学習通信050908
◎自分自身を表現する仕事と……

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テーマのきまらないノート

想像と創造、三題ばなし

 「心のメモ帳」のなかから、強く印象に残った、ただしそれ自体としては相互に無関係ないくつかの素材をとりだしてきて、そこに何らかのつながりを見出せないだろうかと考えてみることがある。

 うまくいく場合もあれば、うまくいかない場合もある。うまくいった場合は無論だが、うまくいかない場合にも、それはまったくムダではない。少なくとも「頭の体操」にはなる。

 そう人にいったら「三題ばなしみたいだな」といわれた。
 三題ばなしというのは「落語の一種。客から任意に三つの題を出させ、これを即座におもしろおかしく綴り合わせて、一席の落語とするもの。文化の頃、三笑亭可楽の創始という」(広辞苑)

 「三つの題」は、たとえば「戦争と火鉢とゴキブリ」というぐあいに、何のつながりもなさそうなものであるほどよい。それ自体としてはまったく相互に無関係なそれらを関係づけるためには想像力がいる。想像力によって思いがけない一つの視点を創造し、それによってバラバラな三つの素材を有機的に関連づける──それが三題ばなし。

 絵画にも似だのがあるように思う。「砂漠と時計」といったようなのがなかったろうか──この場合は「二題ばなし」ということになるわけだが。

あるフランス人の中国体験

 一頃前からしきりに思いだされてくる二つの話がある。そして向こうの方から私に関連づけを求めてくる。その関連づけがうまくできずにいるのだが──

 その一つ、それはあるフランスの作家の中国体験である。彼は女友達と中国を旅した。「新中国」という言葉が実感をもって生きている、そんな頃であった。彼の目の前で中国は日々に変貌していた。わずか一週間瀋陽にいて帰ってみると、北京の姿はもう様子を異にしていた。

 撫順で、ある技師はいとも事なげに、この都市は地下に鉱床があるので、いずれ他に移さねばなりません≠ニ彼にいって、ニッコリ笑った。南方で栽培試験を行なっていたある農学者は平野の果樹をあの山に移植します≠ニいって山を指さした。バナナやパパイヤがそこにみごとに茂っているのがまぶたにうかんでいるかのように。

 ある日、女友達が彼にいった──この国にいると私たちはとっくに死んでしまった過去の人間みたいな気がしてくる≠ニ。「まったくそのとおりだ。バナナが山で育ち撫順が他に引越すのは、私たちが死んだずっと後のことだから。だが、この国では現実そのものが未来なのだ」と彼は書いている。

 このフランスの作家とはサルトル、女友達とはボーボワール。サルトルのこの文章を、私は珍しく一枚の紙にびっしりと書きぬいている。確か雑誌『世界』からの書き抜きであったと思う。

ある二人の天文学者の物語

もう一つの話。

 ティコ・ブラーエというデンマーク人がいた。鼻っ柱の強い人物で、決闘でそぎ落とされた鼻のあとに、金銀製のつくり鼻をつけていたというが、ガリレオが望遠鏡を夜空にむける以前の、最後で最大の天文学者だった。コペルニクスの地動説に興味をもった彼は、その証拠をつかもうと、フヴェン島という小島に天体観測所を建てて、これをウラニエンボリ(天の城)と名づけた。「こはウラニア(天)に至る門なり、低き憂いはさげすまる」とその門には記されていたという。そこで彼は、膨大な観測記録をつみ重ねた。しかし彼は、そのなかに地動説の証拠を見出せなかった──見出せないと信じた。そのために、彼は天動説にとどまった。

 このティコのところへ、一人の青年がやってきた。その名はケプラー。彼は近視眼で、観測には不向きだった。しかし彼は、ティコが残した膨大な観測記録をあらためて検討するなかで、そこに地動説のまぎれない証拠があること、しかも太陽をめぐる地球その他の諸惑星の軌道が、円ではなしに楕円だということ、を発見した。

 テーマ不定の弁

 何でこの二つの話がしきりに私の心をひくのか、と考えてみる。
 サルトルの話については、わかる。「進行形の世界観」の生きた実例として、それは私にとらえられる。今日の中国がかつてのその姿を失っているように見えるだけに特別の感慨もおきるが、同時にまた、その中国の今日を「完了形の目」で見てしまってもならない、ということを、それは私に告げてくれるようにも思う。

 ティコとケプラーの話、これについてもそれとしてわかる。新しい発見、創造への飛躍のための条件は、飛躍に先だつ段階のなかですでに準備されおわっているということを、それは告げているだろう。

 さてしかし、この二つがどうつながるのか。それがわかるようでわからない。

 無理にこじつけて、下手な二題ばなしにしてしまいたくはないと思う。だから、今回のノートにはテーマがない。「テーマのきまらないノート」と題したゆえんである。

 でも、何かの関連がそこには確かに存在し、そしてその「何か」はつまらないものなどではなさそうだ、という予感がする。「無理にこじつけて下手な二題ばなしにしてしまいたくはない」ゆえんである。

 たぶん、その何かは、これにもう一つ、新しい材料が向こうからやってきて出あったときに判明するのだろうと思う。いや、それはもうやってきていて、「心のメモ帳」のかかに眠っているのだが、それが目をさます時がまだ来ていないということなのかもしれない。ティコの話は、そんな気にも私をさそう。

 そこで、一時の仮小屋として、素材だけのこのノートを綴った。鉱床があるかぎり何が何でもすぐ掘りださねば、というのは「完了形の世界観」の変種でもあるだろう──そんなふうに思ったりしてもみるのだが。
(高田求著「新人生論ノート PART U」新日本出版社 p147-151)

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 科学者の仕事のおもしろさ──はじめて発見した喜び

 ところで、科学という仕事は、本質的に「積み上げ」式だといえるでしょう。過去の研究者の成果をもとにして、それを深め・発展させていくわけです。だから、科学の業績は常に新しい仕事に乗り越えられていく運命にあります。よほどすぐれた業績以外は、名前も研究成果そのものも、やがて忘れられてしまうのです。それがふつうの研究者であり、そんな研究者がほとんどです。かく言う私もその一人で、私の仕事で後世に残るものは何もないでしょう。それは空しいようですが、科学という仕事の宿命なのです。

 そうと知りながら、あえて研究を続けるのは、どんな小さなことでも、自分が世界で初めて発見した(大ゲサですが)ことへの喜びがあるからです。冒険家や登山家が世界初をめざすのと共通した心理です。また、自分の頭の中に自然の一部が根づき、そこで自分だけが知っている世界を展開させることができるのです。

頭の中で自由に自然の絵を描いたり、新しい進化のシナリオを書いたりすることに喜びを見つけています。この感覚は、芸術家と似ているかもしれません。研究業績という結果を気にする前に、向かっている課題や謎と格闘する楽しみもあります。それは、鍵のない錠前を開けようと苦闘する鍵屋さんに似ています。つまり、研究という仕事は、いろんな場面で自分自身を表現する仕事といえるでしょう。
(池内了著「科学の考え方・学び方」岩波ジュニアー新書 p23-24)

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◎「鉱床があるかぎり何が何でもすぐ掘りださねば、というのは「完了形の世界観」の変種でも」と。