学習通信050616
◎科学のなりたつ土壌……

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最初の手がかり

 自然という大きな謎物語を読もうとする企ては、人間の思想そのものと同じ程古くからありました。しかしその話の言葉が科学者にわかり始めたのは今から僅か三百年余り前のことに過ぎません。その時代、つまりガリレイやニュートンの時代から、この物語を読む仕事は急に進んで来ました。それ以来、調査の技術や手がかりを見出してこれを追及する系統的な方法が発達しました。自然界の謎は幾つか解かれました。もっともその解決も更に研究して見れば多くは一時的な表面的なものに過ぎぬこともわかりましたが──。

 余りに複雑であるので、数千年間全く説明のつかないでいた最も基礎的な問題は運動の問題であります。空中に投げられた石、海を走る船、道を通る車──私たちが自然界に見るすべてかかるものの運動は実は非常に錯雑しています。これらの現象を理解するためには出来るだけ簡単な例から始めて、次第に複雑な例に進むのが賢明な方法です。まず静止している物体を考えます。これには全然運動がありません。この物体の他流を変えるためには、押すとか、持ち上げるとか、あるいは馬なり蒸気機関なり、つまり他のものをこれに働かせるとか、とにかく何らかの作用を加えなければなりません。

私たちは直観的にその運動が、押すとか、持ち上げるとか、引くとかいう行為と関係があると考えます。更に、幾度も経験を繰り返せば、私たちは物体を速く動かすためには強く押さなくてはなるまいと言うようになるでしょう。物体に作用する力が強ければ強い程速さが増すと結論するに至るのは自然でしょう。四頭立の馬車は二頭立の馬車よりも速く走ります。こうして私たちは直観によって、速さは本質的に力に関係があると考えます。

 誤った手がかりが話の筋をもつれさせて解決を延ばしてしまうことは探偵小説の読者のよく知るところです。直観の命ずる推理法が誤っていて運動の間違った観念に導き、この観念が何世紀の間も行なわれたのです。このような直観が長く信じられていたおもな理由は恐らくアリストテレスの思想が全欧州に有力であったからでしょう。二千年間彼の著書と考えられて来た『力学』書の中に次のように書かれています。

運動体はこれを押す力がその働きを失った時に静止する。

 ガリレイが科学的論理を発見してこれを用いたということは思想史上の最も重要な大業の一つであって、これが真の意味における物理学の第一歩となっています。ガリレイの発見は直接の観察に基づく直観的結論は誤った手がかりに導くことがあるから、必ずしも信用が置けるものではないことを私たちに教えたのです。

 しかし直観はどこが悪いのでしょうか。四頭立の馬車が二頭立の馬車より速く走るというのが悪いのでしょうか。
 運動の基本的事実をもっと綿密に調べて見ましょう。まず激烈な生存競争から得られ、文明の初期から人類に熟知されて来ている日常経験から出発しましょう。

 誰かが平坦な道を手押車を押して行って、突然押すのを止めてしまうとします。車はある短い距離だけ運動を続けてから止まるでしょう。私たちはこう尋ねます。「この距離を増すのにはどうしたらよいでしょうか。」これにはいろいろな方法があります。例えば車に油をさしてもよいでしょうし、道を非常に滑らかにしてもよいでしょう。車の回転が容易な程、また道が滑らかなら滑らかな程、車は長く運動を続けるでしょう。だが一体油をさすとか滑らかにするとかいうことがどういう役目をしたのでしょうか。それはただ外部の影響を少なくしたというだけのことです。

摩擦と呼ばれる作用が車においても、車と道との間においても減らされたのです。これは現に、目に見える明瞭な事実の理論的説明ですが、この説朋は実はまだひとりよがりなものに過ぎません。ここでもう一歩正しく進めば正しい手がかりが得られるでしょう。道が完全に滑らかで車には全然摩擦がないと考えてごらんなさい。そうすれば何物も車を止めるものはなく、従ってそれは永久に走り続けるでしょう。この結論はただ理想化された実騎を考えて始めて得られるのですが、外部的な影響を全然排除することは出来ませんから、そういう理想化された実験を現実に行なうことは決して出来るものではありません。しかし、真に運動の力学の基礎をなしている手がかりはこの理想化された実験が教えてくれるのです。

 間題に近づく二つの方法を比較すると、次の如く言われます。直感説では力が強ければ強いほど速度は大きいということになります。だから速度は外力が物体に働いているかいないかを示すのです。ガリレイの発見した新しい手がかりはこうです──もし物体が押されもせず、引かれもせず、何の作用も受けないなら、簡単に言えば、外力が全く加わらないなら、それは一様に運動する、すなわち常に等しい速さで一直線に洽って運動すると。だから、速度は外力が働いているかどうかを示すものではないのです。ガリレイのこの結論、それは正しい結論でありますが、更に後にニュートンによって慣性の法則(陰性の法則)として形式づけられました。これは通常学校の物理でまず覚え込まされるもので、多分記憶している方々もありましょう。

すべて物体はこれに加えられる力によってその状態を変えられぬ限りは、静止または一様の直線運動を続ける。

 この慣性の法則は実験から直接に導かれるものではなく、ただ、観察と矛盾しない純粋の思索によってのみ得られることは既に見た通りです。つまり理想化された実験が現実の上の実験を、よく理解させることになるのですが、この理想化された実験そのものは決して現実に行なわれるものではないのです。
(アインシュタイン、インフェルト著「物理学はいかに創られたか 上」岩波新書 p6-10)

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「ニューサイエンス」と「パソコン少年」

 大企業による科学の支配、ということは、科学の研究にたいする支配、ということだけではありません。科学のなりたつ土壌そのものを大企業が支配・管理し、ゆがめ崩壊させつつある、ということをふくんでいます。そして、科学への素朴な信頼の崩壊、科学への疑惑・不信は、このこととも深く関連していると思います。

 科学のなりたつ土壌とは、では何でしょう。ここで私は、井尻正二さんの『科学論』の一節を引きたいと思います。

「科学の研究の第一歩は、既知の科学法則や、あたらしい学説をしらない、先人の物の見方や、考え方にそまらない、科学的には無垢の、裸のままの個人が、かれ自身の感覚をただ一つの武器として、探険旅行や、標本採集や、見学といった実際行動を通じ、あるいは、日常の生活や、社会生活における体験を通じて、直接に、なまのままの、あるがままの自然に働きかけ、肉体的な経験を通じ、自分の感覚を通じて、あくまで主観的に、しかも個性を強く発揮して、自然の印象を自分自身にやきつけることである」

 この『科学論』は、もと『古生物学論』として書かれたものでした。そこで、次のようにも記されていました。

「古生物学入門の第一歩は、けっして、化石の学名を暗記したり、古生物学の法則をおぼえたりする、悟性の訓練にあるのではなく、まずハンマーを大地にうちおろす=@という積極的な、実践的(肉体的)な行動をすることである。すなわちハンマーをただ一つの武器にして山野を歩きまわり、谷川につかって化石の露頭をさぐり、手に豆をだしてハンマーで岩石をたたき割る、という自然にたいする積極的な行動にはじまり、自然のままの姿で、地層にうもれている化石を、みずからの手でほりだし、その産状・形態・色彩などを、自身の目でみ、主観的に感覚し、さらにその化石の一つ一つに採集番号をつけ、新聞紙にくるみ、リックサックにいれて背負いあげるといった、肉体的な経験によって、化石の固さ・重さ・もろさなどを、全身で体験することにある」

「体験的方法」と井尻さんはこれを呼んでいます。井尻さんの科学方法論は、この体験的方法をもってはじめられます。

「科学の本体である知的な活動をはなれて、自然をもっぱら肉体的に、感覚的に、しかも極端なまでに主観的に経験することを主眼としている体験的な方法は、当然、知的活動がまだ十分に発揮されず、その反面、肉体的な発育がすこぶるさかんであり、感覚が新鮮で、かつ、するどい、若い時代に実行されることがのぞましい」

「体験的方法は、中学校時代よりは小学校時代に、小学校時代よりは幼稚園時代に、というふうに、できるだけ弱年のころから実行されなくてはならない」

「さらに、体験的方法は、少年時代におこなわれるのがのぞましいばかりでなく、できるだけひろい範囲にわたって、できるだけ回数をおおくくりかえしておこなうべきである。このようにして、自然の主観的な、独得な印象は、ますますしっかりと、各人の感性にやきつくようになるであろう」

 以上、きわめて主観的、個性的に述べられていますが、ここに述べられていることのもつ客観的、普遍的な意義を否認することは、たぶん、誰にも──井尻さんの所説の他の部分についての賛否にかかわらず──できないだろうと思います。

 これは、科学研究の第一歩であるとともに、芸術の第一歩でもあるでしょう。これらの叙述は、そのまま宮沢賢治論の一節にもってきて、はめこむことができる、と思います。まさにこのようなのが、科学者としての、また芸術家としての、賢治の第一歩であり、第二歩、第三歩、そして第千一歩、千二歩……でした。そして、賢治において、芸術家としての目と科学者としての目とは、一体のものでした。

 「科学の土壌」と先に呼んだものは、「科学の研究の第一歩」であり同時にまた芸術のそれでもあるこのような体験が、広範な国民、とりわけ若い世代に日常的に保障されるような諸条件、ということです。私は、科学への関心は、まず博物学的な関心であるはずだし、そこからはじまるべきだと信じています。高邁な理論の山も、博物学的な裾野のうえにこそ、そびえたつことができるでしょう。

 ところが、高度経済成長は、このような科学の土壌を急速に掘りくずしていったのです。

 この間、「科学教育」のレベルは、ある意味ではめざましく「高度化」しました。中学、高校の理科の教科内容を見れば、それは一目瞭然です。でもそれは、中学生、高校生の多数から、かえって科学を遠ざけてしまわなかったでしょうか。

 「博物学」的な要素は教科書から急速に姿を消しました。自然との博物学的なつきあいがすでにたっぷりあることを前提としてのことならば、それもいうことはありません。でも、そうではありませんでした。それどころか、そのような自然とのつきあい自体が急速に奪われていったのです。胴乱をさげて山野を歩きまわったり、模型飛行機づくりや化学実験に熱中したりする昔日の「科学少年」にかわって、「米のなる木を知らぬパソコン少年」が、こうして生みだされてきたのでした。

 「米のなる木を知らぬパソコン少年」の科学観は、一言でいって、たぶん「科学は計算である」ということになるのでしょう。まちがいがない、くるいがない、いちぶのすきもなくピタリとあたり、割り切れる、それが科学的ということだ、というイメージは、きわめてよくこれにつながります。しかし、科学の土壌をはだしでかけまわった経験、素手でその泥土を掘った体験をもつものが、科学についてのこうしたイメージをもつことは、まずありえないでしょう。

反対に、「科学というものは、まちがいの上に立っているものなのだ。でも、それはおかしてもいいまちがいなのだ。なぜなら、それによって少しずつ進歩するのだから」ということばを共感をもって迎え入れるでしょう。これは、ジュール・ベルヌの作品『地底の探険』のなかで、主人公の青年と地底探険をともにする叔父の鉱物学者が口にするせりふです。幼き日の友として、自然とともにベルヌをもつものは幸なるかな。

 さて、「米のなる木を知らぬパソコン少年」は、しばしば超自然・神秘に異常な関心を示します。「ニューサイエンス」の流行が、こうして生じるわけです。科学が計算にすぎないとすれば、そこに欠けているものを「科学以外のもの」に求めるようになるのは、もっともです。「自然を知らぬ自然科学者」が「超自然」にひかれるというのは、それなりに論理的でもあるでしょう。

 ところで、パソコン少年の生いたちから奪われていたのは、自然についての科学の土壌だけではありませんでした。社会についての科学的素養、訓練が、その基礎となる感性ぐるみ奪われてもきたのです。高度経済成長の過程は、そうしたことが進行する過程でもあったのですし、そのようなものとして戦後民主主義の骨抜きが進行させられる過程でもあったのです。「ニューサイエンスに熱中するパソコン少年」は、その産物です。
(高田求著「学習のある生活」学習の友社 p129-135)

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◎「私たちは直観的にその運動が、押すとか、持ち上げるとか、引くとかいう行為と関係がある……幾度も経験を繰り返せば、私たちは物体を速く動かすためには強く押さなくてはなるまい」と。