学習通信060919
◎過ちを防ぐ……

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青年に対する資本の過剰な要求

藤田……青年問題を現代の社会問題としてみたとき、大学を卒業しても定職に就けないという問題があります。あわせて、せっかく就職してもすぐに辞めてしまうという、いわゆる「七五三」(就職後三年以内に辞める割合が中卒七割・高卒五割・大卒三割)といわれている問題があります。

 これは若者に原因があるという見方もあります。「若者が自立していない」「働く場があるのに働かない」「職業観の希薄さ」などなどと言われています。「会社をすぐ辞めてしまうのは我慢が足りない」「ちょっといやなことがあると辞めてしまう」と批判されます。「いまの若者は基本的な能力が欠如している」「コミュニケーション能力が不足している」「幅広い教養が不足している」と、きびしい若者批判が目につきます。

 ただ、私からみますと、若者に対して過剰な要求をしてしいるという感じがします。職業意識の欠如といわれるからキャリア教育が必要だ、コミュニケーション能力が欠如しているから、口語表現法とか文章表現法という科目を設ける。それから問題発見能力や問題解決能力を身につけるような授業内容にしようと教員側への要求も出てきている。若者に欠如している能力を大学教育の中で、身につけさせなければならないということになっています。

こうした能力開発は、必ずしもすべて悪いわけではなく、若者が自立して生きていくことに結びつく面もあるわけですが全体として若者は、大学や産業界が突きつけてくる過剰な能力開発要求に適応することを求められていると思います。

 では、社会はなぜ若者に対してそういう過剰な要求を突きつけてくるのか。経済的に考えてみると、グローバリゼーションが進行するなかで、産業構造や企業構造が変わってきたということを指摘しなければならないと思います。製造業が海外に移転して、国内産業は知識集約化する動きのなかで、資本の側は創造的人間の育成、エリート教育の必要性を強く主張します。

トヨタなどが推し進めている中高一貫の海陽学園(男子だけの全寮制)ですが、その建学の精神は、将来の日本を牽引する人間の育成、リーダーの育成ですから、資本の考えを象徴した教育をめざしているといえます。他方、エリート以外の人間に対しても、明確な仕事意識をもつこと、コミュニケーション能力や幅広い教養をもつことを要求するわけです。しかもそれは自己責任原則の下、受益者負担でやれということです。

 こういう資本の側の動きの背景には、いわゆる「〇七年問題に象徴されるように、技能と勤労意識をもっていた世代が徐々に引退期に入ってくること、競争力の維持が困難になってくるのではないかという危機感があると思います。

編集部……資本の過剰な要求に応える人材育成ビジネスが繁盛する一方で、現場では非正規雇用化が進んでいるわけですから、努力しても報われないことが多いわけですね。

藤田……現在の若者の非正規化という現象の背後には、直接的には九〇年代にリストラが進行する過程で、新卒採用がずっと抑制されてきたということが大きいと思います。しかしそれだけではなく、コスト競争で、会社側が短期的な業績を追い求めている最近の傾向のなかで、若者を会社で長期にわたって育成するよりは、外部労働市場から派遣や請負という形で調達した方が、雇用責任や使用者責任を負う必要がないので、コスト的に有利だという判断があったことは間違いないと思います。

 企業が短期的な業績を求めるようになったのは、基本的には九〇年代の規制緩和やグローバリゼーションの流れのなかで、株主重視の経営が強くいわれるようになってきたからだと思います。欧米に比較して日本はROE(株主資本利益率)が低いと言われ株価に影響しますから、リストラによるコスト削減で短期的にも利益を上げようとします。結局、社内で若者を教育するというコストを削減し、即戦力を求めるようになったわけです。

 こうして企業側には社内でコストをかけて育成する余裕がなくなり、もちろん若者側の変化という面もありますが、大学や高校教育にキャリア教育をやれ、何々教育をやれという形で基礎的能力の育成を外部に任せるようになってきたと私は認識しています。
(「経済」〇六年一〇月号 特集 青年と現代社会 座談会「青年の状態と未来社会を考える」新日本出版社 p53-54)

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サラリーマン
読者から 下 

若者の安易な退職を防止
「やりがい」言うのは子ども
ある程度の辛抱は必要

 若年退職を防ぐ企業の努力を紹介した第597話や、転職支援のコンサルタントを描いた第599話、上司の理不尽な仕打ちで退職した若手社員の思いを記した第600話。読者からは具体的な体験をふまえた意見や感想が寄せられた。

 奈良県の不動産関連会社で新人の採用や教育を担当する男性会社員は、「毎年社員を十〜十五人採用するが、ここ数年は入社一年以内に半分近くが退職する」と危機感を募らせている。 男性は、若手社員が簡単に辞めてしまう理由として@「つらいなら辞めていいよ」と子供に言うなど、親が甘やかしすぎA社会人になる責任感がなさすぎるB「楽しい会社」を求めすぎる──などと分析。

 そのうえで、@配属先に合わない上司がいるだけで「辞めます」と言い出す社員が多いため、現場研修を以前より短くし、多めの部署を経験できるようにするA入社時の研修で「最初はつらくても、近い将来いいことが待っている」といった、社員が退職を考えるときを想定した講義を多くする──などの対策をとり、安易な退職を防ごうと奮闘しているという。

 転職を繰り返した人生を後悔する中年層からの切実な声も。埼玉県の男性(44)は五つの会社を転々とした末、独立開業したものの、二年弱で撤退した。現在はある企業で管理職に就いているが、「かなりの低賃金で、子供のサッカーシューズも買えない」のが実情。境遇の激変に「寝られないときもある」と嘆く。

 男性はこうした経験をふまえ、「確かな実力がある人以外、『転職は三社まで』というのは神話でなく実話」と断言。「三社以上の転職となると、結局一番最初の会社より下の環境に落ち着くことになる」と厳しい現実を指摘し、「やりがいというのは大切だが、やりがいと言っているうちは子供」と言い切る。

 男性は転職・再就職の指南書を出版する予定で、「多くの方の過ちを防ぐことになれば幸い」と結んでいる。

 いじめを行う上司などに嫌気がさし、中央官庁からベンチヤー企業に転じた東京都渋谷区の男性会社員(31)からは「毎日が充実している。営利企業の厳しさ、スピード感、規律性など、自分の求めていたものはここにあったのか、と転職については全く後悔していない」と前向きな感想が寄せられた。

 ただ、現在勤務する会社でも「思い通りにならないと辞めるという短絡的な経路をたどる人が後を絶たない」と、必ずしも若年退社を全面的に肯定するわけではない。

 男性は「刹那(せつな)的に転職を繰り返す人は、若いうちは転職に成功する可能性が高いので『自分は市場価値のある人間だ』と勘違いしがちだが、中年にさしかかれば壁に打ち当たる」と予測。自分自身も元の職場に四年在籍したことに触れて、「どんなキャリアでも一〜二年では身に付かず、やはりある程度の辛抱は要請される」と転職希望者に助言する。
(日経新聞 2006.9.18)

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◎「若者に対して過剰な要求をしてしいる」と。