学習通信041008
◎「恋は閉じてはいけない」……。
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江戸時代の生活は、ひとりきりになれないのだ。個人の執着心や生活習慣を繰り返すには、何もかもつつぬけで、あまりにも他人が介入し、おせっかいをやき、何かと批評する。恋愛の現場には常に第三者が存在している。いつでも他人の意見を聞くことができるし、聞きたくなくとも、誰かが何か言うのだ。
その結果、「恋する私」の中には、「恋する私を見ている私」が形成される。「江戸の私」の中には、個人としての私と、社会としての私との両方が、いつもいるのである。江戸の恋はそうやって、どこか冷静で、自分をつきはなしていて、冗談ぽい雰囲気を持つことになる。これが「粋」の原点である。恋は閉じてはいけない。そのためにはまず、個人が閉じてはいけない。
そう考えると、閉塞しているのは江戸時代ではなく、現代なのである。
何だか、近頃の日本という国もそうだ。アメリカの顔だけ見つめ、誉められたい愛されたい一心で、二人だけの世界に閉じこもってしまった。何をやっても、どんな報復戦争をしようが、身を捧げて協力するそうだ。恋には、人間としてそれを乗り越えなければならない時が必ず来るはずだが、もっと広い世界が見えないと、なかなかそうはならない。
恋にも政治にも経済にも必要なのは、自分の見ているもの、知っているものの領域(これをふつう「視野」と言う)を、可能な限り広く取ることだろう。
世の中には、自分の知らなかった生き方や、考えてもいなかったような人がいる(いた)のだなあ──私は江戸時代を知れば知るほど、その時生きていたさまざまな人に出会い、心がゆさぶられる。「視野」は、空間だけでなく時間(歴史)のほうにも広く取ることができる。それが何とも、面白い。
ところで、江戸の恋は「好色」と言ったり「浮気=艶気」と言ったりする。それが江戸の恋の、もう一つのいいところである。浮気とはっまり、地に足がついていない、現実世界からはぐれている、という意味だ。江戸へのさまざまな入り口の中で、「恋」の良さはその「浮気」性にある。私はある文章で次のようなことを書いた。
「ナショナリストは日本が好きなはずなのに、絶対に着流しの着物に三味線を持って小唄(ラブソング)なんか歌わない。ナショナリストが好きなのは、どういうわけか着物ではなく軍服と日の丸で、三味線と唄ではなくて軍歌と君が代なのだ。軍服で死んだ三島由紀夫も、ギリシャ文化が好きで江戸文化は嫌いだった」と。
それを読んだナショナリストが怒って手紙をよこした。「日本は着流しに三味線どころじゃなかったのだ」と書いてあった。私はその時から、「〜どころじゃない」という発想を、自分の中から追い出すことにした。私たちは「〜どころじゃない」と言いながら、大事なことを次々と切り落としてきたに違いない。
浮気、浮世──浮いているものに自分をゆだねる。ただし、そういう自分をもうひとりの自分がちょっとからかいながら見ている。切ないならばそれもいい。夢が覚めたらそれもまあ、しかたない。固くてひんやりした地面も、なかなかいいものだ。──それが江戸の恋である。
(田中優子著「江戸の恋」集英社新書 p11-13)
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結婚は恋愛の墓場ではなく人生の新たな出発
青年にとってもう一つの重要な問題──恋愛と結婚の問題についてもお話することにしましょう。
私たちは、うんと若い時分に、レッドーパージによる私の首切りというどさくさに結婚式もなにもやらないままにスタートして、もうかれこれ三十年以上もたってしまいました。いまからふりかえってみても、いろいろなことがありましたが、総じて私たちの恋愛と結婚に及第点をつけられると思っています。その私たちの体験を通して、明らかにこれはまちがいだ、といえることの一つに「結婚は恋愛の墓場」というよくいい古されてきた問題があります。
それは、たしかに結婚は恋愛の到達点であり、またその結果でもあります。そのかぎりでは、なんとなくそういうものかと考えがちですが、やはり「墓場」というのはどうもうなづけないのです。
結婚というのは、社会生活のルールにしたがって愛しあう一組の男女が共同生活をして、次の世代を生んで育てることです。それは恋愛のゴールインです。が同時に新しいスタートでもあり、恋愛の新しい発展段階でもあります。結婚すればそれで一巻の終わりなどというものではありません。いうまでもなく恋愛という感情、行為、それは人間だけの、すぐれて人間的な行為です。だから、古来あれこれの恋愛は文学上の素材ともなってきたし、それはすぐれてプラトニック(精神的)な行為だと思います。
愛しあう男女は結びつかねばなりません。これこそが動かし難い真実です。そして恋愛の成就、それは社会的なたたかいとけっして無関係のものではないと思います。
今日の日本のような、精神的、物質的に多方面からの悪条件が山積している社会で、恋愛から結婚へ、そして幸福な家庭生活を実現するというのは、けっしてたやすいことではありません。さまざまな障害物とたたかわなければなりません。
さまざまな外部的な悪条件を克服するために協力してたたかうのでなく、困難に負けてひるんでしまうようでは、恋愛の問題でも勇敢にふるまうことはできないでしょう。環境への無気力な順応ではなく、変革への挑戦、そこにこそ恋愛と結婚の問題をも正しく解決していくエネルギーがあるといえます。
私たちの結婚は苦難のスタートで、経済的安定などまったくありませんでしたし、それに両親との関係も正常でなかったし、まして周囲の援助・祝福など問題外という状況でした。それは緊急避難的な共同生活へのスタートで、結婚式などというものもやろうにもやれない、ただ兄妹五人がいっしょに夕食を食べただけという、まことに簡素といえば簡素、これ以上はない結婚式でした。それというのも、普通に考えると結婚なんてとんでもない、年齢的にも若すぎる、などといろいろ悪条件がいっぱいでしたが、それでも負けてたまるか、というわけで共同生活にふみきったためでした。それは迫害者に対する怒りが原動力となっていました。
いま、恋愛や結婚の問題でいろいろと悩み苦労している若い仲間たちにいいたいこと、それはどんなことをしたって愛情さえあれば切りひらいていけるものだということ、だから結婚しなさい、そしてこんどは二人の力をあわせて一つになってぶつかっていきなさいということです。とはいえ、やっぱり結婚式というのはちゃんとしたほうがよろしい。何年かたってみて結婚記念の写真一枚ないというのではとても寂しい。だからそういう人生の重大事は、やはり周囲の協力をえてキチンとやるというのが、最低のぞましいことだと思います。
そういう点では私たちの場合はけっして正常ではなかったわけで、けっして模範的でもなんでもない。それは戦後第一の反動期に咲いた一輪の仇花だったのかもしれません。
二人のための世界ではなく世界のための二人
もうだいぶ前のことになりますが、「二人のため、世界はあるの」という流行歌がずいぶんはやったことがありました。それは二人の愛を歌ったとてもさわやかな感じの歌でした。これはたしか、恋愛こそが最高ですべてはそれにまさることはない、といういわゆる恋愛至上主義の考えを歌ったものでした。
そこには社会や世界の動きは度外視して、愛しあう二人が見つめあう幸せだけがあります。
たしかに私たちにとって恋愛も結婚も人生上の大問題です。
理想的にいえば、一組の男女が愛しあい、やがて結婚して新しい家庭をつくる、これがいちばんのぞましい姿です。
しかし、現実にはいつもそうなるとはかぎりません。当然のことに、そこにはいろんな波風がつきまとうし、破たんする場合だってあるでしょう。
それは、熱烈な恋愛のすえにやっと結婚したような夫婦の場合でさえも、けっして例外ではありません。
どうしてそうなるのでしょうか。
私は、二人のために世界があるという、そういう閉鎖的な愛の関係、さらにいえば愛情の自己目的化ともいうべきそういう姿勢に大いに関係があると思います。
お互いに見つめあってだけ生きる、そこになんらの共有する理想も目標もないというのでは、長年のあいだにはこれまで気がつかなかったような、いろんな欠陥や矛盾も目についてくるようになりますが、これをのりこえるための共同は成立しようがない。そして結局は破たんにいたるケースも現実にすくなくありません。
「今年の秋に結婚をひかえた友人とその彼女の仲が危ぶまれています。彼は青年部を引っ張る中心的な好青年ですが、地域の活動、学習で、彼女との時間が少なく、彼女は結婚後も彼が活動を続けるつもりなら、別れるといいだしています。いま、彼は必死の説得中……。」という記事が目につきました。
ほんとうに組合や地域で積極的に活動することと、恋愛、結婚、家庭生活を両立させ、若い二人がお互いに成長し、温い家庭をつくっていく、というのはたやすいことではないのです。
さて、この場合の彼氏はどうするのでしょうか?
そう、彼の前にあるのは三つの道です。
第一の道は彼女のいうとおり活動をやめてしまうことです。これは右よりのあやまりの道といえましょう。
第二の道、こんなわからずやの彼女なんか勝手にしろ、とばかりに別れてしまう。だけどこの道は左よりのあやまり、第一のうらがえしです。
第三の道、それはやっぱり必死の説得以外にありません。これこそ正しい解決の道です。
彼と彼女のあいだにある矛盾、それはもちろん非敵対的な性質のものです。だから道理にもとずく説得、教育、そして学習を通じて解決する以外に方法はありません。
やはり、このような事例にも示されているように、愛情の永続的な発展の条件というのは、そこに共有の理想があるかどうか、これがとても大切なことです。お互いにスクラムをくんで共通の目標に向かって助けあいながら前進するという関係、そこにはお互いを結合する共通の基盤があるはずです。
彼の理想は彼のもの、私には関係ない。私の理想は私のもので、彼には関係ない。これでは、スクラムの組みようがないではありませんか。
やはり理想を共有する友人としてまた同志としての関係のなかにこそ、お互いに援助しあい支持しあうというたたかうものどうしの愛も生まれてくるでしょう。そこにこそ真に二人を結合する紐帯が芽生えるのです。
二人のために世界があるというのでなく、世界のために二人がある。二人の愛を社会の歴史的発展と進歩の道にむすびつけて、そのなかに位置づける、そうしてこそほんとうに個人的な狭い枠のなかから脱け出して、真の愛の創造について語ることができるのに違いありません。
私たちも結婚してからいろいろいろなことがありましたが、とにもかくにも、その一つひとつをのりこえてここまでやってこられたのは、当然といえば当然のことで、なにも秘けつといったものがあるわけではありません。とはいえ、風雪の試練という点では、普通の場合とは多少異たる点もなかったわけではありません。
そのようなときに私たちの共同をささえたのはいったい何だったのかといいますと、それはやっばり共通の敵に対する共通の怒りではなかったかと思います。いいかえると共通の目標と共通の理想、それに向かってたたかいつつ前進する、という立場をつらぬいているということです。
ですから私たちは、夫婦である前に友人であり、また同志でもあります。
相互支持と相互批判のスクラムのもとでのたたかいの日々は、あっというまに過ぎ去ってしまったように思えます。おかげで退屈や中だるみなどというぜいたくなものに悩まされることもなかった、そのことだけを幸せというべきでしょうか。
民主的な家庭は民主的社会建設の土台に
「どこかの大物の社会民主主義活動家が熱烈な、非常に急進的な演説をしながら、家庭生活、日常生活では、正真正銘の俗物……『おもわず知らずブルジョア』になっているというような光景に、お目にかかることがまれではなかった。
資本主義社会制度をとりまく環境全体が、かれの心理にあまりにつよく影響しているため、本人はそれに気づきさえしていないのだ。妻はかれにとって友や同志ではなく主婦──召し使い、あるいはオモチャであり、享楽、性的欲求の充足の対象である。」(クルプスカヤ「レーニンについて』G)
だいぶ長い引用になりましたが、なかには耳のいたい人もいるのではないでしょうか。
これは、レーニンの妻、クルプスカヤが「レーニンの共産主義道徳論」について論じたものからの引用です。
実際、現代日本でも「熱烈な、非常に急進的な演説」をする人でも、一歩家のなかに足をいれたとたんに「専制君主」に早がわりという光景もまれではないようです。
また自分では社会的な活動の重要性をみとめている人でも、自分の妻が活動することはどうも賛成できない、活動は自分一人でたくさんという態度にでくわすこともあります。
クルプスカヤのいうように、本人はそれが「おもわず知らずブルジョア」になっているのだということに気づきさえしていないのです。
また妻のほうでも、結婚とは三食昼寝つきの就職の一種と心得ていて、経済的にも夫の稼ぎにまるがかり、文字どおり「ご主人」に食べさせていただく、ですからうちの主人はかいしょうがあるとか、ないとか、それで何の疑問も感じないという人がいないわけではありません。これでは、ほんとうに対等平等の民主的関係の家庭をつくるということにはなりません。
いうまでもなく、家庭というのは社会の最小単位です。親子・夫婦という特別の紐帯でむすばれた特殊性ある最小単位の社会、それが家庭というものです。そこで主人と主人でない者がいて「支配」と「服従」の関係が生きている、主人に相談しなければ何事もきまらない、個人としての基本的な人権と自立が失なわれている、こういうことでは、そこにほんとうの連帯も共同も、生まれ育つはずはありません。
社会の最小単位で民主的な連帯、民主的共同が実現しなければ、社会全体の民主的な前進もありえないといってもけっして過言ではありません。
その点では、クルプスカヤのいうような活動家の場合には、やっぱり古い社会からしみついた母斑を背負って生きているのだといえるでしょう。しかし、自分のいちばん身近な部分で古いものに安住していてどうして革新の事業を前進させることができるのか、それは重大な自己矛盾ではないのかと問うてみなければなりません。
私たちの家庭は文字どおり、たたかいの根拠地です。それは温いやすらぎがあって、しかもはげましもある、そういうものであってほしいというのはだれも願うところでしょう。
とはいえ、これはけっしてほおっておいてひとりでにそうなるというものではありません。
それはほんとうに民主的な関係のもとでのお互いの思いやり、お互いの努力によって共同してつくりあげるものなのです。一方が努力して他方がお手伝いするなどというすじあいのものでないことは、はっきりしています。しかし、これはけっしてたやすいことではありません。結婚生活スタートのころは「あばたも笑くぼ」だったのが、だんだん「笑くぼもあばた」となってくる、そしていろんなトラブルもでてくるようになる、これはさけられないことかもしれません。
問題はこれをどうのりこえていくかです。私はそのためにすくなくとも二つのことが大切だと思います。
第一に、主観主義はだめだということです。主観主義というのは、物事の客観的な法則やすじ道とは無関係に自分の狭い経験や意見だけで行動することをいいます。それは、家庭のなかでは、夫婦互いに「こうあるべきだ」とか「こうあってほしい」とか、自分の願望をもとに相手をみる、そうするといろんな幻滅がでてきます。両方からでてきます。現実と願望の取りちがえです。そうではなくて、お互いにいまある現実というか、あるがままの事実、実態をみとめてかかる態度、つまり完全主義ではなくて共同の創造をめざして援助しあう態度が重要なのです。
そういう基本的な前提をおいた上で、なお大事なことといえば、それは相手を一面的に見ないことです。どんな人間でもよい点、よい面もあれば、わるい点、わるい面をもっています。わるい点、わるい面だけの人間なんてあるわけがありません。ですから、できるだけそのよい点よい面を見るようにすることです。そして弱点はこれをあいまいにしろということではなくて、「病いをなおして人を救う」という態度と方針で根気よく批判、援助をおこなっていく、こういうふうにすれば、たとえ一気にはいかなくても、やがてそれをのりこえることができるようになるでしょう。そうして一段高い次元での新しい団結が実現するようになります。
もう一つの大事なこと、それは相手を固定的に見ないことです。何事によらず、ましてどんな人間でもいつまでも同じなどということはありえないことです。人間はかならず変化、発展する、これは弁証法的唯物論の鉄則です。相手の弱点、これを固定的に見ないこと、援助の結果かならず成長・発展するということを確信する、そういう態度でのぞむことがとても大切だと思います。
ここにあげた二つのこと、それは単にいま結婚生活している仲間だけの問題ではありません。お互いに愛しあっている恋人どうしの場合にも当然あてはまることです。
要するに二人の愛は二人の共同で創造していくものだということ、そこに二人だけにわかる創造のよろこびがあるのではないでしょうか。
それからもう一つ、家庭の建設のなかでの夫たる男性の特別の役割りです。
現実の社会では、婦人はどうしても育児・家事、その上に職業をもっている場合には、それによる特別の負担など、男性にない困難にたえています。その点でははじめから平等でもなんでもありません。だからレーニンは、婦人の解放というのは、まずそのこまごまとした家事からの解放なんだという意味のことをいったのです。
その社会的重圧、これとたたかうのは婦人だけでということにはなりません。夫たる男性の側からの積極的な援助と共同、これは当然すぎるほど当然のことです。社会的重圧に対しては共同してあたっていく、これなしにはほんとうに民主的な活力のある家庭の建設は不可能といってよいでしょう。
(有田光雄・有田和子著「わが青春の断章」あゆみ出版社 p227-237)
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◎「資本主義社会制度をとりまく環境全体が、かれの心理にあまりにつよく影響しているため、本人はそれに気づきさえしていないのだ。妻はかれにとって友や同志ではなく主婦──召し使い、あるいはオモチャであり、享楽、性的欲求の充足の対象である」と。
「本人はそれに気づきさえしていない」。