学習通信041011
◎「世の中でもっとも美しいもの──人類解放のたたかいのために」……。

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人間どう生きるか

 この本では、「スプーン曲げは超能力である」とか、「こっくりさんは心霊現象である」といった、やや変わってはいるがそれでも確かに「科学的命題」にほかならないようなものを扱います。そういう命題の真偽を事実に照らして調べるわけですが、そこでは「価値観」をもちだすのはご法度です。あなたが「超能力」に夢をはせ、「心霊の世界」に心遊ばせるのは自由ですが、スプーン曲げやこっくりさんの検証に価値観をもちだすのはご法度です。

 しばらくは「科学の時間」ですから、「事実と合っているかどうか」だけが正しさの判定基準だと思ってください。たとえあなたにとって気に入らなくても、決して「好き嫌い」の尺度を待ち出さないでください。

 では、私は、「科学的命題」以外には興味のない味もそっけもない人間かというと、まったくそんなことはありません。酒など酌み交しながら、和紙にちょっとした文人画を描いて即興の俳句をしたためる−そんな人間です。

 私は、「人間が生きる」ということをつぎのように考えています。それは、「人間が生きる上で大事な四つのこと」についての私の見解であり、私の人生論、教育論、青年論の基本でもあります。

 「安斎さんは何のために生きているのですか」と聞かれたら、私は、「私が価値あると思うものを実現するために生きている」と答えるでしょう。もちろん、細かいことを言えば、毎日あまり深く考えず「惰性」で生きている部分もありますし、自分の価値観はひとまず鞘に収めて、組織や他人に対する「義理」で生きている部分もありますし、もっと言えば、自分の価値観に忠実な生き方を貫くことが億劫で、多少の「妥協」で生きている部分もあります。だから、右に述べたことはいわば私の生き方の骨格部分と言ってもいいでしょう。

 そう何でもかんでも思い通りにはいかないものです。でも確かに、基本的には、私は「私が価値あると思うものを実現するために生きている」と言えると思います。この本を書いているのだって、本書を書くことに価値を見出しているからこそに相違ないのです。

 こう考えると、人間にとって一番大事なことは、「何に価値を見出すか」ということ、つまり、「何に価値を見出して人生を生きるのか」ということでしょう。それは、自分なりの価値観をもつということにほかなりません。だから、私が「人生四つの大事」の第一に上げるべきことは、「価値観の形成」の問題です。何が価値あるものなのか、人生いったいどのような価値を実現するために生きるのか、これは人生最大の問題でしょう。

 第二の問題はなにかというと、それは、価値あると思うものが見つかったら、それが天から棚ぼた式に落ちて来るのを座って待っているのではなく、周囲の自然や社会に豊かに働きかけて、自分なりの価値を実現するために主体的な努力を払うということです。つまり、「自分が価値あると思うものを実現するために、状況に主体的に働きかける姿勢」だと思います。占いに身をゆだねたり、予言に一喜一憂するといったオカルト流ではなく、周囲の自然や社会に主体的に働きかけて、それを変革し、自らが掲げる価値を実現すべく努力を払うこと──これが大切だと思います。

 すると、第三には、周囲の自然や社会の成り立ちをよく知るということが大切であることが分かります。自分なりの価値を実現するために周囲の自然や社会に働きかけるといっても、やみくもに手当たり次第ぶつかっていけばいいというものではないでしょう。どこをどう変えれば目的を首尾よく達成できるのか、それを知ることはとても大切です。まさに、「知は力なり」ということでしょう。だから、自然や社会の成り立ちについての体系的な合理的認識──つまり、自然科学や社会科学──についてよく学ぶことが必要です。

 四つ目は何か。人はみなそれぞれの価値観をもっています。私があることに価値を見出しても、ほかの人は「そんなことは下らないことだ」と思うかもしれません。逆に、他人がこの上ない価値を見出しているものが、私にとっては実につまらぬものだったりもします。価値観は多様なのです。だから、それぞれの人が、それぞれの価値を実現するために妥協のない活動を展開すれば、ときにはお互いの利害がぶつかり合って、血みどろの争いが起こりかねません。何とか価値観のぶつかり合いを調停しなければ、とんでもないことになります。

 私が専門にしている「平和学」という学問の目的は、多様な価値観をもった社会の構成員が非暴力的に共生する条件を見出すことです。価値観が違うということは、善悪の基準、正義・不正義の基準などが違うことを意味していますから、誰でも認める「普遍的な価値の基準」でもあるというのならまだしも、いずれかに軍配を上げるのはなかなかできない相談です。対立する双方が、みずからの価値観にもとづいて「自分が掲げる価値こそが、相手が掲げる価値に優先して実現されるべきだ」と考えているわけですから、大変やっかいなのです。

 この困難な問題を調停するための基本原理は、「他者理解」ということでしょう。あるいは、「自己を相対化すること」と言ってもいいでしょう。「自己を絶対化」すれば、相手と妥協する余地もないし、極端な場合には、自分が掲げる価値を実現するためには相手は抹殺してもよいということになりかねません。だから、「自分が掲げる価値」と「相手が掲げる価値」を相対的な関係でとらえ、折り合いをつける意志をもつことが求められます。それは、ときには自分にとって耐え難い妥協であることもあるでしょうし、逆に相手にとって屈辱的な場合もあるでしょうが、異なる価値観の激突を避けるための知恵の働かせどころでもあります。要するに、第四の要素は、自己の相対化ということです。

 まとめると、@価値観の形成、A状況への主体的働きかけ、B自然や社会についての科学的な認識、C自己の相対化、ということになります。次のページの図を参照してください。

 若い皆さんは、まずは、「価値観の形成」に向けていろいろな生きざまに学ぶことが大事でしょう。先人たちが何に価値を見出してどんな生き方をしたのか、文学などを通じて多くの事例に接し、同調したり反発したりしながら、じょじょに自分なりの価値観を形成することが大切でしょう。人々の多彩な生き方にどれほど豊かに触れたかによって、自分が悔いを残さぬ生き方を発見できるチャンスが増すかも知れません。「そうか、こんな生き方もあるのか」という発見、それは人生最大の宝探しです。

 本書は、この「価値観の形成」の部分は扱いません。本書が扱うのは「科学的認識」の部分であって、それも「超能力」とか「心霊現象」とか、科学と非科学の間にあってなかなかややこしい命題群が相手です。でも、その種のややこしい命題群を扱うときに科学の立場をしっかりと貫けるならば、あなたは、科学が取り扱うべき命超群を扱う上で、重要な進歩をとげることができるでしょう。
(安斎育郎著「科学と非科学の間」ちくま文庫 p34-40)

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生きがいを社会進歩と革新の道に結合して

 あの河上肇は、明治、大正、昭和戦前史の反動と暗黒の時代に一条の光芒を放った最大の知性の一つでした。その河上肇が、

「解せざるをもってこれを解すという
きみいずくに往くか、
きみいずくから来るか」

と書いたとき、そこには人はなんのために生きるのか、人間はどこから来てどこへ行くのか、これはなかなかとけない問題だという、生きがいの問題が提起されていたのでした。

 当時、藤村操という哲学青年が「人生不可解なり」という遺書をのこしてあの華厳の滝に身を投げたという話は有名ですが、昔もいまも青年の生きがい、これはいつまでたっても大きな問題です。

 いや、今はそれどころか、老人の生きがいとか女の生きがいとか、社会全体がこれを問題にするような状況があります。それはおそらく、現代社会に生きる諸階層の全体が生きがいのそう失を問題にしなければならないほどに状況が深刻化してきている、ということの反映でしょう。

 ほんとうに「やりがいのある仕事がしたい」「仕事に誇りをもちたい」「働きがいのある職場がほしい」、あるいは、「もっと人間らしい暮らしがしたい」などと生きがいある人生を求める声は社会全体にひろがっています。よく見ると、そこにはまともな結婚もできないほどの低賃金とか減量経営下での首切りや労働強化、あるいはオートメーションなどの普及でくる日もくる日も単調労働に神経をすりへらすとか、さらには思うことの一つもいえないような一方的な職場規律がまかりとおっているとか、こういう一連の灰色の現実が横たわっています。

 そして、こうした現実のなかから生きがいがない、生きがいがほしいという声がわきおこってきているのです。

 そうしてみると、生きがいというのはすくなくとも働く青年の場合には次の三つのこと、

人間らしい暮らしのできる賃金
やりがいのある仕事
民主的な権利の保障された職場

こうした条件が全体として関係しているように思えます。
 問題はこうした生きがいの条件が奪いとられ失なわれているということ、ここにあります。ということは、逆にいうと、この奪いとられ、失なわれたものをとりもどす、そのたたかいのなかにこそ真の生きがいの原点があるということではないでしょうか。

 私たちの、すくなくともこの青春日記のころの生活と労働、それはいまから考えてみてもとてもきびしいものでした。

 いまにも手の皮がやぶれて血が吹きだしそうになっても、木綿の手袋を買うお金がなかったほどの低賃金、単調な重労働の日々がつづいていました。つらくて人知れず涙を流したこともありました。とはいえ、だからといって、当時の私たちは生きがいがないなどとしょぼくれてしまうことは、一度もありませんでした。むしろ反対に「なにくそ、負けてたまるか」と現実にたちむかう挑戦の日々でした。

 たしかにとてもきびしい生活環境にはちがいなかったのですが、大いにはりきって学習とたたかいに明け暮れる、そういう青春でした。

 実際、現代の青年が多少ともましな暮らしをしようと思っても、一人ではどうしようもないではありませんか。そのためには賃金を上げなければなりません。が、賃金を上げるには、やっぱりみんなが団結して、大幅賃上げを要求してたたかう以外にない。しかも、賃金を上げるたたかいのくりかえしだけではだめで、もっと根本的な政治革新のところまでいかないと、せっかく上げてもすぐにとりもどされてしまって、元も子もなくなってしまう。だから、根本的に人間による人間の搾取という不合理性をなくす、そういう社会変革のためにたたかう以外にない、ということになってきます。

 たとえば、若いカップルが共働きをしつづけるためには、どうしても保育所が必要です。しかもちゃんとした設備や人手をととのえた、地方自治体が管理運営している公立の保育所ということになります。ところが、最近では、軍備拡大のために福祉が犠牲にされる動きが強まってきていて、逆に保育所の切りすてがすすんでいる状況です。これをやめさせ、父母の願いにこたえた保育所をつくるためには、ほんとうに住民の立場にたつ革新自治体をつくることが必要です。これも、結局のところは政治革新のたたかいということになります。

 このように、ごく身近かな個人の幸せも生きがいも、大きな社会的な流れとむすびついているし、その社会革新と一体のものとして結合してとらえないわけにはいきません。つまり個人のより豊かな人生を追求する立場と、社会の進歩・革新を追求する立場とは、けっして別々のものではなくて、一つのメダルの表と裏の関係で結びついているということです。だから、青年から生きがいを奪いとっているものとたたかうこと、そして根本的に社会を合理的進歩的に変革するたたかいとこれを一体化して統一的に実践する、そこにこそ真の生きがいの原点があるということをいいたいわけです。

 こうして、私たちは最初の河上肇の問いかけに対して確信をもって次のように答えることができるでしょう。

 私たちは、人間のよりよき生活と幸福めざしてたたかうためにここにきたし、また人間の自由な明日と未来をめざして歩みつづけるのです。ここにこそ青年のほんとうの生きがいがあるのです、と。

生きがいをささえた学習、そして連帯

 人びとにはだれによらず、その人の一生に消しがたい影響をあたえる「座右の銘」ともいえるものがあります。私たちの場合にもまったく同じで、それはまだ十代の後半の若い私たちをとらえた次のような文字でした。少し長いけれど、私たちはこれを暗誦するほど深く心にやきつけて生きてきました。

「人間にあって、もっとも大切なもの──それは生命だ。それは一度だけしかあたえられない。だからあてもなく過ぎ去った歳月にいたましい思いでを痛めることのないように、いやしく、くだらなかった過去に、恥で身を焼くことないように、また死にのぞんで、生涯を一貫して、持てるすべての力が、世の中でもっとも美しいもの──人類解放のたたかいのために捧げられたと言いきれるように、この生命を生き抜かなければならない。
    N・オストロフスキー」

 これは、いまでは誰でも知っているように、ニコライ・ア・オストロフスキーの『鋼鉄はいかに鍛えられたか』の有名な一節です。
 この小説の主人公、パーベル・コルチャーギンは、ソ連の社会主義社会が生みだしたまったく新しいタイプの人間像です。そしてこの言葉は作者オストロフスキーが身をもって示したもので、それだけにこの上なく力強くまた美しいものがあります。作者がこの小説で語ろうとしたことはこの言葉につきている、と思います。

 これを読んだ若い日の私たちは、すっかりとりこになってしまいました。そしてこれまでの三十数年間のたたかいのなかで、折にふれて口ずさむ座右の言葉ともいうべきものとなってきました。

 オストロフスキーは、パーベル・コルチャーギンの形象化のなかで、人民に対する忠誠、不屈の勇敢さ、道徳的な純潔、そして祖国愛を描きました。まさにこれこそ現代日本に生きる革新者としての私たちが努力して身につけなければならないものばかりです。それは永遠の課題ともいえるようなものです。このような精神──というのは、オストロフスキーが原作者としてみごとにまとめ切った変革者のそれですが──に導かれながら、私たちも挑戦をつづけました。その若き日の生きがいをささえたものはいったいなんだったのか。いまふりかえってみてたしかにいえるのは、次の二つのことでした。

 その一つは学習です。青春の日記には、クタクタに疲れた日でもかならずなにかの本や論文にとりくんで、社会変革の理論学習につとめている姿が描かれています。それは、毎日のようにマルクス、エンゲルス、そしてレーニンに書物をつうじて向きあって生きてきた、ということを意味するものです。

 これはたしかにきびしい情勢のもとでの、きびしい生活の困苦にたえながら、たたかうエネルギーをひきだす源泉だった、と思います。とくにここにはあまりでてきませんが、私が重視したのはマルクス経済学の学習でした。それは科学的社会主義という壮大な建築物の土台となる学問です。どんな家でも土台がしっかりしていなければ、嵐が吹くとすぐにガタガタしてしまいます。それと同じことで、マルクス経済学、とりわけ搾取の秘密をしっかり学ばなければ、ほんとうの怒りはわいてくるものではありません。それこそ世界観的確信の土台ともいうべきものです。

 それから生きがいをささえる二つめの条件、それは連帯です。共通の理想にむすばれた仲間がたくさんいたということです。これこそ困難な挑戦にさいして必要な勇気を与えてくれた源泉ともいえるものでした。

 第一、私たち一人ひとりの力というのは、どちらにころんでも微々たるものでしかないのですから、みんなで力をあわせるというのは自然の道理です。必要な組織に自ら参加して、そこで集団的生活を送りながら、共同の道を助けあいながら、いっしょに歩むということは、ほんとうに社会変革をめざす以上当然すぎるほど当然のことではないでしょうか。

 私たちの場合にもそうでした。ある人は組織に加わると自由がなくなるからいやだといいます。しかしそうではありません。いま現に奪われようとしている自由をとりもどすためにこそ、組織に加わるというのがほんとうであって、そこにこそ真の自由への道があるということではないでしょうか。

 ともあれ、こうした二つの条件、科学的社会主義の学習と仲間との連帯、ここにこそ私たちの青春の生きがいの条件があったということ、これは私たちの体験的な青春論の骨格をなすものといっても、けっして言い過ぎではありません。
(有田光男・和子著「青春の断章」あゆみ出版社 p214-220)

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◎「自分なりの価値を実現するために周囲の自然や社会に働きかけるといっても、やみくもに手当たり次第ぶつかっていけばいいというものではないでしょう。どこをどう変えれば目的を首尾よく達成できるのか、それを知ることはとても大切です。まさに、「知は力なり」ということでしょう。」 現代のコルチャーギン≠ノ、と。