学習通信071102
◎住宅確保のさらなる市場化……

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住居にたいする欲求の充足は、その他のすべての欲求の充足をはかる尺度となるであろ。
(エンゲルス著「イギリスにおける労働者階級の状態 上」新日本出版社 p109)

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深刻化する居住の貧困、
公営住宅の拡充・強化こそ
 坂庭国晴(国民の住まいを守る全国連終会代表幹事)

「ネットカフェ難民」と
新たなホームレス

 懸命に働いてもアパート代さえ払えずインターネットカフェで寝泊りする「日雇い派遣」で働く若者たち──「ネット力フェ難民」の間題が国会で取り上げられ(3月15日参院厚生労働委員会で日本共産党・小池晃議員が質間)、大きな社会的反響を呼んでいる。今年に入って、テレビのドキュメンタリー番組やニュースでも取り上げられ、インターネットのブログなどでも意見が交換されている。たとえば、「日本はいくら格差が進んだとはいっても、他の国々に比べれば衣食住で困ることはなく、経済的には豊かな国だと思っていたが、その考えがくつがえったし、同時にホームレスという概念についても考えが改まった」などの意見が出されている。

 そのホームレスの実態について、全国調査の結果が厚生労働省から最近公表された(4月6日付)。今年一月現在のもので、それによれば全国のホームレスの人は1万8564人で、03年調査の2万5296人から減少している、というものであった。この調査は各地方公共団体のカウント調査を単純集計したもので、各地のホ一ムレス支援団体からは実際は1・5倍以上となるといわれている。

 わが国のホームレスの定義(厚労省)は「都市公園、河川、道路、駅舎、その他の施設を故なく起居の場所として日常生活を営んでいる者」であり、「ネットカフエ難民」といわれる青年は含まれていない。しかし、「その他の施設に故なく起居して」いるのであり、明らかに「ホームレス」に該当している。このような新たなホームレスの実態を国の責任で追加調査し、対応を行うべきである。

 このホ一ムレス全国調査のアンケートでの「行政への要望、意見」で最も多かったのは、当然のことであるが「住居関連」で45・1%であった。「経済的には豊かな国である」日本で、ホームレスやネットカフエ難民の人々がなぜ生み出されるのか、暮らしの基盤、生活の基礎である住宅が経済的・社会的弱者の人たちになぜ保障されないのか、そこには所得階層別、格差付きのわが国の住宅政策が横たわっている。最近の住宅政策と住宅事情の断面から問題を追及する。

政策転換になった「住生活基本法」

 わが国のとくに戦後の住宅政策は、所得の高い者は豪華で良質な住宅に住み、所得の低い者は貧しい住宅に甘んじるしかない、という所得階層別の政策が貫徹されてきた。一戸建持ち家、分譲マンション、公団・公社賃貸住宅、民間賃貸住宅、公営住宅と住宅種別も階層別に区分され、また格差がつけられてきた。

その意味でわが国の住宅は格差社会が反映する仕組みがあり、また差別と分断が持ち込まれ、いわば支配の道具としても機能してきたといえる。

それは、人間生活・暮らしの基盤として、所得の多寡や地位に関係なく、すべての人に適切な住宅を保障するという、国際社会では常識となっている「住宅人権」の理念とは、ほど遠いものであった。

 こうした政策は41年前にスタートした「住宅建設計画法」と「住宅建設五カ年計画」などによって具体化され今日に至っている。そして、今日の格差社会と貧困の拡がり、さらに、居住の貧困が一段と深刻化するなかで、住宅政策の転換と改悪が行われているのである。

 06年6月、「住生活の安定の確保及び向上の促進」を掲げた「住生活基本法」が国会で成立し、公布・施行された。この基本法は「住宅建設計画法」に代わるもので、筆者はこの法案の国会審議(6月1日参院国土交通委員会)に参考人の一人として出席し、意見陳述を行った。その冒頭で次のように述べた。「国民の居住の権利を明確にしない限り、国や地方公共団体の本当の責務、すなわち、責任と義務は明確にならない。人間にふさわしい住居に住むことは基本的な権利であることを確認してこそ、住宅政策は生きたものになるのです」。

 しかし、私たちの意見は取り入れられず、住宅政策の転換をはかる新法は可決・成立されたのである。こうした点で、「住宅政策は生きたものにはなっていない」ところから出発し、その転換は国民の住宅保障とは大きく異なる方向となっている。それは、この基本法第一条の目的の最後は「国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」と結ばれ、「経済の発展への寄与」を特別に位置づけており、経済政策、住宅市場重視のものであると理解することができる。

 このように見ると、「住生活基本法」は住居に関する基本法とはいえず、理念なき「住宅経済法」、ないし「住宅市場計画法」というべきものである。ちなみに、この新法の当初のネーミングは「住生活基本計画法」というものであった。「住宅建設計画法」と同様に「計画法」であることに実体があり、それは、次の「住生活基本計画」によって示されるのである。

さらなる市場化、自助努力を
求める政府の「全国計画」

 「住生活基本法」第三章(第15条─第20条)に「住生活基本計画」が規定されている。この基本計画は、政府による「全国計画」と都道府県による「都道府県計画」の二本立てとなっている。第15条の(全国計画)は、「政府は、国民の住生活の安定の確保及び向上の促進に関する基本的な計画を定めなければならない」と謳っている。文言では誰もが異存なく、この計画により国民一人ひとりの住生活の安定が確保される、と受け止めても不思議ではない。本当にそうなのかは、この全国計画の「基本的な方針」を見ると、見事に裏切られることが判明する。

 それは、「豊かな住生活は、市場において、一人ひとりが自ら努力することを通じて実現されることを基本とすべきである。このため、国及び地方公共団体の役割は、市場が円滑かつ適切に機能するための環境を整備するとともに、市場の誘導・補完を行うことにある」というのである。住宅確保のさらなる市場化、国民の自助努力・自己責任、国と地方公共団体はもっぱら市場の手助けを行え、というわけである。住宅の公的責任の入り込む余地がないほどである。

 わが国の住宅市場は民間活力だけでは成り立たない事情がある。その詳論は割愛するが、だからこそ、公共住宅が必要であったし、これからも必要なのである。世帯向け、ファミリー向けの賃貸住宅、また若者を含めた単身用住宅、そして低所得者、高齢者、障害者に対する住宅など、これまで公的な住宅が担ってきたのである。それは市場に委ねていては供給され得ないので、公共住宅がその役割を果たしているのである。

つまり、現実の住宅市場を成り立たせるためには、公的機関の関与や手助けが必要とされるのであり、都市公団の改変(都市再生機構)、住宅金融公庫の改変(住宅金融支援機構)による民間大企業支援は、その具体的現われであり、公団(都市機構)住宅、住宅供給公社住宅の民営化の策動がその後に続き、公的機関の変質が相次いで行われようとしている。

 住生活基本計画の「全国計画」は昨年九月、閣議決定された。内容的には一三の成果指標が10ヵ年計画で示されている。「新耐震基準適合率」「リフォーム実施率」「重点密集市街地の整備率」「新築住宅の住宅性能表示実施率」「既存住宅の流通シェア率」「最低居住面積水準未満率」などである。「住生活の安定の確保」に欠かせない「住居費負担率」などは全く盛り込まれていない。国民の住生活の最大の要素であり、関心事である「住居費」について、政府は一貫して逃げを打ち、政策として取り上げない大問題がある。その一方、先の成果指標は一見して分かるように、住宅市場の環境整備、誘導・補完が主なものであり、住宅供給側の指標に偏しているのである。

 「全国計画」のいま一つの特徴は、「住宅セーフティネット」に関わるものである。「住宅困窮者が多様化する中で、住生活の分野において憲法15条の趣旨が具体化されるよう、公平かつ的確な住宅セーフティネットの確保を図っていくことが求められている」と述べている。憲法25条の趣旨の具体化は、案にはなかったもので、私たち住まい連の意見などによって追加・補強されたものである。この「住宅セーフティネット」の柱が「公営住宅の供給」であるが、政府はこの供給の責任を回避し、都道府県計画に委ねてしまったのである。

新規公営住宅供給が皆無である
「都道府県計画」

 この「都道府県計画」は、「全国計画に即して、当該都道府県の区域内における住民の住生活の安定の確保及び向上の促進に関する基本的な計画を定める」(基本法第一七条)とされている。すなわち「全国計画」を下敷きにして計画を定めるもので、ほとんど先の13の成果指標などの都道府県版が掲げられている(素案や案の段階で)。「都道府県計画」は今年三月末までの策定が予定されていたもので、拙稿執筆の時点では策定の最終確認は出来ていないので、案の段階(今年1月〜2月)での検討、分析となる。したがって、各「都道府県計画」の具体的な評価は別の機会に譲らざるをえない。ここでは、「都道府県計画」でオリジナリティーが出てくる「当該都道府県の区域内の公営住宅の供給」に絞って、検討、評価していく。「住宅セーフティネット」の中心としての公営住宅は、前述のように政府は政策や目標を定めず、都道府県計画に投げてしまったものである。

 「都道府県計画」の中で、04年度の公営住宅の応募倍率が10倍(全国平均は9・7倍)を超えている代表的な五都府県の公営住宅供給(10年間の目標量)の実体を簡単に分析してみる。
 〔数字は、@「都道府県計画」での公営住宅供給目標量と(年間平均供給戸数)、A公営住宅応募者数(04年度)と募集倍率、B公営住宅の空家募集戸数(04年度)〕

●東京都 @11万3000戸(1万1300戸)、A24万4806世帯(28・5倍)、B8600戸

●神奈川県 @5万戸(5000戸)、A7万2139世帯(14・3倍)、B5042戸

●大阪府 @12万6000戸(1万2600戸)、A12万7367世帯(13・2倍)、B9619戸

●京都府 @1万8000戸(1800戸)、A1万6163世帯(11・1倍)、B1455戸

●福岡県 @5万2000戸(5200戸)、A5万4633世帯(11・4倍)、B1592戸

 これらの数字から次のことが明らかになってくる。供給目標の大半を占めるのは、既存公営住宅の空家募集の戸数であること(@の年間戸数÷B)。東京76・1%、神奈川101%、大阪76・3%、京都80・8%、福岡92%、であり、目標の八割(以上)は既存の公営住宅でまかなおうというものである。その目標は現在の公営住宅応募者に十分対応できるのか(@÷A)。東京46・1%、神奈川69・3%、大阪98・9%、京都111%、福岡95・2%であり、10年間かかっても応募者をカバーできるのは京都府だけで、東京都は半分以下しか対応できない目標となっている。

 結局、「都道府県計画」で示されている公営住宅供給は、既存住宅の空家募集に頼るもの(そのため入居収入基準を大幅に引き下げ、入居者を追い出し、空家を強引に増やす改悪が予定されている)であり、また若干の不足分は建て替えで補おうとするもので、新規の公営住宅建設は皆無といえるものとなっている。

 全国の公営住宅応募者は03年度には100万世帯を突破している。格差社会と貧困の拡がりの中で公営住宅を求める国民は急増し、99年度からの5年間に30万世帯も増加している。その一方、公営住宅建設は05年度までの住宅建設5ヵ年計画によって26万戸(増改築含む)の建設が決められていたが、実績は半数以下(未だ公表されていない)となっていて、新規の建設はまったくない状態が続いている。公営住宅の募集戸数も全国で97年度には21万戸あったものが、04年度には約10万戸に半減している。こうして、国民の住まいに対する要求や期待を裏切る政策や施策が展開され、「都道府県計画」もまたこうした流れに沿うものになろうとしている。

住まいを守り、豊かにしていく
ために

 しかしながら、政府の「全国計画」では前述のように「憲法二五条の趣旨の具体化」が明記され、また、「地方公共団体は、常にその区域内の住宅事情に留意し、低額所得者の住宅不足を緩和するため必要があると認めるときは、公営住宅の供給を行わなければならない」(公営住宅法と同趣旨)と定めているのである。

そして、全国計画での「公営住宅の供給の目標量の設定の考え方」では、@多様な住宅困窮者の居住の状況、家賃等の市場の状況等の住宅事情を分析し、A公的な支援により居住の安定を図るべき世帯の数を的確に把握(注・公営住宅不足数は全国で176万戸であることが国会で答弁されている)すること、Bそのうえで、当該世帯の居住の安定の確保のために必要な公営住宅の目標量を設定すること、Cまた、他の公的賃貸住宅の活用を図ること、とする、必要な根拠や考え方も示されている。これらは都道府県計画の供給目標の設定では見えてこない。

 抜本的な政策転換(居住の権利、公共住宅重視、住居基準、家賃補助制度、住民参加等の実現)をめざしつつ、当面の運動は、切実な住宅要求を土台に、住生活基本法や住生活基本計画の一定の積極面の実施を迫る(現状は基本法や全国計画の掲げる中身さえ空洞化され、施策の乖離が甚だしい)点検と取り組みを、都道府県段階での公営住宅計画の見直しを中心に推し進めていく必要がある。

 国民の住まいを守る全国連絡会(住まい連・住宅の住み手とつくり手の15団体で構成)は、「国民の住まいを守り豊かにする『住居法』の提言」を策定し、その実現をめざし、国会内外で運動を展開している。今年六月二日には「公共住宅の危機と国民の住まい(仮題)」のシンポジウムを東京で開催するほか、「住生活基本計画対策協議会」を形成し、「都道府県計画」に対する取り組み、運動を進める計画である。
(さかにわ・くにはる)
(月刊「前衛」〇七年六月号 日本共産党中央委員会理論政治誌 p146-150)

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◎「人間にふさわしい住居に住むことは基本的な権利であることを確認してこそ、住宅政策は生きたものに」と。