学習通信070521
◎学び、交流し、労働組合をつくってたたかう……

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──もう一人の、完全なブルジョアで反穀物法同盟のお気にいりの男、アンドリュー・ユーア博士は、別の側面をもらしている。彼は、大都市における生活は労働者のあいだの陰謀を容易にし、大衆に力を与えている、とのべている。

こういうところで、労働者が教育をうけない(つまり、ブルジョアジーにたいする服従を教えこまれない)ならば、彼らは物事を一面的に、悪意のこもった利己心の視点から見て、抜け目のない煽動家にすぐ誘惑される──いや、彼らは、自分たちの最大の恩人であり、質素で企業心にとむ有能な資本家を、ねたみ深い敵意をこめた目で見ることもあるであろう。ここではよい教育だけが助けになるのだが、それがなければ、国民的破産や、そのほかの恐ろしい事態がつづくに違いない。

なぜなら、よい教育がなければ労働者の革命が不可避だからである。そしてわがブルジョアが恐ろしがっているのも、まったく当然なのだ。

人口の集中は有産階級に刺激を与え、発展させるという作用をするが、それは同様に労働者の発展をもさらにいっそう急速にすすめる。労働者は自分たち全体を階級として自覚しはじめ、一人ひとりでは弱いけれども、集まれば一つの力になるということに気づく。

ブルジョアジーに頼らず、労働者とその社会的地位に固有の見方や観念がつくりあげられるようになり、抑圧されているという意識が生まれ、労働者は社会的、政治的重要性を獲得する。

大都市は労働運動の発生地であり、そこで労働者は、はじめて自分たちの状態についてふかく考えるようになり、その状態とたたかいはじめたのである。

大都市においてプロレタリアートとブルジョアジーとの対立がはじめてあらわれ、そこから労働者の団結、チャーティズム、社会主義が出発したのである。

大都市は、農村では慢性的な形であらわれていた社会という身体の病気を、急性のものに変え、それによってこの病気に固有の本質と、それとともに、それを治療する正しい方法とを、あきらかにした。

大都市と、社会全体の知性の発展をおしすすめる大都市の影響がなければ、労働者は今日の状態まで、なかなか到達しなかったであろう。

さらに大都市は労働者と雇用主とのあいだの家父長的関係の最後の痕跡をも破壊し、また大工業は、ただ一人のブルジョアに頼っている労働者の数を何倍にもふやして、その破壊を助けた。

ブルジョアジーは、もちろん、このことを嘆いている。それは当然のことである──なぜなら、こういう家父長的関係のもとでは、ブルジョアは労働者の反抗をうける心配はまずなかったからである。

彼は労働者を思う存分搾取し、支配することができたし、また彼らに賃金のほかに、なにも費用のかからないいくらかの親切と、おそらく若干のわずかな利益を与えてやれば、おろかな民衆から服従と感謝と愛着とを、おまけとしてうけとることができた──これらはすべて、純粋な、必要以上の、犠牲的な温情からでているように見えるけれども、じつはブルジョアの義務の十分の一にもはるかにおよばないのである。

ブルジョアは個人としては、自分でつくりだしたのではない関係のなかにおかれているのだから、その義務の少なくとも一部をはたしたことになるのだが、しかし支配階級の一員としては、支配をしているということだけによっても全国民の状態に責任を負い、みんなの利益の保護をひきうけているにもかかわらず、その地位とともにひきうけたことをまったくおこなわず、そのうえさらに自分自身の個人的利益のために全国民を搾取しているのである。

家父長制的な関係は労働者の奴隷状態を偽善によって隠しており、そこでは労働者は精神的には死んでおり、自分自身の利益についてはなにも知らず、たんなる一個人にとどまっていなければならなかった。

彼が自分の雇主から距離をおいたときにはじめて、彼が雇主とは私的な利益によってのみ、金もうけによってのみ、結びついているのだということがあきらかになったとき、ほんのわずかないざこざでもあればくずれてしまうような見かけだけの愛着が完全になくなってしまったとき、そのときはじめて、労働者は自分の地位と自分の利益について認識し、自主的に発展しはじめるのである。

そのときはじめて、労働者はその考え方、感情、意思表示においてブルジョアジーの奴隷ではなくなるのだ。そしてこれらの点では、大規模な工業と大都市の影響が大きいのである。
(エンゲルス著「イギリスにおける労働者階級の状態 上」新日本出版社 p186-188)

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友だち・合宿保育・成長

 子どものしつけを考えるとき、ややもするとみおとしやすいのは友だち関係の発達です。はなはだしい場合には、「ボクオトモダチト公園ニイク約束シタンダモン」といって急にいいつけた用をことわる子どもに、「そんなこといいから、これをやって!」などとおしつけたりします。人生の生きた知識は、主として友だち関係のなかで育つものです。友だち関係を発達させるには、集団で新しい生活経験をさせることが有意義です。

 ちかごろは幼稚園や保育園で、夏の合宿保育をこころみる例が多くなっています。家庭と親からはなれて友だちとねるということは、遠足や観劇にいくのとはすこしちがった、一種の不安や緊張感をともなうようです。準備についての保育者の説明をきく態度も真剣で、泊まるということにたいしては、子どもなりに万全の注意をするようです。

 「センセイ アタシ ヨル目ガサメチャウンダ、ネムレナクナッチャウノ」「ボク、トキドキオシッコモラスコトアルンダ」などと、自分の弱点を心配しているようすがわかります。また合宿のときはおふろ屋さんにいくことを知り、今まで自宅のふろしか知らなかった子が、わざわざおふろ屋さんにいってみたという例もあります。

 こうした、不安が二、期待が八という感じでむかえる新しい生活経験は、たとえばつぎのような舞台で展開されます。まず夕方、おかずや花火やスイカなどの買いもの。帰っておふろ──プールとまちがえてとびこんだり、泳いだりしないように注意を与えて引率者とも男女別に。その間、おとなたちの手で作られたきれいな料理がならべられ、歓声につつまれた夕食。食後は花火をしたり、童話を聞いたり、ある者は「おばけやしきたんけん」に出かけたりします。翌朝は散歩のあと、スイカ割りをして食後にたべるなど。

「うちの子は早起きがどうしてもできなくて」「朝ごはんはさっぱり食べない」こっちの子はよく夜中に目をさまして泣くので合宿は心配です」などといわれていた子どもたちが、信じがたいほどみごとにそれらの弱点を克服してしまいます。楽しみはしゃぎながら起きてふとんをたたみ、にぎやかに歯みがき・洗面するなかでは、家庭とはちがった環境と集団意識が支配するようです。

合宿が契機になってオネショがなおった例。ボス的だった子が(ひとりでねまきに着かえられないことがわかって)友だちに短所を(正当に)評価されたり、内気だと思われていた友だちがとてもしっかりしていたのに感動したりなど、ふだんは知らなかった自分と友だちとを知り、友だち関係も発達します。
(近藤・好永・橋本・天野著「子どものしつけ百話」新日本新書 p138-139)

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「赤旗」主張
5・20青年大集会
いま、身近な若者たちに

 若者たちが、「まともに生活できる仕事を 人間らしく働きたい」との声やたたかいを持ち寄って、二十日正午から東京・明治公園で「全国青年大集会2007」を開きます。

マスメディアも注目
 新聞、テレビ、ラジオなどが集会に注目し、実行委員会がおこなった「ネットカフェ調査」などを相次いで報じています。ご覧になった方も多いでしょう。

 マスメディアがこれほど関心を寄せるのはなぜか。ひどすぎる現実、それに泣き寝入りするのでなく、声をあげ立ち上がる、若者の新しい流れが広がりつつあることへの注目があるのではないでしょうか。

 若者をとりまく仕事や生活の深刻な実態は、世代全体に広がっています。どの職場にも、正規・非正規を問わず、低い収入、長時間労働、使い捨てのモノ扱いされる働き方に、苦しむ若者がいます。

 読者のみなさんの身近にも、仕事の悩み、まともな仕事につけない悩みをかかえている若者たちが少なくないのではないでしょうか。低い収入とひどい働き方によって、経済的に自立することもできず、結婚や子育てという切実な願いにも、大きな困難が生まれています。

 若い世代の苦しみをつくりだしたのは、正規雇用の非正規雇用への大規模な置き換えをすすめた財界と、自民党・公明党の政治です。それを応援し、推進してきたのが民主党(ときには社民党も)です。

 いま、若者たち自身がこのことに気づき、人間としての尊厳をとりもどすため、「大企業の身勝手をやめさせたい」、「自民党政治を変えたい」とたちあがる、新しい流れが全国に生まれ、確かな力を発揮しつつあります。

 若い世代が、自分たちのたたかいのよりどころとして、労働組合に加わり、労働組合をつくってたたかい始めています。

 徳島の光洋シーリングや日亜化学では、偽装請負を告発して直接雇用を実現しました。牛丼チェーン「すき家」では、不当な解雇を撤回させ、一万人にのぼるアルバイトの未払い残業代を支払わせました。

 京都では、若者たちが深刻な実態を調査、告発し、府に誘致企業の正規雇用を促進する条例をつくらせました。

 「たたかってこそ、事態を打開できる」―若い世代が、このことを確信にしつつあることは、大きな意味をもちます。バラバラにされてきた若者たちが、学び、交流し、労働組合をつくってたたかう―財界と自民党政治がつくりだした雇用破壊・人間破壊をうちやぶる、希望ある未来をひらく流れが、ここにあります。

 全国青年大集会はことしで四回目です。大集会は全国の運動を交流し、勇気をだし、声をあげる若者たちの生き方を学びあい、連帯の力を強め、深刻な実態の打開が日本社会の大問題となっていることを大きくアピールする場となるでしょう。

世代をこえ、力あわせて
 「あなたが悪いのではない。財界の身勝手とそれを応援する自民党政治をいっしょに変えよう」―ひどい働き方に苦しむ、身近な若者と語り合い、未来をひらくこの集会の成功へ、世代をこえ、力をあわせようではありませんか。

 若い世代の雇用とくらしの問題は、“日本社会の大問題”です。

 日本共産党は、偽装請負や未払い残業の問題を国政の場で追及し、現実政治を動かしてきた党として、集会成功へ、力をつくす決意です。
(「赤旗」20070511)

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◎「人口の集中は有産階級に刺激を与え、発展させるという作用をするが、それは同様に労働者の発展をもさらにいっそう急速にすすめ」「労働者は自分たち全体を階級として自覚しはじめ、一人ひとりでは弱いけれども、集まれば一つの力になるということに気づく」と。