学習通信050711
◎日本領にしたのだから……

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ここまで来たか 靖国史観


“日本は、朝鮮・台湾を植民地にしたことはない”

 次は、「植民地支配」の問題です。“靖国”派は、この本のなかで、反省すべき植民地支配などなかったというために、前代未聞の議論を持ち出しています。

 「日本はアジア諸国を植民地にしたというが、台湾と朝鮮は植民地ではなく日本領であった。日本と同じレベルに高めるべく、同化政策を推進した。……当時の台湾人や朝鮮人は、進んで大東亜戦争に志願した。……そして双方で計五万人の戦死者を出し、靖国神社に合祀されている」。

 あきれて開いた口がふさがらないとは、このことです。日本の「侵略」を否定する人たちが、植民地支配の問題になると、これは「日本領」にしたのであって「植民地」ではない、と言い張るのですから。他国を併合して「日本領」にしたり、他国からその領土を奪って「日本領」にする、それこそまさに「侵略」であり、また「植民地支配」ではありませんか。

 しかも、この人たちの頭には、朝鮮や台湾を日本の「領土」にしたのは、朝鮮や台湾の人びとに恩恵をほどこしたものとして、映っているようです。

“日本領にしたのだから、植民地支配などなかった”という開き直りの暴論にくわえて、朝鮮や台湾の人びとの魂を踏みにじった「同化政策」(日本式の名前や日本語教育の強要など)や、戦争の「人的資源」として強制・半強制のさまざまな手段を使っておこなわれた戦場への動員、さらにはその犠牲者たちの靖国神社への勝手な「合祀」までを、日本があたえた恩恵だったかのように言い立てる、これは、植民地支配者たちの思い上がりの再現以外のなにものでもありません。
(しんぶん赤旗20050607)


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暗い日々

──マリア・スクロドフスカ。
──はい。
──スタニスラス・オーギュストについて話してごらんなさい。

──スタニスラス・オーギュスト・ボニアトフスキーは、一七六四年にポーランド王に選ばれました。資性すぐれ、教養も高く、芸術家や作家を保護しました。お国を弱める欠陥に気づいて、その対策に苦心されました。しかし、不幸にして勇気に欠けていました……

 いま自分の腰かけ──ザックス地方の、雪におおわれた庭の芝ふに面した、高い窓に近い三列目の席から立ち上がって、しっかりした美しい声で学課を復唱している生徒は、ほかの級友と比べてかくべつ目だつ点も見えない。鉄ボタンにのりのきいた白えりのついた、青いサージのセーラー服の制服に包まれた、十歳の少女の横顔はすこし猪首の印象を与えた。

いつも乱していたアンツィユペーツィオの金髪の巻き毛はどこへいったのだろう? 細いリボンで結んだひっつめのお下げがちぢれた髪を小さな整った耳のうしろへひっぱって、意志の強そうな顔をほとんど平凡に見せている。隣の机に向かっているマーニャの姉ヘラのかつての《英国ふう巻き毛》もお下げに変わっている。しかし、マーニャのよりはもっと髪が豊かで色も濃い。厳格な服装、簡素できちんとした髪形がシコルスカ嬢の《私塾》の校規であった。

 教壇に立っている先生も、にやけたなりはしていない。黒い絹のコルサージュにしても、くしらのひげを入れたえりにしても、だんじて流行品などではなかったし、それにだいいちアントニーヌ・チュパルスカ嬢その人が、おしゃれなどをするがらでなかった。やぼったいごつごつした、醜い顔かたちの持ち主だったが、それでもどこか好感のもてる顔だちだった。数学と歴史を受け持っているチュパルスカ嬢──通称あだ名を《チュプツィヤ》という──は、生徒監の役を兼ねていた。役目がら、彼女はときおりスクロドフスカ嬢の独立自主の精神とがんこな性格を、少しきついことばでたしなめなければならないことがあった。

 しかし、マーニャに注がれている彼女のまなざしには、親愛の情がこもっていた。同級生より二つも年下でありながら、算術はずばぬけてすぐれ、歴史も文学もドイツ語もフランス語も教理問答も一番の成績で、およそむずかしいということを知らぬといった秀才を、教師として得意に思わぬはずはなかった。

 沈黙が教室を支配している。それは沈黙以上のなにものかである。歴史の時間には異常に熱した空気がかもしだされる。興奮した二十五人の若き愛国者の目と《チュプツィヤ》のごつごつした顔とは、深い感激を反映している。数年前に没した国王について語りつつ、マリアは奇妙に激越な調子で断定するのだった。

 ──不幸にして勇気に欠けていました……
 あまり愛きょうのよくない先生も、彼女がポーランド語でポーランドの歴史を教えている賢すぎるほど賢い生徒たちも、不思議に意気投合して、陰謀の共犯者か共諜者のように見える。

 突如、ほんとうに共犯者のように一同ははっとする。階段の踊り場の電気ベルが、遠慮がちに鳴ったのだった。二つは長く二つは短く。

 ベルを合い図に、沈黙に激しい動揺が起こる。チュプツィヤは急に立ち上がって、急いでちらばった本をかき集める。生徒たちは、すばやく机の上からポーランド語の教科書やノートをひっさらって、すばしこい五人の生徒の前かけの中に重ねる。五人の生徒はこのぶんどり品を持って寄宿生の寝室に通じるドアから姿を消す。いすの動く音、机のふたをあけて静かにしめる音、さきの五人の生徒が戻ってきて、息をはずませながら、めいめいの席に着く、すると入口のドアがゆっくりと開く。

 敷居の上には、りっぱな制服──黄色いズボンにぴかぴかしたボタンのついた青い作業服──の上に皮帯をしめた、ワルソー私立学校視学官ホルンベルク氏の姿が現われる。髪を短く刈ったずんぐりした男である。顔はあぶらぎって、目は金縁めがねの奥に鋭く光っている。

 無言のまま視学官は生徒たちを見回す。視学官のあとからついてきた校長のシコルスカ嬢も、彼のそばに立って、表面平静をよそおいながら生徒たちをながめる。──しかし、内心どんなに不安を感じていることだろう! きょうは合い図のベルが鳴ってからあまりに間がなかった。門番がかねて示し合わしてある合い図のベルを鳴らすか鳴らさぬうちに、ホルンベルクは案内も待たずに踊り場に達し、この教室へ飛び込んでしまったのだ。はたして万事ぬかりなくいっているだろうか?

 万事ぬかりはなかった。二十五人の女生徒は指に指ぬきをはめ、うつむいたまま、四角いぼろきれにみごとなボタン穴をかがっていた。はさみや糸巻きが、きれいにかたづけられた机の上にのっている。《チュプツィヤ》は顔を上気させて額の筋をややふくらませ、教壇の上にはオーソドックスの書体で印刷した本が、これ見よがしにあけてある。

──視学官さま、この生徒たちは一週二時間裁縫の時間があるのでございます。
と、校長は落ち着いて言った。

 ホルンベルクは先生のほうへ歩みよった。
──なにか高い声で読んでおられましたね。この本はなんですか?
──スキロフの『短編』でございます。きょうから読み始めました。

 チュプツィヤは落ち着きはらって答えた。しだいに彼女のほおはいつもの色をとり戻した。

 なにげないようすでホルンベルクは、いちばん近い生徒の机のふたをあげた。中にはなにもない。ノートー冊、本一冊ありはしない。
 注意深く《かがり目をとめ》、針をきれに刺してから、生徒たちは仕事をやめた。白えりの地味な色の制服を着た、だれもかれも同じように見える生徒たちは、腕を組んで身動きもせずに腰かけている。これら二十五の顔は急におとなびて、恐れと機略と憎しみとを隠した堅い表情をしている。

 ホルンベルク氏はチパルスカ嬢の勧めるいすにやや乱暴に腰をおろした。

 ―だれか生徒をひとり指名してください。
 三列目にいるマリア・スクロドフスカは、本能的にそのこわばった小さな顔を窓のほうへ向ける。口にこそださぬが彼女は心のなかで祈っている。《神さま、どうぞわたしがさされませんように、さされませんように!》

 しかし、彼女は自分がさされることをよく知っている。彼女がいちばんよくできるし、ロシア語を完全にこなしているから、政府の視学官の質問には、ほとんどつねに自分が指名されることを知っている。
 指名されて彼女は立ち上がる。暑いような──いや、寒いような感じが全身を伝わる。恥ずかしさにのどがつまるようだ。

──あなたのお祈りのことばを言ってごらんなさい。
 ホルンベルクは無間心なめんどうくさそうな態度で尋ねる。
 中ぐらいの声で、マーニャは正確に《天にましますわれらの父よ》を暗唱する。ツァーが発見したもっともずるい侮辱の一つは、ポーランドの子供たちをして毎日カトリックの祈りをロシア語で言わせることであった。こうして、彼らの信仰を尊敬するようなふうをして、じつは彼らのあがめるものの神聖を彼らに汚させているのであった。

 再び沈黙にかえる。
──カトリーヌニ世以来、わが神聖なるロシアを統治したもうツァーのみ名は?
──カトリーヌニ世、ポールー世、アレクサンドルー世、ニコラスー世、アレクサンドルニ世……

 視学官はごまんえつである。この子はじつに記憶がいい。あのアクセントもじつにすばらしい! あるいはセント=ペテルスブルグの生まれかもしれぬ。

──帝室のご一家のお名まえと尊号は?
──皇后陛下、ツァレウィッチ・アレクサンドル殿下、大公殿下……

 長い列挙を続けていくうちに、ホルンベルクの顔には微笑が浮かぶ。じつにりっぱな答えだ! この男にはマーニャの苦しい心中などわかりはしない──『あるいはわからぬふりをしているのかもしれない──彼女はむらむらと起こる反抗心を押えようとする努力によって、顔がこわばって見える。

──ツァーの尊号は?
──ヴィェリーチェストヴォ(陛下)。
──わたしの称号は?
──ヴィソコロージエ(閣下)。

 視学官は、彼にとっては算術や文法よりも重大なこのような階級問答を、くどくどと重ねて喜んでいる。たんなる興味から、彼はさらに尋ねる。

──われわれを統治あそばすかたは?

 校長と生徒監とは、燃えるような視線を隠すために、自分たちの前にある帳簿をのぞきこんでいる。
 答えがなかなかでてこない。ホルンベルクはじれて、やや強く繰り返す

──われわれを統治あそばすかたは?
──ロシア領全体のツァー、アレクサンドルニ世陛下。

 顔色青ざめたマーニャはやっとの思いでそう答える。
 問答はこれですんだ。視学官はいすから立ち上がって、軽く礼をしてから、シコルスカ嬢を従えて隣の教室のほうへ向かう。

 このとき《チュプツィヤ》は頭を上げる。
──ここへいらっしゃい。スクロドフスカさん。
 マリアは席を離れて先生に近づく。先生はなんにも言わず彼女の額にキスをする。ようやくよみがえった思いの教室の中で、突如、張りつめた気のゆるんだこのポーランドの少女は、わっとばかりに泣きくずれる。
(エーヴ・キュリー著「キュリー夫人伝」白水社 p23-26)

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◎「ようやくよみがえった思いの教室の中で、突如、張りつめた気のゆるんだこのポーランドの少女は、わっとばかりに泣きくずれる」と。