学習通信061010
◎突発的に行動を起こす……

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まえがき

 近年、日本社会では、子どもによる衝撃的な事件が相次いで発生しています。

 一九九七年には、神戸市で「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る中学三年生男子生徒による小学生連続殺傷事件が起きました。犯行声明文の中の「透明な存在であるボク」という、どこか不気味な実在感を帯びた言葉は、まだ私たちの記憶に新しいのではないでしょうか。

 九八年には、栃木県黒磯市の中学校で、女性教師が男子生徒にバタフライナイフで刺殺される事件が発生しました。子どもの「キレる」現象に目が向けられるようになったのもそのころでした。

 二〇〇〇年に入ると、正体不明の「透明な存在感」が確実に子どもたちの心の中に浸透・拡大しているかのように、少年たちによる凶悪事件が連続発生しました。五月には愛知県の高校三年生による「人殺しを経験したかった」という「体験殺人」事件。数日後には佐賀県でバスジャック事件。六月には岡山県で金属バットによる野球部員殴打・母親撲殺事件……。一時は、ニュースが「中・高両生事件」で占領されたのではないかと思えるほどでした。

 確かに、これらの衝撃的な事件はどれも「特異なもの」なのかもしれません。個々の事件の背景に潜んでいるものを、一つひとつ丁寧に解き明かして行かなくてはならないでしょう。けれども、全体から見るとごく一部の子どもが起こしてしまった事件が、今日の子どもの状況を象徴的に映し出しているとすれば、どうでしょうか。「特異なもの」として簡単に片付けてしまってよいものでしょうか。

 実際、先の「酒鬼薔薇」事件直後には、多くの中学生が「気持ちはわかる」と反応しました。当時、事件を扱ったテレビ番組の出演を終えると、そうしたことを書き綴って山のように送られてくるファックスに、私はたじろいだものです。二〇〇〇年五月に発生した一連の「一七歳事件」に対しても、子どもたちがやはり「共感」を示していることが、新聞などで報じられていました。あるテレビ番組の中では、「おとなの世代にはわからないかもしれないけど、僕らには(殺したいという気持ちが)あってもいいような気がする」との発言まで飛び出しました(NHK教育テレビ「真剣一〇代しゃべり場」二〇〇〇年五月二〇日放送)。

 これは、現在の社会に生きる多くの子どもたちが、凶悪事件を起こした少年たちと同じような心境に置かれ、どこかに相通じる苦悩を抱えているということに他なりません。多くの親たちも、自分の子どもが加害者にならないとも限らないのでは、という不安を感じています。

 くわえて、小学校でまったく授業が成り立たない学級崩壊、「普通」の子がすぐに「キレ」てしまう現象、蔓延しますます陰湿化するいじめ、そして増え続ける不登校。大人による子どもの新しい虐待≠熨揩ヲています。子どもをめぐる環境は、いまや危機的状況にあります。これらは、すでに個別の学校や家庭の限界を越え、「社会的病理現象」とても言えるような深刻な様相を呈しています。親も教師もどう対処してよいのか分からずに、自信喪失に陥りそうになっています。

 子どもの危機とは、社会の危機です。最近の子どもの状況をどう見るのか、そして、どこに打開の糸口を見つければ良いのか。本書では、子どもに寄り添いながら、心を痛めるすべての人とともにじっくりと考えていきたいと思います。

 T章では、今日の子どもの危機の典型的な現象である学級崩壊、「新しい荒れ」、いじめ、虐待の四つを取り上げ、これらの実態を明らかにします。

 U章では、私の二二年に及ぶ中学・高校教師の体験とその後の全国の子育てと教育現場への調査に基づきながら、危機の背景には何が潜んでいるのかについて、学校、教師、家庭、社会、そして子どもという五つの領域ごとに考えます。

 V章では、どのように現状を打開し、大人と子どもの新たな関係性をいかにして築いていけばいいのかについて、具体的な実践上の提案とあわせて述べます。

 激しい荒れや凶悪な事件の奥に潜んでいる子どもたちの叫びに耳を傾けると、危機の中にも徴かな希望の声が聞こえてくるような気がしてなりません。そうした声を紡ぎ出して、子どもたちの新しい可能性を切り拓いていきたいと思います。

 同時に、混迷を深めている日本の社会が生き生きと蘇り、市民的モラルが確立したさわやかで安心感に満ちた社会を築くためには、私たちの子育てと教育の舵をどの方向にとればよいのかについても明るい展望を示すことができれば幸いです。
(尾木直樹著「子どもの危機をどう見るか」岩波新書)

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どう見る
小学生の暴力行為の増加
 大東文化大学教授 村山士郎

 小学生の暴力行為が増えている問題をどう見たらよいのか、村山士郎大東文化大学教授に書いてもらいました。

強まる競争原理や家庭や学校での支配的体質
「普通の子」も「心の闇」深く

 文科省が毎年出している「生徒指導上の諸問題」調査の結果が公表され、小学生の暴力行為が増えたことが話題になっています。

38%も増えた
教師への暴力

 しかし、この数字には疑問もあります。たとえば、暴力行為は、神奈川が六千六十八件(小・中・高)であるのに、東京は七百六十四件しかありません。どうみても東京の数値が極端に低いのです。それは、学校側から教育委員会への報告が極端に少ないことが予想されます。そこに管理職・学校側の隠ぺい的な体質が隠されているのです。ですから、この調査の数字はあまり信用のおけるものではないのです。

 こうした根本的な欠陥を持つ調査ですが、小学生の暴力行為が増えていることには注目する必要があります。○二年──千二百五十三件、○三年──千六百件、○四年──千八百九十件、○五年──二千十八件となっています。その中でも特に増えているのは対教師暴力です。前年度に比べて38・1%も増えているのです。この数字をどう見ればいいのでしょうか。

子どもの攻撃性
新たな段階に

 一般に子どもたちの暴力行為(攻撃性)は、蓄積されているストレス感・ム力ツキ感・不安感・抑圧感が、あるきっかけで暴発することだと考えられます。その要因は、日本の子どもたちの生活に仕掛けられた競争原理と家庭や学校の支配的体質が考えられてきました。その要因が一段と小学生に強まり、新たな段階に入っているのです。

 第一は、親が失敗できない子育て環境の中で監視を強めていることが考えられます。事件の影響などで小さい子どもから目を離せない環境が強まっているのです。

 第二は、学力評価が強められ、学校評価や教師の指導力評価として公表される事態が一般化してきていますが、その結果、子どもたちへの学習指導が分かることの楽しさでなく、点数を上げるための「指導」に傾斜しがちになっています。

 第三は、社会に生活崩壊現象や親世代の育児放棄的現象が強まっており、子どもたちが寂しさをかかえ、愛情に飢えて、反社会的な行動に走ってしまう古典的な「荒れ」要因が強まっています。

 こうした要因がもっとも子どもの接触の多い教師や親への暴力行為となって現れていると考えられるのです。

 何でも話せる
 信頼関係を

 子どもたちの競争関係と、「よい子」になるための過剰な適応を和らげることが根本です。その意味で教育基本法を改悪して、学カテストなどを導入し、ますます子どもを競争にかりたてる教育政策は子どもたちの「心の闇」を深くしていくものです。

 今日の子どもたちは、暴力行為に走る子どもであれ、一見「普通」に見える子どもであれ、内面の様態はあまり変わっていない場合が多いのです。だから、心の中ではいつ暴発するかわからない内面を抱えて不安をつのらせているのです。そのブチキレそうな内面を受けとめてあげる、おとなの存在が大切であり、そのムカツキ感や不安感を仲間同士で話し合える場面をつくっていくことが求められているのです。

 教室の中でも、家庭においても、失敗したことや、まちだってケンカをしたり、いじめたりしたことも、何でも話せる安心と信頼関係を結べる心地よい時空間を保証していくことが大切になっているのです。
(しんぶん赤旗 20060926)

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小学生の校内暴力最多
昨年度2000件超す
先生被害4割増

 二〇〇五年度に全国の公立小学校で起きた校内暴力の件数は前年度に比べ六・七%増の二千十八件で、三年連続で過去最多を更新したことが十三日、文部科学省の調査で分かった。先生が被害者となるケースが四割近く増えており、突発的に暴力を振るう子どもにどう対応するかが課題になっている。

 調査は「生徒指導上の諸問題の現状について」と題し、全公立小中高校が対象。小学校の校内暴力は一九九七年度から調べている。

 調査結果によると、中学の校内暴力は二万三千百十五件でほぼ横ばい。高校は五千百五十件で前年度比二・五%の増加にとどまり、小学校の件数増が際立っている。

 小学校の校内暴力の内訳は「対教師」が四百六十四件、「児童間」が九百五十一件、教師・児童以外の「対人」が二十一件、「器物損壊」が五百八十二件。児童間暴力は前年度に比べ四・一%減ったが、対人は一六・六%、器物損壊は六・九%増え、対教師は三八・〇%増だった。学年別では五、六年生が全体の四分の三を占めた。

 暴力行為を起こした小学生一・三%増の二千百九十五人で、発生に比べ増加がゆるやか。文科省は「小学校の校内暴力は特定の児童が繰り返す傾向が強い」として、対策の検討を急ぐ。

 一方、いじめは、全体で前年度比七・〇%減と二年連続で減少した。小中高校別では中学校が最も多く、特に中一、中二でのいじめが全体の半数を占めた。

すそ野にも注目

 森田洋司・大阪樟蔭女子大学長(教育社会学)の話
 子どもたちの状態は明らかに変わった。感情を制御できず突発的に行動を起こす「キレる子」が増えている。小学生の校内暴力は反抗心がないなど、中・高校生の非行とは質的に異なる。背後には多様な間題が潜んでおり、暴力行為は氷山の一角だ。

 暴力行為は規範意識の問題と思われがちだが、睡眠、食事の乱れも脳の発達に悪影響を与える。自然体験不足が関係するとの説もある。問題のすそ野にも注目すべきだ。

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「キレる子」背景は複雑
伝わらぬ本心
親も協力せず

 小学校の廊下で低学年の男子児童が給食袋を落とした。後ろの女子児童が拾い上げ、気付いていない男子児童に渡したところ「おれのをとったな!」と叫んで殴りかかった。京都市の男性教諭が昨年、目撃した光景だ。

 大阪府内では、教諭が授業中に注意すると複数の男子児童から教科書や文房具を投げられた。別の小学校では、けんかをやめない児童らを仲裁しようとした教諭が逆に暴力を振るわれた。

 文科省によると、暴力行為があった学校数は七百二十五枚で全体の三・二%にすぎない。給食袋の一件を目撃した男性教諭は「暴力を起こす子どもは決まっているが、親が指導に協力しないため、解決の糸口が見つからない」と嘆く。

 もっとも背景は複雑。家庭での虐待などが指摘されるケースがあるほか、コミュニケーションカの低下を挙げる声も多い。兵庫県の男性教諭は「友達関係の悩みや親への不満などを訴える手段として暴力を振るう子どももいる。気付いてほしいという心理の裏返し。変化に敏感になれば暴力の芽を摘むこともできる」と指摘している。
(日経新聞20060914)

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◎「日本の社会が生き生きと蘇り、市民的モラルが確立したさわやかで安心感に満ちた社会を築くためには、私たちの子育てと教育の舵をどの方向に」と。