学習通信061225
◎格差の何が悪い……

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はじめに

 いまから八年前、私は『日本の経済格差』(岩波新書、一九九八年)という本を書きました。その本の中で、日本がかつてのような一億総中流の時代ではなくなっているということを指摘しました。一九八〇年代までは、日本の社会において貧富の格差が少なく、ほとんどの人が中流であるという意識を持っていました。しかし、そうした時代は終わり、日本は貧富の格差が拡大しているということを述べたのです。

 この本が出版されるや、様々な反響がありました。私の主張をめぐって論争も起きました。私の考えを支持する論。あるいは、統計の取り方がおかしいなどと批判する論。また、経済学に限らず、様々な学問領域で格差をめぐって多くの論が展開されました。

 格差社会への関心が高まってきたことに応じて、マスコミやシンクタンクが国民にアンケート調査を行うようになりました。「日本では格差拡大の現象が起きていますか」という問いに対して、現在ほとんどの調査において七〜八割の人が、「そう思う」と答えています。国民の多くが日本社会の格差拡大を実感する時代になっているのです。

 今日そうした時代の中で、格差をめぐって、再び論争が起きています。そのきっかけは、二〇〇六年一月に内閣府が、格差の拡大は日本が高齢化していることによる「見かけ上の問題」とする見解を公表したことにはじまります。この内閣府の見解をめぐって、格差は拡大しているのか、あるいは格差は「見かけ」にすぎないのか、といった論争が繰り広げられています。

 しかし、今回起きている論争は、かつての論争とは違った性質を持っているのではないかと、私は考えています。はからずも、小泉首相が国会で述べた言葉が、それを端的に表しています。

 「格差はどこの社会にもあり、格差が出ることは悪いことではない」
 「成功者をねたんだり、能力ある者の足を引っ張ったりする風潮を慎まないと社会は発展しない」

 この「格差の何が悪いのか」「格差が拡大してもいいではないか」といった考え方が、今日起きている論争の特徴です。この考え方は、一億総中流ではなくなった、いや、格差は広がっていないというような論争よりも、はるかに社会の根幹にかかわる性質のものであると理解します。しかも、首相をはじめ指導者層がそう主張しはじめたという点も重要です。

 こうした現象の背景にあるものは何か。こうした現象をどう考えたらいいのか。そうしたことを、本書の中で論じていきたいと思います。
(橘木俊詔著「格差社会」岩波新書)

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「格差社会」とはどういう問題なのか

 「格差社会」とはなにか。よく見る説明は、国民の間での所得、消費、資産の格差が大きくなっている社会のことだ、というものです。しかし、そうした説明だけでは、日本でいま問題となっている「格差社会」の意味を十分明らかにできないでしょう。日本社会は以前から不平等な社会でしたし、高成長期でさえけっして豊かでも平等でもなかったからです。

 こんにち「格差社会」が問題となっているのは、とりわけ次のような意味においてです。

 @財界が日本的経営の転換を提唱した一九九五年以降、とくに小泉内閣が新自由主義の諸政策を推進するようになった二〇〇一年以降、国民の間での不平等の拡大が大規模かつ急速にすすむようになった。

 Aそこでは、少数の突出した富裕層が形成される一方で、労働者をはじめとする国民の大多数が、その労働・生活条件を切り下げられるようになり、国民の多数をしめていた中流階層は姿を消すようになった。

 B重大なのは、非正規雇用の拡大やフリーターの増加によって、社会の底辺に、膨大な貧困・失業層が驚くべきスピードで累積されるようになった。

 C金持優遇税制の実施、社会保障・社会福祉の改悪、規制緩和と民営化の推進、など、一連の新自由主義的政策は、労働者・国民の貧困状態をいっそう悪化させてきた。

 D「勝ち組」と「負け組」への社会の二極分化がすすむなかで、親の所得や職業が子どもの将来(教育、就職、結婚など)に非常に大きな影響を及ぼすようになった。子どもたちや青年たちに機会均等が保障されなくなり、いったん「負け組」になると、そこからなかなか抜け出せなくなった。

 E国民の問での急速な不平等の拡大とその固定化は、将来への国民の不安を高め、その希望を打ちくだくようになった。それとともに、子どもや高齢者をまきこんでの自殺が多発し、青少年犯罪が横行するようになった。

 F今日の日本は、国際的に見ても、アメリカに次いでもっとも国民の貧困率が高い国になってしまった。

 要するに、「格差社会」といういささか曖昧な表現で今日問題となっているのは、市場万能主義の政策のもとで、国民の「勝ち組」と「負け組」とへの分裂と、大多数の国民の貧困化が、台風のような荒々しさですすんでいる、という問題なのです。

──略──

焦点となった「非正規」とフリーターの状態改善

 「格差社会」を是正していくうえで、いま焦点となっているのは、「非正規」労働者とフリーターの状態改善です。

 「非正規」労働者は、いま大変な勢いで増え続けています。一九九六年から二〇〇六年までのI〇年間に、正規労働者が四六〇万人減少しているのに対し、非正規労働者は六二〇万人もふえて、一六六三万人にのぼっています。すでに被雇用労働者の三三・二%、およそ三人に一人は非正規になっていますが、この調子でいくと、「正規は従業員の二割程度でよい」とする財界戦略がそのまま現実となってしまいそうです。

 「非正規」のなかには、パート、アルバイト、契約、嘱託、派遣、請負、期間工、外国人労働者など、実に多様な雇用形態の労働者たちがいますが、そのほとんどは、「正社員の三分の一以下」といわれる低賃金で、働いていながら半分失業しているような状態におかれている労働者、いわゆるワーキング・プアです。これらの労働者は「非正規」などという不当な呼び方をされていますが、多くの場合、職場では仕事の中心的な担い手となっています。「正規」労働者以上に仕事のプロになっている「非正規」労働者や、管理・監督の仕事まで責任をもたされている「非正規」労働者も少なくありません。そうした役割の増大とは裏腹に、「非正規」に対する人権無視の差別的支配が露骨な形で横行しているのです。長時間労働と労災多発の職場で働く「非正規」労働者は、健康と生命を守ることにも大きな不安をいだいています。

 フリーターもふえる一方です。二〇〇三年の『国民生活白書』では、一五〜三四歳のフリーターを四一七万と推定しましたが、その数はさらに膨らんで、いまではフリーター・無業者層は五五〇万人、若者全体のニ八・七%にのぼると推計されています。二〇〇五年の学卒者の就職状況を見ても、高卒者と大卒者のおよそ五人に一人がフリーターか失業者になってしまうという状況なっています。これに、中途退学者が増えていることや、就職しても短期間で辞めてしまう若者が増えていることなども計算にいれると、毎年五〇万人ちかい青年が新たにフリーターの仲間入りをしていると推計されています。

これら若者たちのほとんどが、「正規」労働者として就職したいと切実に願っていますが、多くの企業経営者は、正規労働者として(さらには非正規労働者としても)フリーターを雇うつもりはないと言っています。こうして、日本の未来を担う多くの若者たちが、極端に不安定な就業と失業との間を行き来しながら、結婚することも子どもを生み育てることもできない貧困のなかに閉じこめられたまま、年をとっていくという事態が進行しています。

 膨大な数の「非正規」労働者とフリーターの若者たちは、自らの健康と生活を維持することさえ困難な状態におかれているのです。さいきんの「景気回復」で求人は増えていますが、その多くは「非正規」ですし、全体として労働者の生活改善にはつながっていません。「非正規」の増大は、労災の激増、企業不祥事の多発、熟練継承の断絶、技術開発の立ち後れ、職場モラルの低下など、職場のさまざまな矛盾を噴出させ、日本経済の基礎を根底から揺るがせる要因になっています。それがまた、社会保障の破綻、治安の悪化、社会不安の増大につながっていることは、言うまでもありません。

「格差社会」の是正と○七春闘の課題

 それでは、「非正規」労働者やフリーターが大量に生み出されている原因は何でしょうか。「格差社会」をつくりだした犯人は誰でしょうか。
 はっきりしていることは、大企業がコストを減らし収益を増やすことばかり考えて、雇用する人員を削減し、正規労働者を「非正規」労働者におきかえてきたことです。そのことが、青年たちからまともな職場を奪ったのです。

 大企業がそういう政策をとれるのは、歴代の自公政権(退陣した小泉内閣やいまの安倍内閣)が大企業の応援をして、不安定な低賃金労働者を増やす政策をとってきたからです。政府は、派遣や請負という、労働者の賃金のピンハネをする雇用さえ、広く認める政策をとってきたのです。

 忘れてならないは、「非正規」雇用を増やす政策をとるよう政府に迫ったのは、日本の大企業だけではなかったことです。アメリカの大企業と政府も、規制緩和を要求するという形で、そのことを日本政府に強く要求してきました。自国企業が日本に上陸したときに、労働者を安く雇用できるようにするためです。

 ですから、「格差社会」を是正するためには、なによりも、@大企業の雇用政策を改めさせること、A自公政権の規制緩和政策を転換させること、Bアメリカの日本の政治への介入をやめさせること、が必要です。○七春闘では、「偽装請負」是正などのたたかいを突破口に不安定雇用の改善を勝ちとるとともに、底辺からの賃上げのたたかいを大きく前進させる必要があります。
(『学習の友 07春闘別冊』p31-37)

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正規・非正規の収入格差
既婚率にも影響

 正社員と非正社員の収入格差が既婚串にも影響を与えている─。情報労連(連合加盟)・NTT労組の自治体議員団がこのほど実施したアンケート調査「中小企業労働者・非典型労働者の仕事と生活」でわかりました。

 それによると、賃金では正社員の平均年収は三百七十万円、フルタイム非正社員は百九十一万円と約百八十万円の格差があります。三十代の男性でみると、正社員は三百九十万円、フルタイム非正社員は二百五十二万円で、既婚率はそれぞれ63%、45・6%と20%近くの差があります。

 一時金や年次有給休暇、社会保険の有無では、同じ正社員でも企業規模間で差があります。

 一時金があると答えた正社員は全体では79・8%ですが、うち十人未満の企業では62・3%。年休は正社員全体では76・2%ですが、うち十人未満は49・8%。社会保険はそれぞれ92%と80・5%です。

 労働時間では、正社員の方が非正社員よりも長く、不払い残業も多くなっています。拘束時間は正社員が九時間五十四分、フルタイム非正規が九時間一分。パート非正社員は、四時間台から八時間台と多様です。不払い残業がある正社員は全体では31%で、十人未満の企業では38・3%と小規模ほど多くなっています。フルタイム非正社員は14・6%、パートタイム非正社員は11%です。

 男性二十代のフルタイム非正社員の七割が「正社員になりたい」と回答し、非正社員で働いている理由の第一は「正社員の仕事がなかったから」となっています。

 調査対象は、百人未満の中小企業の正社員千九百四十四人と、パート、派遣、契約など非正社員千九百六十七人です。
(「赤旗」20061225)

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◎「「格差社会」といういささか曖昧な表現で今日問題となっているのは、市場万能主義の政策のもとで、国民の「勝ち組」と「負け組」とへの分裂と、大多数の国民の貧困化が、台風のような荒々しさですすんでいる、という問題」と。