学習通信041211
◎「この攻撃は、遠吠えとでも言っておくより手がない」……。

■━━━━━

疑似宗教としてのマルクス主義の破綻

 マルクスは彼の『資本論』によって資本主義の没落の必然性を示したと称するが、それが如何にして生ずるかについては「収奪者が収奪される」というような抽象的なことしか言わなかった。そこでその「収奪」の実践はレーニンに委(まか)されたのであるが、マルクスは近代工業によって生み出された「プロレタリアート」はすべての搾取をなくし人類を最終的に解放するという「歴史的使命」を帯びていると言ったのであるから、そのプロレタリアートの政党が政権を掌握し、一党独裁の政治を行うことはその実現であると言える。そしてマルクスは財産の私有の中にすべての悪の根源を見たのであるから、国家が土地と産業のすべての所有者となり経営者となることもまた当然のことであった。

 マルクスは彼の思想を「科学的」と称し、サン・シモン、フーリエ、オーウェン等の社会主義を空想的(ユートピア的)と呼んだが、さきに見たように彼の労働価値説なるものは、倫理説としてはともかく経済学説としては甚だ観念的、空想的なものであった。そしてこの点に関しては空想的社会主義者もこれと変らぬ説を持していたのであり、現にロバート・オーウェンは労働者が自分の労働時間を示す「労働券」を持ち、それによって他の労働者の製品の購買の手段とするという試みを真剣に実行しようと努力して失敗したりもしているのである。

 たしかにマルクスは『資本論』という博識の経済学の未完の大著を残したが、そこに投ぜられたマルクスの労働量の大きさにもかかわらず、その所産は彼の意図した科学に結実してはいない。しかしそれが及ぼした社会的影響力ということになれば、その生み出した力は絶大なものであった。

 私はマルクスが彼以前あるいは同時代の社会主義者と異る点は、彼が科学的であったからではなく彼の持つ宗数的なカリスマ性にあったと思う。彼の思想の根本をなすものは、労働力を商品として売る以外に生きる道を持たず社会のあらゆる特権から締め出されている労働者は完全に自己自身から疎外された存在であって、それ故にこそ階級対立社会の最後の形態である資本主義社会を破砕して一切の対立をなくし、人類の前史から未来史に、必然の王国から自由の王国に移行させる力を持っているという固い信念であった。それはキリスト教的終末論、一千年王国による救済説の継承であり、更に彼の属するユダヤ人の中に深く根を下していた旧約聖書的メシアニズムの発現であった。

 彼はヘーゲル哲学の勉強からこの「プロレタリアートの歴史的使命」の信念に到達したのであるが、その思想の実現のために「共産主義者同盟」、一八四八年革命、「第一インターナショナル」等の実践を行うと共に、その信念の科学的証明のために大英博物館図書館において万巻の書ととり組んだのであるが、その実践においても科学的証明においても共にむしろ失敗であった。

しかしその思想と人間のカリスマ性の故に、彼は彼の死後ヨーロッパに発展した労働運動、そして後進地域の民族運動において、解放運動の教祖として仰ぎ見られるようになった。彼が学術書として書いた『資本論』は学問の世界では受入れられなかったけれども、実際運動の中では学問的権威として大いに役立った。そしてレーニンはマルクスの理論と実践の両面において、それをロシアの地盤の上によく生かしたという意味で最も忠実な弟子であった。

 このような意味において、マルクスはその思想の科学性によってではなく宗教性によって、歴史上に大きな影響を及ぼしたのであるが、しかもなお彼の思想は宗教ではなかった。それはユダヤ・キリスト教の救済説を受けついではいたが、それは徹底的に世俗化された救済説であって、そこには宗教に不可欠の超越的なものへの信仰が欠けている。

マルクスはヘーゲル左派の哲学者として出発し、フォイエルバッハの唯物論を経て彼のいわゆる弁証法的唯物論に到達したのであるからこれは当然のことであった。そしてこのような神なき救済説はつまるところ、人間能力の万全を信ずるイデオロギーとしての疑似宗教に帰結するより外ないのである。

 共産主義国家が今日陥っている深淵は一党独裁による人間の自由の喪失と国家の全体計画による経済運営の破産である。前者は「プロレタリアート」が貧困で圧迫されているが故に貧困と圧迫をなくす能力があるという信仰から出発し、その「プロレタリアート」を体現すると称する集団、究極的には個人がすべてを命令し、人々がそれに服従することが人間の解放だという恐るべき背理を生み出す。

人間の「自己疎外」を克服する筈の手段が最大の「自己疎外」に帰結したのである。後者はこの全能の人間を体現する国家の計画は国民のあらゆる動きをあらかじめ把握することが出来、その計画の遂行によって万人の欲望が充足され幸福が実現するという驚くべき独断性の当然の結果であって、それは統治する側であれ統治される側であれ、現実の人間を如何に誤認していたかを暴露したものであった。

 二十世紀の前半は前古未曾有の世界的大戦を二度も経験した人間存在にとっての危機の時代であった。そうであればこそ、そのいくつかの極限状況の中でマルクス主義という疑似宗教が救済者として立現われ、それが現実の国家に結晶することができたのである。

それはその宗教性の故に多くの信者を持ち、その力によって支えられて来たのであるが、二十世紀後半の技術と情報の時代に入ると、その宗教性と倨据(きょごう)の上に立つ人間主義との矛盾が急速に露呈されるようになり、それが遂に社会を破滅に追いやる程に深刻化してしまった。これはまさに共産主義の敗退であり、ゴルバチョフの当初の意図が何であれ、彼はその幕引きの役を演じなければならなくなったのである。
(林健太郎著「「倨傲の宗教」の終焉」文藝春秋篇「マルクスの誤算」p31-35)

■━━━━━

 ミハイローフスキイ氏のこの論戦全体のなかでとくにふとどきなことは、ほかならぬ彼のやり方である。もし彼がインターナショナルの戦術に不満ならば、また、もし彼がヨーロッパの労働者を組織しているもろもろの思想に賛成でないならば、少なくともこれらの思想を率直に公然と批判し、より適切な戦術やより正しい見解についての自分の考えを述べるべきであったろう。ところが、はっきりした明白な反論はなにもなされてはいないではないか。

そして、ただ、空文句の大洪水のただなかに、無意味な嘲笑がそこここに散らばっているだけではないか。これを、汚泥と名づけないで、なんと名づけよう? インターナショナルの思想と戦術を擁護することがロシアでは合法的には許されていないという事情を考慮に入れるならば、なおさらそうではないか? これが、ロシアのマルクス主義者と論争するときのミハイローフスキイ氏のやり方である。

彼は、ロシアのマルクス主義者のあれこれの命題に直接の明確な批判を加えるにさいして、これらの命題を誠実に正確に定式化する労をとることなく、自分が聞きかじったマルクス主義的論拠の断片に飛びつき、それをゆがめて伝える方を選ぶのである。諸君は自分で次の文章を判断してみたまえ。

「マルクスは、自分こそが社会現象の歴史的必然性と合法則性という思想を発見したと考えるには、あまりに賢明であり、あまりに学識があった……。(マルクス主義の階段の)もっとも低い段にいる人々は、このこと」(すなわち「歴史的必然性という思想は、マルクスが発明あるいは発見した新説ではなくて、とうの昔に確立されていた真理である」こと)「を知っていないか、あるいは、少なくとも、この真理を確立するために数世紀にわたって費やされた知力とエネルギーについて、漠然とした概念しかもっていないのである」。

 このような言明が、マルクス主義についてはじめて聞く人々に、実際に感銘を与えることができることは、理解できる。そして、このような人々にたいしては、この批評家の目的、すなわち歪曲し、顔をしかめ、そして「征服する」(『ルースコエ・ボガーツトゥヴォ〔ロシアの富〕』の協力者たちは、ミハイローフスキイ氏の諸論文についてこのような評判をたてているという話だが)という目的は、容易に達成することができる。しかし、たとえ少しでもマルクスを知っている人なら誰でも、このようなやり方のごまかしやほらをすぐに見て取ってしまうであろう。

しかし、マルクスに同意できないことはあっても、以前の社会主義者と比べて新しさを成していた自分の見解をもっとも完全な明確さで定式化したことにたいして異論をさしはさむことはできない。新しさは、次の点にある。

つまり、以前の社会主義者は、自分の見解を基礎づけるために、現体制下では大衆が虐げられていることを示し、各人が自分でつくったものを受け取るような体制の優位性を示し、この理想的な体制と「人間の本性」との一致や理性的・道徳的生活の概念等々との一致を示すだけで十分だとみなしたのにたいして、マルクスはそのような社会主義で満足することはできないと考えたのである。

現体制を特徴づけるにとどまらず、それを評価したり弾劾するのにとどまらずに、彼は、それに科学的説明を与え、異なったヨーロッパの国々、ヨーロッパ以外の国々それぞれで多様になっているこの現体制を、共通の土台、資本主義的社会構成体へ導き、その機能と発展の法則に客観的な分析を加えたのであった(彼はこの体制における搾取の必然性を示した)。

まったく同じように、彼は、偉大な空想的社会主義者たちと、彼らのちっぽけな追随者である主観的社会学者たちが言っていたように、社会主義体制だけが人間の本性に合致するという主張に満足できるとはみなさなかった。資本主義体制の同じ客観的分析によって、彼はその社会主義体制への転換の必然性を証明した(まさに彼がこれを証明し、ミハイローフスキイ氏がこれに反対したという問題にわれわれはまた立ち戻らねばならないだろう)。

──ここに、マルクス主義者の書いたものでしばしば出くわすことのできる必然性という言葉の引用の典拠がある。ミハイローフスキイ氏が問題に持ち込んだ歪曲は明らかである。彼は、理論のすべての事実的内容、そのすべての本質を省いてしまって、まるですべての理論が「必然性」の一語に収斂するかのように(「複雑な実践的諸問題においては必然性だけを拠り所にするわけにはいかない」)、この理論の証明は歴史的必然性がそう要求するかのように、問題をそのように見せかけているのである。

言葉を換えて言えば、彼は学説の内容については口をつぐんで、彼は、その名前だけにしがみつき、そしていまやふたたび、「単なる平板な一小圏」──マルクスの学説をこういうものに変形させようと骨折ったのは氏自身なのだが──に向かって、顔をしかめはじめるのである。もちろん、われわれはこのようなしかめ面のあと追いはしないであろう。というのは、このことについてはわれわれはすでに十分に承知しているからである。氏はブレーニン氏(『ノーヴォエ・ヴレーミャ〔新時代〕』紙上で、ブレーニン氏がミハイローフスキイ氏の頭をなでたのは、理由のないことではない)を楽しませ満足させるために、とんぼがえりでもするがよい。

マルクスにおじぎをしたあとで、彼にこっそりと遠吠えするがよかろう。ミハイローフスキイ氏はこう言う。「空想家や理想家たちとのマルクスの論争は、それでなくても」、つまり、マルクス主義者がこの論争の論拠を繰り返さなくても、「一面的である」。この攻撃は、遠吠えとでも言っておくより手がない。なぜなら、この論争にたいする事実的な、明確な、検証された反論は文字どおりなに一つあげられてはいないからである。

だから──われわれが、ロシアの社会主義の諸問題を解決するために、この論争がきわめて重要だと考えて、このテーマについてどれほどすすんで対話したいと思っても──それでもわれわれは遠吠えには答えることができずに、ただ肩をすくめて、こう言いうるだけである。

 おお、狆(ちん)よ! 象に吠えかかるとは、さぞかし強いのだろう!  ※ロシアの寓意詩人イヴァーン・アンドレーエヴィチ・クルイローフ(一七六九−一八四四)の作品『象と狆』から。
(レーニン著「「人民の友」とは」新日本出版社 p52-56)

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
◎「資本主義体制の同じ客観的分析によって、彼はその社会主義体制への転換の必然性を証明した」と。