学習通信070522
◎安倍首相が指示した……

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朝の風

『蟹工船』思わす自衛艦動員

 海上自衛隊の掃海母艦は海の機雷を取り除く軍艦とばかり思っていた。
 「ぶんご」は大砲まで備え、五千七百dもある。
 それが、沖縄県名護市辺野古の海で米海兵隊の新航空基地建設に反対する人々の阻止行動に対抗して、投入された。

 沖縄タイムス社説は、「『牙』むき海奪う行為」と書き、「国民に銃口を向けるような行為」「軍事的恫喝」との抗議が、さんご礁の美しい海に交錯したことを伝えた。

 琉球新報社説は、「機雷の敷設や除去を主任務とする『軍艦』」なのに、いったい「何から何を守る」のかと憤った。

 戦後の日本で、米軍基地新設への抗議運動の威圧のため、初めて自衛隊の軍艦が動員された。政府は最初、派遣の有無をぼかしたが、「毎日」十九日付は安倍首相が指示したものとあばいた。

 多喜二の『蟹工船』を読み直した。帝国海軍の軍艦のスト介入の意味をあらためて考えた。多喜二は蔵原唯人に、労働者は「帝国主義戦争に、絶対反対しなければならない」のにどれだけの人が分かっているのか、「今これを知らなければならない。緊急のことだ」と、思いを記した。ああ、あの時も今も、同じだ。

 安倍首相の祖父岸信介は、安保条約改定にあたり、国民弾圧のため警察官職務執行法改悪案を提出したが、失敗。後年、その「失敗は非常に残念であった」と語った。安倍首相は、その遺訓を忠実に継いでいる。(針)
(「赤旗」20070522)

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蟹工船
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

蟹工船(かにこうせん)は、1929年に小林多喜二が発表した小説。いわゆるプロレタリア文学の代表的佳作とされ、国際的にも評価されて各国語に翻訳されている。この小説には特定の主人公がおらず、蟹工船にて酷使される貧しい労働者達が群像として描かれている点が特徴的である。蟹工船「博光丸」の元になった船は元病院船の博愛丸である。

 あらすじ
カムチャツカの沖で蟹を獲りそれを缶詰にまで加工する蟹工船「博光丸」。それは様々な出自の出稼ぎ労働者を安い賃金で酷使し、高価な蟹の缶詰を生産する海上の閉鎖空間であり、彼らは自分達の労働の結果、高価な製品を生み出しているにも関わらず、蟹工船の持ち主である大会社の資本家達に不当に搾取されていた。情け知らずの監督者浅川は労働者たちを人間扱いせず、彼らは過労や病気で倒れてゆく。

初めのうちは仕方がないとあきらめる者もあったが、やがて労働者らは、人間的な待遇を求めて指導者のもと団結してストライキに踏み切る。しかし、経営者側にある浅川たちがこの事態を容認するはずもなく、帝国海軍が介入して指導者達は検挙される。国を、すなわち国民を守ってくれるものと信じていた軍が資本家の側についた事で目覚めた労働者たちは再び闘争に立ち上がった。

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「ストライキやったんだ」
「ストキがどうしたって?」
「ストキでねえ、ストライキだ」
「やったか!」
「そうか。このまま、どんどん火でもブッ燃(た)いて、函館さ帰ったらどうだ。面白いど」
 吃りは「しめた!」と思った。
「んで、皆勢揃(せいぞろ)えしたところで、畜生等にねじ込もうッて云うんだ」
「やれ、やれ!」
「やれやれじゃねえ。やろう、やろうだ」
 学生が口を入れた。
「んか、んか、これア悪かった。――やろうやろう!」火夫が石炭の灰で白くなっている頭をかいた。
 皆笑った。
「お前達の方、お前達ですっかり一纏(まと)めにして貰いたいんだ」
「ん、分った。大丈夫だ。何時でも一つ位え、ブンなぐってやりてえと思ってる連中ばかりだから」
 ――火夫の方はそれでよかった。

 雑夫達は全部漁夫のところに連れ込まれた。一時間程するうちに、火夫と水夫も加わってきた。皆甲板に集った。「要求事項」は、吃り、学生、芝浦、威張んなが集ってきめた。それを皆の面前で、彼等につきつけることにした。

 監督達は、漁夫等が騒ぎ出したのを知ると――それからちっとも姿を見せなかった。

「おかしいな」
「これア、おかしい」
「ピストル持ってたって、こうなったら駄目だべよ」
 吃りの漁夫が、一寸(ちょっと)高い処に上った。皆は手を拍(たた)いた。
「諸君、とうとう来た! 長い間、長い間俺達は待っていた。俺達は半殺しにされながらも、待っていた。今に見ろ、と。しかし、とうとう来た。

「諸君、まず第一に、俺達は力を合わせることだ。俺達は何があろうと、仲間を裏切らないことだ。これだけさえ、しっかりつかんでいれば、彼奴等如きをモミつぶすは、虫ケラより容易(たやす)いことだ。――そんならば、第二には何か。諸君、第二にも力を合わせることだ。落伍者を一人も出さないということだ。一人の裏切者、一人の寝がえり者を出さないということだ。たった一人の寝がえりものは、三百人の命を殺すということを知らなければならない。一人の寝がえり……(「分った、分った」「大丈夫だ」「心配しないで、やってくれ」)……

「俺達の交渉が彼奴等をタタキのめせるか、その職分を完全につくせるかどうかは、一に諸君の団結の力に依るのだ」

 続いて、火夫の代表が立ち、水夫の代表が立った。火夫の代表は、普段一度も云ったこともない言葉をしゃべり出して、自分でどまついてしまった。つまる度(たび)に赤くなり、ナッパ服の裾(すそ)を引張ってみたり、すり切れた穴のところに手を入れてみたり、ソワソワした。皆はそれに気付くとデッキを足踏みして笑った。
「……俺アもうやめる。然し、諸君、彼奴等はブンなぐってしまうべよ!」と云って、壇を下りた。
 ワザと、皆が大げさに拍手した。
「其処だけでよかったんだ」後で誰かひやかした。それで皆は一度にワッと笑い出してしまった。
 火夫は、夏の真最中に、ボイラーの柄の長いシャベルを使うときよりも、汗をびっしょりかいて、足元さえ頼りなくなっていた。降りて来たとき、「俺何しゃべったかな?」と仲間にきいた。
 学生が肩をたたいて、「いい、いい」と云って笑った。
「お前えだ、悪いのア。別にいたのによ、俺でなくたって……」

「皆さん、私達は今日の来るのを待っていたんです」――壇には一五、六歳の雑夫が立っていた。
「皆さんも知っている、私達の友達がこの工船の中で、どんなに苦しめられ、半殺しにされたか。夜になって薄ッぺらい布団に包まってから、家のことを思い出して、よく私達は泣きました。此処に集っているどの雑夫にも聞いてみて下さい。一晩だって泣かない人はいないのです。そして又一人だって、身体に生キズのないものはいないのです。もう、こんな事が三日も続けば、キット死んでしまう人もいます。――ちょっとでも金のある家(うち)ならば、まだ学校に行けて、無邪気に遊んでいれる年頃の私達は、こんなに遠く……(声がかすれる。吃り出す。抑(おさ)えられたように静かになった)然し、もういいんです。大丈夫です。大人の人に助けて貰って、私達は憎い憎い、彼奴等に仕返ししてやることが出来るのです……」

 それは嵐のような拍手を惹(ひ)き起した。手を夢中にたたきながら、眼尻を太い指先きで、ソッと拭(ぬぐ)っている中年過ぎた漁夫がいた。

 学生や、吃りは、皆の名前をかいた誓約書を廻して、捺印(なついん)を貰って歩いた。

 学生二人、吃り、威張んな、芝浦、火夫三名、水夫三名が、「要求条項」と「誓約書」を持って、船長室に出掛けること、その時には表で示威運動をすることが決った。――陸の場合のように、住所がチリチリバラバラになっていないこと、それに下地が充分にあったことが、スラスラと運ばせた。ウソのように、スラスラ纏った。

「おかしいな、何んだって、あの鬼顔出さないんだべ」
「やっきになって、得意のピストルでも打つかと思ってたどもな」
 三百人は吃りの音頭で、一斉に「ストライキ万歳」を三度叫んだ。学生が「監督の野郎、この声聞いて震えてるだろう!」と笑った。――船長室へ押しかけた。
 監督は片手にピストルを持ったまま、代表を迎えた。
 船長、雑夫長、工場代表……などが、今までたしかに何か相談をしていたらしいことがハッキリ分るそのままの恰好で、迎えた。監督は落付いていた。

 入ってゆくと、
「やったな」とニヤニヤ笑った。
 外では、三百人が重なり合って、大声をあげ、ドタ、ドタ足踏みをしていた。監督は「うるさい奴だ!」とひくい声で云った。が、それ等には気もかけない様子だった代表が興奮して云うのを一通りきいてから、「要求条項」と、三百人の「誓約書」を形式的にチラチラ見ると、「後悔しないか」と、拍子抜けするほど、ゆっくり云った。
「馬鹿野郎ッ!」吃りがいきなり監督の鼻ッ面を殴(なぐ)りつけるように怒鳴った。

「そうか、いい。――後悔しないんだな」
 そう云って、それから一寸(ちょっと)調子をかえた。「じゃ、聞け。いいか。明日の朝にならないうちに、色よい返事をしてやるから」――だが、云うより早かった、芝浦が監督のピストルをタタキ落すと、拳骨で頬(ほお)をなぐりつけた。監督がハッと思って、顔を押えた瞬間、吃りがキノコのような円椅子で横なぐりに足をさらった。監督の身体はテーブルに引っかかって、他愛なく横倒れになった。その上に四本の足を空にして、テーブルがひっくりかえって行った。

「色よい返事だ? この野郎、フザけるな! 生命にかけての問題だんだ!」
 芝浦は巾(はば)の広い肩をけわしく動かした。水夫、火夫、学生が二人をとめた。船長室の窓が凄(すご)い音を立てて壊(こわ)れた。その瞬間、「殺しちまい!」「打ッ殺せ!」「のせ! のしちまえ!」外からの叫び声が急に大きくなって、ハッキリ聞えてきた。――何時の間にか、船長や雑夫長や工場代表が室の片隅(かたすみ)の方へ、固まり合って棒杭のようにつッ立っていた。顔の色がなかった。

 ドアーを壊して、漁夫や、水、火夫が雪崩(なだ)れ込んできた。

 昼過ぎから、海は大嵐になった。そして夕方近くになって、だんだん静かになった。
「監督をたたきのめす!」そんなことがどうして出来るもんか、そう思っていた。ところが! 自分達の「手」でそれをやってのけたのだ。普段おどかし看板にしていたピストルさえ打てなかったではないか。皆はウキウキと噪(はしゃ)いでいた。――代表達は頭を集めて、これからの色々な対策を相談した。「色よい返事」が来なかったら、「覚えてろ!」と思った。

 薄暗くなった頃だった。ハッチの入口で、見張りをしていた漁夫が、駆逐艦がやってきたのを見た。――周章(あわ)てて「糞壺」に馳(か)け込んだ。
「しまったッ」学生の一人がバネのようにはね上った。見る見る顔の色が変った。
「感違いするなよ」吃りが笑い出した。「この、俺達の状態や立場、それに要求などを、士官達に詳しく説明して援助をうけたら、かえってこのストライキは有利に解決がつく。分りきったことだ」
 外のものも、「それアそうだ」と同意した。
「我帝国の軍艦だ。俺達国民の味方だろう」
「いや、いや……」学生は手を振った。余程のショックを受けたらしく、唇を震わせている。言葉が吃(ども)った。
「国民の味方だって? ……いやいや……」
「馬鹿な! ――国民の味方でない帝国の軍艦、そんな理窟なんてある筈(はず)があるか」
「駆逐艦が来た!」「駆逐艦が来た!」という興奮が学生の言葉を無理矢理にもみ潰(つぶ)してしまった。
 皆はドヤドヤと「糞壺」から甲板にかけ上った。そして声を揃(そろ)えていきなり、「帝国軍艦万歳」を叫んだ。
(小林多喜二「蟹工船」99-104)

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◎「今これを知らなければならない。緊急のことだ」と。