学習通信050904
◎おんにょろにょろ……

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十五分本読みのすすめ──ふれあい

 親が忙しすぎると、子どもと接触する時間がなかなかありません。わたしは、もっと子どもと話したいし、遊びたいと思っています。保育園へ通っていても、内気で消極的な子どもは先生や友だちとの接触も少なく、不活発で気おくれした子どもになってしまいがちです。親も意識的に話しかけるようにしないと、ことばの少ない、表現もへたな子になりがちです。学校へいくようになっても、勉強の面でもおくれがちになります。わたしはそういう失敗をしましたが、よく考えてみると、短時間でも、もっと子どもの心に影響をあたえるのに密度の高い方法があったのではなかったかと反省しています。

 たとえば、十五分読書。ときどき低学年の子に読んでやりますが、そのとき上の子もきいています。五年生までよみきかせの効果があるそうですが、二人にたいして同時に接触するのに、たとえ十分でもこの「よみきかせ」は効果があります。本を読むことは、ことばや表現方法を身につけるよい機会です。

 ある人は「毎朝十分」「添寝で十五分」子どもの相手になってあげる(お話・読書・けいこごと)。

 またある人は、土曜・日曜に集中的に話しあい、遊ぶ。父親、母親の分担もしっかりきめる、等々。それもできないほど忙しいときには保育園のゆきかえり、しっかり手をつないで、その暖か味をとおして短い会話をしたりします。
 そのやり方、内容はいろいろあるでしょうし、その家庭家庭で特色あるものがでてくることでしょう。

 子どもとの接触は時間をかけることではなく、その密度、心がどれだけかよっているかということにある、といわれますが、子どもは、自分のために少しでも時間をさいてくれたという親の態度に、安心し、それ以外の時間の忙しさをすこしずつ理解してくれるようになるでしょう。
(近藤・好永・橋本・天野著「子どものしつけ百話」新日本出新書 p40-41)

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感動が行動につながる時期

 図書館の子ども室で仲よしになった一、二年生の子どもたちを十四、五人集めて、読みきかせと話しあいの小さな会を開いてみました。雨あがりの七月の、まだ暗くよどんだような空もようの中を、いそいそと集まってくる子どもたちを、何とかたのしませて帰したいと、わたしは懸命でした。

 まず、読みきかせに使う本ですが、近ごろ民話絵本などで子どもたちにしたしまれている松谷みよ子さんの、幼児・低学年向きに書かれた短編集「ジャムねこさん」(大日本図書)を選びました。始めから終わりまで目を通してみて、文体が歯切れよく、しかもなめらかで、六編のうちどれをとっても、きっと子どもたちによろこばれると思いましたが、この中から「おんにょろにょろ」を取りあげることにしました。ガリ版で全文印刷してみると、わたしのへたなさし絵も入れて、四ミリ原紙でちょうど二枚、長さも手ごろでした。

 「ママ、おやつ まあだ」と、ももちゃんが百ぺんもいっているのに、ママはさっきから、「ちょっとまってね」だけなんです。ももちゃんの目から雨がふりそうになったとき、ママはようやく仕事をきりあげて、「さあ、ももちゃんのおやつのばんよ」といって、きてくれました。それから、ももちゃんをひょいとうしろ向きにして、その両足を自分の両足の上にかさねてのせ、肩に手をかけて台所中を歩きました。

 「おんにょろにょろ あなのぞき ももちゃんのおやつは どこじゃいな とだなかな」

 ここまできて、はてな? と、わたしは思いました。どこかで聞いたこの調子、そうだ、民話の中の、おきょうをわすれたおしょうさんが、破れ穴からのぞいたネズミを見つけてとっさにうたいあげた即興のおきょうの文句、あれの調子です。松谷さんは、民話をたくさん手がけてきたので、こんなとき、こんなうたで子どもの気分を転換させる若いおかあさんを創作したのかも知れません。ユーモアたっぷりなこのリズムには、だれでも笑いだしたくなるし、すぐつづけておもしろい文句をつくりだせます。このお話の中のももちゃんも、すぐママの調子にのってつづけます。

 「おんにょろにょろ あなのぞき ももちゃんのおやつは れいぞうこ プリンをひとつちょうだいな」、こんどはママが「ざんねんむねん しかくめん プリンはうりきれ もうしそろ ながしを のぞいて みましょうか」これを読んでいると、たのしそうな親子のようすが目にうかんできます。

万葉時代の若い男女が、歌で相手に恋をうちあけたり答えたりしたあかるい風景も、自然にうなずけるようです。古代の日本人は、こうした民族的なリズムとユーモアをことばとして持っていて、それがごく自然に庶民のあいだにうけつがれてきたのでしょうか。松谷さんは、さらにそれを現代の家庭生活の中にみごとにとりいれ、生かしています。

 説明が長くなりますので、このあとを簡単にまとめておくと、その夜ももちゃんは台所で飼猫のプーといっしょに、ネズミの親子が自分たちをまねて、「おんにょろにょろ」をやっているのを見ます。ももちゃんはすっかりうれしくなりますが、プーの方は目を光らせてねらっています。そこでももちゃんは機転をきかせて、「おんにょろにょろ」をプーにやってみます。プーは、いつのまにかネズミのことを忘れていました。

 この読みきかせにあたって、わたしはこの作品から、わたしなりに三つのポイントをおさえてみました。

@お話の内容が、おやつにまつわる子どもの本能的な欲求に合致すること。
A家庭の中に、伝統的なあそびうたのユーモアを生かすことができること。
B子どものあそび(行動)と結びつけて、創造性を無限に引きだせること。
 読書会には、予期に反して、幼稚園に行っている双生児のぼうやまで参加し、それに付添いのおかあさん三名もはいってにぎやかになりました。

 読みきかせがすすむにつれて、子どもたちの気持がほぐれてきていすから立ちあがり、「おんにょろ」の実演が始まりました。わたしが、「ヤッちゃんのおやつは なんじゃいな」 「ミエちゃんの……」と問いかけると、「おせんべ五まいちょうだいな」「アイスを十本たべたいな」と、ふだん心に思っていた欲求がとびだし、みんな手をたたいて大笑いでした。

 おかあさんたちは、「小さい子ほど、本からうけた感動がすぐ行動に結びついていくんですね。あれから家であの遊びが大流行、おかげでわたしの小言も少なくなりましたし、とうとうあの本を買わされて、まい日パパまで読みきかせをさせられています」といっています。そういう本をさがしあてることが、幼児から一、二年生にかけて、子どもを本ずきにするきめ手の一つのようです。(M)
(代田昇著「子どもと読書」新日本新書 p55-58)

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◎「民族的なリズムとユーモアをことばとして持っていて、それがごく自然に庶民のあいだにうけつがれてきた」と。