学習通信071011
◎若者に押し付けられた「自己責任論」……

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 今、この国では「自己責任」を過剰にとることが美徳とされ、何か条件つきでしか存在を許されないようなことになっている。生きる価値がある人間とない人間とが、日々無情にも選別され続けている。そんな風潮に、彼らは、当たり前に異議を唱えている。

役立たずだって貧乏だって、ニートだってフリーターだってホームレスだって、生きてたっていいじゃん。存在していいじゃん。条件満たしてる必要なんてないじゃん。っていうか、社会に目を向ければ問題がたくさんあるじゃん。そっちを責めずに個人を責めたって、みんな心を病むばっかじやん。

 この視点は、今の日本から急速に失われつつある。

(「雨宮処凜の「オールニートニッポン」祥伝社新書 p250)

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特集◆日本の貧困と生存権

「苦しいのはあなたのせいじゃない」声をあげ姶めた若者たち

 特集「日本の貧困と生存権」では、日本社会で進む貧困問題を、実態と背景から分析し、解決の方途をさぐってみたい。ここでは、非正規・派遣労働、フリーター、そして正規社員にも広がる労働条件の悪化と貧困の連鎖に対して、取り組みを始めた若者たちを紹介する。(編集部)

 年昇給一円、ありえない

 ここに『青年お仕事実態黒書A』というタイトルのB4判、26ページの印刷物がある。神奈川県内の若者たちに労働条件、職場への不満などのアンケートを調査し、街頭での直接の聞き取りと、返信用封筒で寄せられた回答をまとめたもの。そこには正規・非正規問わず、悲惨な労働条件についての不満、意見が訴えられている。

●契約社員をなくし、正社員にしてほしい。新しい人が来るたび、何度も同じことを教えなければならず、自分は残業になったりする(31歳・女性・正社員)

●私の夫は45歳、勤続19年で、手取り18万はひど過ぎます。帰宅は毎日10時すぎ。正社員でこれです。ワーキングプアとはこのことです。

●アルバイトで七時間働いていますが、月収が10〜12万ぐらい。先が不安でたまりません(35歳・男性・アルバイト)

●給与明細をもらって数字を見ても満足がいまいち。昇給が年一円はありえない(24歳・女性・派遣)

●自宅に仕事を持ち帰らないといけない。家でも仕事で時間がない。辞表を出しても、受理されない(26歳・男性 正社員)

●給料が少ない。結婚後のことを考えるとかなり厳しい(26歳・女性・契約社員)

「難民化」する若者たち

 この調査に取り組んだのは神奈川県の日本民主青年同盟のメンバーたち。これまで、街頭での「おかえりなさい宣伝」など、のべ一〇〇回余りの取り組みを通じ、五〇〇枚のアンケートが集まった。「話は知っていたけれど、直に声を聞いて、今の深刻さが分かった」と同県委員会委員長の山田花さんは言う。

 正規社員でも状況は悲惨。「残業で家に帰れず、週六日ネットカフェに泊まっている」という声が、システム・エンジニア、テレビ製作会社といった職種で聞かれた。

 また寝場所と仕事を求め、難民化≠ニ呼ばれる実態も目の当たりにした。大きな荷物を引っ張りながら歩いていた若いカップルに声をかけた。彼女の方は家庭内虐待もあり、家を出た。夜はファミレスで明かしたが、何日も通っていると分かると追い出される。だから夜は荷物をコインロッカーに預けて、ファミレスを転々とする。それもロッカー代がなくなり、行くところに窮してしまったと言うので、その日は、民青の仲間の部屋に泊まってもらった。その後、二人からは寮付アルバイトを探し当て、新潟、栃木へと移動しながら働いているというメールが届いた。

 「びっくりしたのは、家を出て交通費もなく、ネットカフエなどを泊まり歩き、これから四国や九州へ徒歩で行く途中だという若い人に、何人か出会ったことです」(山田さん)。

 それに対し政治や行政の対応はどうだろう。「お金がなくて、生活保護は受けられないかと福祉事務所で相談したら、サラ金に行きなさいと言われた」という話も。これでは彼らをさらにどん底に追い込んでいくばかりだ。

 「反貧困」でつながる

 この六、七月、「もうガマンできない! 広がる貧困」を掲げて、「反貧困ネットワーク(準備会)」により、集会、企画やキャンペーンが集中的に取り組まれている。六月六日の記者会見では、サラ金問題、母子家庭、無年金障害者の団体組織や、生活保護・ホームレスを支援する弁護士グループなどが活動報告をした。準備会の一人、湯浅誠さん(自立サポートセンター・もやい事務局長)は、今回の取り組みの意味についてこう述べた。

 「各団体は、それぞれの分野で限定的な活動をやってきましたが、社会的には広く目を向けられていません。社会から貧困が隠されているわけです。そこで多くの組織がネットワークでつながり、様々な社会問題の背景には貧困があることをアピールし、貧困を社会で見えるように可視化≠ウせていきたい」。

 では若い世代に広がる貧困は、どうしたら若者たちにとって「見える」ようになるだろうか。

 「反貧困ネットワーク」に名前を連ねる今野晴貴さん(一橋大学大学院生)は、NPO法人「Posse」の代表を務める。フリーターや学生など若者が、バイトや仕事のトラブル相談を中心に「働くこと」に関する問題をとりあげ、交流、学ぶ場を企画している。昨年一〇月に結成し、現在会員は一三〇人。

 「昨年、学生アンケートをやりましたが、バイトの優先順位が一位、あるいは二位という人が六割です。身近でも、兄弟や友だちの中に、フリーターの人が必ず何人かいます。今、働く上でのトラブルは、今の若い人たちには、すごくリアルな問題なんですよ」(今野さん)。東京・下北沢のマンションの一室の事務所には、メンバーたちが集まり、企画の打ち合わせやフリーペーパーの編集発行に当たる。

 弁護士を講師に招き、仕事上の相談に乗る企画、「JOB’s(ジョブズ)サプリ」は、地元のカフェを借切り、参加者が話やすい雰囲気を心がけている。講師が一方向的に「講義」するのではなく、グループ別で気軽に質問、意見を出し合い、弁護士さんは各テーブルを回って、アドバイスを行う。この企画は三〇人ほどの参加で毎回好評だ。

 Posseでは「自己診断シート 知ってる? バイトするあなたの権利」という冊子を発行した。残業、労働時間、有給休暇、解雇などで、自分の働き方が労働基準違反かどうか、チェックできる。一方で、昨年行ったアンケートでは、「労働基準法を知っている」と六割以上が回答したにもかかわらず、労働時問が「八時問以上」であっても問題と意識しない人も多い。実際、法律を知っているのと、それを企業に守らせるのとでは、大きな距離がある。「電話で数日分のバイト代未払いの相談を受けたので、すぐに会社と交渉をして払わせたケースもありました。とくに労働法違反にさらされている若者が、企業の法律違反を指摘していくことが大事です」。今野さんは強調する。

 「自己責任論」を超えて

 現在蔓延する不当な働かされ方をただす上で、若者に押し付けられた「自己責任論」が一つの壁だと言えるだろう。

 先の山田さんが「お仕事実態調査」をしながら、この「自己責任論」によく突き当たったと言う。「すごい長時間労働でも、『自分で選んだ職だから』とか『うちの業界は当たり前だから』という受け止めが出てくる。不満はあっても自分が悪い、現実は変わらない、と考えてしまうんですね」。

 そんな声には、アンケート用紙の裏側にプリントした、牛井「すき家」で労組をつくり、団体交渉で解雇撤回をかちとった例を紹介した。店舗改装を理由に解雇された青年六人が、首都圏青年ユニオンに加入し、団体交渉の結果、解雇を撤回、不当な残業代計算を是正させ、過去二年分の未払い分の支払いをさせた。

 今回の神奈川県内の「実態調査」を通じて、解雇を告げられた青年からの相談が寄せられ、すぐに地域の労働組合が会社と交渉、撤回させるという例も生まれた。

 「自己責任論で考えてる人に、苦しいのはあなたのせいじやない、と分かってもらうためにも、問題の根本にある政治、社会の責任、そして、いっしょに取り組めば解決できることを知ってほしい」(山田さん)。

 「自己責任論」にみられる社会の若者バッシング≠払拭したいという点では、今野さんも同じだ。「労働運動にしても、生活保護の問題にしても、やっばり若者には接点がないし、ハードルが高い。僕たちのNPOが、労働組合や、弁護士さんなどと連携していくことで、解決の情報を提供していきたい。同時に、そうしたネットワークを広げる中で、新しい若者文化を発信していくというのが目標です」。

 深刻化する雇用間題と貧困の連鎖。その打開のカギの一つは、若者の新しいパワーの発揮かもしれない。
(月刊「経済」2007 8月号 新日本出版社 p25-27)

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◎「深刻化する雇用間題と貧困の連鎖……打開のカギの一つは、若者の新しいパワーの発揮かもしれない」と。