学習通信05121011 合併号
◎子どもをどうとらえるか……

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教育と環境
──子どもをどうとらえるか

 あなたは、人間は生まれながらにして性善なるものと考えますか。それとも、性悪なるものとお考えですか。あるいは、「子どもは天使」で、そのなかに良いものがすでに存在していると考えますか。それとも、能力も性格もすべて教育しだいだと考えますか。

 こんないい方をしてしまえば問題は単純のようにみえますが、実は人間の子どもをどうとらえるかは、つねに古くて新しい、いや古くも新しくもたいへん重大な問題でした。というのは、この根本的なとらえ方の相違が、子どもの教育についても大きく異なってくるからです。


 偉大な教育者、教育思想家といわれた人で、子どもをどうとらえるかという問題について語らなかった人はほとんどありませんでした。なぜなら、この問題をとびこえては、そもそも子どもの教育(保育をふくめての広い意味でこの言葉をつかいます)というものについて語れないからです。そういう問題意識にたって、教育の歴史をしらべてみたり、また古今東西の、単に教育書にかぎらず文学や思想の本をよんでみますと、なかなか面白いことが発見できます。

 さて今の日本の社会のように、教育が政治と密接不可分であったり(というよりは政治の道具視扱いされたり)、また資本の支配の影響がおとなだけにとどまらず、直接子どものからだや心にまでふかくおよんでいるときは、問題はいっそう複雑でわかりにくくみえます。

 私たちは、「子ども論」の専門家ではありませんが、次のことは、いえるように思います。

 第一に、人間の子どもは一定の素質と能力をもって,生まれてはきても、主としてその成長は環境と教育によって決定されるということ。すなわち人間は環境と教育の所産だということです。

 第二には、これは第一の不十分さをおぎなう意味で大切な点てすが、人間は環境と教育の所産でありながら、同時にその環境そのものをかえてゆく存在でもあるということです。

「人間は環境と教育の所産であり、したがってその環境ががわり教育がかわれば人間もかわる、という唯物論的学説は、環境そのものがまさに人間によって変えられるということを、そして教育者自身が教育されねばならないということを、わすれている。……環境の変化と人間的活動の変化との合致は、ただ変革的実践としてのみ、とらえられ、合理的に理解されうる」 (国民文庫『フオイエルバッハ論』)

 少々むずかしいいい方ですが、この意味する内容をよく考えてみたいものです。したがって私たちのしつけ論も、この点を出発点にしているものです。
(近藤・好永・橋本・天野「子どものしつけ百話」新日本新書 p54-55)
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豊かな発達観のために

はじめに

 子育ての思想を深めるという場合、人間の発達についてのとらえ方を深めることが、当然その中心にすわらなければならない。だが、人間の発達についてのとらえ方を深めるということは、ただ現在の発達の科学を学び、知れば、それですむというような簡単なことではない。いままで述べてきたように、働くことと育てることとが分裂しがちなわれわれ自身の生活をみつめ直し、働くことと育てることを両立させる生き方を探り、そうした生き方をすべての人に保障するような社会的条件をつくり出す努力をすることが、その前提になる。

また、子どもと心の通う対話をかわし、子どものいだいている願いや、かかえている問題を理解しようとする努力のなかでこそ、発達観を深めていくことができる。発達観は、私たち一人ひとりが、自分の生き方を問い、子どもとの人間的関係を深めながら、みずから創っていくものである。

──略──

1 能動的活動の結果としての発達

 まず第一に、子どもの人間的発達を促そうとする子育てや教育の努力やそれと結びついた発達研究のなかでは、子どもの発達は、子ども自身の能動的活動の結果であり、子ども自身の主体的達成であるというとらえ方が、共通なものになってきているといえる。

遺伝決定論の立場

 「蛙の子は蛙」とか「瓜のつるになすびはならぬ」といった諺があるように、子どもの育ちよう、発達のありようを決定的に左右するのは遺伝的要因だという考え方は、この日本にも、古くからある。

 だが、この遺伝決定論の考え方は、一九七〇年代には、とくに教育政策の祖当者によって強く主張された。たとえば、一九七五年の自民党文教部会の「高等学校制度および教育内容に関する改革案──中間まとめ──」には、人間の発達、とりわけ知能や学力の発達が、遺伝的要因によって決定的に左右されるという議論が、はっきりと出されている。

 ふりかえってみれば、一九七一年、全国教育研究所連盟は、日本の教師の多くが、「学級の半数以上の子どもが授業についてこれないでいる」と感じているという調査を発表した。これをきっかけにして、「落ちこぼれ」という言葉が全国に広がり、日本の子どもたちの学力のつまずきの問題が社会問題になった。そして、父母の心配がつのり、教師に問題があるのではないかという声から、次第に、新しく採用された教科書や、その背後にある学習指導要領に問題があるのではないか、そして問題のある教科書を全国一斉に使わせるような文部省の教育行政に問題があるのではないかという疑問となっていった。こうした事態のなかで、大量に授業についてこれない子どもが生まれているという事実は、教育政策の担当者も認めざるを得なかった。

そして、落ちこぼれが生まれたその原因をどう考えるかという問いの前に立たされることになった。その場合に、教育政策の担当者がとりうる態度は、いままでの教育政策とそれに規定された学校の教育活動のあり方に重大な問題があったから、落ちこぼれが大量に生まれたと考え、これまでの教育政策を反省するか、別のところに落ちこぼれの原因があると考えるか、どちらかしかない。

 そして、日本の教育政策の担当者たちは、これまでの教育政策が誤っていたと反省するのではなく、別のところに原因があると考えるという態度を選んだ。そこで持ち出してきたのが、落ちこぼれが生まれるのは、生まれつきできる子とできない子がいる、知能や能力は遺伝的要因によって左右されるところが非常に大きいという議論であった。

 先にふれた自民党文教部会の「高校教育改革案」にみられるように、この考え方は、高校増設の要求と運動への対応のなかに、とくに顕著にあらわれた。進学要求、学力要求の高まりのなかで、多くの父母は、希望するすべての子どもが高校に進学できるようにと、高校の増設を要求し、運動を展開してきた。これに対して、文教政策の担当者は、それを認めないという態度を選んだ。そして、その際の理論的根拠として能力、知能の遺伝決定論をもちだした。

 できる、できない子は生まれつき決まっている。高校まで一二年間、すべての子を同じ教育課程のもとで学ばせようとするから、できる子と、できない子が生まれ、落ちこぼれが生まれてくる、と。そして、さらに、戦後の教育改革で形式的な、平等主義の教育制度がつくられたために、いまこういう落ちこぼれが発生しているのだとした。

 この能力や知能の遺伝決定論は、ただ単に、教育政策の担当者によって唱えられただけではなく、七〇年代後半には、いろいろなかたちで、マスコミを通じて、私たちの身辺におしよせてきた。たとえば、『文芸春秋』の一九七五年八月号には、「明日の教育を考える会」なる名前で「国家一〇〇年のための新教育宣言」というものが掲載されたが、そこでは、はっきりと、能力や知能の遺伝決定論が主張された。また、一九七六年に出版された、西義之の『日本をダメにした戦後教育』(山手書房、一九七六年)が、同様の議論をし、さらに、渡部昇一も能力の遺伝決定論をとなえて新聞紙上をにぎわした。

 しかし、能力の遺伝決定論、知能の遺伝決定論を主張した人びとの理論的根拠を検討してみると、それは、きわめて薄弱だと言うほかはない。そういう人たちがその根拠として共通にとり上げているものに、たとえば家系研究がある。

 ある家系には、代々すぐれた科学者や理論家が出ている。またある家系には、代々すぐれた音楽家が出ている。こうした事実を、これらの人びとは、すぐれた科学者になる遺伝的要因がある、音楽的にすぐれた人間になる遺伝的要因があるという証拠としてもちだし、遺伝的要因が人間の発達において占める比重の大きさを力説した。しかし、こうした事実は、すでに多くの人が指摘しているように、ただちに、遺伝的な要因が人間の発達をきめるという証拠になるわけではなく、同時に環境的な要因の大きさを証明しているともとれる。そういう事実があるということだけからは、必ずしも遺伝的な要因が子どもの発達のあり方を決定的に左右するという結論にはならない。

 したがって、学問的には根拠薄弱な議論だと批判することは、簡単である。しかし、学問的根拠はないけれども、社会的に非常に強い主張となって、私たち国民の身辺につたわってきた。そこで、七〇年代には、私たちは、人間の発達にかんする遺伝決定論をどう考えるかという問題に直面したわけである。

発達にとって遺伝的要因のもつ意味

 ところで、能力や学力を遺伝的要因が、一義的に決定するというような、機械的な議論を批判し、それを本当に克服するためには、人間の発達にとって、遺伝的な要因はどういう意味をもっているのかということを、あらためて考えてみなければならない。

 人間の発達にとって、遺伝的要因がまったく意味がないという人は誰もいない。それでは、私たちは、人間の発達にとって遺伝的要因のもつ意味を、どう考えたらいいか。

 たとえば、チンパンジーを人間的環境で育てても、人間にはならない。しかし人間は、非人間的な環境のもとに育てば非人間的な存在にもなるが、人間的環境の中で育てば人間になる。この単純な事実は、人間は、チンパンジーとはちがって、すでに生まれ落ちた時点で、人間的環境で育てば人間になるという可能性をもって生まれてくるということを示している。

 人間は、遺伝的に、人間になりうる可能性をもって生まれてくると考えられる。したがって、私たちは、人となる可能性として遺伝というものを考える必要がある。遺伝というと、人間的な発達を制約するファクターとして考えがちであるが、なによりも、人が人として成長できるのは、人になる条件を遺伝的要因としてもって生まれてくるからである。

 そして、さらに遺伝的要因を、様ざまな個性をつくり、開花させる条件として考える必要があるように思われる。

 しかも、どんなにすぐれた遺伝的要因をもって生まれてきた子どもも、たとえば、その子が人間的な環境から隔離されて育った場合は、豊かな成長を遂げることはできないというのは明白である。したがって遺伝的要因というのは、個々の人間の潜在的な可能性としてあるのであり、そうした遺伝的要因をもった子どもが、環境と交渉することを通して、はじめて、能力や人格を開花させていくのである。

環境決定論の立場

 七〇年代に流布した機械的な遺伝決定論に対しては遺伝的な要因よりも環境的な要因が人間の発達を大きく左右するという考え方を対置するという批判の仕方がありうる。これは、遺伝決定論に対して、環境決定論とよばれる。この考え方も、「氏より育ち」というような諺があるように、古くからあるということができる。

 人間の発達のありようは環境次第だというこの考え方は、遺伝決定論が宿命論になるのに対して、子どもをとりまくおとなや社会が、人間的な環境を整えれば、子どもは人間的に豊かに発達できるとして、おとなや社会の努力の余地を認めている。その意味で環境決定論は、遺伝決定論に比べてヒューマニスティックな発達のとらえ方といえる。

 だが、この環境決定論の立場は、環境が、せまくとらえられて、外的な、物理的な環境を整えさえすれば、子どもは人間らしく発達するという議論になっていくと、機械的な環境決定論になってしまう。そしてそれは、むしろ、つめこみ教育を支えるような発達観になってしまう。

活動決定論の立場

 子どもの発達を保障するために、人間的な環境をつくり出そうとしてきた子育ての運動や、教育の運動は、そのなかでもたえず生まれてくるこうした機械的な環境決定論にともすればおちいる傾向をみずから克服しながら、発達観を深めてきたといえる。たとえば、子どもの遊び場がうばわれてきた、だから子どもに遊び場をつくろうという運動がひろがった。そういう運動の中で、遊び場をつくっても、子どもは遊ばないという事態をどう考えるかが問題になった。

 あるいは、子どもの成長にとって、独立した部屋を与えることが必要だということで、親が苦労して子ども部屋や、勉強部屋を与えたのに、子どもは自立もしないし、勉強もしない、そういうことが問題になってきた。あるいはまた、よいといわれる音楽や絵や本を与えても、子どもはなかなか生きいきしないが、どうすればいいのかということが、問題にされてきた。これらの例は、いずれも、子どもの外的な環境を整えさえすれば子どもは育つと単純に考えるわけにはいかない、ということを示しているといえる。

 物理的な環境がいかに恵まれていたとしても、その子が生きいき生活し、学び、遊ぶことができていない場合は、その子は人間らしい発達をとげることができない。どんなにすぐれた文化財も、子どもの外側から押しつけられているだけでは、子どもの発達の栄養にならない。反対に、物理的な環境という点でみれば劣悪でも、その子が生きいきと生活し、遊び、学んでいる場合、その子は人間らしく発達する。

 このことからもわかるように、子ども自身がどれくらい生きいきと生活し、遊び、学んでいるかが、子どもの発達のありようを最終的に決定する。そして、教育、あるいは子育てというのは、子どもの生きいきした生活をどのようにひき出すことができるかということにポイントがある。

 こうして、日本の子育てと教育の運動のなかでは、機械的な遺伝決定論と対決し、機械的な環境決定論を克服しながら、発達は、子ども自身の能動的な活動をとおしての、子ども自身の主体的達成と考えるようになってきたといえる。

 そして、こうした動きのなかでは、たとえばソビエトのコスチュークの「子どもの発達の原動力は、子どもの内的矛盾にもとづく自己運動だ」という考えかたがあらためて想い起こされた。この考えかたは、子どもの発達を決めるのは子ども自身の能動的な活動だということを端的に表現している。

 このコスチュークの言葉にもみられるように、現代の発達の科学は、子どもの発達にとって、遺伝的な要因が重要な影響を及ぼし外的な環境も非常に重要な役割を果たすけれども、しかし、子どもの発達のありようを最終的に左右するのは、子ども自身の能動的な活動だという、いわば、活動決定論の立場に立つようになっているといえる。

 子どもの発達は、子ども自身の能動的活動の結果であり、子育て教育の成否は、子どもの能動的活動をひきだすことができるか否かにかかっている──今、私たちは、このことを、私たちの発達観の基本として、まず第一に確認してよいであろう。
(田中孝彦著「子育ての思想」新日本新書 p123-134)

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◎「子ども自身がどれくらい生きいきと生活し、遊び、学んでいるかが、子どもの発達のありようを……そして、教育、あるいは子育てというのは、子どもの生きいきした生活をどのようにひき出すことができるか」と。