学習通信070718
◎ネットカフェの個室に分断され沈黙している……

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現論
反旗翻す力どこへ
 田中 優子

 「フリーター」「ホームレス」「二ート」という言葉がある。どういうわけか、どれもこれも横文字だ。縦文字に直すとどうなるか。フリーターは「遊民」、ホームレスは「無宿」といったところか。つまり今に限ったことではなく、古来いつの時代にも存在した生き方、暮らし方なのである。

 しかし二ートにあたる日本語はない。どんな社会でも、働かないで生きていかれるということはなかったからだ。家事・雑事をまかされる、自給自足をする、農作業や商売を手伝うなど、現金収入にならなくとも仕事はいくらでもあった。ちょっとしたことを頼まれて小遣いをもらうという働きかたもあり、家族も周囲もそれをさせた。むろんそれとは別に、勉学に熱中する者もいた。

 だが何もしないで家にいるのは、よほどの財産持ちか、よほどの病人である。なかなか病気が治らないでぶらぶらしていることを「ぶらぶら病(やまい)」という。江戸時代ならさしずめニートを、「お大尽」か「ぶらぶら病」に分類したであろう。

 遊民はお大尽でも病人でもない。遊民は働いているのである。「遊」とは移動するという意味で、遊民とはもともと移動することで生きていた人々をさす。中世の芸能人や職人や山伏、遊女、僧侶などは移動しながら仕事を見つけ、その収入で生きていた。そういうことが社会に定着していれば、それは異常なことでも非難されることでもなく、人々の通常の営みなのである。

幕府が手をやく浪人

 江戸時代になると、多くが都市に定住した。都市の治安意識も高くなった。そこで非定住の遊民はやや「困った問題」になった。やがて武士たちのあいだで遊民論も盛んになる。つまり遊民対策に頭を悩ましていたのである。中でも、もっとも幕府が手をやいたのは浪人である。

 貧窮した農村から出てきたり、商売がうまくいかなくなったりで日雇い労働に従事する人々は、土木工事があればそこに吸収される。そういう考え方は江戸時代にもあった。また商家でも農家でも武家でも、男女問わず家事手伝いの仕事は求められており、女性なら洗い張りや裁縫の仕事もあった。「口入れ」という派遣業者がいて、これらの仕事を斡旋(あっせん)していた。

 自由に働きたいなら棒手振(ぼてふり)と言われる、てんびんをかついで物を売る商売方法もある。これら派遣や棒手振は決して遊民ではなく、職能をもつプロフェッショナルであり、立派な仕事人である。そういう働き方をする人たちが、今ほどは低く見られなかったのである。

 しかし浪人は、そういう仕事に従事しようとはしなかった。志を持って浪人になった人々は別だが、多くは仕官したいと思いながらできないでいる人々だからだ。恨みは積もる。能力があろうが無かろうが、誇りだけは高い。命を捨てても名誉や精神的満足感が欲しい。

 そういう人たちだから、浪人は集まれば何をするかわからない。実際、由井正雪の乱は浪人の乱であり、忠臣蔵の討ち入りも浪人の結束によるものだ。討ち入りはその矛先が幕府にではなく吉良家に向かったが、由井正雪の乱はちょっと違う。

批判の矛先が的確

 大量に発生しながら再就職もできない浪人たちの貧困救済を求め、騒乱による幕政批判をしようとしたのだ。その矛先は幕府に向かっている。結果的には三十人以上が処刑されたが、批判の相手が的確という意味で、私は討ち入りよりこちらのほうがはるかにすごい事件だと思う。

 フリーターの中に戦争を望む者たちが出てきたことが、総合雑誌「論座」への寄稿をきっかけに知られるようになった。彼らの抱えている間題は金銭ではなく、むしろ人としての誇りなのである。フリーターやニートの一部は、かつての浪人とよく似た精神状態にあるのかも知れない。

 浪人は物騒な人たちだったが、フリーターはネットカフェの個室に分断され沈黙している。浪人は政府への批判分子だったが、フリーターは戦争が起こったら、行ってもいいという。これほど政府に都合がいいのは、一体どういうわけか?

 私は現代を見ていて、だらしなさそうな江戸時代のほうがはるかに、反旗を翻す力のある時代だったと気づいた。(法政大教授)
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たなか・ゆうこ
 浜市生まれ。法政大学修了。江戸を中心とした近世文学、アジア比較文化専攻。著書に「江戸の想像力−18世紀のメディアと表徴」「江戸百夢──近世図像学の楽しみ」、近著「芸者と遊び──日本的サロン文化の盛衰」など。
(「京都新聞」20070718)

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青年よ 立ち上がれ
 対談
首都圏青年ユニオン書記長
 河添 誠さん
作家
 雨宮処凜さん

 奴隷≠フように働かされ、使い捨てのモノのように扱われる現実に、若者たちは怒りに燃えて立ちあがりつつあります。そのたたかいの核になっている、首都圏青年ユニオンの河添誠書記長と若者の苦しみを告発しつづける雨宮処凛さんに 「青年よ立ちあがれ」と題して語り合ってもらいました。

■まずはいま、騒ぐことが必要
雨宮
■深夜ネットカフェ4割が難民
河添

河添……雨宮さんの『生きさせろ!』は、自分の「生きづらさ」から入って、労働の問題、過労自殺などに迫っているところがユニ−クですね。

ホームレスに
隣接した生活

雨宮……私が労働問題にかかわるきっかけというか、何だか日本がおかしくなっていると思ったのが、去年の四月でした。岐阜で三十代のフリーターが漫画喫茶に一ヵ月泊まったのに、所持金は十六円しかなくて、料金十五万円を払えずに逮捕されたという新聞記事です。私たちの生活がホームレスと隣接しているんだと分かって、この問題に関心をもつようになりました。今年のネットカフエ難民(注1)の調査はどうでした?

河添……いろんなケースがあって、ものすごく多様な人がいます。DV(夫婦間暴力)を受けている人や、借金で逃げている人とか。経済的な理由だけでなく、家庭に居場所がない人もネットカフエにきている。父親が生活保護を受けていて自分は日雇い派遣で、家はあるけど父親がいつもイライラしていて居場所がないという人とか。これも貧困の拡大だと思うんですけど。東京の高田馬場のネットカフエでは、平日夜の利用者の四割がいわゆる「難民」です。

雨宮……えーっ、四割ですか。
河添……高田馬場の駅前は、日雇い派遣の集合場所になっているんです。

雨宮……低賃金で不安定で危険な仕事をさせられている派遣労働者を取材して、本当に命が軽くなっていると感じました。いわゆるフリーターと呼ばれる派遣社員が過労自殺しているのには驚きました。

フリーターか
過労死社員か

河添……派遣という働かせ方自体に問題がある。どうしても数合わせという感覚が現場で強いでしょう。派遣法の規制緩和の影響は大きい。われわれの把握できない悲劇が無数に起こっているでしょう。

雨宮……フリーターの人たちの取材を通して感じるんですが、デモとか団体交渉ができるとか、労働組合が作れるとか何も知らない。そもそも自分が労働者だってことも知らない。本当に何も教えられずに丸裸で社会に投げ出されているんだなって、自分を含めて実感します。

河添……学校で、会社から辞めてくださいといわれたらどうすればいいとか、国民年金と厚生年金の違いとか、そこすら教えていない。

雨宮……それでいて、フリーターにはなっちゃいけないという教育がされていますね。

河添……フリーターは悪で正社員はいいという。でも実際には正社員もどんどん賃金は落ちていて、長時間過密労働になっている。

雨宮……私の弟も過労死しそうになったんです。大手量販店の正社員で、仕事は朝八時から深夜一時、二時まで。長時間労働で死にそうになるという現実を間近に見て、本当にびっくりしました。これではホームレスを前提としたフリーターか、過労死を前提にした正社員かという選択になってしまいます。

河添……どっちもひどい。こういう状況でもいま、自分が声を上げるのはしんどいという人が増えているじゃないですか。そこにどうアプローチしたらいいと思いますか。

コスプレデモ
沿道から参加

雨宮……こないだ秋葉原でオタクが五百人くらい集まったんですよ。表現の自由とか規制反対を掲げてコスプレしてデモやったら、沿道からも人がどんどん入ってきて。「イデオロギーの負けで趣味の勝利だ」といわれました(笑い)。まずはいま、騒ぐことが必要かなって思うんです。

河添……すごく分かりますね。そんなことやっちゃだめだろうって、みんな思い込んでるんですよ。ぼくらは牛丼の「すき家」に解雇撤回させて、残業代一万人分を払わせました。数億円規模です。しかし過去二年分は未払いなので「すき家は残業代を払え」と店の前で宣伝するんです。横断幕をはってパフォーマンスをしたり、渋谷のセンター街を練り歩いたり。それを見た人がびっくりして、あ、そういうのをやっていいのかって思うようになる。やっていいんですよ。全労連HPのビデオニューースに動画があるので見てください(笑い)。

■自信なく評価されない絶望の深さ
河添
■労働運動がこんなに面白いとは
雨宮

雨宮……非正規でもフリーターでも一人でも入れる組合というのは前からあったんですか。

河添……ありましたよ。

雨宮……私が知ったのは首都圏青年ユニオンが初めて。

河添……若者向けをうたったのは、多分ぼくらが初めてなんです。

雨宮……私たちフリーターから見ると、旧来の労働組合は特権階級のように見えるんですね。そこの断絶がすごい。

河添……異なる世代同土、正規と非正規の関係は丁寧に議論した方がいい気がします。一つのパイを奪い合って、あっちが守られているからこっちが損しているという単純なものではない。

雨宮……一人でも入れるフリーター対象の労働組合があることで、私も全然見方が変わってきました。労働運動がこんなに面白くて、こんなにどっぷりかかわるとは思わなかった。(笑い)

雑誌があおる
「希望は戦争」

河添……フリーターの赤木智弘さんが『論座』で書いた「希望は戦争」という議論ですけど(注2)主張自体は新しくもないし、そんなに広まっているとも思わなかった。雑誌があおっていますね。いまのフリーターや非正規雇用の増加を「ロストジェネレーション」とか「ポストバブル」の世代論にするのは非常に問題がある。

雨宮……世代論にすると終わった話になってしまいますよね。

河添……非正規の拡大は政策的に誘導されている。いま景気回復局面だけど、雇用が元に灰るかといえば、絶対元に戻らない。今度は労働ビッグバンだといってもっと悪くなる。

雨宮……赤木さんと話したとき、戦争が起きなかったらどうなりますかときくと十年後に自殺するというんです。いまは実家にいるけど、十年後に父が働けなくなったときが自分の寿命だと。そういう人がほかにも結構いる。結局、家族でなんとかしろと言われている。全部悪いのは国ですけどね。

河添……親と同居しているから成り立っているフリーターの低賃金ですよね。

雨宮……この前も四十代のフリーターから「本当に生殺しで、戦争起こってほしい」とメールがきました。逆に、今まで右翼の愛国的な方に行っていた人が、これを読んで「今まで愛国で自分をごまかしていたけれど、これからは使い捨て労働力である自分を認めます」というのも聞きます。

河添……それは面白いですね。

雨宮……このまま行けば自殺だけど、戦争に行けば恩給と名誉が得られるというのも、切実だなと思いましたね。

河添……生きていることに自信が持てないし、誰にも評価されない、それがこれから先も続くんじゃないかという絶望の深さですよね。

新自由主義と
敵がはっきり

雨宮……「生きづらさ」とか自殺とか、精神的不安定の問題ばかりやっていたんですが、去年初めてプレカリアート(不安定な労働者=非正規雇用)という言葉と出合って、新自由主義という敵がはっきりしました。九五年の日経連の「新時代の日本的経営」が、フリーターの時の私の自殺未遂とつながっているとは思いもしませんでした。私のまわりの自殺者もこういうことで死んでいたんだと。少し前まで一億総中流だと思っていたのに、こんなに世界が変わっていたなんて。でも敵が見えたことですごい楽になりました。

■参院選では貧困を争点にしたい労働時間の規制実現でも共同を
河添
■共産党だけ労働者派遣自由化に反対していたのは知らなかった
雨宮

雨宮……いま世の中が優しくないことを感じますね。多重債務者やホームレスは全然自己責任じゃないのに、彼らは甘えているという人がまだいる。社会全体に余裕がない。

河添……ほんとうにそうですね。貧困を今度の選挙でどこまで争点にできるか。ぼくたちも参加している反貧困キャンペーンはそれが最大の目的です。どの政党、候補者にもまず実態を知ってほしい。貧困は大変ですね、格差は大変ですねと形式的にいうきれいごとではすまない。

モラルいうなら
企業・財界こそ

雨宮……フリーターやニートにモラルがないようにいわれますが、企業・財界こそモラルがない。違法行為をしている企業はどんどん摘発してほしい。経団連の御手洗会長(キャノン会長)なんて今すぐ捕まって
もいいんじゃないか。悪いことをしている企業が保護されて、末端で働く人がどうして大変な思いをしなければいけないのか。求人広告もウソばっかりですしね。人さらいみたいに連れてきて。

河添……月給三十万円以上とか、まさに「甘言を弄して」。戦前の日本が朝鮮半島から拉致してきたのとそっくりですよ。

雨宮……なんでこんな派遣会社の天下になっているのか。九九年に労働者派遣を自由化(製造業をのぞく)したのが一番大きいですよね。そのとき民主党はもちろん、社民党も賛成していたのは、知らなかったですね。

河添……社民党はいまも二〇〇三年改正(製造業に労働者派遣を解禁)の前に戻せと言うだけなんですよ。九九年改悪に反対という考えではない。
雨宮……九九年改悪に共産党だけが反対していたのは知らなかった。(一連の労働法制の規制緩和の)全部に反対している(笑い)。当時はまだ派遣がいいものというイメージがありましたね。

河添……失業問題は大きくなっていたけれども、貧困という見え方ではなかった。

雨宮……この前、三十代のフリーターと話したら、彼の夢が年収三百万円だったんです。いまは百万円台。三百万なんて、それ夢じゃないだろうと。そんなちっぽけな夢もかなえられない国なのか。若者の雇用が崩されたままでは未来がないと思います。非正規の人たちが結婚もできず子どももできず、ホームレス化していって、都内がスラム化して……最悪のことしか思い描けない。政治にはせめて年収三百万円を働く人に保障することを求めたいですね。

現実を変える力
運動をとおして

河添……最低賃金や生活保障の問題は生きるために最低限必要ですが、もう一つ必要なのは労働時間の規制です。共産党の緊急提案(三月)のなかに、一日の労働時間規制をする、最低十一時間の連続休息時間を確保するとあります。つまり夜十二時まで働いたら、翌日は午前十一時前には出勤しない。これはEU(欧州連合)もそうなんです。民主党も同じ政策をだしています。共産党はこの間の労働者派遣法の規制緩和に対して正しい判断をしてきたので、さらに具体的な規制を実現するネットワークを作る努力をしてほしい。ぼくらも運動の中で現実を変える力関係をつくっていきたいと思います。(おわり)

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(注1)ネットカフェ難民 アパート代を払えず、二十四時間営業のインターネットカフェで寝泊まりする青年。全国的に広がっていることが今年四月の青年たちの調査で明らかになりました。

(注2)「希望は戦争」 フリーターの赤木智弘氏(31)が『論座』一月号に「一部の弱者だけが屈辱を味わう平和」より現状を一気に変える「戦争」を望むと書いて、その後も同誌上で議論が続いています。

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あまみや・かりん 1975年生まれ一時右翼活動に参加したが、その後離れ、現在は青年の非正規雇用問題を旺盛に取材執筆中。『生きさせろ!』ほか。
かわぞえ・まこと 1964年生まれ。2000年に首都圏青年ユニオン結成に参加。 06年から現職。レイバーネット日本事務局長も務める。
(「赤旗」20070716〜0718)

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◎「若者の雇用が崩されたままでは未来がない」と。