学習通信061025
◎核戦争後の世界……

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主張 核武装論議
北朝鮮批判の大義損なうな
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 麻生外相が国会で、北朝鮮の核実験に対抗し、日本も核兵器保有の「議論をしておくのは大事だ」との発言を重ねています。自民党の中川昭一政調会長も先にテレビ番組で、日本も核保有の「議論をおおいにしないと」と発言しました。いずれもただちに日本の核武装を求めたものではありませんが、被爆国・日本の政府の外交責任者や与党の政策責任者が、日本の核保有の議論を肯定したのは重大です。

被爆国として論外の主張
 核兵器は、もっとも残虐な大量破壊兵器です。とりわけ広島、長崎で被爆の惨禍を体験した日本国民にとって、核兵器保有など絶対にあってはならない選択肢です。議論を求めただけとはいっても、日本が核武装を狙っているとの疑念を世界に与えること自体大問題です。

 とりわけ問題にしなければならないのは、一連の発言が、北朝鮮の核実験に国際社会が立ち向かっているさなかに行われたことです。国連安保理が全会一致で制裁決議を採択し、国際社会が一致協力して北朝鮮に核兵器計画を放棄させる努力を強めているとき、日本の核武装論議は、その解決に重大な障害をつくりだすことになります。

 国際社会が北朝鮮の核実験を批判し、一致結束して北朝鮮に核兵器の保有と開発計画を放棄させようとしているのは、世界のどの国も北朝鮮が新たな核兵器保有国になることを望まないからです。そのとき日本が核兵器保有の議論を始めれば、それこそ北朝鮮に核兵器の放棄を迫る大義を失い、日本の立場を根本から崩すことになります。

 北朝鮮の核実験に対し安保理決議は、平和的、外交的に事態を解決することを基本に、そのための制裁を国連憲章四一条の非軍事的措置に限り、六カ国協議の当事国は「外交努力を強め、緊張を激化させる可能性があるいかなる行動も慎(む)」ことをはっきりさせています。

 日本は六カ国協議の当事国です。日本が“核には核で”の議論を始めることは、北東アジアと世界の緊張を激化することになるのは明らかで、それは安保理決議の精神にも反することです。

 麻生外相は日本の外交責任者として、国連安保理決議の実行に責任を負う立場です。その外交の責任者が、安保理決議に反する発言を重ねているのは絶対に許されません。与党の政策責任者である中川氏の場合も責任重大です。

 日本の核武装を懸念する声は、中国、韓国などのアジア諸国をはじめ、世界に広がっています。中川氏らは、自らの発言がこうした批判を招いたことをどう受け止めるのか。麻生氏や中川氏はもちろん、二人を起用した安倍首相自身も、その責任をあいまいに済ますことができないのは明らかです。

核兵器廃絶に貢献を
 日本が核兵器の脅威をなくしていこうと真剣に考えるなら、本来とるべきは新しい核兵器保有国を許さないのはもちろん、核兵器の廃絶へ積極的に行動することです。

 唯一の被爆国として、核兵器を「持たず・つくらず・持ち込ませず」という「非核三原則」を堅持するとともに、すすんで世界から核兵器を廃絶するための役割を、積極的に果たさなければなりません。

 核兵器の拡散が問題になる根っこには、特定の国には核兵器の保有を認めている体制があります。それを変え、大本から全世界の核兵器を廃絶するためにこそ、日本はイニシアチブを発揮すべきです。
(「しんぶん赤旗」20061020)

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 北朝鮮による核実験を受け、米国を中心に日本の「核武装」を懸念する声が相次いでいる。唯一の被爆国として「非核三原則」を掲げるわが国にとって、自ら核に手を伸ばすことは究極の政治的タブーのはず。にもかかわらず、キッシンジャー元米国務長官ら欧米の専門家は日本が二十一世紀の生き残り策として核保有を考えるのは「当然のこと」(ペリー米国防長官)と唱え続けている。

 米国において「日本核武装論」を支える理論的根拠は四つある。第一は、北朝鮮が核を保有すれば、北東アジアでの勢力バランスが崩れ、これを是正するために日本も核武装を目指すという考え方。「核のドミノ現象」と呼ばれる。

 第二は、核兵器を含め、急速に軍備近代化を進める中国への抑止力として、日本が核保有に走るという見方である。

 北朝鮮のような「核小国」の場合、「日本に核攻撃を仕掛けたら、ただちに米国が核報復する」という「核の傘」は実効性を維持できる。だが、すでに数百発の核弾頭と米本士を狙える大陸間弾道ミザイル(ICBM)を保有する中国の場合、この理論をそのまま適用できるかは不明だ。

 まず、米国による報復攻撃への対抗措置として、中国が米主要都市を核攻撃する恐れがある。このため、「米国は日本のための核報復をしてくれないのでは」といった疑念が日本で広がり、それが独自の核武装に向かわせるという見立てだ。

 第三は、第二次大戦以降、国際政治を主導してきた米、英、仏、中、口シアの「核大国」への対抗措置として、日本が核を望んでいるというもの。「核を持たない限り、日本は国際社会で二級国家として扱われるという不満」(キャンベル元米国防副次官補)が主たる動機との分析だ。

 第四は、北朝鮮の核保有を真剣に阻止しない中国を刺激するため、あえて日本による核保有に言及する「日本カード」の論法。米保守派の一人、チャールズ・クラウトハマー氏が米ワシントン・ポスト紙で紹介した。「日本が核に関する自らの立場を再検討しているという発言への(中国の)懸念を知っている」とブッシユ米大統領が発言したのもこれに通じる。
 「核兵器保有は最低限で小型で戦術的なものであれば、必ずしも憲法上、禁じられていない」

 二〇〇二年五月、インドとバキスタンによる核開発競争が過熱していた際、安倍晋三首相(当時は官房副長官)は早稲田大学での講演でこう述べている。この時、知日派のアーミテージ国務副長官(当時)が米政府内で政治問題化することを未然に防いだことはあまり知られていない。

 仮に、口には出せない思惑≠ェあったとしても 「(核武装は)大いに議論しないといけない」(中川昭一自民党政調会長)といった情報発信に際して、日本は細心の注意を払う必要がある。何かと理屈をつけて日本の本音を探ろうとする勢力に「痛くもない腹」を探られて困ることになるのはほかでもない、日本自身だからである。
(編集委員 春原剛)
(日経新聞夕刊 20061024)

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「核の冬」理論

「核の冬」理論の概要
 「核の冬」理論とは、全面核戦争が起きた場合、核爆発の直接的影響だけでなく、間接的に生じる急激な寒冷化など、地球規模での環境の激変により、人類や生態系が危機に陥ることを明らかにした理論である。一九八三年末の「サイエンス』誌に、カール・セーガンら五人の研究者によってはじめて発表されたこの理論は、その後多くの研究を通じて肉付け、確証され、核兵器に対する批判的な世論が国際的に高まる要因となった。

 その概要は次のようなものである。全面的核戦争は、大規模な火災により生じた大量の煙とすすにより、暗黒、寒冷、暴風の発生など地球環境の劇的な変化をもたらす。

大陸内部では数十度Cもの気温低下が生じるなど、急激な寒冷化が大規模に起こり、多くの生物が死滅する。さらに、有毒ガスや放射能による汚染、飲料水不足や食糧不足が人類を襲う。日差しが戻っても、オゾン層破壊による有害な紫外線が大量に降り注ぐ。

また、社会的には伝染病や精神障害が蔓延するが、それらを防止できる医療システムはすでに崩壊している。こうして、核爆発直後に生じる熱線、爆風、一次放射能などの直接的短期的影響による死を免れて生き残った人々にとっても、核戦争後の世界は生き地獄のごとき環境が残されているに過ぎず、人類や地球上のあらゆる生物が生存の危機を迎えることになる。

 「核の冬」理論の発見と承認 
 「核の冬」研究の契機は、スウェーデンの環境科学雑誌「アンビオ』の特集号に求められる。一九八二年、『アンビオ』誌の女性編集長ピーターソンは、核戦争が環境にもたらす影響に関する特集号を企画した。彼女はその中の大気環境への影響に関する研究と執筆をドイツの大気科学者クルッツェンに依頼した。当初、彼は気が進まなかったが、熱心な説得を受け入れてアメリカのバークスと連名の論文「核戦争後の世界──真昼でさえ暗く──」を提出した。

この論文で、彼らは核戦争が多数の大火災を発生させ、それがもたらす大量の煙やすすによって真昼でも薄暗い状態が広範囲に長期間にわたって続くことを明らかにした。

 クルッツェンらの論文を読んだセーガンは、核戦争が急激な気温低下をもたらすのではないか考えた。なぜなら、NASAの宇宙探査の中心メンバーであった彼は一九七一年に火星で猛烈な嵐によって舞い上がった砂塵が気温を急激に低下させたことを観測していたからである。こうして一九八三年末アメリカの「サイエンス』誌に、セーガンら五人の研究者による論文「核の冬──多数の核爆発による地球的影響──」が発表された。これは後に五人の頭文字をとってTTAPS論文と呼ばれるようになった。

この論文では、核弾頭数、総爆発威力、爆発高度、爆発対象など、条件の異なる十八の核戦争シナリオを想定し、核戦争後の気温変化について一次元モデルを用いた予測を行い、多くの場合、地球規模の急激な気候変動が生じることを示した。基準シナリオでは、当時世界に存在した核兵器の約三分の一に相当する核弾頭約一万発、総爆発威力五〇〇〇メガトンが使用され、その二〇パーセントが都市や産業目標に向けられたとされた。

その場合、都市や森林などの炎上で生じる二・二五億トンの煙やすすによって日光が吸収されて薄暗くなると共に、二〇〜三〇日後には北半球の平均気温は四〇度C近くも低下し、寒冷化した氷結の世界が訪れることが示された。

さらに、煙やすすが次第に降下して地上が明るさと気温を回復しても、核爆発で発生する種々の気体によってオゾン層が破壊されているため、以前の二倍もの有害紫外線が降り注ぐという新たな危険が待っていることが示された。

わずが一〇〇〇発、一〇〇メガトンを使用する核戦争でも、それらが都市や工場地帯を標的にして使用された場合、類似の現象が起きることも明らかにされた。

こうして、それまで考えられていた核攻撃が爆心地周辺にもたらす熱風、爆風、放射能などによる直接的影響だけでなく、全地球、全人類が壊滅的状況に追い込まれるような「核の冬」の到来を示す理論が発見されたのである。

 また、「核の冬」によってもたらされる環境変化の下で人間や生物が受ける影響について、スタンフオ一ド大学のエーリッヒやコーネル大学のハーウェルら、生物学者を中心とする二〇人の研究者による論文「核戦争による生物への長期的影響」がTTAPS論文の姉妹編として発表され、次のようなことが明らがにされた。

核戦争後の世界においては、生態系は壊滅的状態に陥り、農業や牧畜はできなくなり、あらゆる社会的機能は麻痺状態に陥る。こうして、核戦争直後に生き残ることができた世界人口の五〇〜七五パーセントに当たる人々は、低温、暗黒、暴風の激烈な環境下で生きねばならず、その後には強烈な紫外線による視力障害や失明、皮膚癌の恐怖に襲われる。

それらに、住居、燃料、食糧、飲料水、医療などの欠乏、放射能汚染、精神病、伝染病などが加わり、生き続けることが極めて困難な状況にまで追い込まれる。

 「核の冬」の発見は世界に衝撃を与えた。「水爆の父」テラーや中性子爆弾の発明者コーエンら、一部の研究者は「核の冬」に対して批判的な見解を表明したが、アメリカの国立大気研究センターのコーヴィ一ら、ソ連のアカデミー計算センターのアレクサンドロフらのグループは、それぞれ独自に、精密な三次元大気大循環モデルを用いて「核の冬」理論が基本的に正しいことを追認した。

さらに、これらの研究によって、海洋部よりも大陸内部の気温低下が大きく、特にユーラシア大陸や北米大陸の内部では所によっては四〇〜五〇度C以上もの激しい気温低下が発生し、真夏でもこれらの大陸の大部分が零度C以下になることが示された。また、大陸と海洋の間の大きな気温差の発生により海岸地帯で猛烈な嵐が吹きすさぶなどの気象変化が発生することも示唆された。

 その後も、米国科学研究委員会やカナダ王立協会も基本的に「核の冬」の正当性を追認する結論を得た。さらに、国際学術連合(ICSU)の環境科学委員会(SCOPE)は世界の約三〇〇名の科学者によって構成された「核戦争の環境影響」(ENUWAR)プロジェクトを設置し、ほぼ二年間に及ぶ検討の結果、一九八五年九月に二巻五〇〇頁にもなる大部の報告書を作成した。

ここでも基本的にはそれまでの研究結果と同様の結論が得られ、より詳細な検討が加えられた。こうして「核の冬」理論は国際的にも広く承認され、その後の核軍縮への大きな契機となったのである。〔和田 武〕
(田畑忍編著「近現代世界の平和思想」ミネルヴァ書房 233-236)

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◎「日本が核兵器の脅威をなくしていこうと真剣に考えるなら、本来とるべきは新しい核兵器保有国を許さないのはもちろん、核兵器の廃絶へ積極的に行動すること」と。