学習通信070511
◎古びた男女観が……

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生活ファミリー
DV男の見分け方

 相談数が年間五万件を超すなど配偶者や恋人からの暴力(ドメスティック・バイオレンス=DV)が社会間題になっているが、加害者の大半は男性だ。身体的・精神的な暴力を妻に浴びせる夫が生まれる土壌とは、そしてDV夫の特徴は何か。

エリート層も目立つ

 「私の場合は言葉の暴力でした」。会社員のA男さん(45)は過去二十年にわたる妻への威嚇行為を振り返った。妻は中学時代からの知り合いで学内ではあこがれの存在だった。A男さんはリーダー的なタイプ。そこが「男らしい」と妻は感じ、二人は恋愛結婚をした。だが、すぐにA男さんの言葉の暴力が始まる。

 最初は休日に遊びに出かけようとした時。ゆっくり型の妻は約束の時間になっても準備が整わない。A男さんは怒った。「ぐずだ」とののしり、一日中、不機嫌な態度をとった。「自分のいうことを聞かないとこれだけ怖いんだ」と、妻に思い知らせようとした。

 以来、気に入らないことがあるたびに「おまえを食わしてやってるんだ」と大声で怒鳴り、花瓶やコップを投げ、ゴミ箱をけった。火山の爆発のようだった。

 なぜ、このような行為をするのか。A男さんは「どこの家庭でもあること」と思っていた。父や祖父はよく取っ組み合いのけんかをした。子ども時代に目にした漫画やテレビドラマでは、立腹した父親がちゃぶ台をひっくり返す場面が毎回のようにあった。腕力で物事に決着をつける文化になじんでいた。実際、結婚後に妻の前でテーブルを一回、ひっくり返した。気持ちがよかったと述懐する。

 もう一つは「妻は教育するもの」という意識だ。勤め先は技術系の男職場で、妻をコントロールすることが大事と先輩から教わっていた。

 数年前から妻は体調を崩している。A男さんは自分の行為がDVだと知り、二年前から東京の市民団体・アウェア(山口のり子代表)が開くDV加害者の教育プログラムに参加。「償いの日々を過ごしている」

 ではDV男性にはどのような特徴があるのか、第一線の人たちの話に耳を傾けてみよう。

 離婚調停を通じDV事例を扱う弁護土の相原佳子さんは「意外にエリート層が多い」と指摘する。彼らはプライドが高く唯我独尊。理論が先行し、相手の身になって考えない。価値観の中心にあるのは経済力。お金を高く位置づけ、妻には必要最小限の生活費しか渡さない。預金通帳は夫が管理し妻には見せないタイプが目につくという。

 「携帯電話で相手の行動を拘束する男性が目立つ」と語るのは岡山市の特定非営利活動法人・さんかくナビの貝原己代子理事長。同法人は六部屋のシェルターを確保し、夫の暴力から逃れてきた妻らを受け入れている。

 携帯電話に即座に出ないと「何をしていたんだ」と怒り、行動を監視するのが典型。メールに返信しなかったという理由で殴られたという妻も少なくない。恋人間では「愛している」メールを毎日送れと強要する例もある。

古い男女観に浸る

 男を立てて女は後ろから支える。女はあくまで従順。演歌の歌詞に出てきそうな男女関係に、DV問題の根っこを見るのはアウェア代表の山口さんだ。妻に正しいことを教え導くという志向がDV夫には強い。妻が譲らず折れないと暴力的になる。最近は若い世代でも、つきあい始めた途端に男女が演歌的世界にはまり込むケースが散見され、山口さんは危惧している。

感情表現が苦手

 男性学の視点からDV問題にかかわる市民団体・メンズセンター(大阪)の中村彰さんは「泣くなどの感情発露が下手で、夫婦げんかなどを収束するコミュニケーション力に欠ける」とDV男性について話す。泣くのを我慢しろと教育されてきた結果、肝心なときに感情を素直に表せず、言葉より腕力に頼る結果になる。

 DV防止法の改正論議も盛んだが、古びた男女観が問題の背景にあることを忘れてはならない。(編集委員 須貝道雄)

●こんな男性は要主意
・テレビのチャンネル選択権を独占する
・「一人で生きていけないやつだ」と妻を見下す。
・しっと心からの暴力は愛情の深さだと言い訳する
・暴力を認めても、きっかけは妻がつくったと主張
・金銭に細かく、高収入でも妻に渡す生活費は少ない
・企業社会の効率的な動き方を家庭の妻にも求める

●DV男性の心理に詳しい武蔵野大学教授・小西聖子さんの話
 夫婦の間には様々な葛藤かある。夕食の支度をだれがするか、子どもの成績がふるわないがどうするかなど。文句や愚痴も言いたくなる。そして夫婦間でぶつぶつ語り合うなら、いずれは解決策も見えてくる。

 DVの問題は、こうした葛藤を解決する手段として暴力を選ぶことにある。例えば子どもの成績がふるわない責任を妻に押しつけ、「おまえがしっかりしていないからだ」と罰する形で
暴力をふるう。

 本来なら夫婦二人で背負うべきショックを他人の責任にする。この他罰的な傾向はDV男性に顕著だ。葛藤や不安を自分で受け止める大人になっていない。自分に余裕がないから、ちょっとした愚痴を自分への攻撃と受け止め、過度に反応する。

 自己中心的で妻を感情ある人間と見ていないのもDV男性によくある傾向。人と一緒に暮らしている意識に乏しい。家庭内では強く外では気弱という内弁慶タイプもある。
(「日経 夕刊」20070511)

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 現代日本のジェンダー問題の動向は、大づかみにいうと、三つばかりの潮流によって構成されている。

 まず第一の動きは、性差別や不平等の解消・克服をめざそうとするジェンダー・エクィティの運動である。

ジェンダー・エクィティの運動に歴史的画期をつくりだしたのは、一九七五年の国際女性年、七九年の女性差別撤廃条約の国連採択に遡(さかのぼ)る。この差別撤廃条約は日本では八五年に批准された。

男女平等の国際的な運動は同年のナイロビ世界女性会議、九五年北京会議、二〇〇〇年「国連女性二〇〇〇年会議」、○五年国連女性の地位委員会と続けられた。

これらの動きを背景にして、日本では雇用・賃金面での男女平等化への運動、DV禁止、セクハラ防止、また男女共同参画推進、最近では野村鐙券や住友企業系女性労働者たちの賃金・昇進差別是正を求める裁判闘争が進展し、男女平等を進める動きは、明らかに上げ潮の時代が続いている、といってよい。歴史の大きな流れから見ると、ジェンダー・エクィティはもはや押しとどめることのできない力と勢いを持つにいたった。

その意味で、現代日本のジェンダー問題の方向を左右する動きの第一は、男女平等派のイニシアティブのもとにある、といわなければならない。

 第二は、現代日本にそくしていうと、「構造改革」を推進する新自由主義的潮流である。新自由主義は、男女平等にとっては二面から新たな条件をつくりだしている。すなわち、一面ではジェンダー・エクィティの前進にとって有利な条件を呼び起こすと同時に、他面ではそれを阻む新たな格差・差別社会化をつくりだしている。

 まず第一の有利な条件とは、新自由主義が男女の形式的平等性を強めること、たとえば男女間の雇用均等、労働条件のイコール・フッティング化(平準化)を進めることである。この動きが起こるのは、新自由主義が資本と市場の論理を社会に徹底して、男女を同等に取り扱う傾向をもっているためである。この点については、後でもっと丁寧に見ていくことにするが、市場の中では、そして貨幣の前では、男女差とか人種差といった人間の属性差は無視され、老若男女を問わずすべての人は形式上平等な位置におかれるのである。

 だが同時に、新自由主義はいま一つ、平等とは逆の事態を呼び起こす。それは新たな格差社会化の推進である。新自由主義は、社会のあらゆる生活部面において、新たな不平等を呼び起こしたり、旧来からの不平等を再編・包摂し、増幅する傾向をもっている。現代日本におけるその具体的事例は、小泉構造改革のもとで進行した雇用・賃金・所得格差、資産・消費・学歴格差、さらに希望格差や健康格差の拡大といった問題群にあらわれている。男女間の不平等もこうした格差社会化の進展のなかに組み込まれ、再編されて再生産されることになるわけである。

 第三の動きは、新自由主義派と相互補完の関係にある保守派のそれ、いわゆるジェンダーフリー・バックラッシュ派の動向である。

バックラッシュ派の潮流はいかにも復古的な伝統的家族主義から比較的新しい近代的家族主義までの諸分派から構成されるが、全体としては伝統的ジェンダー保守派の流れとしてつかむことができる。

このグループは、男女間の性別役割分担を擁護し、母性・父性を強調し、したがって性分業家族の堅持を主張して、ジェンダー・エクィティの歴史的趨勢に逆らい、特に二一世紀になって以降、文字通りバックラッシュ(反動)の攻勢をかけてきた。

その一典型は、たとえば「新しい歴史教科書をつくる会」の西尾幹二・八木秀次『新・国民の油断』(PHP研究所)に見ることができる。この本のサブタイトルが「『ジェンダーフリー』『過激な性教育』が日本を亡ぼす」となっていることから推測されるように、伝統的ジェンダー保守派は、男女共同参画推進、家庭科教育、性教育等を標的として、「ジェンダーフリー・バッシング」に血道をあげてきた。

そのイデオロギー的性格は後に立ち入って見るが、これに類する論稿は、この数年間、『正論』や『諸君』などの右派系雑誌に、毎号のように掲載されてきている。

 以上の点をまとめると、要するに、現代日本にはジェンダー・エクィティ推進派、新自由主義派、バックラッシュ派の三潮流がひしめき、ぶつかりあい、時には合流して、男女平等の将来を決める磁場を形成している、ということである。
(二宮厚美著「ジェンダー平等の経済学」新日本出版社 p20-23)

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憲法対決の全体像をつかもう
――憲法改定派はどんな日本をつくろうとしているか
不破哲三社研所長の講演(大要) 下

家族と女性差別撤廃の問題と“靖国派”

 “靖国派”の攻撃が集中しているもう一つの分野は、家族や女性の地位にかかわる分野です。

 さきほど、“靖国派”の憲法改定案に、「わが国古来の美風である家族の価値」を国家が保護するという項目があることを紹介しました。この周辺では、自分たちの価値観を日本社会に押しつけようとする“靖国派”の横暴が、連続的にくりかえされています。

 ご承知のように、いま世界では女性差別の撤廃という問題は非常に大きな国際的な流れになっていて、一九七九年には女子差別撤廃条約が結ばれ、八五年には日本もこの条約を批准しました。そして、この条約にてらしてみると、日本の現在の制度にも、問題のある部分があちこちにあることが明らかになってきました。結婚した夫婦は、夫と妻がどちらか一つの姓を名乗らなければならない(民法第七五〇条「夫婦の氏」)とか、女性にたいしてだけ、離婚してから六カ月たたないと再婚が許されない、という規定がある(民法第七三三条「再婚禁止期間」)とかです。

 この二つの問題の解決については、九六年に、法相の諮問機関である法制審議会がとりあげて、民法改正案の要綱を決定するところまで来ていましたし、二〇〇三年には、国連の女性差別撤廃委員会から、日本にたいして民法改正の勧告も出されていました。

 実は日本の憲法は、この問題でもなかなか進んだ規定をもっているのです。結婚や家族の問題について、憲法にどう書かれているかというと、第二四条にこうあります。

 「第二四条〔家族生活における個人の尊厳と両性の平等〕(1) 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」。

 この条項には、男性という言葉も、女性という言葉もありません。両性の平等という立場をそこまで徹底させているわけです。憲法ですから、具体的な指示はありませんが、社会が発展して、男女の平等の関係がどのような形態にすすんだとしても、憲法がそれにちゃんと適応できるように書かれているわけです。この条の第二項は、配偶者の選択、財産権、相続などなどについての規定ですが、それについても「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と、その立場を一貫させています。私は、各国の憲法をいろいろ読みくらべてみましたが、現憲法のこの規定は、そのなかでもたいへん進んだものだと思います。

 ところが、民法の方は、これにくらべると、明治に決められたままで残っているところが、結構多いのです。だから、法制審議会でも民法改定の用意にとりかかったのですが、この前に立ちふさがったのが、「日本会議」などの“靖国派”でした。

女性差別撤廃への敵意から国連攻撃にまで進む

 まず、夫婦別姓問題からその経過をみると、この問題は、九〇年代の後半ごろから、世論のなかでも大きな問題になってきました。そして九八年には野党の民法改正案が超党派でまとめられ、二〇〇一年には自民党や政府のあいだでも前向きの動きが出てきました。しかし、日本会議の猛烈な反対運動で、自民党も政府も腰砕けになり、結局、改正の動きは〇二年につぶれてしまいました。

 女性の再婚禁止期間をなんとかしようという動きが大きな社会問題になってきたのは、最近のことです。禁止期間内に生まれた子どもさんが無戸籍になるという問題があって、これはなんとかしなければならない、ということで、自民党もかなり積極的に動きだしました。やはり“靖国派”の反対でつぶれましたが、今度は「日本会議」が大運動をするまでもなかったのです。政府と自民党の要(かなめ)を“靖国派”がにぎっているのですから、党の方は中川昭一政調会長が、政府の方は長勢甚遠法相が反対の声をあげ、その一声でお流れになりました。

 この分野で、続いていま何が問題になっているか、というと、話が、国連攻撃に移っているのです。そして、“靖国派”の最大の攻撃目標になっているのは、国連の決定に対応して、一九九九年、政府が国会に提案し採択された「男女共同参画社会基本法」です。“靖国派”は、最初は、この計画が「ジェンダー」(男女の社会的・文化的な性別を表す言葉)などの言葉を使うのがけしからんといって、この言葉を追放する“言葉狩り”を主な攻撃の内容としてきました。しかし、もともと「男女共同参画」という法律の名称そのものが、「ジェンダーの平等」という言葉の訳語なのですから、言葉の追放運動では、問題は解決しません。

 この矛盾に気づいたのか、最近では、「基本法」そのものが撃滅の目標になってきました。今年の二月、「日本会議」が“靖国派”の新しい組織「美しい日本をつくる会」を発足させました。その設立趣意書を読むと、社会や学校の乱れの原因はこの「基本法」にあるとして、「個人の人格を破綻させ家庭を壊す男女共同参画社会基本法を廃棄しなければ、遠からずわが国は亡国の危機に直面する」といった最大級の言葉で、「基本法」の廃棄をよびかけています。

“靖国派”にとっては、男女の平等とか女性差別の撤廃が、社会の大目標になること自体が、がまんのできないことなのです。“靖国派”のある女性議員は、その攻撃を直接国連に向けて、“国連が提唱した女性差別廃止の条約や児童権利条約が、日本の家族軽視や家族崩壊を導いた”などと、あからさまな国連非難の叫びをあげています。
(「赤旗」2007年5月10日)

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「美しい日本をつくる会」設立趣意書

皆様におかれましては、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、わたくしたちは、悠久なる歴史と伝統と美しき山紫水明の恵みに溢れた日本に生を享け、今日まで過ごしてまいりました。

これは先人たちの営々たる労苦の賜でございます。

ところが、昨今のわが国の状況をみますと、援助交際や中絶の権利を声高に叫び、学校では青少年の性の淪落を勧める内容が教育という名のもとで行われております。

その一方では、男らしさ・女らしさを否定し、伝統的な結婚を少子化の原因として敵視するような風潮さえ見られるようになってまいりました。
こうした社会や学校の乱れの原因は、共産主義的フェミニズムに根ざした男女共同参画社会基本法でございます。

個人の人格を破綻させ家庭を壊す男女共同参画社会基本法を廃棄しなければ、遠からずわが国は亡国の危機に直面することになりましょう。

わたくしたちには、先人たちから受け継いだ伝統と文化を次代の子供たちへと伝承し、次代の子供たちを心身ともに健全に育成する責務がございます。

わが国の伝統と文化を守り、次世代の心を育むために、「美しい日本をつくる会」を発足させることといたしました。

この国を再生させるには、国民一人一人の立ち上がりとその結集が不可欠であると存じます。

ここに、皆様のご理解とご協力を、衷心よりお願い申し上げます。

平成十八年十月吉日
共同代表
前鎌倉市議会議員 伊藤 玲子
ジャーナリスト 桜井 裕子
二期会会員ソプラノ歌手 森 敬惠

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◎「“靖国派”の攻撃が集中しているもう一つの分野は、家族や女性の地位にかかわる分野」と。