学習通信061101
◎きっとその母親も泣いている……

■━━━━━

泣きに泣く子ども

 私が保母一年生のとき、一番深く私になついた子どもは、入園から一ケ月、泣きに泣きとおした子どもである。

 大きな目に涙をいっぱい浮かべ、いかにもかなしそうに、いかにもうらめしそうに私をみつめて泣いた。

 私は毎日、毎日、来る日も来る日も、泣くこの子をだいた。男の子であった。私はまるで私の子どもが泣いている錯覚におちいった。

 いつしかこの子は、払をいつも目で追い、したうようになった。おとなしく弱々しい子であった。どんなにか母親にいつくしまれてきた子であったろうか。

 そのうちこの母親は、私をこのうえもなく信頼するようになった。
 この子のいとこも入園してきたが、この子もいっそうはげしく泣いた。だきとった私の髪の毛をむしった。顔をひっかいた。それでも私はこの子をいとおしく思ってだき、手をはなさず、庭をあるいた。やがてこの子も、私を誰よりもしたう子になった。

 先の子どもの妹も、この子の妹もつづけて入園したが、もう入園する前から私を知り、私がすきであった。この子の母親も年をとっていた私がすきになってくれた。私は話をせずともその顔でわかった。そしてその信頼の感は何年たってもかわらず、多分一生のものとなるであろう。

 八年後私はこの地をはなれ深谷にきて、さらに十数年たって私たちは再会した。そしてその感を深くした。最初に泣いたその子の母親は、わざわざ私を深谷にたずねてくれた。あれからすでに三十四年、四十歳に近いその子であっても払はいまもなおその頃の子どもの姿がはっきり思い出され、いとおしく思うのだ。

 それ以来、私は入園時に泣く子どもたちをとくにいとおしく思うようになった。母をしたって泣きに泣く子を心がらいとおしいと思うのである。

 のちに、さくらんぼ保育園で預かった自閉症児が、母親が保育園に勤めはじめたとき、母親のそばを離れず、担任の保母がよぶと泣きに泣いてぐずった。保母は困って、これでは母親に保育園に勤めることをやめてもらうより仕方がない、とさじを投げているふうを私はみてとり、さっとその子を抱き、遠い庭に向かってあるいた。

 私はことばのまだ少ないこの子が、母をしたって泣くようになったことを喜び、同時に心からいとおしくなったのである。

 すると、この子は私の胸の中でおとなしくなった。下におろし、手をつなぎ散歩にゆくと、もう二人の心はひとつになってしまうのであった。ふしぎな感情である。

 ひとまわりしてかえると、もう母親をおわず、食事になり、今まで一年間担任した保母が来ても拒否し、私を指さし、私のそばをはなれようとしないのであった。担任の保母は深く学んだといった。翌日からもう担任の保母とあそぶようになったのであった。

 最近、入園したある二歳の子が、やはりことばがおそく、しかも泣きに泣いて、一日中泣きやまぬのである。ちょうど『さくらんぼ坊や』パート3を撮影中で、この子の泣き声のため、録音がとれず困っている、ときいたので私はいってみた。すでに一ケ月になるが、まだ泣きつづけていた。先生たちはあきらめているふうであった。とても他の子も大変で、この子だけに手がけられない、とも、ある保母はいった。

 私はこの子を背に負い、あるいた。すると少しあるいただけでもう泣きやんだ。私はこの子をおろし、こんどは手をにぎり一緒にあるいた。私はこの子が心からいとおしいと思った。そして名前をよんだ。保母たちは、この子はオーム返しで、名前をよぶとそのとおりいい、また返事はしないといっていた。私は名前をよんでから「ハーイ」とおしえると「ハーイ」といった。また名前をよんでから私が「ハーイ」というと同じく「ハーイ」といった。

 「○○ちゃん」「ハーイ」「○○ちゃん」「ハーイ」とまるでうたうようにいいながら歩いた。いつの間にか彼は笑顔になり、そして名前をよぶともう「ハーイ」と返事をするのである。若い保母たちはおどろいた。

 翌朝、この子が登園する姿をみるや、私はとび出し、「○○ちゃん!」とよぶと「ハーイ」ともう返事をし、私にむかってにこっと笑い、もう泣かずに母親とわかれたのである。私はもう大勢の園児の中でこの子をおぼえ、忘れることがない。

 問題の子ども、保母が手古ずる子どもを、私はだく。どんな子どもも私は、だけばもういとおしくてたまらなくなる。そして子どもも私を忘れなくなる。

 子どもが泣いているときは、きっとその母親も泣いているのである。
 子どもが笑うようになれば、母親も安心して私たちに笑顔で信頼の情をよせる。こうした信頼の情は一生つづくものである。

 私は子どもがはげしく泣くとき、私もともに子どものかなしい気持をおもって泣く。きっと、母親の気持になるのかもしれない。このことが、子どもが私に心をゆるし、信頼をもってくれるゆえんであろうか。
(斉藤公子著「子育て」労働旬報社 p165-168)

■━━━━━

児童虐待相談三万八〇〇〇件
昨年度全国市町村
支援組織3割末設置

 全国の市町村が二〇〇五年度に受け付けた児童虐待の相談が三万八千百八十三件たったことが三十一日、厚生労働省の調査で分かった。相談窓口を児童相談所に加え市町村にも広げた改正児童福祉法が○五年四月に施行されて以降、初めて取り組み状況をまとめた。また虐待防止を目的に自治体が関連機関とつくる支援組織は三割の市町村が未設置たった。

 調査は全国千八百四十三市区町村の状況をまとめ、同日聞かれた「児童虐待防止対策協議会」で結果が報告された。改正児童福祉法は児童相談所に集中していた相談窓口を市町村にも設け、相談所が深刻な事例に対応できるようにした。相談を受けて、市町村が親への指導など具体的な対応策をとったケースは、法改正前に各地域の福祉事務所などが受け付けていた繰り越し分も含めて四万二百二十三件あった。

 同省は市町村と相談所の機能分担について「少しずつ仕分けができはじめていて、法改正の一定の効果があった」と分析している。

 一方、虐待防止を目的に市町村が学校や医療機関などとつくる支援組織の「要保護児童対策地域協議会」や「虐待防止ネットワーク」は、○六年四月一日時点で全体の六九%の千二百七十一市町村が設置済みで、前年六月一日時点から一八ポイント上昇した。

 地域別にみると、山形、神奈川、大阪など六府県が全市町村で設置済みの一方、福島は七割以上の市町村が未設置たった。

 また八割の市町村が相談実施で困難な点として「専門性のある人材の確保」を挙げており、人材不足に悩む自治体が多いことも明らかになった。
(日経新聞 20061101)

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
◎「私は子どもがはげしく泣くとき、私もともに子どものかなしい気持をおもって泣く」と。