学習通信061013
◎いまはユニオンがある……
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こうして労働者は、肉体的にも知的にも、さらに道徳的にも、権力をもつ階級からつきはなされ、放置されている。
彼らのことをかまってくれる唯一のものは法律であって、それは彼らがブルジョアジーを怒らせるや否や、彼らをしめつける──理性をもたない動物にたいするのと同じように、彼らにはたった一つの教育手段しか用いられない──それは鞭であり、残酷な、説得ではなくただ威嚇するだけの暴カである。
したがって、動物のようにあつかわれている労働者がほんとうに動物になったり、あるいは、権力を握っているブルジョアジーにたいして憎悪を燃やし、たえず心のなかではげしく怒っていることによってのみ、人間らしい意識と感情をもちつづけることができるのも、当然のことである。
彼らは支配階級にたいして怒りを感じているかぎりにおいて人間なのである。彼らにかけられている首かせを我慢し、その首かせを自分でこわそうとせず、首かせをつけたままの生活を快適だと思うようになるとすぐ、彼らは動物になる。
(エンゲルス著「イギリスのおける労働者階級の状態 上」新日本出版社 p176)
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ルポタージュ 首都圏青年ユニオン
未来は僕らの手の中に
浅尾 大輔
「みんなが負けなかったからだよ!」
八月一日午後六時半、私がJR池袋駅前に駆けつけたとき、首都圏青年ユニオンの組合員十人が、ゆるやかな円陣を組んでいた。
七月中旬、「店舗リニューアル」を理由に会社から解雇されたアルバイト三人がユニオンに加入した。ユニオンは即座に「解雇理由にならない」と会社に団体交渉を申し入れた。
相手は大手外食チエーン会社(年商七百億円、従業員六千人)で、全国展開を進めている。「前回、激しくやり合って会社は動揺している。今日の獲得目標は、ズバリ解雇撤回だ」
団交を仕切る河添誠(ユニオン副委員長)が言うと、クビを切られた田辺義之(二七)、加藤亮(二三)、浜井耕輔(二四)の表情が明るくなった。取り巻く七人にも気合が入る。
解雇撤回求めて
団体交渉に臨む
私は、彼らは駅前で群れる若者たちと何も変わらないと思った。ただ、いまから居酒屋へ向かうのではなく、仲間の解雇撤回を掲げて団交にのぞむ点だけが違うのだ。
午後七時五分、会社指定の貸し会議室で第二回団体交渉が始まった。冒頭、会社側は、@社会保険の加入手続きを取る、A組合員の未払い残業代を支払う、の二点を約束。不払い残業代は総額五十万円をこえた。
浦添が「解雇の件は、どうですか?」と切り出す。会社側は、「解雇」を正当化するためか、事実経過の説明をるる述べ始めた。それに対し、三人の組合員が手帳のメモを突き合わせて反論する。やがて誰の目にも会社側の主張が間違っていることが明らかになる。
事件の発端は、正社員がフラッと店に顔を出し「来月で店閉めるから、お前ら全員クビな!」と言い放ったという噂(うわさ)だった。
「店長に確認すると、『聞いてない? あんたも今週で終わりだよ』って言われた。理由を聞いても何も言わなかった」(浜井)
誰よりうまく
牛丼を出せる
新しいシフト表には、田辺、加藤、浜井の名前に換わって、日本語を話せない中国人の名前があった。ベテランだけを狙い撃ちにした、違法な「選別採用」だった。
組合員は、毎日十時間ほど立ちっぱなしで牛丼を盛る。時給は千八十円。加藤は、午後十時から午前九時までの深夜帯をたった一人で働く。手取りで二十万から三十万稼ぐ。妻子を抱える田辺にとって、「解雇」は即家族が路頭に迷うことだった。
「バイトでも仕事への愛着は深い。ずっと掃除してきた店、どこに何があるかすべてわかる店、誰よりもうまく牛丼を出せる。それを突然理由もなく奪うのは、絶対に許せなかった」(浜井)
友人に相談したところ、ユニオンを知る。
法律と論理力
最大の武器に
冷房が一向に効かない貸し会議室。午後九時直前、会社側が「解雇は散回し、職場復帰のため、店舗を調整したい」と明言した。ユニオンが、解雇の不当性を粘り強く訴えた結果だ。激しい団交イメージは覆(くつがえ)された。ユニオンにあっては、法律と緻密(ちみつ)な論理力こそが相手を説得させる最大の武器だった。
ビルを出たとき、池袋のネオンが眩(まぶ)しかっか。一行は、近くの中華料理屋に入る。生ビールを待つ間、田辺が「今日は、こんなに集まってくれてありがとうございます」と頭を下げた。「解雇撤回なんて夢だと思ったんですが、会社は、はっきり解雇撤回だと……」帽子のつばを下に向けて鼻をすする。「みんなが負けなかったからだよ!」
そう励ましたのは、一年前、解雇撤回闘争をたたかった山口早苗(二四)と、現在、会社と団交中の永井雅美(二五)の二人だ。
青年ユニオンと外食チェーン会社とのたたかいは、八月八日渋谷、八月二十二日赤坂見附と場所を転々と移しながら続くことになる。
「なぜこんなに苦しまなければならないのか──」
今年、首都圏青年ユニオンは既に二十件以上の会社と団体交渉を行い、ほぼ圧勝してきた。私は、東京・大塚の事務所を訪ねた。
河添誠(副委員長)は、「ほとんど会社の法律違反が原因。圧勝は当たり前」と笑う。
「残業代未払い、有給体暇を取らせない、社会保険未加入。これが悪徳会社の三種の神器です。ユニオンはそんな会社をもぐらたたきのようにつぶしてきているんですよ」
二〇〇〇年結成のユニオン(組合員二百七十人)は、会社・雇用形態を問わず一人でも入れる労働組合だ。相談に来た組合員自らの手で回体交沙申し入れ書(要求書)を書き、会社へ送るファクスボタンを押す。団体交渉の日程が決まると、メーリング・リストに流す。すると、定時の集合場所に組合員がわらわら集まる。そんなノリの労働組合なのだ。
「プロの専従者が請け負う『争議解決屋』にしないこと。そのために、組合員が参加する団交が一番の学びの場なんです」(河添)
八月十七日午後七時、私は、月一回開かれる執行委員会ものぞいてみた。文京、台東、千代田など地域の組合員が活発に議論していた。
社会全体の間題
委員長の伊藤和和(三二)は、言う。
「一人の争議が解決して、再び彼は地域に戻る。そのとき隣りを向けば同じような劣悪な労働現場で働く仲間に気づく。すると、自分の争議が、実は、自分だけの問題ではなく社会全体の問題だと学ぶ。ユニオンは、地域に根ざす『青年のための運動体』なんです」
八月二十六日の士曜日の午後、東京労働会館の地下ホールで、第一回青年ユニオン・分会交流会が聞かれた。首都圏に星座のように広がる地域分会の取り組みを交流しようと七分会・四十三人の若者たちが集まった。
組合員は次々と自分の思いを話し始める。「解雇されても、働く意思を示すため組合員と一緒に会社に通い続けた。とても初めてとは思えない楽しい就労闘争だった」「有休を申請したら社長から『辞めろ』と言われ、団交を申し入れた。いま組合員と労働法の勉強を始めている」「これまで友だちから相談されても聞くだけだった。いまはユニオンがあると言える」
集会は、女性組合員の手作り料理を囲む二次会へと続き、討論は深夜にまでおよんだ。
痛みの原因学ぶ
私は、この八月を青年ユニオンと伴走してきて、いま若者たちは、痛みを強いる保守政冶への反撃を開始したという確かな手ごたえを感じた。彼らは深い傷を抱えているが、その痛みの原因をユニオンで学び、仲間への優しさへと変えようとしている。
「東京の夜景はとても奇麗だ。でも、あのビルやお店の灯(あか)りのもとには長時間残業で働く青年や上司のいじめに耐える若者がいるのが見える。なぜ、僕たちはこんなにも苦しまなければならないのか。ユニオンの組合員になることは、社会を変えることだ。まずは僕たちから動くしかない。みんなで頑張ろう」
解雇闘争をたたかった組合員の言葉だ。
彼らは、組合活動から想像力をも身につけつつある。間違いなく明日の行方を知り始めている、新しい若者なのだ。(おわり)
(あさお だいすけ・作家)
(一部仮名、敬称略)
(しんぶん赤旗 20060920-21)
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◎「彼らにかけられている首かせを我慢し、その首かせを自分でこわそうとせず、首かせをつけたままの生活を快適だと思うようになるとすぐ、彼らは動物になる」と。