学習通信060511
◎事実に即して歴史をつらぬく法則性……

■━━━━━

財界の職場支配をみずから掘り崩す深刻な矛盾が

 第一は、これらの攻撃が、労働者・国民との矛盾を深めるとともに、財界・大企業の職場支配をみずから掘り崩す深刻な矛盾をつくりだしていることであります。メンタルヘルスによる損失は年間一兆円にのぼるとの試算もあります。労働事故・労働災害の多発も深刻です。技術の継承ができないことによる品質の劣化が重大問題になっています。トヨタや三菱など自動車のリコールの急増、JR西日本の尼崎での大事故、日本航空の事故の続発など、社会を揺るがす事態が繰り返されています。

 日本経団連では、毎年、『経営労働政策委員会報告』という報告書を出していますが、これをみますと、財界の危機感がリアルにのべられています。

 その二〇〇四年版では、「従来ほとんど起こらなかった工場での大規模な事故が頻発している。……一連の事故は、高度な技能や知的熟練をもつ現場の人材の減少、過度の成果志向による従業員への圧力が原因ではないか、との指摘もある」とのべています。いったい「人材の減少」をすすめ、「成果志向」をあおり立ててきたのはだれなのか、といいたくなるわけですが、こういうことを自らいわざるをえないのです。

 また二〇〇六年版では、「職場内のメンタルヘルス問題は、従業員本人のみならず、職場の作業能率・モラールの低下を招き、経営上の重要な問題となる可能性がある」「よい人間関係が存在しない荒涼たる職場に、高い生産性は望めないし、問題解決能力を期待することはむずかしい」などとのべています。これも、自分で「荒涼たる職場」をつくりながら、よくもそんなことが言えるなというものですが、彼らの危機感が伝わってくる記述であります。

 政府の調査でも、成果主義賃金の導入後、「うまくいっている」と評価している企業は、15・9%にすぎず、手直しをはじめる企業も生まれてきています。過酷な労働者支配が、自らの支配を掘り崩す――この矛盾を正面からとらえることが大切であります。
(「職場問題学習・交流講座への報告 幹部会委員長 志位 和夫」「しんぶん赤旗」2006425)

■━━━━━

問題提起の意味
──情勢と労働組合の役割

 この項目に予定された課題は、戦後資本主義の発展、すなわち、資本主義制度の全般的危機の激化、アメリカ合衆国を盟主とする帝国主義の「神聖同盟」の結成、国家独占資本主義の普遍化等々の条件のもとでおこなわれた「資本の増大」が、労働者階級と労働組合運動の「運命」におよぼしつつある影響がどのようなものであるかを概括すること、別の言葉でいえば、理論的に一般化することである。

そのためには、アメリカ帝国主義の「援助政策」をテコにして世界的に再建され、相対的に持続的な生産上昇をなしとげた戦後資本主義が、その対極に、どのような社会的、経済的諸結果を不可避的に生みださざるをえなかったか、ということが示されなくてはならぬだろう。

そして、それと同時に、そのような経済的土台のうえで、またそれを維持しようとする政治、経済上の体制にたいして、労働者階級と労働組合運動の側からの反応がどのように現われているかを、その複雑な現実において、しかもその現在だけではなく、未来にかかってすすむ方向性において、把握しなければならないであろう。

 いうまでもなく、資本主義的生産と労働組合運動の相互関連的な発展は、一つの歴史的な過程であり、また同時に、複雑で多面的な諸要因に規定された過程でもある。そしてこのことは、あたえられた課題への接近方法も、おそらく幾通りもあってよいし(歴史的な記述とか、個々の側面のいっそう具体的な研究とか)、また事実上そうならざるをえないにとを示唆するものだといってよい。考えようによれば、われわれの共同労作全体が、実は、この課題の解明にむけられているというにとにもできるようなものである。

 しかし、この項目のなかで果たさなければならないのは、なにはおいても、戦後資本主義の蓄積過程の進行にてらして、それとの内的、必然的な関連において、戦後の労働組合運動が受けとらざるをえなかった複雑な、一見すると矛盾憧着とでもいう他はないような諸現象、諸形態を理解することである。そうすることによってのみ、われわれは、現代資本主義の具体的諸条件のもとで、「労働組合の進歩の一般法則」(W・Z・フォスター)がどのように自己をつらぬきつつあるかを知ることができるからである。(注)


(注)
 アメリカ帝国主義とのたたかいに一生をささげた偉大な労働組合活動家フォスターは、名著『世界労働組合運動史』の結論部分でつぎのように述べている。

 「社会の一部分である労働組合運動も──ここでは主として資本主義諸国の労働組合運動について述べるが──社会の成長および発展の基本法則に従属している。労働組合運動は資本主義制度とともに成長したが、資本主義制度の一部分として、階級闘争の法則や資本主義の不均等発展の法則などが条件となっている。たとえば、資本主義の周期的経済恐慌は、歴史的に労働組合に深刻な影響をあたえてきたが、それはたいてい破壊的なものであった。植民地制度は、組合がどんな労働者によって構成されているかという点に消しがたい刻印を押している。労働組合運動が世界的規模にひろがったことは、国際資本主義の成長と関係がある。以上のことなどがその例である。

 労働組合運動にも、その独自の法則がある。全世界にわたって一億四千万人の組合員があり、すでに二百年をこえる歴史をもっている労働組合運動は、偶然的に成長したり活動したりしてきたのではない。労働組合が生まれ、前進し、衰退するのは、たしかめることのできる原則または法則にもとづいている。労働組合運動の歴史の、この基本的な面について十分注意がはらわれなかったことは、労働組合について書かれたものの弱点となっている。」(W・Z・フォスター「世界労働組合運動史』)

 フォスターがどんな意味で、労働組合運動の歴史的発展の合法則性をとらえようとしていたか、ということは、この短い引用によっても明白である。

フォスターの問題提起のなかには、マルクス、エンゲルス、レーニンが労働組合運動についておいた多くの論文のなかにあるものと共通の思想、つまり労働組合運動についての科学的認識に到達するためには、(そして、そうすることによってのみ、運動の「終局目標」にむかう発展に役だつような、理論的な結論が生まれる)その発展の全過程を、唯物弁証法的世界観のすべての前提に結びつけ、またとくに、マルクス経済学や階級闘争の戦術にかんする理論の助けをかりて観察する必要があるという考えである。

そして、この点の不十分さにわれわれの労働組合論の弱点がある、というのも、われわれにとってはそのとおりで、われわれがそれをやらないでいると、実証主義や修正主義がその場所をふさいでしまう結果になる。
(堀江正規著「現代資本主義と労働組合運動」 労働組合の理論 第一巻 大月書店 p8-10)

■━━━━━

はじめに──どういう目的で歴史を学ぶのか

貧乏と戦争とのたたかいの連続

 貧乏のどん底にあえぎながら両親は、私たち子どもの成長と将来をみまもり、一生を炭鉱夫として働きました。その一生のほとんどを圧制と暴力の支配のもとで、暗黒の地獄の底でコキ使われ、あげくのはては賃金のピンハネと二重、三重の苦しみをあじわいながら、一家の生活を守らなければなりませんでした。

 昔の坑夫たちは、どんなにつらくても不満があっても、労働組合などをつくって、炭鉱主と話しあうといったことは、まったく許されなかったのです。炭鉱のやり方にたいして、反発したことをいうものがでると、人事係(労務)が、ピストルやアイクチをちらつかせて、『気のきいたことをぬかすな』とおどしをかけて、文句をいわせずがんじがらめにしていました。

 全日本自由労働組合田川分会の皆川さんは、こう両親の思い出をつづっています(『じかたび』第九八九号「わたしの歴史」から)。

 次に引用するのは、第二次世界大戦で、マニラに従軍した日赤の看護婦、林民子さんの手記の一部です。

 看護婦が看護婦としての仕事をしなくなってから何ヵ月たったろうか。これ以上逃げる所がないほどの山奥にきていた。生きのびられるだけ生き、敵が来たら自決することにした。……(中略)誰も彼も疲れはてた九月の中頃、私たちは敗戦を知った。……やがて、いつか逃げてきた同じ道をもどっていった。途中のジャングルはどこも焼けこげた木の根っこだけが残って丸裸にされ、道端の死体はそのままの姿で白骨となって軍服を着ていた。軍刀を地面にさして首を少し下げ、何かに坐っている白骨もあった。M婦長は山を降りる途中で死んでしまった。……米軍に投降、三ヵ月のほりょ生活を送ったのち帰国することができた。
 内地へ帰って真先に日赤本社に挨拶に行ったとき、私たちの恰好を一瞥して日赤本社の人は、「君たち制服はどうした? 飯盒(はんごう)や水筒は……?」といった。
 人間のいのちは水筒よりも軽かった(医療文芸集団編『白の青春』から)。


 この最後の満身の怒りをこめた一行のことばのなかに、私たちは「共産主義を撲滅するため」におこなわれたあの「神聖」な戦争の正体をみることができます。

 戦前、みなさんの両親や先輩たちは、このように貧乏と戦争にくるしめられながら、せめてかわいい子や孫たちにだけはじぶんたちよりもしあわせを、というねがいにささえられて、みなさんたちを育て、生きぬいてきたのです。

解放へのみちをさがしもとめて

 一九四五年八月一五日、あの戦争がおわってから三〇年たったいま、その子であり、孫であるみなさんのしごととくらしはどうでしょうか。祖国日本の姿は……? 一九六〇年代の「高度経済成長」政策によって日本は資本主義世界第二位の「経済大国」になったといわれます。なるほど一握りの大資本家は巨億の富を手に入れましたが、まいにち汗と油にまみれて、このすばらしい富をつくりだした働く人びとのしごととくらしは、どうなったでしょうか。

 私に折り紙をしたり、自由自在にツメを切ることができた「昔」の手をかえしてください。今年の春と夏を感じることができずにすごした私に、熱い日ですね∞暖かい陽ざしですね≠ニ自分のからだで判断できた「昔」のからだを返してください(金融共闘・国公共闘編『オフィスのなかの怒り』から)。

 厚生省社会保険庁のキーパンチャー、石津直枝さんは、こう叫びました。
 「高度経済成長」時代のコンピューター管理のもとで、新しい職業病のために同じように青春をうばわれた数えきれぬ仲間たちが、いまなおほうぼうの温泉療養所で、他人にわかってもらえない苦痛とたたかいつづけている、そのうめき声がきこえてくるようです。

 そして「高度経済成長」政策が破綻した今日、深刻な不況とインフレのはさみうちで、働く人びとのしごととくらしは、いっそう苦しくなり、いつ首になるかもしれないという不安と経営難におびえています。
 祖国はアメリカがボタンーつ押せば、いつ核戦争にまきこまれるかわからない危険にさらされ、反共主義の洪水のなかで、職場には「憲法の通用しない」「会社監獄」がつくられています。
 うっかりしていたら、あのいつか来たみちに再びまきこまれるかもしれない危険なありさまです。

 しかし日本の労働者と働く人びとは、どうにも仕方がないといってあきらめ、手をこまねいて、このような状態をゆるしてきたのでしょうか。いや、けっして、けっして、そんなことはありません。

 戦前、戦後をつうじて、みなさんの先輩たちは、働く誇りと生きがいをもとめて、たたかうために労働組合をつくり、やがて科学的社会主義の理論と運動にみちびかれて、すべての苦しみの根源に目をむけ、自らの解放のみちをさがしもとめて、たたかいつづけてきました。

 それは、文字どおり幾山河をふみこえて、前進と停滞、飛躍と後退が交互におとずれるジグザグの嶮しいみちでした。

 そしていま、激動と変革の時代をむかえて、あたらしい日本の歴史をきりひらくことができるかどうかは、みなさんたち一人ひとりの自覚とたたかいにかかっています。

歴史を学ぶ三つの目的 

 私たちが歴史を学ぶ第一の目的は、日本の労働者のかがやかしい不屈の伝統をうけつぎ、日本の労働者階級の一人であることに誇りをもつためです。それは、自分たちが肩に担う歴史の重さと労働者として生きることのすばらしさをおしえてくれるにちがいありません。

 私たちが歴史を学ぶ第二の目的は、たんに歴史の事実について正しい知識をえるというだけにとどまらず、事実に即して歴史をつらぬく法則性とこれをうらづける理論をたしかめるためです。それは、私たちに未来への展望と確信をあたえてくれるにちがいありません。

 私たちが歴史を学ぶ第三の目的は、すべての苦しみの根源をあきらかにし、その変革をめざしてたたかうためです。みなさんたちは、歴史を学んで、労働者にとって「生きるとはたたかうことだ」ということばのふかい意味をあらためてかみしめるにちがいありません。

 この本が、すこしでもその役にたつことをこころからねがってやみません。
(谷川巌著「日本労働運動史」学習の友社 p11-14)

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
◎「戦後資本主義の蓄積過程の進行にてらして、それとの内的、必然的な関連において、戦後の労働組合運動が受けとらざるをえなかった複雑な、一見すると矛盾憧着とでもいう他はないような諸現象、諸形態を理解する」と。

「過酷な労働者支配が、自らの支配を掘り崩す――この矛盾」と。