学習通信061012
◎「だまし」が横行する……
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90歳記念の個展
永井潔さんにきく
油絵、水彩、素描など94点
いい笑顔にひかれて
今年九十歳を迎えた永井潔さんの大規模個展が二十六日から、東京のセシオン杉並(杉並区梅里一の二二の三二)で聞かれます十月三日まで)。
芸術論に関する著作も多く、戦後の民主美術運動を実践、理論の面でリードしてきた永井さんですが、意外にまとまった個展は、はじめて。出品は油彩、水彩、素描など、九十四点にのぼります。永井さんに個展にのぞむ思いなどを聞きました。
外から入り内面へ
「はじめ個展をすすめられたときは、やる気がなかったんですよ。恥ずかしいような作品ばかりですからね。ところが若い人が『やれ、やれ』とやってくれました」と笑います。
「自分が不勉強なものですから、作品も少ないと思っていたんですが、引っ張り出してみたらどんどん出てきて、びっくりしました」
あらためて自作をみると、「肖像的なものへの関心が強かった」ことが分かりました。「『人間的なもの』を一般的にとらえるのでなく、実存といいますか、一人ひとりかけがえのない、同じ人間は一人もいない、そういうところに興味をもっちゃった」。知人の笑顔にひかれ、「どうしてああいういい笑顔がでてくるんだろう」と思い、頼み込んで描かせてもらったこともあります。
「内面は見えませんから、ぼくはまず外から入る。やがて絵をいきいきさせるために内面を描かなければならなくなってくる。うまく描けたものは一枚もありません」
今回の展示では、失われた永井さんの自信作「鍛造」「合唱」に並ぶといわれる「燃える心臓」(一九八七〜ニ○○六年)や、鋳物工場の労働を描いた「注湯」シリーズ四点(一九六七、六八年)も出品。これらを含む油彩画五十二点、肖像画を中心にした水彩画十九点、『物語ウイリアム・テル』などの絵本原画十六点、デッサン、陶板、木版画が展示されます。
真実への習慣を
戦中は、徴兵で三度も出征しました。ソ連軍との交戦で胸部に被弾するなど、生死をさまよったこともあります。
「無言館に行くと、亡くなった美術学生の絵がたくさんあります。一番多いのは私の同年者ですね。生きていれば立派な学者や作家になっていたような友達もいました。私のようないいかげんなのが生き残って、申し訳ない気がしています」
戦争末期、軍の報道部に転属。空をとぶB29の写真が筆先の修正で、煙を噴いた敵機撃墜℃ハ真になるようすなどを、講習で目の当たりにしました。
「ニセの『ライフ』誌などを、大変なお金と手間をかけて作っていたんです。天皇制政府は、ウソで固めたような政府でした」
いまの日本にも、ウソに関する同様な問題を感じます。
「国会の『ガセネタ』騒ぎでも、おかしなことに『ガセネタ』を作った側は不問にされているでしょう。何より日本は『イラクの大量破壊兵器』が『ガセネタ』だったことを首相が認めない唯一の国になっている。国民もそれを許してしまっている。いまこそ国民の側から、きちんと真実に対する習慣を身につけないといけないと思います」
IT革命などコミュニケーション手段が発達する一方で、「生の人間関係」が希薄になったり、ウソにたいするあいまいさが増幅されるような「文化的危機」が進んでいるのではないか、とも危惧(きぐ)します。
「『オマージュ』だと弁明した絵画盗作事件をはじめ、いままでだったら考えられないような現象が起きていることに、注意する必要があると思います。こういう時こそ、文化の出番ではないでしょうか」
老人力の発揮どき
最近、「老人力」の大切さに気付くようになりました。「絵を描くとき、少し離れて目を細めて作品を見たりするでしょう。そうすると全体像がわかってくる。細かいことを見えなくするというのは大事なんです。老人の良さは、細かいことが見えなくなることです。そうなることで見えてくる全体像というのは、老人が特権的にもっているものだと思います」
「ぼくも、あんまりでしゃばらないようにと思っているんだけど、老人力の発揮が必要なときがある。ただ、若者のような力をだそうとすると失敗する。その加減がむずかしいんですが」(清水 博)
(しんぶん赤旗20060926)
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全部ホントのことを言って、全体として錯誤に導く方法
「全部ホントのことを言って、全体として錯誤に導く方法」──そんなことができるだろうかと思われるかもしれませんが、簡単なのです。
太郎君が学校から帰って、お母さんに一日の出来事を報告します。
「あのね、今日は一時間目の国語の時間に『ガラスのうさぎ』のお話を勉強してね、二時間目の算数の時間は多角形の対角線を勉強したの。それから三時間目の音楽の時間には卒業式で唄う「蛍の光」を練習したの。四時間目は図工でさ、友だちの顔の写生をしたんだけど、あんまりうまく描けなかったな。それでね、給食は僕の大好きなカレーライスでさ、お代わりしちゃった。午後の五時間目の体育はドッジボールでさ、六時間目のホームルームの時問にはクラス委員を選んだんだけど、僕、図書係に選ばれちゃった。放課後はさ剛君とバスケットボールやって、そいで帰ってきた」
太郎君の報告したことは全部正しい内容ですが、今日、先生からテストの結果が発表されて、太郎君がさんざんな成績だったことは言わなかったのです。お母さんは、太郎君がそれなりにまじめに授業に取り組んで、成果を上げていると勘違いするかもしれません。
言ったことは全部ホントだが、肝心な情報を隠すという方法は、ごくふつうに見られる方法です。ウソを言うと叱られるので、言うことは全部正しいのですが、大事なことは言わないで錯誤を誘導する──これは「報道の姿勢」にも関係する重要な問題です。
「今日、桜前線が長野県まで北上しました」とか、「白装束集団が福井県と岐阜県の県境付近に野営しているのが発見されました」とか、「愛知県の小学校の生徒たちがピカソの「ゲルニカ」の絵を壁画に再現しました」とか、「新潟県の介護老人福祉施設に地元の高校生一〇人が訪れて介護補助の実習をしました」とか、ニュースで取り上げたことは全部正しかったとしても、そのとき、国際社会で日本の安全保障に関わる重要な動きがあったことや、国会で重要法案が審議されたことを取り上げないなら、全体としては国民を錯誤に導くおそれがあります。
何を取り上げ、何を取り上げないか、そこに伝える側の価値観が関係します。「知らせないほうがいい」と考えることがらを伝えず、「知らせたほうがいい」と考えることがらをことさらに強調して伝える──伝える側が情報を取捨選択して伝えられる側の意識形成に制約を加えたり、誘導したりするという方法は、ときとして重大な「だまし」を演出する方法として使われます。
国民をウソでだまそうとしたアメリカ大統領の辞任劇といえば、「ウオーターゲート事件」です。柴山哲也著の『戦争報道とアメリカ』(PHP研究所)によって要約すれば、その経過は次のとおりです。一九六七年六月、ロバート・マクナマラ国防長官は、アメリカがベトナム戦争の過程でどのようにして誤りを犯したのかを明らかにするため、大部の「ペンタゴン・ペーパー」の作成を命じていましたが、『ニューヨーク・タイムズ』紙がこれを一九七一年六月一三日付でスクープしました。
ベトナム戦争の間違いを認めたこの秘密報告書の存在は、アメリカ国民に衝撃を与えました。政府が「聖戦」と偽って戦争をつづけていたことが明るみに出されたのです。政権の中枢で政策立案に関わりながら疎外感をもち、ベトナム戦争のウソを苦々しく感じていた人物が情報を意図的に漏らしたものでした。
不都合な情報を開示された国防総省は司法長官を通じて「ペンタゴン・ペーパー」の掲載中止命令を出しましたが、連邦最高裁判所は、憲法の「言論の自由」を最優先し、「ペンタゴン・ペーパーの掲載はアメリカ国民の利益に反しない」という判決を下しました。
ニクソン大統領は『ニューヨーク・タイムズ』紙への敵意を剥き出しにし、「鉛管工」という名の秘密工作グループを組織しました。やがて、ワシントンDCのウオーターゲート総合ビルの民主党全国委員会本部に押し入った五人組の男が逮捕されました。電子装置や盗聴装置をもっていた犯人たちは、ニクソン大統領の意を受けて、政敵である民主党本部に盗聴器を仕掛けて、相手の情報を探ろうとしたのです。このウオーターゲート事件を追及したのが『ワシントン・ポスト』紙でした。
鉛管エグループも関わっていたこの事件の追及が核心に近づくにつれて、ニクソン大統領は『ワシントン・ポスト』紙への妨害工作を試みたものの結局失敗に終わり、一九七四年、ついに辞任に追い込まれました。「国民だまし」や「政敵だまし」を重ねようとしたニクソン大統領は、アメリカの政権史上に大きな汚点を残す結果を招いたのです。
イラク戦争においても「大量破壊兵器疑惑」の信憑性をめぐってアメリカでもイギリスでも重大な疑問が提起されました。「だまし」が横行するような政治のあり方をチエックするのは、国民の批判的精神と、その発露を正当な権利として認める法制度、および、それを守ろうとする国民の強い意志です。
(安斎育郎著「だます心 だまされる心」岩波新書 p154-158)
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「しんぶん赤旗」主張
イラク報告 不法な戦争が危険を拡散する
ブッシュ米大統領が、米中間選挙(十一月七日)の最大の争点、イラク戦争とテロの問題で窮地に立っています。イラク現地の悲惨な混乱に加え、米議会、政府機関が戦争の口実を否定し、戦争でテロをなくせず逆に拡散している実態を示す報告を相次いで出しました。大統領の立場は、足元から揺らいでいます。
米議会、政府機関の警告
米上院情報特別委員会の報告(九月八日)は、ブッシュ政権が強行したイラク戦争の口実を完ぺきに崩し不法さを改めて明白にしました。
イラクのフセイン旧政権は、核・生物・化学兵器を「保有」していなかっただけでなく、アルカイダと関係をもつどころか逆に「脅威」とみなしそのメンバーを「追跡」していた。これが報告の核心です。
九月末には、世界のテロ傾向を米国の十六情報機関が分析した「国家情報評価」報告書が報道され、ブッシュ政権が一部を公表しました。「反テロ戦争」で「世界はより安全になった」といい続ける大統領に根拠がないことを立証するものです。
報告は、「イラク戦争が世界のジハード(聖戦)主義者の支持層を増やしている」と断じています。アルカイダを含むテロ・グループが「数」でも「地域的広がり」でも増大し、このままでは、「脅威はより多様化し、攻撃増加につながる」と警告しています。
さらに、「聖戦主義者の拡散に対抗するためには、テロ指導者を捕え殺害する作戦をはるかに超えて、調整された多国間の努力が必要だ」としています。戦争一辺倒ではテロをなくせず、世界各国との協力した活動が必要であると認めたものです。
ブッシュ政権は、国際的にも苦しい立場にあります。ともにイラクに攻め込んだ「盟友」英国のブレア首相は、厳しい批判をあびて来年中の退陣表明に追い込まれました。九月末には、「イラク戦争は、イスラム世界から過激派を引き寄せる役割を果たしている」との英国防省高官報告が報じられています。
国連総会でも米国批判があいつぎ、米政府が押し立てたイラクのタラバニ大統領も、「地球規模での対テロ戦争を軍事力行使にだけ限定することは、テロを打ち破るのに十分でない」とのべるまでになっています。
イラク戦争は正しかったといい続ける日本の安倍首相は、国際社会では異常そのものです。
米英軍のイラク侵略戦争の誤りをはっきりさせ、米・占領軍のイラク撤退見通しをもつことは、テロ根絶のために避けられません。イラク人の78%が「米軍駐留が紛争を引き起こしている」と考え、71%が一年以内の米軍撤退を求めています(米メリーランド大調査)。
テロは、どのような理由をつけても正当化されない犯罪です。しかし、特定の思想や価値観、宗教や文明に固有のものではありません。
多国間協力妨げるな
テロ根絶には、テロを特定の宗教や文明と結びつけず、テロが生まれる根源の除去に取り組みながら、国連を中心に、国連憲章と国際法、国際人道法、基本的人権と両立する方法でおこなうことが不可欠です。
そうでなければ、国際的な協力をつくることは困難です。
ブッシュ政権は、「テロとのたたかいはイデオロギー闘争だ」と特定の思想や宗教との対立をあおり戦争を続けようとするのでなく、まずイラクから米軍撤退に踏み出すべきです。安倍首相のイラク戦争正当化と米軍支援が許されないのは当然です。
(「しんぶん赤旗」2006106日)
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◎「IT革命などコミュニケーション手段が発達する一方で、「生の人間関係」が希薄になったり、ウソにたいするあいまいさが増幅されるような「文化的危機」が進んでいるのでは」と。