学習通信060802
◎諸君の忍耐力をきびしくためす……

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〔まえおき〕

 諸君、
 本論に入る前に、すこしばかりまえおきを言わせていただきたい。
 いま大陸では、ストライキというまぎれもない流行病と、賃金の引上げを要求する全般的なさけびとが、いきわたっている。この問題は、われわれの大会にあらわれてくることであろう。

諸君は、国際労働者協会〔第一インタナショナル〕の指導部として、この重要な問題について確固たる信念をもたなければならない。

だから私としては、諸君の忍耐力をきびしくためすという危険をおかしてさえも、この問題に十分にたちいることが私の義務だと考えたのである。
(マルクス著「賃金、価格および利潤」新日本出版社 p87)

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経済学について

 社会の土台が経済学ということになると、社会の動きを理解するには、経済学が非常に重要になります。また、未来社会論の根本に本当に「科学の目」をすえるためには、いまの社会──資本主義社会の経済のなかに、未来社会への前進を必然的なものとするどれだけの条件が用意されるのか、このことの解明が避けられない問題になってきます。

だから、マルクス、エンゲルスが未来社会論、社会主義論を科学の上にすえたという場合、その要をなすのが、経済学でした。

 マルクスは、こういう立場から、経済学の研究に生涯にわたって力をつくしたのです。

 私たちが、いまの日本で活動してゆくうえでも、国民の切実な利益のうえに立って、多数の支持を得ようと思ったら、経済生活のうえでの国民の要求に的確にこたえてゆくことが、大切です。それには、国民の要求がどこにあるかをつかんで、その先頭に立つというだけではやっぱり足りません。この要求をどうしたら実現できるのかという政策論に強くならなければなりません。

そうでないと、本当の意味で、国民の経済的な利益の代表者になりえないわけで、そういう点では、経済学は、私たちの日々の活動の力となるものです。その目で、社会と経済の動きを見ることが重要だということを、まずはじめに述べておきたい、と思います。

 経済学の主題ですけれども、私たちの研究の対象は、いま私たちが生きている日本の社会です。この社会は、いうまでもなく資本主義社会です。資本主義社会を分折しようというとき、マルクスは、どこから解明をはじめたかというと、まず第一に、資本主義社会が商品経済の社会だということをとらえて、そこから『資本論』の分析をはじめました。そして、商品経済の社会としてのその特質、法則性を明らかにしたうえで、この商品社会がどのようにして資本主義の社会に発展するのか、資本主義社会の運動法則は商品社会の運動法則とはどこにどういう違いがあるのか、に分析をすすめてゆきました。

 私の講義も、マルクスにならって、第一の部分で、商品経済の社会、これは言い換えれば、市場経済の社会ということですが、これをどうとらえるかをお話しし、第二の部分で、資本主義社会をどうとらえるかにすすんでゆきたい、と思います。
(不破哲三著「科学的社会主義を学ぶ」新日本出版社 p79-80)

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三月十九日 光雄から和子ヘ

 まずこの一週間の僕の生活から。ほとんど沈黙の生活です。心から笑えるようなことは一度もありません。だけど半面では、実に好適な読書の環境です。毎日、朝八時頃から夜八時過ぎまで、もっぱら『資本論』ととりくんでいます。

 家族の読書妨害があって、時どき頭にくることもあるけど、がまんが肝心、研究と学問の自由を守るたたかいなんだとがんばっています。父や兄が僕の読書を好まないのは、「危険思想」では就職もできないし、よしんば就職はなんとかやれたとしても、これから先苦難がまちかまえているにきまっていると考えているからです。それで一生懸命に幼稚な反ソ反共のデマをならべるわけですが、それは「盲目の愛」のなせるわざです。しかし、父母のめっきり増えてきた白髪を見ると、とても憎む気にはなりません。

とはいえ、ほんとうに僕を理解してはくれない、そういう「盲目の愛情」は僕にとっては桎梏でしかないのに苦しい思いでいっぱいです。だけども真実は、いつかはきっと勝利するときがきます。現在中国大陸で進行中の大変革、はたして人びとは、五年前、いや二年前でさえ今日あるを予見しえたでしょうか。草深い封建の根づいた僕の「家」の家父長制が、かならず事実の重みによって打ち破られ、僕の抱いている真実がだれにも理解されるときがくる、きっとくる、と僕は信じています。

 君のいうように、そして僕もいつか書いたことがあると思うけど、「多くの若者たちが苦しまねばならない国は不幸だ」と思います。悩み、それは現実の社会的矛盾の反映です。だから、それを解決する道はただ一つ、社会的実践あるのみです。さしあたりは、読書と研究に、そして将来にそなえて大いに学ぶというところに目標をおかねばなりません。「せめて私たちだけでも勝利する幸福をもちたいものと思います」という君の言葉は、「必ず勝利する幸福を」と言いかえるべきではないでしょうか。

 地方公務員の試験なんてびくつくことはありません。時事問題、新憲法、その他一般常識(新聞を注意して読めばたりる)、それに数学、物理、化学、国語、生物。

 時事では、たとえば、@対日理事会議長は誰か、A現在の対外輸出はどこの国が最大か、B東南アジアの非独立国、C日本国の主権者は、D天皇の地位、E国民の直接選挙による公務員でないもの、F戦時から残っている官庁、など、だいたいこんなのです。だから、とりたてて準備はいらないと思います。

 明日は川本町までこの手紙をだしたり、『日本評論』を買ったりするためにでかけるつもりでいます。

 僕の友人が三人も結婚します。うらやましいことです。まったく「赤い青年」はこのあたりでも相当に有名のようで、会う友人がみんな「おい! 共産党はどうだこうだ」と一知半解をならべたてるのには閉口します。

 いまはレーニンが好んだという啓蒙哲学者ディドロの「最後に笑うものが、もっともよく笑うものだ」というあの言葉が痛切です。僕も一日も早く自立のためにがんばるつもりです。

 袋川の土手の桜の芽もだいぶふくらんできたことでしょう。ほんとうに、なつかしい思いにかられます。   それでは、おやすみ。

 追伸
  「プロレタリア党の全理論的存在は、経済学の研究から出発する」(エンゲルス)。難解でも『資本論』にとりくむことを希望します。『註解資本論』直井訳(ロゴスの前の古本屋にありました)と『前衛』四十七号、送って下さい。お金はすぐに送ります。
(有田光雄・有田和子「わが青春の断章」あゆみ出版 p21-23)

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◎「本当の意味で、国民の経済的な利益の代表者になりえないわけで、そういう点では、経済学は、私たちの日々の活動の力となるもの」と。