学習通信070903
◎患者さんとともにいたい、働きたいと

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青年に希望を
組合員排除の一方で請負を大募集
日亜は合意守れ

 偽装請負の是正と、告発したJMIU(全日本金属情報機器労組)組合員らの雇用安定を約束した日亜化学(徳島県阿南市)が、その合意を守らず、組合員を職場から全員排除しておきながら、請負会社に多数の求人募集をさせていることがわかりました。

 JMIU日亜化学分会の島本誠代表(34)らは二十日、約束通りに仕事を保障させるよう徳島県に要請。応対した県の担当者は、日亜化学の姿勢について「考えられない」とのべました。

 日亜化学は昨年十一月、労働者の告発を受け、県のあっせんで、JMIUとの間で偽装請負の是正や労働者を直接雇用するまでの雇用の安定を約束していました。

 ところが、日亜化学は昨年十二月以降、偽装請負を告発した全組合員らの職場を廃止して失職させた上、直接雇用のための採用選考でも選別し、不採用にしました。

 組合は直接雇用される間の仕事の打ち切りは合意に反するとして、仕事の確保を要求。日亜化学は今年四月、市内にある三工場を対象に「仕事を手配する」と、県を通じて回答しましたが、約束を守っていません。

 その一方で、日亜化学は請負会社を通じて労働者を大募集。求人情報誌の最新号では、三社の請負会社が「急募 大増員」などの大広告を打ち、募集をかけています。

 また合意した直接雇用は、ごく一部にとどめ、組合員は全員排除しながら、四月に二百五十五人を新卒採用しています。

 島本さんは「日亜化学は直接雇用などの合意を何一つ守らず、その後の約束も守らない。日亜化学の行為は社会的に許されず、引き続き責任を追及し、合意を実行させるまでたたかっていきたい」と話しています。
(「赤旗」20070822)

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 十二月になった。
 病院を取り巻く松林に、うっすら雪が積もった早朝、看護婦の大西チエ子は、いつものように白衣で、かつて担当の南一号病棟を回っていた。

 「仕事をさせよ」の就労闘争は粘り強く続けられていたものの、争議団が病棟や看護婦詰所に入るのさえ、いよいよ、むずかしくなっていた。

 それでも大西は、同僚の看護婦から、どんなにこれ見よがしの排除があってもケロッとして、天真爛漫な笑顔で病棟に行く。

 そんな天性ともいえる明るさを持つ大西を心待ちにして、心和ませている患者も多いのだった。

 大西を待ちかまえて「尿を捨ててほしい」「昨夜から熱が出て、風邪を引いたようだ」などと訴えも多く、重症患者の息苦しそうな様子には、痰をとってやったり、結構忙しい。

 交代勤務の看護婦たちが詰所にやってくる少し前だった。
 チエ子は、ひとわたりの作業を済ませて詰所で一人で体温計を消毒していると、男たちが突然、なだれ込んできた。
 ハッとするのと、先頭の男がチエ子を指差し叫ぶのが同時だった。
 「こいつや、このアカ犬を、放り出せ!」
 言うが早いか、数人の男たちはチエ子に飛びかかってきて、腕や腰をワシづかみにしようとした。
 「何するんですか、人を呼びますよ」
 チエ子は言うが早いか、振りほどいて身構えた。
 「呼んでみい、誰も来ンワイ。いつまでも病院に、ウロウロさらしやがって。出て行け、この、アマが!」
 「黙れ。私は看護婦、ここは私の職場よ」

 チエ子は、事態を飲み込んだ。
 奥歯をかみ締めて、負けるものかと息をつめた。
 「何、寝言をぬかすか、くそ、生意気な。さあ、早よ、放り出してしまえ」
 この男たちは、今度は、病院当局が組織した、現場労働者だった。
 差し向けた当局は、新組合では間尺に合わない、事務方では手ぬるいと判断したのか、問答無用の強硬手段である。
 男たちは口数少なくして、いっそう力を入れ、チエ子につかみかかった。
 振り払おうとするチエ子の手を、ねじ伏せようとした男の腕に花瓶の花があたって弾き飛ばされ、壷が大きな音を立て床に飛び散った。
 なおも飛びかかろうとする男に、チエ子は傍にあった治療台にある消毒綿の器材を投げつけた。一瞬、男が避けようとした隙に男のひじがガラス戸に当たり、ガラスが大きな音を立てて砕けた。
 チエ子はとっさに、屈んで机の脚にしがみつき、あらん限りの力を振り絞って、ギャーッと叫び声をあげた。
 「しぶとい女や……」
 一人の男が、白衣の胸元の右側をつかみ、もう一人の男が左側をつかんで同時に引っ張った。白衣のボタンがひきちぎれて破れ、胸元がはだけた。しかし、チエ子は机の脚にしがみつく手を離さなかった。
 「ギャーッツ!」

 すさまじい悲鳴が、再び病棟にこだました。
 患者が群れをなしてドッと飛び出してきたが、戸口近くの男が叫んだ。
 「お前ら患者に関係ない。怪我しとなかったら、近づくな! わかったか」
 部屋に入れないではみ出していた男が、廊下で患者を近づけないよう、見張る体制をとった。
 「こいつは女やと、手加減はいらんわ。クッソなまいきなドタフクや、もっともっと思い知らしたれ」
 先頭に立つ男が、抵抗するチエ子を憎にくしげににらんで、他の男らを鼓舞した。

 タケ子は、ちょうど本館から病棟につながる廊下に差し掛かったとき、速足の十数人の男がただならぬ気配で、荒々しく南病棟に駆け込んでいくのが見えた。
 アレッ、何か変だ、足を速めているうちに、南一号棟の詰所あたりからすさまじい女の叫び声と、物が倒れるような音がした。
 タケ子は、全速力で走った。
 「どいて、どいて、とおして!」
 叫びながら現場にたどり着くと、大西が身体を伏せて机の脚にしがみつき、数人の男がその事務机を、廊下へ引きずるようにして持ち出すところだった。

 大西は、両腕を抱え込むようにしがみついて、白衣の裾が太ももの上までめくれ上がり、下着さえ見えたまま、引きずられていた。もう声さえ上げられず、うめいていた。
 「あんたら、何するの!」
 タケ子は、十数人の男を怒鳴り上げた。
 男たちがタケ子の大声に一瞬振り向き、机を引きずっていた手が緩んだ。その隙に一人の男が、チエ子の足首をつかんで引っ張っていたのが垣間見えた。
 間髪をいれず、タケ子は猛烈な勢いで、その男に突進した。
 夕ケ子に体当たりをされた男がよろめいて、ひるんだ一瞬、タケ子はチエ子を抱き起こした。

 廊下のど真ん中、夕ケ子はチエ子を抱きかかえながら仁王立ちで、叫んだ。
 「あんたら、このざまは何や!
 これが、昨日までの仲間にすることか! 親も、子も、妻もある人間のすることか! あんたらも、赤い血の通うた人間やろ、どうなんや!」
 タケ子が一わたりねめつけると、その視線を避ける男がいた。

 顔を見られまいと、そむけた男も何人かいた。
 そのうち一人は、なんと、つい数日前のこと、看護婦宿舎に、タケ子を訪ねてやってきた男ではないか。
 もう、深夜といえる時間だったが、高熱で苦しんでいる赤ん坊を抱きかかえて、「沓脱先生! 沓脱先生! お願いします」と玄関先で叫んだ。
 タケ子が、驚いて出て行くと、
 「先生、こられた義理でないのに、わきまえなしにやってきて、すみません。せやけど、せやけど、どうか、この子を助けてください。お願いします」
 男はそういって頭を下げた。
 抱きかかえている子は、いかにも苦しそうな呼吸をしている。
 タケ子は、即座に元主任看護婦の西野に診察の用意を指示し、子どもを丁寧に診て、応急の措置をした。
 男は、何度も礼を言って、子どもを抱きかかえ帰って行った。
 タケ子と看護婦は、「お大事にね」と、それを見送ったのだ。

 背を向けた別の男は、一年半ほど前に、看護婦との恋愛で親を説得できないで悩んでいたので、それならばと見かねて親に話をつけてやった、青年だった。
 当局に組織されたこの男たちの中に、組合の活動を通じて、交流と信頼関係のある男たちも数人いて、タケ子と顔を合わせることができないまま、惟悴(しょうすい)の表情で、沈黙していた。

 先頭で指揮していた現業のリーダーは、そんな空気を振り払うように、タケ子の前にやって来た。
 威嚇するように肩を怒らせ、おもむろに言う。
 「おい、邪魔せんといてくれるか。業務命令や。邪魔しよると、あんたも、このアマとおんなじや。そくって、放り出すぞ」
 そう言えば、タケ子がひるむとでも思ったのであろうか。
 「黙りなさい。あんた、業務命令だと言ったね。裏切り者! あんたは、そう言って粋がっているつもりやろうが、ここにいるみんなはついこないだまで、同じ釜のメシを分けおうた、働く仲間ですよ」
 タケ子はこの男に、面と向き合った。
 「当局の命令か何か知らんが、それに参って魂まで売ってしまうとは、恥ずかしいことやな。あんたも、病院に働いてる人間やったら、こんなに、机にしがみついてまでも、患者さんとともにいたい、働きたいという気持ちが、わからんわけはないでしょう。あんたは、人の魂、思いやりの心まで、売ってしまったのか」

 タケ子は「あんたは」と言うとき、男がタケ子から目を離すことができないような鋭さで、男に迫る。
 男は「なにい……」と、気色ばむが、タケ子の目の鋭さに気圧されているのか目が泳ぐのが解る。
 男はなお、いきり立とうとしたため、タケ子は、もう一度ハタと、相手を見据え、
 「あんたはッ……」
と言って、一呼吸置いて続けた。
 「きょうのことを、よく、覚えておきなさい」

 チエ子は、引きずられる時に顔を切って、血を流していた。
 白衣は、破れて裂けたままぶら下がり、胸のボタンも引きちぎられてはだけている。ストッキングはズタズタに破れ、割れたガラスで傷ついたのだろう、太ももからも血が流れていた。
 チエ子をいとおしげに抱きかかえて、タケ子は黙ってその場を去った。
 そのとき病棟の方で、患者たちが、拍手を始めた。
 静まりかえった病棟に、タケ子たちが去った後も、拍手だけが、ずっと鳴りやまず、続いていたという。

 タケ子は、このときの大西チエ子の姿を胸に刻んで、折に触れては思い出した。
 「女性というものの強さを、私は大西さんから教えられた」
 何十年たっても、親しい人間に、そう言い続けた。
(稲光宏子「タケ子」新日本出版社 p240-246)

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◎「合意した直接雇用は、ごく一部にとどめ、組合員は全員排除しながら、四月に二百五十五人を新卒採用」と