学習通信060331
◎子どもにも仕事が……

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あてにされることの誇りと喜び

 むろん、出稼ぎがいいというのではありません。また、工場の労働が長時間で超過密、それに長時間通勤なのも大きな問題だ、といわなければなりません。

 けれども、子育てという視点からすると、それに加えてなお問題にしなければならないのは、子どもが働いている親の役になんとかたちたいと望んでいるのに、親がそれをかなえてやれない、かなえてやろうとしないでいる、ということです。けなげな子どもたちの姿にふれ、この子たちがきまって親を助け、仕事をもち、それに誇りさえもっているのを知るにつけ、仕事をしなくなった子どもたちが、年ごとに多くなっていることが、私にはとても大きな問題点のように思われるのです。

 タロウは、祖父と祖母にほめられ、「おら、大とくいだ」と胸をはりましたが、それは自分の存在を、人間らしく誇らかに主張している姿だ、といえないでしょうか。子どもというものは、つねに大きくなりたいと望み、身近な人に一人前としてあてにされるようになりたい、そこに大きくなっていく喜びと誇りをみいだしたい、と願っているのではないでしょうか。

 働いてはじめて子どもは、自分が身近な人の役にたつかけがえのない人間であることを実感し、自己の価値に目覚めます。また、まわりの人を思いやるやさしさや、家族とともに耐えて生き抜く喜びと誇りを身につけます。そして、やがてしっかりとした自分の考えを持ち、勤労者として自立していきます。

子どもから仕事がなくなっている

 遊びと勉強にならんで、子どもにも仕事が必要なのは、そのためです。ままごとごっこをさせると、男の子がお父さんになりたがらない、といって保母さんがなげきます。ひととこをじっと見つめ、円くなって座っているグループもあります。聞くと、テレビをみているところ、というのです。「お水がほしい」といえないで、コップで机をトントンたたき、先生に目くばせするしかすべを知らない幼稚園児がいます。

 学校では、授業中の私語がたえません。忘れ物も多い。テレビをみるような姿態で授業をうけている。そんな状況が、どこでもみられるようになっています。教室をきれいにしようと、ホームルームの議題になっても、「好きなものがやればいい」とダダをこね、もめてくるとめんどうになって、「掃除屋にやらせよ、掃除屋に!」と、清掃労働者を馬鹿にする発言すらでてきます。

 子どもたちから、動くこと、働くこと、それによりそったことばが少なくなって、労働や労働者を蔑視する心情がびまんしています。それが弱い者いじめになり、ついに老人や障害者、浮浪者をねらって危害を加えるまでになっている、といえるのではないでしょうか。

 今日ほど、親が子どもの勉強のために、金と時間と労力をかけている時代はありません。それなのに、よくわかってできる子になっていかないのは、どうしてでしょう。遊びにしても、家庭の経済力に不相応な高価なおもちゃでないと遊べないのは、どうしたことでしょう。

 どこかが狂っている、といわざるをえません。政治や経済のしくみ、教育や文化のあり方に問題があることは、いうまでもありません。が、私はそれだけではない、と思うのです。

 遊びや勉強のことに気はつかっても、子どもに仕事をさせなくなっているということ、そこに大きな落し穴がある、と私は思います。子どものすこやかな成長発達に、遊びと勉強が大切なのはいうまでもありません。しかし、仕事がないと遊びも勉強もなりたたないといっていいほどに、仕事のもつ意味は重いのです。

──略──

民主主義は「自分でする主義」

 耳のきこえない人たちが使っているサイン(手話)で、民主主義というのは「みんなが主人」というのだそうです(新井竹子『100かぞえたら さあさがそ』草炎社)。城九章夫先生は、「民主主義はして貰う主義のことではなくて、自分でする主義であり、お恵みでも与えるようにサービスされることを好まない主義であります。もし、他人にやらせるときには、主人としてよく監督をする主義であります。して貰う主義とは、実は、そのひとに支配され、そのひとに服従していることしか知らない奴隷の主義であります」(『ちいさいなかま』一九八三年八月号)と書いておられますが、なんと鮮やかな定義でしょう。

 家族や地域住民、そして子どもたちに、自分でする仕事があるということは、みんなが家庭や地域の生活の主人であることの証です。家族や住民が主人になれば、こんな家庭にしたい、こんな地域にしたいと、大いなる理想や夢を描くことができます。理想や夢にむかって、みんなで現状をよくしようとする気概がわいてきます。大人のそんな姿をみて、子どもはそれをまね、遊びにたくして、ごっこ遊びに興じることができます。将来への夢、理想が、子どもたちの学習を動機づけ、学習を方向づけるのです。

 高価なおもちゃでないと遊べないのは、子どもの心の病気のしるしです。限りなき不安の底に身を沈め、親としてすること、できることをしようとしないで、ひたすら教育産業の手をかり、企業に委託加工してもらわないと、うちの子は勉強しない、丈夫な子になれないときめこむのも、おかしな話です。

 子どものためにといって、家庭の経済力以上のことをしてやっていること、そして家の中や地域の仕事はなにひとつやらせないでいること、さらに家族や住民、子どもたちまでが、バラバラで、おそろしく孤立化し、孤独になっていること、そこに遊びや勉強のうまく進まない原因が深々と横たわっているように、私には思われてなりません。

家中みんなで働く家庭

 それというのも、私たちが家庭というもののイメージをはっきりと描けないからではないでしょうか。

 個々の家庭にちがいがあります。個々のちがい以上に、階層による暮し向きのちがいも大きいものがあります。けれども、国民の大部分の家庭というのは、家族の誰かが働いて暮しをたて、親と子がともに生きるという点では、どこも「働く家庭」だと思うのです。

 働く家庭というと、共働き家庭をいうのが普通です。それは確かなことだし、そういう家庭が年々ふえていることも間違いありません。社会進歩のしるしでもあります。

 しかし、農家や商家にしても、出稼ぎや金策で心と体を休める暇のないほどに立ち働かないと暮しがたたず、商売もうまくいきません。それが現状です。

 主婦専業といわれる家庭でも、夫が働いて暮しをたてている点では、やはり働く家庭といってよいでしょう。

 とくに、子育ては子どもに仕事をさせることから、と考える私の視点からすると、どの家庭も「働く家庭」だということ、そしてそれは「家中みんなで働く家庭」のことだ、というふうに考えたいのです。
(深谷 ワ作著「家庭教育」新日本新書 p16-22)

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労働が「人間らしさ」をそだてた

 労働──それは、動物と人間を区別する決定的な概念である。

 動物のなかで人間だけが、生きるために必要なものを、自然そのものに働きかけ、生活に役立つための形に変えて手に入れている。この働きかけを労働という。

 人間は、生まれながら身につけている腕や足を動かし、頭や手を働かせて、自然に働きかける。

 動物も自分の身体を動かして、自然にたいしてそれなりに働きかけている。

 どこがちがうのだろう。
 動物の場合は、自分の働きかけた結果がどんなものになるかのイメージをあらかじめ持っていない。が、人間はどんな簡単な労働でも、結果を予測しているところに大きなちがいがある。

 モグラが穴を掘るときに、どのくらいの大きさの、どんな形の穴を、どこに、なんのためにどのように掘ろうかなどというプランはまったく持っていない。ただ本能にしたがって掘っているにすぎない。

 人間はちがう。目的を定め、計画を立て、それにむかって、自分の意志を集中させ、生活に必要なものを創りあげていく。

 このちがいは、人類の起源にさかのぼって調査し、考察されないかぎり解明できるものではない。

 人類の起源に関する最近までの研究によると、二〇〇万年前(八〇〇万〜九〇〇万年前という説もある)という気の遠くなるような昔に、樹上生活に別れをつげて、地上におり立ったサルの一群がヒトになったといわれている(場所はアフリカらしい)。

 なぜ樹からおりたのだろう。樹上での食糧不足が原因で、窮地においこまれたサルが、地上で生きることを強いられたのではないかという説が有力だ。地上生活をはじめたサルは、背骨を垂直にし、後足二本で歩く生活をはじめた。

 自分の身体を支えたり、移動したりすることをすべて後足にまかせることにより、前足二本が歩行から解放され自由になった。

 樹上生活で、すでにものをにぎる力を獲得していた前足が、自由になって「手」になった。

 モグラの前足は、穴を掘るのに適しているが、それだけだ。他のことはできない。

 人間の手は、つかんだり、投げたり、ぶつけたり、ひっぱったり、むしったり忙しく働いた。生きるために必要なものを自然から取り出すために……。手は労働のための器官として役立つと同時に、労働のなかできたえられた。

 とがったものにさわるといたい≠ニ感じ、熱いものをさわるとあつい!≠ニ感じ、たくさんのものに関する情報を脳に送りこんだ。

 指先が器用になるにつれて、今度は脳がもっと複雑な指令を手に送るようになるのである。

 手と脳は、こうして一体となって発達をとげる。
 自然とのきびしい素手のたたかいのなかで、腕よりも長いものを、にぎりこぶしよりも固いものを、つめよりもするどい武器を自然のなかに探し求め、腕のかわりに木の枝、にぎりこぶしのかわりに岩のかけらを手にするようになった。これが道具のはじまりだ。

 チンパンジーもシロアリをとるために、穴の中に木の枝をさしこむという。葉をちぎりさしこみやすい枝に加工する。しかしチンパンジーは加工のための道具を持たない。

 その点人類の祖先は、自然の一部を道具として使用するだけでなく、道具をつくるための道具を持つようになった。

 モグラの前足は、土を掘ることしかできないだけでなく、どんなに上手に掘れるようになった前足でも、そのモグラの死とともに消滅する。しかし人間の手の延長である道具は、子孫に伝えられ、一代、また一代と改良が加えられ、種類もしだいに多くなっていったにちがいない。打製石器から磨製石器、そして金属器へと。

 新しい道具は新しい食料を獲得するために大きな力を発揮し、人間の生存には欠かせないものとなっただけでなく、その生活の領域をひろげた。人びとはますます道具に関心をよせ、うまくできた道具には愛着すら感じるようになり、そのかたちとそれをつくる技術にこだわるようになったにちがいない。

 そしてその道具のかたちを愛でる心こそ、私たちが今日、暮らしのなかでものを美しいと感じる、あの美的感情の源泉なのだ。

 人間はこうして、手を使い道具をつくって使用し、自然を目的意識的につくり変える日々の労働のなかで、人間らしさを少しずつ獲得していったのである。

 人間にとってもっとも人間らしい特徴のひとつに、「考える」ということがあげられる。

 この考える力はどうして身についたのだろうか。
 どんな簡単なことでも、私たちは「考える」ときには、かならずことばを使っている。

 「おなかがすいた」とフト思うときも、日本人なら、いつのまにか日本語で考えているはずだ。

 ものごとを深く考えようとするとき、ことばが豊かであることは大切な要素だ。獲得されたことばが不十分だと、本を読むときも、人の話をきくときも、十分理解できないし、自分の意志を伝えようとしてもうまくいかない。

 ことばはとても便利だ。
 男であろうと、女であろうと、日本人であろうと、アメリカ人であろうと、現代人であろうと、大昔の人であろうと、そこにある共通性をもとに「人間」という一言で表現できる。

 いま目の前にないものでも、ことばでその姿を想像できる。だから過去のことでも思い出せるし、未来のことも予測できる。

 このすばらしく人間的な道具であることばを、人間はどうして身につけたのだろうか。

 ことばの生みの親も、また労働なのだ。
 労働は集団で行なわれてきた。

 人間は小さく、弱い。しかし人間はひとりではない。いつも集団で生きてきた。

 集団でなら人間の身体よりも数倍も大きいマンモスやナウマン象とたたかい、うちたおし、食物とすることができたのである。こうした集団労働のなかでは、おたがいの行動を調整するために「合図」を送る必要があったにちがいない。視覚に訴える「手まね」と同時に、聴覚に訴える「音声」もふんだんに使用された。動物の鳴き声のように、はじめのうちは、ギャーというような区分されない叫び声であったものが、舌や唇を使って節のある音が発声できるようになった。

 かつて人類の祖先は、固いものをかむ必要から、いまよりももっとあごが突き出ていて、ロ腔(こうくう)がせまく舌の回転が悪かった。しかし火を使うようになり、やわらかいものを食べるようになってあごが後退し、口腔がひろくなるにつれ、有節音が、つまりことばがうまくしゃべれるようになったのである。

 労働の前の打ち合わせや労働の後の反省のためにも、知識や経験の交換のためにも、また集団生活の多様な場面でも、ますます話し合う必要が生まれ、ことばが豊富になり聴き分ける力が発達し、そうした能力が子孫に伝えられ蓄積されたにちがいない。

 人間は個人の経験したことや、考えたことを、自分のものだけにしておかず、共同体みんなのものにするために、どうしてもことばが必要であった。

 ことばは、人と人との労働を基礎とした密接なつながりのうえに生まれた。みんなが同じものを同じひびきをもった音声で表現しようと、努力しあった。ここにはともに生きていこうという意識が生まれている出生を喜び、死を悼(いた)み、健康をたたえ、病気を悲しみ、きびしい冬に耐え、若葉芽をふき花咲きみだれる春を持ちこがれるという人間的な感情と、意志や思考など人間の意識がことばと一体となって形成されていった。狩の前には、作戦のための図を描き、勇気づけのために歌をうたい、おどりを踊った。労働のなかから色や形を意識するようになり絵画が生まれ、リズムやメロディーやハーモニーを意識して音楽が生まれ、舞踊が生まれ、「芸術」の世界をつくり出し、それが今日の多様な姿で花ひらく源となったことは容易に想像できる。

 「芸術」は、今日暮らしのなかで、ともすればおろそかな扱いを受けることがあるが、原始人の生活のなかでは「芸術的活動」は、寝ることや食べることや働くことと同じように生きるための切実なもののひとつとして、混然一体となって生活の一部となっていたにちがいない。

 私はかつて北京原人展を見にいったときのことを忘れることができない。

 まず最初の部屋で身のたけ四メートルもある黄河象の化石に度肝をぬかれた。

 骨格だけでもその大きさに圧倒されたが、さらに肉がつき毛がはえ、キバをそりかえし、目をむいて猛然とおそいかかってくる姿を想像して、思わず身がすくんでしまった。

 こんな恐ろしい動物とたたかった北京原人の気持はどんなものだったろうかと想像しながら、つぎの部屋にいくと、小さな展示ケースのなかにライトに照らされた北京原人の歯と頭蓋骨が目に入った。四十数体も発見された北京原人の骨が、あの一九四一年一二月八日の真珠湾攻撃の日、北京協和医科大学の大金庫からこつ然と消えさり、いまは戦後発掘された歯五、脛骨一、肱骨一、下顎骨、頭蓋骨一しか残っていないそうだ。

 展示された三本の歯はエナメル質の部分が静かに輝き、現代の私たちに何かを語っているようだった。じっと見つめているうちに深い感動がこみあげてきた。

 「ご先祖、ご苦労さん」と思わず心の中で叫んでいた。

 人間は、長い長い氷河の時代をのりこえ、嵐にうちかち、日照りや洪水にもひるむことなく生きてきた。火山の爆発や、うなりをあげて大地がさける地震で多くの尊い生命をうばわれることがあっても、そのたびにかしこく、力強く働きつづけ、今日の巨大な進歩をかちとったのである。


自然にはふしぎな力がたくさんある。
しかし人間より強いものはない。
冬、烈風吹きすさぶときも、
かれはほえ狂う波を切っていく。
くる年もくる年もスキをふるって
かれの不死の大地の胸をえぐる。
あみをさばいて空をとぶ鳥をとらえ、
深いふちに住む魚をとらえる。
かれはまたたてがみ長い馬をならし
牛のふとい首にクビキをかける。
厳寒のつめたい矢をもおそれず、
天からくだる豪雨をもおそれない。
かれは病気の薬を発明した。
のがれるすべがないのは死だけだ。
風よりも早いことばと思考をつくりだし、都市をたてて、法をしいた、
無法者からまもるために。
希望ではなく、知恵により、
たくみな技術によってかれはゆたかだ。
 (イリーン・セガール『人間の歴史』袋一平訳・岩波書店)


 この偉大な人間を育てたものこそ「労働」にほかならない。
(中田進著「働くこと生きること」学習の友社 p18-26)

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◎「働く家庭というと、共働き家庭をいうのが普通です。それは確かなことだし、そういう家庭が年々ふえていることも間違いありません。社会進歩のしるしでもあります」と。