだした」(「青年同盟の任務」一九二〇年 全集第三十一巻二八三n)

 レーニンはつづいて、「マルクスの学説は、正しいので全能である」とのべています。これは、マルクスが、世界のすべての問題を解明しつくしたとか、どんな問題にたいしても、マルクスの著作のなかに、その解答がおさめられている、ということではありません。

そんなことを主張するとしたら、人間の認識はマルクスの段階で足踏みすることになり、「マルクス主義」は、人間の認識の発展をさまたげる、硬化した、閉鎖的で「有害なセクト」の一つ──まさにマルクスの学説の反対物に転化してしまうでしょう。

 レーニンは、あとの節で、マルクスの弁証法の一面を「人間の知識の相対性にかんする学説」と特徴づけていますが、自然や社会にたいする人間の認識、知識がいつでも歴史的条件によって制約されており、絶対的真理への不断の接近の過程としてとらえるべきだというのは、マルクスの哲学の主要な柱の一つをなす問題です。ですから、マルクスの学説、科学的社会主義の・学説自体も、いったんできあがったらそれですべてという不動の体系ではなく、自然や社会の発展とともに、またそれにたいする人間の認識の前進とともに、たえず豊かに発展する生きた学説という性格をもっています。

 では、レーニンが、「マルクスの学説は……全能」だというのは、どういう意味なのか。それは、レーニンが別の場所でのべているように、「マルクス理論の道」こそが、人間が客観的真理に接近してゆける唯一の道だということにほかなりません。

 「マルクスの理論は客観的真理である、というマルクス主義者が共通にもっている意見からの唯一の結論は、つぎの点にある。すなわち、マルクス理論の道をすすめば、われわれはますます 客観的真理に近づくであろう(けっしてそれを究明しつくすことはないが)、ところがそれ以外の道はどんな道をすすんでも、われわれは混乱と虚偽以外のなにものにも到達することができない、という点にあるのである」(「唯物論と経験批判論」全集第十四巻一六七n)

 レーニンはまた、マルクスの学説は、「完全で、整然と」した、「全一的な世界観」だとのべています。これは、科学的社会主義の学説が、汲んでも汲んでも汲みつくせないほど多面的で豊富な内容・側面をもっていながら、そのすべての部分がたがいに連関して一つのまとまった世界観を形づくり、世界のあれこれの部分や側面についての知識ではなく、世界全体についての統一的な、そして科学的な見方を人びとにあたえるということであり、とくに三つの「源泉」を継承してつくりあげられた三つの「構成部分」──科学的社会主義の哲学、経済学、社会主義論──は、たがいに切り離すことのできない連関のうちにあるということです。
(日本共産党中央委員会出版局「科学的社会主義の基礎」──レーニン「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分に寄せて 不破哲三」 p35-37)

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マルクスの学説

 マルクス主義とは、マルクスの見解と学説との体系である。マルクスは、人類の三つの最も先進的な国に属する、一九世紀の三つの主要な思想的潮流の継承者であり、天才的な完成者であった。この潮流とは、ドイツの古典哲学、イギリスの古典経済学、一般にフランスの革命的諸学説と結びついたフランス社会主義である。

マルクスの見解は、彼の敵でさえ認めているように、すばらしく首尾一貫した全一的なものであって、その総体において、世界のすべての文明国の労働運動の理論および綱領である、近代唯物論および近代の科学的社会主義となっているので、われわれは、マルクス主義の主要な内容であるもの、すなわちマルクスの経済学説を述べるまえに、まず彼の世界観一般を略説しなければならない。
(レーニン一〇巻選集 第六巻「カール・マルクス」大月書店 p15-16)
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 マルクスの名を科学の歴史にとどめさせた幾多の重要な発見のうち、ここでは、われわれは、ただ二つのものしかとりあげることができない。

 第一のものは、世界史の全体的とらえ方に彼がもたらした変革である。従来の歴史観全体は、すべての歴史的変化の究極の原因は人間の観念の変化のうちに求めるべきであり、かつまたすべての歴史的変化のうちで政治的変化が最も重要であって、これが歴史全体を支配するのだという考えをもとにしていた。だが、これらの観念はどこから人間の心にやってくるのか、また政治的変化を推進する原因はなにか、こうした質問は出されなかった。

フランスの歴史家と、部分的にはまたイギリスの歴史家との比較的新しい学派だけが、こう確信せざるをえなかった。すなわち、すくなくとも中世以来、ヨーロッパの歴史の推進力となっているのは、発展しゆく市民階級と封建貴族との、社会的・政治的支配権をめぐる闘争であるという確信である。

いまやマルクスは、従来の歴史全体は階級闘争の歴史であること、さまざまな複雑な政治闘争のすべてにおいて、もっぱら社会諸階級の社会的・政治的支配権、つまり古い階級の側での支配権の固守と新興の階級の側での支配権の獲得だけがかなめであることを証明した。

だがまた、これらの階級が成立し存続するのは、なにによってなのか? それぞれの時代に社会が生計の資を生産し交換する、そのときどきの物質的な、身近な諸条件によってである。

中世の封建支配は、自己の必要品をほとんどすべて自家生産して交換はほとんどしないもろもろの小農民共同体の自給自足経済に立脚し、戦闘力をそなえた貴族が、外にたいしての守りと、国民的な、ないしはともかくも政治的なつながりとをこれらの共同体にさずけていた。都市が、それとともに独立の手工業と、はじめは国内的な、のちには国際的な商取引とが起こってきたとき、都市の市民階級が発展してきて、すでに中世時代に、貴族との闘争をつうじて、封建秩序のなかへ同じく特権身分として割りこむことをかちとった。

だが、ヨーロッパの外の世界の発見とともに、一五世紀半ばから、市民階級はずっと広大な商業地域を手に入れ、それとともに彼らの産業への新たな刺激を受けた。最も重要な部門において、手工業は、すでに工場式に経営されていたマニュファクチアによって駆逐され、このマニュファクチアがまた、前世紀の諸発明、とくに蒸気機関の発明によって可能になった大工業によって駆逐され、この大工業がまた商業に反作用した。

けだし、大工業は、後進諸国では古い手労働を駆逐し、より先進的な諸国では蒸気機関、鉄道、電信という現代の新しい交通手段をつくりだしたからである。こうして市民階級は、社会的富と社会的権力をますます自己の掌中に集めたが、他方、彼らはなお長いあいだ、貴族と貴族によって支えられている王権との掌中にある政治権力から締めだされたままであった。

だが一定の段階で──フランスでは大革命以降──、彼らはこの政治権力をもかちとり、いまや彼らみずから、プロレタリアートと小農民にたいする支配階級となった。

こうした見方をすれば──わが専門の歴史家にはむろんまったく欠けている、そのときどきの経済的社会状態についての十分な知識があれば──、歴史上のすべての現象が最も簡単に説明がつき、それぞれの歴史的時代の表象や観念も、経済的生活諸条件と、これらの条件によってさらに制約されるその時代の社会的・政治的諸関係とから、同じようにこのうえなく簡単に説明がつく。

歴史は、はじめてそのほんとうの基礎の上にすえられた。人間は、支配権を争奪したり、政治や信心や哲学などをやらかしたりすることができる以前に、まずもって食い、飲み、住み、着なければならず、したがって働かなければならないという、明白な、だがこれまでまったく見すごされてきた事実──この明白な事実が、いまやついにその歴史上の権利を認められた。

 だが、この新しい歴史観は、社会主義的見解にとってこのうえなく重要であった。それは、従来のいっさいの歴史は階級対立と階級闘争のなかを動いていること、支配する階級と支配される階級、搾取する階級と搾取される階級とがつねに存在したし、大多数の人間はいつも激しい労働とほとんど楽しみのない暮しを宣告されていたことを証明した。

なぜそうなのか? それは、人類の以前のすべての発展段階のもとでは、生産はまだきわめてわずかしか発展していなかったので、歴史的発展はこういう対立的形態でしか起こりえなかったし、歴史的進歩は、一般にわずかな特権的少数者の活勣にまかせられていた一方、大多数者は、自分のための乏しい生計の資と、おまけに特権者のますます豊かになりゆく生計の資とを稼ぎだす憂き目におかれつづけたという、簡単な理由によるのである。

だが、これ以外のやり方では人間の悪意ということからしか説明のしようがないこれまでの階級支配に、こういうやり方で、自然な、筋のとおった説明をあたえるこの同じ歴史的研究が、また次のような認識にいたらせもするのである。

すなわち、現代の生産力がこのように巨大なものに高まった結果、すくなくとも最先進諸国では、人間を支配者と被支配者、搾取者と被搾取者とに分ける最後の口実もまたなくなっていること、

支配的な大ブルジョアジーはその歴史的使命を果たしおえていること、

商業恐慌、ことに最近の大がらとすべての国々の産業不振の状態とが証明しているように、彼らはもはや社会の指導にあたる力を失っており、それどころか生産の発展にとっての障害物とさえなっていること、

歴史的指導権は、その社会的地位全体からして、いっさいの階級支配、いっさいの隷属、いっさいの搾取を全部廃止しないでは自分を解放することができない一階級、つまりプロレタリアートに移っていること、

また、社会のすべての成員が社会的富の生産ばかりでなく、その分配と管理にも参加することができるような、また全生息の計画的運営によって社会的生産力とその成果がいちじるしく増大し、その結果各人のいっさいの合目的な欲望の充足がたえずますます多く保障されるような状態をつくりだすためには、ブルジョアジーの手におえなくなった社会的生産力が、協同社会をつくったプロレタリアートによって掌握される日を待つだけであること、こういう認識である。

 マルクスの第二の重要な発見は、資本と労働との関係をついに解明したこと、いいかえれば、今日の社会の内部で、現存する資本主義的生産様式のもとで、資本家による労働者の搾取がどのようにおこなわれているかを示したことである。

経済学が、労働はあらゆる富とあらゆる価値との源泉であるという命題を打ちたててからこのかた、次の質問が出されるのは避けられなくなった。すなわち、では、この命題と、賃金労働者が自己の労働によってつくりだされた価値の総量を受け取らずに、その一部を資本家に引き渡さなければならないということとは、どう両立させられるのか、と。

ブルジョア経済学者も社会主義者も、いずれもこの質問に科学的に十分根拠のある解答をあたえようとして苦労したが、だめで、とうとうマルクスが解答をたずさえて立ちあらわれた。

この解答は、次のとおりである。今日の資本主義的生産様式は、二つの社会階級の存在を前提としている。一方は資本家で、彼らは生産手段と生活手段を所有しており、他方はプロレタリアで、彼らはこれらの手段の所有から締めだされていて、売るべき商品をただ一つしかもたず、つまり彼らの労働力のほかはなにももたず、したがって、生活手段を得るためにこの彼らの労働力を売らなければならないのである。

だが、商品の価値は、商品の生産に、したがってまたその再生産に体現された、社会的に必要な労働量によってきまるのであり、したがって、一人の平均的な人間の一日、一月、一年間の労働力の価値は、一日、一月、一年のあいだこの労働力を維持するに必要な生活手段の分量に体現されている労働量によってきまる。

労働者の一日分の生活手段を生産するのに六労働時間が必要である、とあるいは同じことだが、この生活手段にふくまれている労働は六時間の労働量を代表する、と仮定してみよう。そうすれば、労働力の一日分の価値は、同じく六労働時間を自己のうちに体現している貨幣額に表現されるであろう。

さらにまた、わが労働者を雇っている資本家が、報酬としてこの金額、つまり彼の労働力の金価値を支払うものと仮定してみよう。いまもし労働者が資本家のために一日のうち六時間働くなら、彼は資本家にその支出を完全に埋め合わせてやったわけである──六時間の労働対六時間の労働。この場合には、資本家は、むろんなんの得もしない。だからまた資本家は、この問題をまったく別なふうに解釈する。

すなわち、私はこの労働者の労働力を、六時間分でなく、まる一日分買ったのだ、と彼は言う。そこで彼は、労働者を、事情しだいで八時間、一〇時間、一二時間、一四時間、またそれ以上ものあいだ働かせる。だから、第七、第八、およびその後の時間の生産物は不払労働の生産物であり、さしあたり資本家のふところにはいる。

資本家に雇われている労働者は、こうして、自分が支払を受ける自己の労働力の価値を再生産するだけでなく、その価値をこえて剰余価値をも生産する。

この剰余価値は、さしあたりは資本家が取得するが、その後の過程で、一定の経済法則にしたがって資本家階級全部に分配され、地代と利潤と資本蓄積、要するに働かない諸階級が費消ないし蓄積するいっさいの富が出てくる元本をなすものである。

だが、これでもって、今日の資本家が富を獲得するのは、奴隷所有者または賦役労働を搾取する封建領主の場合とまったく同じに、他人の不払労働をわがものにすることによるものであり、またこれらの搾取の形態は、すべてただ、不払労働をわがものにするやり方の違いによって区別されるだけであることが証明された。

だが、これでもってまた、今日の社会秩序のうちには法と正義、権利と義務の平等、利害の全般的調和が支配しているかのように言う、有産階級のいっさいの偽善的な空文句も、最後の基盤を奪いさられたのであって、今日のブルジョア社会は、それ以前の諸社会に劣らず、ひとにぎりの、しかもますます減少してゆく少数者が人民の膨大な多数者を搾取するための大規模な施設であると暴露された。

 現代の科学的社会主義は、この二つの重要な事実に立脚している。『資本論』の第二巻では、資本主義的社会制度にかんするこれらの発見や、それに劣らず重要なその他の科学的発見がさらに展開され、それによって、第一巻ではまだふれられていない経済学の諸側面も変革を受けるであろう。マルクスがまもなくそれを印刷に付することができるよう、望みたい。
(マルクス・エンゲルス八巻選集 第五巻 エンゲルス著「カール・マルクス」 大月書店 p255-259)

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◎科学的社会主義とはどのような理論なのか レーニン、エンゲルスの説明から学び取ってください。わたしたちにはまだまだ時間がある。

◎「歴史は、はじめてそのほんとうの基礎の上にすえられた。人間は、支配権を争奪したり、政治や信心や哲学などをやらかしたりすることができる以前に、まずもって食い、飲み、住み、着なければならず、したがって働かなければならないという、明白な、だがこれまでまったく見すごされてきた事実──この明白な事実が、いまやついにその歴史上の権利を認められた。」……。文化もこれを基礎にして。