学習通信070723
◎それぞれ流儀のようなものが……

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人と深くつきあえない

 もう何年か前のことなんだけど、クリニックの診察室にひとりの若い男の子がやってきた。「学生さん? どこの大学ですか?」ときくと、恥ずかしそうにだれもが名前を知っている有名大学の名前をあげた。「でも偶然、合格しただけなんです……」

 彼の悩みは、「人と深くつきあえない」というもの。友だちや先生とも表面的な会話ばかりで、相手がちょっと深刻な話をしてきたり自分の心の中に立ち入るような質問をしてきたりすると、こわくなって逃げてしまうという。

 でも、「ひとりが好き」というわけではなく、自分でも心をうちあけてつきあえるような友だちや恋人がほしい、心から尊敬できる先生に出会いたい、とは思っている。「自分にどうしても自信が持てないんです。本当の自分の姿を見せたら、相手にきらわれるんじゃないかって……」

 いろいろ話を聞くうちに、彼の「自信のなさ」は家族との関係に原因があるらしい、ということがわかってきた。商店を経営している両親はとても忙しく、子どものころからほめてもらった記憶がない。むずかしい大学に合格したときも、「授業料がずいぶん高いなぁ」と言われただけだった。ふたりの妹たちは友だちも多く、楽しそうな毎日を送りながら、「お兄ちゃんは勉強しかとりえがない」と笑っている。そんな生活を続ける中で、「自分はこの家ではじゃまな人間なんだろうか」と考えてしまうことも多かったという。

 もちろん彼は、「じゃまな人間」なんかじゃない。話していても誠実そうな性格が伝わってくるし、それでいてユーモアやあたたかさもあり、つきあいにくい感じではない。もちろん、知識もとても豊富。本当なら、家でも大学でも自信たっぷりにふるまって当然なのに。

 おそらく彼の家族も、心の中では「うちのお兄ちゃんはすごく頭がいいんだから」と自慢に感じながら、うまくそれを表せないでいるのだろう。もしかしたら両親は「むずかしい勉強をしている息子と何の話をすればいいんだろう?」と、妹たちは「成績のいいお兄ちゃんは、私のことなんか好きじゃないかも」と思っているのかもしれない。だから逆に、無関心を装ったり強気の態度に出てしまったりするのだ。「自分からお父さんに。忙しそうだけど、たまにはいっしょにゴハン食べに行かない≠ニ言ったり、妹たちに今度、大学の学園祭があるから遊びに来る?≠ニさそったりすれば、喜ぶんじゃないかな……」。そう話すと、彼は「本当ですか? ぼく、話していてつまらない人間じゃないですか?」と目を輝かせた。

 自信って、ちょっとしたことでなくなってしまうもの。自信がなくなりかけているときにも、「私はダメだ、ダメだ」とどんどん自分を追い込まないで、少しだけものの見方を変えてみる。それだけでぐっと気持ちが明るくなって、また自信が戻ってくる。そんなこともあるのだ。

□あなたは自分に自信がありますか
□あなたのまわりの「自信たっぷりの人」ってどんな人?
□「この人、もっと自信持っていいのに」と思う人はいますか
(香山リカ著「10代のうちに考えておくこと」岩波ジュニア新書 p80-82)

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友だちのできない子

 四月、子どもたちが保育園、幼稚園、あるいは小学校にはいっても、一人か二人、友だちができないで、校庭のかたすみでしょんぼりしているのを必ずみかけます。ここでは、こうした友だちをつくることのへたな子どもの問題について考えてみましょう。

 まずその原因からみてみましょう。
 その一として、長い間、下の子ができなかった長男、一人っ子、兄弟がいても年齢にへだたりのある末っ子などは、友だちをつくることがあまりじょうずではありません。こうした子どもたちは、同年齢の子どもとつきあうコツを知らずに育ってしまうばあいが多いのです。

 その二として、たとえ兄弟がいても、おとなの過保護によって育てられた子どもも、やはり友だちをつくることがへたです。こうした子どもは、なんでも自分の思うとおりに相手が動いてくれないと気にいらず、すぐに友だちからはなれてしまいます。ある幼稚園の経験ですが、甘やかされて育った子どもがクラスに多い時には、ジヤンケンのルールを覚えるのがおくれるということです。つまり、いつも自分のだす手が絶対に勝つ──おとながいつも負けてやる──と信じている子ども同士が集まるので、どうしてもじょうずにジャンケンができないというわけです。

 ではこうした友だちづき合いのへたな子どもにたいして、どう援助したらよいか考えてみましょう。まず第一に、子どもにだけ友だちづき合いをすすめるのでなく、子どもが入園したり入学したばあい、新しい友だちのおとな同士が、まず仲良くつきあうようにすることが必要です。こうしたおとなの態度、心がまえが子どもにつたわり、よい意味での勇気づけになると思います。

 そしてつぎに、おとなからみて少しどうかと思われる子どもであっても、積極的に一緒に遊ばせることです。そうすれば、子どもの社交性が広がることになりましょう。乱暴な子どもだから、変な子どもだからとおとながブレーキばかりかけていると、つい子どもはどんな友だちとも積極的に遊び、そこでいろんなことを学びとる勇気を失う結果になります。

 なお細かいことですが、子どもたちが友だちをつくるやり方は、それぞれ流儀のようなものがあります。ですから性急に、友だちのつくり方のあるやり方を模倣させようとすることも、子どもを友だちぎらいに追いこみます。できるだけその子ども流の友だちづき合いを見つけだし尊重しながら、友だちづき合いを広げていけるようにしたいものです。
(近藤・好永・橋本・天野「子どものしつけ百話」新日本新書 p146-147)

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◎「自分でも心をうちあけてつきあえるような友だちや恋人がほしい、心から尊敬できる先生に出会いたい」と