学習通信050221
◎「新たな挑戦と開拓の過程」……。

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 この三人すべてに共通しているのは、そのあいだに歴史的に生み出されていたプロレタリアートの利害関係の代表者として登場したのではない、ということである。啓蒙思想家たちと同じように、或る特定の階級をではなくて全人類を解放しよう、と思っている。啓蒙思想家たちと同じように、理性と永遠の正義との国をもたらそう、と思っている。

しかし、この人たちの国と啓蒙思想家たちの国とのあいだには、天と地ほどの違いがある。この三人にとっては、この啓蒙思想家たちの諸原則に従ってつくられたブルジョア的世界も、やはり非理性的で不正なものであり、だから、封建制度および以前のすべての社会状態とまったく同様に、ごみため行きなのである。

真の理性と正義とがこれまで世界に行なわれずにきたのは、それをこれまでだれも正しく認識したことがなかったからにすぎない。まさに、そういう天才的な個人がいなかったのだ、というわけである。この天才がいま出現し、そして、真理を認識した、この天才がいま登揚したということ、真理がまさにいま認識されたということ、これは、歴史的発展の連関から必然的に生じてくる避けられない出来事ではなくて、まったくの偶然な幸運である。

この人が五〇〇年早く生まれることだって十分にありえたし、また、もしそうなっていたとしたら、人類は、五〇〇年も誤りと闘争と苦しみとを味わわずにすんだかもしれないのに、というわけである。

 こういう〈ものの見かた〉、本質上、イギリスとフランスとのすべての社会主義者と、ヴァイトリングを含むドイツの最初の社会主義者たちとの〈ものの見かた〉である。〔彼らすべてにとって〕社会主義は、絶対的真理・理性・正義の表現であって、発見されさえすれば、自分の力で世界を征服できるのである。絶対的真理は時間・空間にも人類の暦史的発展にも左右されないのだから、いつまたどこでそれが発見されるのかは、まったくの偶然である。

しかも、そのつぎに、この絶対的真理・理性・正義というものがまた流派の開祖ごとにいちいち違っている。そして、この特殊な種類の絶対的真理・理性・正義がさらに各人の主観的知力・その生活諸条件・その知識および思考訓練の程度に条件づけられているので、絶対的真理どうしのこうした衝突では、互いにすりへらしあうことよりほかには解決のしようがない。そうなると、そこからは、一種の平均的社会主義のほかにはなにも出てきようがなかった。

また、事実、こうした平均的社会主義がこんにちまでフランスとイギリスとのたいていの社会主義的労働者の頭を支配しているのである。それは、いろいろな宗派の開祖たちのなんということもない批判的発言・経済学上の教義・未来社会像を寄せ集めてつくった混合物であって、この上なく多様な色あいを含んでいる。こういう混合物は、その個々の成分が論争の流れのなかで──小川の丸い小石のように──明確さという鋭い角をすりへらされていればいるほど、それだけたやすくつくりあげられる。社会主義を一つの科学にするためには、〔こういう混合物は捨て去って、〕まずそれを或る実存的な基盤の上に据えなければならなかった。
(エンゲルス著「反デューリング論 -上-」新日本出版社 p32-33)

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 いずれにしても、オウエン、サン・シモン、フーリエのユートピア社会主義が、マルクスやエンゲルスの思想形成にたいして、どのような役割を果たしたかという問題は、論証に多くの困難をともなうが、それだけにいっそう興味ある社会主義思想史上の重要問題となっている。

 さらにまた、マルクス、エンゲルスによる「ユートピア社会主義」という規定を問題にするならば、もともと現状変革によって新しい未来社会の建設を意図する社会主義が、ユートピアと完全に絶縁することができるのかどうか、そもそも社会主義は、それがいかなるものであろうとも、みずから「科学」を主張することができるのかどうか、という疑問が生じる。言いかえれば、マルクス主義にはユートピアがないのかどうか、という問題である。たとえば『ドイツ・イデオロギー』(一八四五〜四六)の次の叙述のなかに、そのユートピアを見ることができないかどうか(訳文は岩波文庫版)。

「共産主義社会では、各人が一定の専属の活動範囲をもたずにどんな任意の部門においても修業をつむことができ、社会が全般の生産を規制する。そしてまさにそれゆえにこそ私はまったく気のむくままに今日はこれをし、明日はあれをし、朝には狩りをし、午後には魚をとり、タには家畜を飼い、食後には批判することができるようになり、しかも猟師や漁夫や牧人または批判家になることはない。」

 かつてマルクス主義が多くの人々に訴える力を持っていたとすれば、それは、単にマルクス主義の科学性にのみあるのではなくて、科学を包み込んでいたそのユートピアにあった、と言えないかどうか。したがって、マルクス以後のマルクス主義者たちによるユートピアの排除、「空想から科学へ」の図式にもとづくマルクス主義からのユートピアの追放とともに、マルクス主義は権威的教条主義の道をたどり、同時に生のマルクス主義の魅力を喪失していった、と言えないかどうか。

 この問題は、単にマルクス主義とユートピア思想との関係といった問題にとどまらず、さらに、科学と思想、科学と前科学的認識行為(直観や洞察など)といった、社会科学の方法論一般の問題にもつながる重要性を含んでいる。

 ところで、先に検討したエンゲルスの『空想から科学へ』の原文は、『ユートピアから科学へ』である。「ユートピア」を「空想」と翻訳する習わしとなっているわが国の学界に、ユートピアとマルクス主義とをきっぱり切断しようとする意図を見ることができる。これはけっして正しい訳とは言えない。「空想」を目覚めた状態における無意識的、無自覚的な夢だとすれば、「ユートピア」は、人間と社会の未来についての意識的、自覚的な夢である。

言いかえれば、ユートピアとは、人間と社会の未来的進行方向についての総体的な見取り図であり、理性と情念のトータルな投入によって生み出される現実超越的、未来志向的な、社会についての意識的、計画的な青写真である。科学が認識の体系だとすれば、ユートピアには認識行為と価値判断とが、現実と理想あるいは存在と当為とが混在している。

 ユートピア社会主義の提起する問題は、けっしてマルクス主義とのかかわりにおいてばかりではない。それについては最後に言及する。ここではオウエン、サン・シモン、フーリエが常にワン・セットとして扱われる理由には、彼らにたいするマルクス、エンゲルスの規定、および彼らとマルクス主義との関係が横たわっていることを指摘して、以下の解説へのはしがきとしたい。
(中央公論「世界の名著 第8巻」オウエン、サン・シモン、フーリエ  p14-15)

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 挑戦と・開拓の過程──いまから青写真は描かない

 次の段落からあとは、日本における社会主義への道を展望しての文章です。

「日本における社会主義への道は、多くの新しい諸間題を、日本国民の英知と創意によって 解決しながら進む新たな挑戦と開拓の過程となる」。

 この道について、私たちは、生産手段の社会化という大きな方向や、それによって社会にどんな変化が生まれるかなどの大局は、「科学の目」によってつかむ努力をし、その到達点を綱領に書き込みましたが、その方向がどういう具体的な形態で実現するかについての青写真を描くことはしませんでした。だいたい、そういう青写真は、先ざきを予見していまから描ける性質のものではないのです。

 これは、将来、日本の社会と国民が、その課題に取り組むことになったとき、日本の経済がどこまで進んでいるか、課題を解決するどんな条件が生まれているか、そういうなかで、国民の英知と創意をつくして解決される間題です。だから、綱領では、それが「新たな挑戦と開拓の過程」であることを指摘するにとどめ、現在の世代であるわれわれが、将来の世代から挑戦や開拓の楽しみを奪うような出過ぎたことはしないことを、方針としているのです。

 ただ、そこでも、二〇世紀を生きてきた私たちとして、その経験から、現時点ではっきりと言えることは、書き込んでおく、そういう見地で、「とくに注意を向け、その立場をまもりぬく」べき間題として、二つの点をあげています。

 第一の点は、生産手段の社会化の形態の多様性についてです。

この間題は、すでに「生産手段の社会化」のところで、綱領の文章の引用も含めて検討しましたから、ここでは、繰り返しませんが、「社会主義」の看板を掲げ、自分を「社会主義」の先進的モデルとして宣伝しながら、社会主義の精神を裏切る実践を続けてきたソ連の誤った経験は、二一世紀に社会主義・共産主義の事業を成功させるためにも、詳細な研究を必要とすることを、一言、強調しておきます。

「市場経済を通じて社会主義へ」

 第二の点は、「市場経済を通じて社会主義へ」という路線の間題です。
(不破哲三著「新・日本共産党綱領を読む」新日本出版社 p395-396)

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◎「この天才がいま出現し、そして、真理を認識した、この天才がいま登揚したということ、真理がまさにいま認識されたということ、これは、歴史的発展の連関から必然的に生じてくる避けられない出来事ではなくて、まったくの偶然な幸運である」と。

◎「将来、日本の社会と国民が、その課題に取り組むことになったとき、日本の経済がどこまで進んでいるか、課題を解決するどんな条件が生まれているか、そういうなかで、国民の英知と創意をつくして解決される間題」と。