学習通信070118
◎減災の発想……

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潮流

神戸の三ノ宮駅を降り、海辺の方へ。市役所横の遊園地の一角に、火がともっています。ガラス箱に収められた「1・17希望の灯り」です

▼阪神淡路大震災の遺族やボランティアの提案で、二〇〇〇年にともされました。種火は、被災した二十市町村をめぐってきた火と、四十七都道府県から寄せられた火です。次のような碑文を彫ってあります

▼「1995年1月17日午前5時46分 阪神淡路大震災/震災が奪ったもの 命仕事団秦街並み思い出/……たった一秒先が予知できない人間の限界……/震災が残してくれたもの やさしさ 思いやり 絆 仲間/この灯りは 奪われたすべてのいのちと/生き残った わたしたちの思い出を むすびつなぐ」

▼あの日から、きょうで十二年。六甲山が迫る神戸の街に、新しいビルがところによっては窮屈なほど立ち並びます。しかし、被災者むけ公営住宅での孤独死は、昨年だけで六十六人。昨年末までに四百六十二人が人知れず亡くなっています

▼阪神淡路大震災のあと、新しい考え方が生まれました。巨大な地震などの被害を完全に防ぐのはむずかしい。被害のもっとも生じやすいところに予防策を集中し、被害を最小に抑えよう。「減災」といいます

▼さまざまな意見があるでしょう。もし行政と市民が、減災の発想で防災街づくりをすすめるにしても、「希望の灯り」が教えています。人を孤立させない「思いやり」や「絆」を大切にする行政、街づくりなくして、防災力は語れない−。
(「赤旗」20070117)

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春秋

 ダイヤモンドに目がくらんだお宮を足蹴(あしげ)にして貫一がいう。「1月の17日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処(どこ)でこの月を見るのだか」。おなじみの『金色夜叉』にちなんで熱海市ではきょう「紅葉祭」がある。

▼凍(い)てつく冬空から冴(さ)えざえと地上を照らす月の光がなければこの小説の一場がこれほど人々に親しまれることもなかったろう。日ごとに満ちては欠けて昇る月の姿は人の歳月と心象を映す鏡である。「年ごとに月の在りどを確かむる歳旦(さいたん)祭に君を送りて」。今年の歌会始のお題の「月」によせた皇后のお歌である。

▼阪神大震災から12年がたった。身を切る寒さと瓦礫(がれき)の山のなかにかけがえのない家族や友人を失った人々にとって、灯の消えた街をこうこうと照らすこの季節の月明かりは悲しみと不条理の象徴にほかならない。「白梅や天没地没虚空(こくう)没」。95歳で被災して生き延びた俳人の永田耕衣はその時をこう詠んだ。

▼復興から自立へ街は光を取り戻した。歳月は被災者の住宅再建や生活支援に向けた制度の整備をすすめた。ボランティア活動の広がりやネットを通した情報の共有など大災害に伴う新しい地域のきずなも育てたが、命を守る都市の姿はまだ見えない。体験の風化のなかで鋭い冬の月が照らす廃墟(はいきょ)の記憶を忘れまい。
(「日経」20070117)

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第八章

 打霞(うちかす)みたる空ながら、月の色の匂滴(にほひこぼ)るるやうにして、微白(ほのじろ)き海は縹渺(ひようびよう)として限を知らず、譬(たと)へば無邪気なる夢を敷けるに似たり。寄せては返す波の音も眠(ねむ)げに怠りて、吹来る風は人を酔はしめんとす。打連れてこの浜辺を逍遙(しようよう)せるは貫一と宮となりけり。

「僕は唯(ただ)胸が一杯で、何も言ふことが出来ない」
 五歩六歩(いつあしむあし)行きし後宮はやうやう言出でつ。
「堪忍(かんにん)して下さい」
「何も今更謝(あやま)ることは無いよ。一体今度の事は翁(をぢ)さん姨(をば)さんの意から出たのか、又はお前さんも得心であるのか、それを聞けば可(い)いのだから」
「…………」
「此地(こつち)へ来るまでは、僕は十分信じてをつた、お前さんに限つてそんな了簡(りようけん)のあるべき筈(はず)は無いと。実は信じるも信じないも有りはしない、夫婦の間(なか)で、知れきつた話だ。
 昨夜(ゆふべ)翁さんから悉(くはし)く話があつて、その上に頼むといふ御言(おことば)だ」

 差含(さしぐ)む涙に彼の声は顫(ふる)ひぬ。
「大恩を受けてゐる翁さん姨さんの事だから、頼むと言はれた日には、僕の体(からだ)は火水(ひみづ)の中へでも飛込まなければならないのだ。翁さん姨さんの頼なら、無論僕は火水の中へでも飛込む精神だ。火水の中へなら飛込むがこの頼ばかりは僕も聴くことは出来ないと思つた。火水の中へ飛込めと云ふよりは、もつと無理な、余り無理な頼ではないかと、僕は済まないけれど翁さんを恨んでゐる。
 さうして、言ふ事も有らうに、この頼を聴いてくれれば洋行さして遣(や)るとお言ひのだ。い……い……いかに貫一は乞食士族の孤児(みなしご)でも、女房を売つた銭で洋行せうとは思はん!」

 貫一は蹈留(ふみとどま)りて海に向ひて泣けり。宮はこの時始めて彼に寄添ひて、気遣(きづかは)しげにその顔を差覗(さしのぞ)きぬ。
「堪忍して下さいよ、皆(みんな)私が……どうぞ堪忍して下さい」

 貫一の手に縋(すが)りて、忽(たちま)ちその肩に面(おもて)を推当(おしあ)つると見れば、彼も泣音(なくね)を洩(もら)すなりけり。波は漾々(ようよう)として遠く烟(けむ)り、月は朧(おぼろ)に一湾の真砂(まさご)を照して、空も汀(みぎは)も淡白(うすじろ)き中に、立尽せる二人の姿は墨の滴(したた)りたるやうの影を作れり。

「それで僕は考へたのだ、これは一方には翁(をぢ)さんが僕を説いて、お前さんの方は姨(をば)さんが説得しやうと云ふので、無理に此処(ここ)へ連出したに違無い。翁さん姨さんの頼と有つて見れば、僕は不承知を言ふことの出来ない身分だから、唯々(はいはい)と言つて聞いてゐたけれど、宮(みい)さんは幾多(いくら)でも剛情を張つて差支(さしつかへ)無いのだ。どうあつても可厭(いや)だとお前さんさへ言通せば、この縁談はそれで破れて了(しま)ふのだ。僕が傍(そば)に居ると智慧(ちゑ)を付けて邪魔を為(す)ると思ふものだから、遠くへ連出して無理往生に納得させる計(はかりごと)だなと考着くと、さあ心配で心配で僕は昨夜(ゆふべ)は夜一夜(よつぴて)寐(ね)はしない、そんな事は万々(ばんばん)有るまいけれど、種々(いろいろ)言はれる為に可厭(いや)と言はれない義理になつて、若(もし)や承諾するやうな事があつては大変だと思つて、家(うち)は学校へ出る積(つもり)で、僕はわざわざ様子を見に来たのだ。

 馬鹿な、馬鹿な! 貫一ほどの大馬鹿者が世界中を捜して何処(どこ)に在る 僕はこれ程自分が大馬鹿とは、二十五歳の今日まで知(し)……知……知らなかつた」

 宮は可悲(かなしさ)と可懼(おそろしさ)に襲はれて少(すこし)く声さへ立てて泣きぬ。
 憤(いかり)を抑(おさ)ふる貫一の呼吸は漸(やうや)く乱れたり。

「宮(みい)さん、お前は好くも僕を欺いたね」
 宮は覚えず慄(をのの)けり。
「病気と云つてここへ来たのは、富山と逢ふ為だらう」
「まあ、そればつかりは……」
「おおそればつかりは?」
「余(あんま)り邪推が過ぎるわ、余り酷(ひど)いわ。何ぼ何でも余り酷い事を」

 泣入る宮を尻目に挂(か)けて、
「お前でも酷いと云ふ事を知つてゐるのかい、宮さん。これが酷いと云つて泣く程なら、大馬鹿者にされた貫一は……貫一は……貫一は血の涙を流しても足りは為(せ)んよ。
 お前が得心せんものなら、此地(ここ)へ来るに就いて僕に一言(いちごん)も言はんと云ふ法は無からう。家を出るのが突然で、その暇が無かつたなら、後から手紙を寄来(よこ)すが可いぢやないか。出抜(だしぬ)いて家を出るばかりか、何の便(たより)も為んところを見れば、始から富山と出会ふ手筈(てはず)になつてゐたのだ。或(あるひ)は一所に来たのか知れはしない。宮さん、お前は奸婦(かんぷ)だよ。姦通(かんつう)したも同じだよ」

「そんな酷いことを、貫一さん、余(あんま)りだわ、余りだわ」
 彼は正体も無く泣頽(なきくづ)れつつ、寄らんとするを貫一は突退(つきの)けて、
「操(みさを)を破れば奸婦ぢやあるまいか」
「何時(いつ)私が操を破つて?」
「幾許(いくら)大馬鹿者の貫一でも、おのれの妻(さい)が操を破る傍(そば)に付いて見てゐるものかい! 貫一と云ふ歴(れき)とした夫を持ちながら、その夫を出抜いて、余所(よそ)の男と湯治に来てゐたら、姦通してゐないといふ証拠が何処(どこ)に在る?」

「さう言はれて了(しま)ふと、私は何とも言へないけれど、富山さんと逢ふの、約束してあつたのと云ふのは、それは全く貫一さんの邪推よ。私等(わたしたち)が此地(こつち)に来てゐるのを聞いて、富山さんが後から尋ねて来たのだわ」
「何で富山が後から尋ねて来たのだ」

 宮はその唇(くちびる)に釘(くぎ)打たれたるやうに再び言(ことば)は出(い)でざりき。貫一は、かく詰責せる間に彼の必ず過(あやまち)を悔い、罪を詫(わ)びて、その身は未(おろ)か命までも己(おのれ)の欲するままならんことを誓ふべしと信じたりしなり。よし信ぜざりけんも、心陰(こころひそか)に望みたりしならん。如何(いか)にぞや、彼は露ばかりもさせる気色(けしき)は無くて、引けども朝顔の垣を離るまじき一図の心変(こころがはり)を、貫一はなかなか信(まこと)しからず覚ゆるまでに呆(あき)れたり。

 宮は我を棄てたるよ。我は我妻を人に奪はれたるよ。我命にも換へて最愛(いとをし)みし人は芥(あくた)の如く我を悪(にく)めるよ。恨は彼の骨に徹し、憤(いかり)は彼の胸を劈(つんざ)きて、ほとほと身も世も忘れたる貫一は、あはれ奸婦の肉を啖(くら)ひて、この熱膓(ねつちよう)を冷(さま)さんとも思へり。忽(たちま)ち彼は頭脳の裂けんとするを覚えて、苦痛に得堪(えた)へずして尻居に僵(たふ)れたり。

 宮は見るより驚く遑(いとま)もあらず、諸共(もろとも)に砂に塗(まび)れて掻抱(かきいだ)けば、閉ぢたる眼(まなこ)より乱落(はふりお)つる涙に浸れる灰色の頬(ほほ)を、月の光は悲しげに彷徨(さまよ)ひて、迫れる息は凄(すさまし)く波打つ胸の響を伝ふ。宮は彼の背後(うしろ)より取縋(とりすが)り、抱緊(いだきし)め、撼動(ゆりうごか)して、戦(をのの)く声を励せば、励す声は更に戦きぬ。
「どうして、貫一さん、どうしたのよう!」

 貫一は力無げに宮の手を執れり。宮は涙に汚れたる男の顔をいと懇(ねんごろ)に拭(ぬぐ)ひたり。

「吁(ああ)、宮(みい)さんかうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言ふのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処(どこ)でこの月を見るのだか! 再来年(さらいねん)の今月今夜……十年後(のち)の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」
(尾崎紅葉「金色夜叉」新潮文庫 p64-69)

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◎「人を孤立させない「思いやり」や「絆」を大切にする行政、街づくりなくして、防災力は語れない−」と。