学習通信060524
◎やむを得ない……

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インタビュー 領空侵犯
 ザ・アール社長 奥谷禮子

「格差」をなんで測るか
 経済的価値観だけでない

 ──最近盛んな格差論議にご意見があるそうですね。
 「格差が広がったとか、いや広がっていないとか、広がってはいるけど問題ないとか。いずれも経済的な格差、所得格差だけを取り出した議論です。それだけで不平等社会うんぬんというのは納得できません。人は、経済的な価値観だけで生きているわけではないのですから」

 ──現実に高齢層の資産額には差があるし、若年層でも所得差はあります。

 「高齢者の間の格差など一面だけを取り上げて格差社会というのは、はたしてどうか。若年層の格差の象徴のようにいわれるフリーター、二ート問題にしても、景気がよくなれば次第に企業に採用されていくという面があり、現実に景気回復の過程でその傾向が見られます」

 「今は格差という言葉を安易に使いすぎると思います。日本が豊かになりすぎたがゆえに、弱者や負け組という言葉に社会は弱くなっている。その結果、格差といわれるとだれしも反論しづらい面がある気がします。でも、高齢者や女性、子供でも個人によって違いがあるわけで、そうした人々をすべて弱者というようにとらえるのは、正しくないと思います」

 ──経済的な価値観だけで見ないとすれば、どんな視点で考えるべきですか。

 「重要なのは、自分の生きがいとか、人生で大切にするものとかを明確に持つ絶対的な価値観だと思います。人と比べてどうかといった相対的価値観で生きると、結局周りに振り回されてしまいます」

 「働きぶりや能力に違いがあるのは当然のことです。その結果として、収人の多い人とそうでない人が生じるのはやむを得ない面があります。それはあくまで相対的な価値観で見た場合の格差です」

 「かつて日本の高度成長を支えてきた一億総中流意識のような均質な価値観で成り立っていた社会は、決してハッピーではなかった。だからこそ、そこにほころびが生じ、画一的なものにとらわれない多様で個性化した社会、選択肢の多い社会へと進み始めたわけですから。絶対的価値観をもてば、あらゆる選択肢が用意されている今の社会は、非常に生きやすい社会のはずです」

 ──経済的な格差論議によって、社会の多様化の流れが揺り戻されると危惧される。

 「そうです。大きな過渡期にさしかかっているときに生じる現象の一面だけを見るのはおかしいと思います。今のような格差論議が進むと、せっかく既得権益で守られていた旧来型のシステムを見直し機会平等の社会にしていこうと動き出した方向から逆戻りしかねません」

奥谷禮子=おくたに・れいこ 50年生まれ。甲南大学法学部卒業後、日本航空に入社し国際線客室乗務員に。82年職場の同僚と人材コンサルティングのザ・アールを設立し社長に就任。経済同友会幹事、ローソン、日本郵政公社の社外取締役も務める。

【聞き手から】
 もっばら経済的な視点から交わされる最近の格差論議。奥谷さんは人と比較する相対的価値観ではなく、自らの生きがいを物差しにする絶対的価値観に立てば、違う見方ができるとする。やや精神論的な印象もあるが、若くして日航を退社後、創業した企業を育て上げてきた自らの人生に裏打ちされた持論のようだ。(編集委員 木誠)
(「日経新聞」2006.5.22)

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 ──剰余価値の生産のいっさいの方法は、同時に蓄積の方法であり、その逆に、蓄積のどの拡大も、右の方法の発展の手段となる。

それゆえ資本が蓄積されるのにつれて、労働者の報酬がどうであろうと──高かろうと低かろうと──労働者の状態は悪化せざるをえないということになる。最後に、相対的過剰人口または産業予備軍を蓄積の範囲と活力とに絶えず均衡させる法則は、へファイストスの楔(くさび)がプロメテウスを岩に縛りつけたよりもいっそう固く、労働者を資本に縛りつける。

この法則は、資本の蓄積に照応する貧困の蓄積を条件づける。

したがって、一方の極における富の蓄積は、同時に、その対極における、すなわち自分自身の生産物を資本として生産する階級の側における、貧困、労働苦、奴隷状態、無知、野蛮化、および道徳的堕落の蓄積である。
(マルクス著「資本論C」新日本新書 p1108)

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◎「この法則は、資本の蓄積に照応する貧困の蓄積を条件づける」と。