学習通信041120
◎「無防備ではなくなった人間は、仲間全部がいっしょになって」……。

■━━━━━

人間は法則を破った

 わたしたちの主人公は、石や棒を手に持った。それによって、たちまち、前より強く自由なものになった。近くに果実があるかどうかも、さほど大きな問題ではなくなった。生まれた場所からずっと遠くまで、食べ物を捜しに行けるようにもなった。森から森へ行くこともできたし、開けた平地に長いあいだいること──自然の法則を破ること──もできるようになった。また、今まで食べようと考えたこともない食べ物を、ほかのけものから奪って食べるようにもなった。

 こうして、波瀾に富んだ生活のはじめから、人間は、自然の法則の破壊者になった。

 木の上に住む動物が木から降りて、地面の上を歩き回るようになったのである。あと足で立ち、生まれつき決められていない歩き方をしはじめたのである。そのうえ、決められていない食べ物を食べ、ちがったやりかたで食べ物を手に入れるようにもなった。

 なかでもすばらしいことは、この法則の破壊者が「給養の鎖」さえも断ち切ったことである。わたしたちの主人公は、ちがった食べ物を食べはじめただけでなく、何十万年も祖先を食べてきたサーベル虎に食べられることも、きっぱりと拒絶した。

 どうして、こんなに大胆になったのだろうか? どうして、猛獣の鋭い歯が待ちかまえる木の下へ降りていく気になったのだろうか? それは、ネコが、どうもうな犬が待っている木の下へ降りていくのと同じではないか。

 人間を大胆にしたのは、手のせいだった。石を手につかんだり、食べ物を取るのに便利な棒な手に持って、敵を防いだ。人間の最初の道具が武器にもなったのである。

 そのうえ、人間は、けっしてひとりでは森をぶらつかなかった。
 もう無防備ではなくなった人間は、仲間全部がいっしょになって、猛獣とたたかった。
 ネコも何匹かがいっしょになり、棒を武器にできたら、木から降りて、いちばんどうもうな犬にも恐れずに飛びかかることだろう。
 また、火のことも忘れてはならない。人間は、火を使って、どんな猛獣も驚かせ、追っぱらうことができたのである。
(イリン著「人間の歴史」角川文庫 p55-56)

■━━━━━

 人間社会の発達を回顧しうるかぎりで、最初の人間の集団群であった。人口が増加し、最初草根や草の実や果実などから成っていた食料の採取が困難となるにつれてようやく群の分裂や離散が始まり、新しい住所を求めるようになった。

 このほとんど野獣的な状態についてわれわれは何ら記録的証拠を持つわけではないが、歴史上知られるに至ったところの、あるいはなお現存するところの未開民族の種々の文化段階について学び知るところによれば、かような状態は確かに存在したに違いない。

人間は造物主の呼び声に応じて完全な高等の文化人としてこの世に生まれ出たのではなく、むしろ無限に長いゆるやかな進化過程において種々雑多な段階をたどり、一進一退する文化の幾年代の間に、同類間の不断の分化を経つつ、あらゆる地域、あらゆる地帯において、徐々に、ようやく現在の文化の高さにまで登って来たのである。

 地球上のある地方では大民族か非常に進んだ文化の段階に属しているかと思えば、また他の民族は種々さまざまな地方で種々さまざまな文化段階に立っている。これらの事実はわれわれにわれわれ自身の過去の図像を示し、人類がその進化の長い過程中に経てきた進路を教えてくれる。もし一度、文化研究の方向指針となるような、全体にわたって普遍的な妥当性を持つところの、観察の根拠を確定することができるならば、過去および現在の人間の諸関係にまったく新しい光を投げるような新事実が続々と現われて来るだろう。

そうすれば、今日われわれが理解に苦しみ、また皮相な批評家からは不合理として、時には「不道徳」としてさえ攻撃されている過去の多くの事象が、明白になり、自然的に見えるようになるだろう──人類の進化の最初の歴史をおおっているヴェールの剥除は、バッホーフェン以来、タイラ、マクレナン、ラボック等の多くの学者たちの研究によって着手された。モルガンは彼の基礎的著述によってこの研究に加わり、さらにフリードリッヒ・エンゲルスは多くの経済上および政治上の歴史的事実をもってこれを補い、最近になってクノーはその一部を確定し、一部を訂正した。

 フリードリッヒ・エンゲルスがモルガンのあとを承けたその名著においてなした明瞭簡潔な説明のおかげで、文化発展のやや高い、あるいは低い民族の生活における理解しがたい、ある部分はむしろ矛盾とさえ見えるところの多くの事象が、十分明らかな光に照らし出されるにいたった。いま初めてわれわれは、人間社会が長い時代を経過するうちにつくりあげた構造に対する洞察力を得た。

これによって見れば、結婚、家族、国家などに関するわれわれのこれまでの解釈は、全然誤った見解に基づくものであって、事実に対する何ら根拠のない一幅の想像画であることがわかる。

 ところが、結婚、家族、国家などに関して証明されたところのことは、特にまた婦人の役割についても言われうる。彼女が種々異なった進化の時期にとってきた地位は、「常にそうであった」としてあてがわれるものとはとにかく非常に違っている。

 モルガンは、──エンゲルスもまたこれにならったが──今日までの人類の歴史を、野蛮、未開、文明の三つの主要時期にわけている。彼はさらに、初めの二つの時期をそれぞれ下期、中期、上期に分けたが、これは各期が、食料および生活資料の獲得の上に加えられた一定の基礎的改良によって、互いに区分されるからだ。

モルガンは、のちにカール・マルクスおよびフリードリッヒ・エンゲルスによって確立されたとまったく同一の唯物論的歴史観の精神にしたがって、ある時期における生産過程の進歩、すなわち生活資料の獲得方法の進歩によってひきおこされる諸民族の生活状態の変化のうちに、文化発展の主なる特徴を認めたのだ。

すなわち、野蛮時代はその下期において人類の幼年時代を成すもので、その時期に人類は一部は樹上に住み、主として果実や草根を食料とした。が、すでにこの時期に発音の明瞭な言語がはじまっている。野蛮時代の中期は、食料としての小動物(魚や蟹など)の利用と火の使用とをもって始まる。武器の製造、まず木や石から棍棒や槍を造ることが起こり、それでもって狩猟を始め、多分また隣接した群と食料の産地や住所や猟場のための戦いをも始めたであろう。

今日なおアフリカ、オーストラリア、ポリネシアの二三の種族のあいだに残っている食人の風習もまたこの時期に現われている。野蛮時代の上期の特徴は、弓矢を見るほどになった武器の完成である。樹皮や葦などで籍をあむ手編み細工と鋭利な石器の製造が始まる。それでもって小屋や小舟を造るために木材に加工することが可能となる。このようにして生活状態はもはや複雑なものとなってしまった。これらの道具や器具は、より大きな人間社会の維持に必要な豊富な食料の獲得を可能にした。

 モルガンは陶器の発明をもって未開時代の下期の開始とした。この時期に獣畜の馴養(じゅんよう)が起こり、それによって肉や乳の生産、種々の用途に当てる革、角、毛などの収得が始まっている。これにともなって、植物の培養が始まる。

西部では玉蜀黍(とうもろこし)が、東部では玉蜀黍をのぞくほかすべての普通の穀物が栽培された未開時代の中期は、東部ではますます盛んになった家畜の飼養を、西部では人工的潔漑による食用植物の培養を示している。なお太陽に乾かされた煉瓦や石を建築に用いることもこの時に始まった。畜類の馴化と飼養とは家畜群の形成をうながし、牧人生活をいざなった。さらに人と家畜とを養う多量の食物の必要は、穀物の耕作を誘い出した。これは大規模の土着生活と、食料品の分量および種類の増加とを意味する。そして食人の習慣は次第になくなった。

 未開時代の上期は、鉄鉱の熔解と文字の発明とをもって始まる。鉄製の鋤(すき)がしらが発明され、そのためにいっそう盛大な農耕が可能になり、また鉄の斧や鋤が使用されるようになって、森林の伐採が容易になった。鉄の加工とともに多くの新しい活動が始まり、生活に異なったすがたを与えた。鉄製の道具は家や舟や車の製造を容易ならしめた。

さらに金属の鍛冶(かじ)とともに技芸的手工、完全な武器製造の技術、城壁をめぐらした都市の建造などが始まった。技術としての農業が起こり、神話や詩や歴史が文字の発明によって保存と流布の道を得るようになった。

 特に東洋および地中海沿岸の諸国、すなわちエジプト、ギリシア、イタリアに発達したこの生活様式は、その後長い間にわたってヨーロッパならびに全世界の文化発展に決定的影響を与えたところの、社会的変革の基礎となったのである。
(ベーベル著「婦人論 -上-」岩波文庫 p25-29)

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
◎「ある時期における生産過程の進歩、すなわち生活資料の獲得方法の進歩によってひきおこされる諸民族の生活状態の変化のうちに、文化発展の主なる特徴を認めた」と。