学習通信060313
◎価値のある「天然かつお節フレーバー」……

■━━━━━

 鉄、紙などのような有用物は、どれも、二重の観点から、質および量の観点から、考察されなければならない。このような物はどれも、多くの属性からなる一つの全体であり、それゆえ、さまざまな一面で有用でありうる。これらのさまざまな面と、それゆえ物のいろいろな使用の仕方とを発見することは、歴史的な行為である(※)。有用物の量をはかる社会的尺度をみつけ出すこともそうである。諸商品尺度の相違は、一部は、はかられる対象の性質の相違から生じ、一部は、慣習から生じる。

 ※「諸物は一つの内的な値打ち=v(これはバーボンにあっては使用価値を表わす独自な表現である)「をもっている。すなわち、諸物はあらゆる場所で同じ値打ちをもっている。たとえば、磁石が鉄を引きつけるというようにである」(バーボン、前出、六ページ)。鉄を引きつけるという磁石の属性は、それを通して磁石の両極性が発見されたとき、はじめて有用になった。
(マルクス著「資本論@」新日本新書 p60)

■━━━━━

動物の飼料・削りカスから超高価天然フレーバーを生んだ発想

 まずはじめに、かつお節の作り方を説明しよう。かつおを三枚に卸し、その両側をさく取りしてから煮、次に薪で燻す。ここまでの物を「荒節」という。

 燻したら、次にカビ付けをする。カビ桶に入れておくと、およそ十日間でカビが全面に付く。このカビを一番カビというが、天気のいい日に外へ出し、刷毛でカビを全部綺麗に落とす。

 その後、またカビ桶に入れて、再度カビ付けをすると、また十日ぐらいの間にカビが生えそろってくる。これを二番カビといい、このカビも落として、もう一度三番カビを付ける。普通は三番カビまでなのだが、西伊豆の田子というところでは、江戸時代の製造法のままに六番カビまで付けるところもある。

 なんのためにカビを付けるのかというと、ひとつは刺身のように軟らかいかつおを、カンナで削らなければならないくらいの、世界一硬い食べ物に変えるためである。煮たかつおを燻す時、燻して完璧に乾燥させてしまったら、肉質の乾燥にムラが出てかつお節の内部にヒビが入り、削った時にボロボロと崩れてしまう。従って燻す時には、内部にある程度水を均等に残しておく必要がある。

 カビはその生育にもの凄く水分を要求するから、その性質を使ってカビに水分を吸わせ、硬くするのである。このかつお節菌というカビは、麹菌の一種でアスペルギルス・レペンスという。硬い物にとてもよく付き、またタンパク質の非常に多いところで盛んに増殖する。増殖する際、かつお節菌は燻したかつおの表面に近い水分を吸って繁殖していくので、節の表面近くの水分はなくなる。するとその乾いた方に、内部の水分が吸われるように移っていく。

こうして、表面近くの水分が吸われたかつお節の一番カビを払いのけて二番カビを付けると、水分がさらにカビに吸い取られていき、中心に近い水分が上がってくる。さらに三番カビまで付けると、節の中の水分は完璧にカビに吸われてなくなる。水分がないとどうなるかというと、腐らなくなって保存が利く。生イカはすぐに腐るが、スルメは永遠に腐らないのと同じ原理である。

 こうしてかつお節の水分は内部に全くなくなって保存食品となるが、このように何度もカビが生えると、その間にカビが分泌したタンパク質分解酵素によって、かつおのタンパク質がうま味成分であるアミノ酸やイノシン酸に変化していくので、かつお節はおいしくなる。

 カビ付けのもうひとつの目的は、原料かつおの成分のひとつである脂肪(油分)をなくすことにある。かつお節菌が脂肪分解酵素(リパーゼ)を出し、かつおの油分を分解してしまうのだ。だから、かつお節でとった出汁には油は浮いてこない。日本料理が、なぜこれほど繊細に、そして芸術的なほどおいしくなったのかというと、実は出汁に油が浮いてくるようなことがないからなのである。

つまり、かつお節、シイタケ、昆布という日本の出汁取りのための三種の神器からは、いずれも油が出てこないのに対して、中華料理、フランス料理、イタリア料理などのスープは、鶏ガラや牛や豚の骨などで出汁をとるから、すべて油が浮いて出る。油が出ないような上品な出汁の素からうま味をとることによって、日本料理の繊細さが生み出されたのである。

 かつおにカビを付けることによって、内部から水を引っ張り出し、削ってもバラバラに崩れない非常に硬い組織を作り上げ、タンパク質分解酵素の働きによって、うま味をかつお節に乗せ、脂肪分解酵素によって油分をなくしてしまう。大昔からの日本人によるかつお節の知恵はたいしたものなのだ。

 カビ付けの間は、形まで気にする必要はないが、カビ付けが終ったら、いよいよ製品に近づいてくるので、形をよくしなければならない。つまり、かつお節を整形するのだが、それに使うのが「グラインダー」という電気ヤスリ機である。これでかつお節を削って、きれいに形を整える。

 さてその時、かつお節から大量の削りカスが出る。かつお節を大量に作っている鹿児島県枕崎市などでは、削りカスが年間に何十トンも出る。そのカスの中には、グラインダーの細かい粒子など、いろいろな物も混じっている。

 ところが、この削りカスは燻したかつお節の表面を削ったものなのだから、かつお節のあのいい香りが強烈に含まれているうえに、味も大変よろしい。しかし、わずかに夾雑(きょうざつ)物が含まれているので、人の食料としてはなかなか使い物にならない。

 では、この削りカスの行き先はどこかというと、飼料会社である。ドッグフードやキャットフードのようなペットフードの味付けに加えられるのである。あんなにうまい味を味わえるのだから、動物はさぞかし嬉しいであろう。

 枕崎市の場合には、ある商事会社が以前、その削りカスを一キロ当り三〇円で買い、それを飼料会社に一キロ六〇円ぐらいで売っていたようだ。実は私はそこに目をつけ、逆転の発想というか、奇想天外な発想をしたのである。こんなに素晴らしいものを、どうして動物の餌にしているのか、まったくもったいないことだと思ったからである。

 さっそく私は、枕崎市にある知り合いの水産会社社長に、「その削りカスを一キロ当り六〇円で買っても十分に儲けになる方法があるので、買い占めたほうがいいよ」と連絡したのである。この時、私はその発想に自信を持っていた。当時、枕崎市には三〇社くらいのかつお節製造所があった。そのうちに、そこから出る削りカスの大半がその水産会社に納められるようになった。それまで三〇円だったものが六〇円で売れるのだから、当然のことながら、その削りカスを商事会社に売るかつお節製造業者はいなくなってしまった。

 さて、削りカスを買い取ってからどうしたか。まず、その水産会社の工場の敷地内に消防法に従って、防爆作業所を建てさせた。ここでは、エタノール(エチルアルコール)を扱うことになるが、エタノールは可燃性なので、特殊な作業所を作ることが義務づけられていたのである。当時その水産会社は潤っていたので、「小泉先生のいうとおりにやろう」と、私たちが設計した図に従って作業所づくりが始まった。

 そして、この作業所には、天井に移動式のクレーンも付けた。その作業所で一体、何をしようとしたのか、どんな発想をしたのかを説明しよう。

 エタノールは有機溶剤なので、匂いを完全に吸収するが、味は吸収しない。

 まず、その水産会社に運ばれてきた大量の削りカスを布袋に入れ、天井からの移動式クレーンで吊ってエタノールの入った容器の中に浸す。そして、その布袋をギューッと揉んだり圧搾したりすることによって、エタノールはかつお節の匂いを吸収する。かつお節の匂いが全て吸収されたところでよく搾る。

次にその削りカスの袋をクレーンで引き上げ、隣の作業室に運ぶ。そこには大きな釜があって、中にはお湯がグラグラと煮立っている。かつお節の匂いはエタノールに吸い取られたが、味はまだ削りカスの中に残っているので、この釜で煮ることにより、今度は強烈なかつお節のおいしさがお湯の中に煮出されることになる。

 毎日のように運ばれてくる削りカスは、このようにして匂いをエタノールで抽出し、味を熱湯で煮出す。エタノールの方はエバポレーターという機械で濃縮すると、揮発性のエタノールは回収され、かつお節の匂いは濃縮されて大量に収集される。こうして、濃縮された天然のかつお節の強烈な香りが得られるのである。回収したエタノールは、次の抽出に再び使用できる。

 このかつお節の匂いの濃縮液はもの凄く強烈なもので、爪楊枝の先にちょっとこの匂いを付けて、一升瓶の中の醤油にチョンと付ければ、たちまちにして醤油に天然のかつお節の匂いを付けることができるほどのものである。つまりこの濃縮液は、これまでなかった「天然かつお節フレーバー」なのである。

この「天然かつお節フレーバー」は現在、大手食品会社の麺つゆの素に使われたり、ダシ入り醤油の香り付けに使われたり、即席麺の香り付けに使われたりと、引っぱりだこである。その理由は、かつお節の匂い成分は複雑すぎてこれまで人工的に合成できなかったこと、本物である天然香料は、合成香料より利用価値が高いからなどである。

 また、熱湯で抽出したうま味液も、濃縮すると、とても濃厚でうま味の強いエキスとなり、こちらは「天然液体かつお節」として、麺つゆやポン酢、その他多くの調味料の味付けに使われている。

 こうして水産会社は、一キロ六〇円で買ってきた削りカスから、一キロ一○○○円ぐらいの価値のある「天然かつお節フレーバー」と「天然液体かつお節」を編み出した。ちなみに、匂いと味を取ってしまった削りカスのカスは、飼料会社に一キロニ○円也で引き取ってもらうので、最初の原料である削りカスの値段はキロ四〇円ということになる。
(小泉武夫著「醗酵は錬金術である」新潮選書 p33-38)

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
◎「これらのさまざまな面と、それゆえ物のいろいろな使用の仕方とを発見することは、歴史的な行為である」と。