学習通信060904
◎たまたま運よく……その報酬として利潤が

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 以上を整理しますと、株主などの資本家が得る所得、すなわち利潤は、彼らが引き受けるリスクに対する報酬であると考えることができます。現実の世界は、大きな不確実性に満ちています。この不確実な世界で、あえて事業を拡大するということは、大きなリスクをともないます。

リスクが大きい現実を前にして勇気を出して投資をし、労働者を雇用するという行為がたまたま運よく、あるいは、経営者の必死の努力の結果、当たった場合に、その報酬として利潤が割り当てられるというわけです。

すぐれた企業家というのは、不確定な事業環境のなかで洞察力を働かせて意思決定をし、それを成功に導く能力をもった人のことです。資本主義社会の推進力はこういった企業家たちの「冒険的精神」あるいは「動物的直感力」に負う部分が大きいのです。
(中谷巌著「痛快 経済学」集英社文庫 p166)

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 そこで、一般的に言って、またいくらか長い期間をとってみると、あらゆる種類の商品がそのそれぞれの価値どおりに売られているとすれば、利潤──個々のばあいの利潤ではなく、いろいろな事業の経常的かつ通常の利潤──は、商品の価格を法外に高くすること、つまりその価値を超過する価格で商品を売ることから生ずると考えるのは、ナンセンスである。この考えの愚かしさは、これを一般化すればはっきりする。

人は、彼が売り手としていつも得するものを、買手として同じようにいつも損するであろう。買うだけで売らない人、消費するだけで生産しない人たちがいる、と言ったところで、役にはたたないであろう。こうした人たちは、彼らが生産者たちに払う分を、まず生産者たちからただで手にいれなければならない。

もしある人が、最初に諸君の金をとりあげておいて、あとで諸君の商品を買ってその金を返すのであれば、諸君は、諸君の商品をこの同一人物にいくら高く売ってもけっしてもうかることはないであろう。この種の取引は、損失を少なくするかもしれないが、けっして利潤を実現するたすけにはならないであろう。

 したがって、利潤の一般的性質を説明するためには、諸君はつぎの定理から出発しなければならない。

すなわち、諸商品は平均してその真実価値で売られる、そして、利潤はそれらの商品をその価値どおりに、すなわち、それらの商品に実現されている労働量に比例して、売ることによって得られる、という定理である。

もし諸君がこの前提にたって利潤を説明することができなければ、諸君にはとうてい利潤を説明することはできない。

これは、逆説であり日常の見聞とは相反するように見える。

地球が太陽のまわりをまわっていることも、また、水が非常に燃えやすい二つの気休からなりたっていることも、やはり逆説である。

科学上の真理は、もしそれを事物のまぎらわしい外観だけをとらえる日常の経験から判断するならば、つねに逆説である。
(マルクス著「賃金、価格および利潤」新日本出版社 p139-140)

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◎「諸商品は平均してその真実価値で売られる、そして、利潤はそれらの商品をその価値どおりに、すなわち、それらの商品に実現されている労働量に比例して、売ることによって得られる」と。