学習通信070517
◎その思い……

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峠三吉の代表作
「原爆詩集」の最終草稿公開へ

 「にんげんをかえせ」の言葉で知られ、自らも被爆した詩人の峠三吉が代表作「原爆詩集」の刊行直前、わら半紙に書き記した最終草稿が十五日、広島平和記念資料館(広島市)で初公開される。

 所有していたおいの峠鷹志さん(68)=東京都足立区=は「原爆の惨状を語る詩(の草稿)を見て、何か考えるきっかけにしてもらえれば」と話している。

 峠三吉は広島市で被爆し、原爆の悲劇が繰り返されることを危惧、肺病と闘いながら、一九五一年に原爆詩集を完成。二年後に三十六歳で死去した。

 詩集は、女優の吉永小百合さんが「ちちをかえせ ははをかえせ」の一節で始まる「序」を朗読することで知られ、今もその思いが詠み継がれている。

 最終草稿は、鷹志さんが自宅で昨年八月に見つけた。B4判のわら半紙四十一枚で、本人が青い万年筆で書いた詩に赤ペンや鉛筆で推敲(すいこう)を重ねた跡が多数ある。

 資料展は八月二十日まで、土、日、祝日を除き、同資料館の情報資料室で開催する。
(「日経」20070514)

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泣き叫ぶ耳の奥の声
音もなく膨れあかり
とびかかってきた
烈しい異状さの空間
たち篭めた塵煙の
きなくさいはためきの間を
走り狂う影
〈あ
にげら
れる〉
はね起る腰から
崩れ散る煉瓦屑のからだが
燃えている
背中から突き倒した
熱風が
袖で肩で
火になって
煙のなかにつかむ
水槽のコンクジー角
水の中に
もう頭
水をかける衣服が
焦げ散って
ない
電線材木釘硝子片
波打つ瓦の壁
爪が燃え
踵がとれ
せなかに貼りついた鉛の溶販〈〈う・う・う・う〉
すでに火
くろく
電柱も壁土も
われた頭に噴きこむ
火と煙
の渦
〈ヒロちゃん ヒロちゃん〉
抑える乳が
あ 血綿の穴
倒れたまま
──おまえおまえおまえはどこ
腹這いいざる煙の中に
どこから現れたか
手と手をつなぎ
盆踊りのぐるぐる廻りをつづける
裸のむすめたち
つまづき仆れる環の
瓦の下から
またも肩
髪のない老婆の
熱気にあぶり出され
のたうつ癇高いさけび
もうゆれる炎の道ばた
タイコの腹をふくらせ
唇までめくれた
あかい肉塊たち
足首をつかむ
ずるりと剥けた手
ころがった眼で叫ぶ
白く煮えた首
手で踏んだ毛髪、脳漿
むしこめる煙、ぶっつかる火の風
はじける火の粉の闇で
金いろの子供の瞳
燃える体
灼ける咽喉
どっと崩折れて

めりこんで

おお もう
すすめぬ
暗いひとりの底
こめかみの轟音が急に遠のき
ああ
どうしたこと
どうしてわたしは
道ばたのこんなところで
おまえからもはなれ
し、死な
ねば

らぬ


(峠三吉著「原爆詩集」青木文庫 p13-19)

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〈あ
にげら
れる〉