学習通信080201
◎国民の健康を無視する社会……

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 八〇年代以降、新自由主義の流れが主流になるにつれて、アメリカの公的医療も徐々に縮小されていった。公的医療がふくらむほど、大企業の負担する保険料が増えるからだ。そのため政府は「自己責任」という言葉の下に国民の自己負担率を拡大させ、「自由診療」という保険外診療を増やしていった。

 自己負担が増えて医療費が家計を圧迫し始めると、民間の医療保険に入る国民が増えていき、保険会社の市場は拡大して利益は上昇していく。保険外診療範囲が拡大したことで製薬会社や医療機器の会社も儲かり始め、医療改革は大企業を潤わせ経済を活性化するという政府の目的にそっていたかのようにみえた。

 だが、国民の「いのち」に対しての国の責任範囲を縮少し、「民間」に運営させることは、取り返しのつかない「医療格差」を生み出していったのだった。

 世界一高い医療費で破産する中間層

 「この国にはかつて、国民が自由主義を誇りにしていた時代がある。私の父親もそうでした。医者もトラックの運転手も同じ給料の共産主義国キューバにはない未来をつかめる感触、誰もに与えられるアメリカン・ドリームという名のチャンスを求めてこの国にやってきたんです」
 父親の代にキューバから亡命してきたホセ・カブレラは言う。
 「けれどふたを開けてみると、そんなものは幻想でした。恩恵を受けるのは一部の富裕層のみ、そしてそれはその他大勢の国民の苦しみの上に成り立っているんです」

 ホセの弟は一歳の時、医療保険がないため医者にかかれず疫病で死んだ。
 その時彼の母親は、それまで決して口にしなかったことを夫に向かって言ったという。
 「もしもこれがキューバだったら、あの子は助かったわね」

 アメリカの乳児死亡率は年間平均一〇〇〇人に六・三人という先進国で最も高い割合だ(日本は三・九人)。だがもしこれが、全国民が医療と教育を無料で受けられるキューバと同じ制度であったなら、はるかに多くの子どもを救うことができるだろう。

 アメリカでは、政府が大企業を擁護する規制緩和および福祉削減政策に切り替えてから、普通に働く中間層の人々が次々に破産するようになった。

 二〇〇五年の統計では、全破産件数二〇八万件のうち企業破産はわずか四万件に過ぎず、残り二〇四万件は個人破産、その原因の半数以上があまりに高額の医療費の負担だった。

 ごく普通の電気会社に技師として勤めていたホセも二〇〇五年に破産宣告をされた一人だ。

 「原因は医療費です。二〇〇五年の初めに急性虫垂炎で人院して手術を受けました。たった一日人院しただけなのに郵送されて来た請求書は一万二〇〇〇ドル(一三二万円)。会社の保険ではとてもカバーし切れなくてクレジットカードで払っていくうちに、妻の出産と重なってあっという間に借金が膨れ上がったんです」

 たとえば日本の医療費と比較すると、日本では盲腸の手術代の保険点数は二〇〇七年一二月現在六四二〇点(六万四二〇〇円)だ。平均人院日数×最高レベルのサービスを受けたとしても一日にかかる人院費は差額ベッド代を除いて一二〇〇点(一万二〇〇〇円)であり、四、五日入院しても合計で三〇万円を超えることはまずない。

◎盲腸手術人院の都市別総費用ランキング
順位 都市名 平均費用 平均人院日数
一 ニューヨーク   二四三万円 一日
ニ ロサンゼルス   一九四万円 一日
三 サンフランシスコ 一九三万円 一日
四 ボストン     一六九万円 一日
五 香港       一五二万円 四日
六 ロンドン     一一四万円  五日

 ホセの住むマンハッタン地区の医療費は特に同区外の二〜三倍は高く、一般の初診料は一五〇ドルから三〇〇ドル、専門医を受診した場合は二〇〇〜五〇〇ドル、さらに人院すると部屋代だけで一口約二〇〇〇〜三〇〇〇ドルかかる。

 アメリカの国民一人当たりの平均医療費負担額は、国民皆保険制度のある他の先進国と比較して約二・五倍高く、二〇〇三年度のデータでは一人当たり年間五六三五ドルになる。

 民間の医療保険に加人してもカバーされる範囲はかなり限定的で、一旦医者にかかると借金漬けになる例が非常に多い。

 二〇〇五年にハーバード大学で行われた調査結果によると、病気になり医療費が払いきれずに自己破産した人のほとんどが中流階級の医療保険加入者だという。破産する前のホセのヶースでは彼自身と彼の妻、それに三人の子どもをカバーするための保険の掛け金は年間九〇八六ドルだった。

 二〇〇四年の医療保険の掛け金は前年より全米平均一一・二%アップで四年連純二桁台上昇している。このため医療保険の加入を維持できなくなった従業員二五人以下の会社が急増し、二〇〇六年の時点では、四人家族の掛け金は平均で年額一万一五〇〇ドルに上昇、そのため国内で保険を提供しているのは全企業のわずか六三%になってしまった。

 ホセも毎月の給料からかなりの額を天引きされていたという。
 「家族のためだから仕方ないと思っていました。この国では保険自体があるだけましですからね。ですがその結果、仕事もわずかな貯金も失いました。一体なんだったんだろうと思います。結局残ったのは膨大な請求書の山だけだなんて」

 原因は、医療保険業界における「自由競争」と、巨大資本による独占のせいだとホセは嘆く。

 全米二九四の都市のうち、その地域の保険市場の五〇%以上をたった一社が独占している都市は一六六あり、その地域で競争相手がいない保険会社は保険料をいくらでも値上げできる状態になっている。

 「ひどいのは高い掛け金だけではありません。保険会社はあれこれ理由をつけて支払いを拒否してくるんです」
 そう言うのはニュージャージー州郊外のフォートリーに住むポーラ・レーンだ。ポーラは背中の痛みがひどくなり、加人している保険会社の登録医師リストをめくり電話をかけたが、予約が取れたのは彼女の住む地域からずっと北にある専門医だった。背中が痛むため数時間のドライブはきついのだと保険会社に訴えたところ、担当者から、それなら自分で払うように言われたという。

 仕方なく放置しておいた結果、めまいなどの異常症状が次々と出始め、近くの大きな病院で診てもらったところ、今度は請求時にそんな異常症状は保険の適用外だからと保険会社から医療費の支払いを拒否された。

 ポーラは納得がいかず何度も保険会社に電話をかけ続けたが、そのうち担当者は一切電話に出なくなり、音声ガイダンスをたらい回しにされるようになった。

 「結局、保険料の請求はあきらめ、父親に借りたお金で全額自分で支払いました。医療費の家計圧迫は年々ひどくなる一方です。システムが複雑すぎてついていかれません。この件で弁護士を立てることも考えましたが、途中であきらめました。背中の痛みに加えて保険会社との連日のやり取りで、消耗しきってしまったんです」

 二〇〇六年て一月に『JAMA』誌が発表したデータによると、家族と生活している人のうち保険の掛け金を含む医療費の個人負担分が家計所得の一〇%を超えていた人数が一九九六年には一一七〇万人だったのが三〇〇三年には四八八〇万人(一九・二%)に増加している。
(堤味果「ルポ 貧困大国アメリカ」岩波新書 p64-70)

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命が切り捨てられる
「国民健康保険」崩壊の危機
柴田 英昭

国民の健康を無視する社会は
社会そのものが不健康になる

 総人口の約四割(四千七百三十八万人)が加入する国民健康保険(以下「国保」)が、悲鳴を上げている。厚労省の資料では、国保加入者の五割以上が「無職者」となっている。もともとほとんど収入がない人たちが加入している制度だ。国保に加入する世帯の平均所得は百六十八・七万円(二〇〇五年度)、一般世帯の四百六十五・八万円(〇五年度)に比べ半分以下だ。しかし保険料は、被用者等が加入する健康保険(以下「健保」)に比べかなり高額だ。国保中央会(〇五年)によると、年収三百万円(モデル世帯・家族四人)で、国保保険料は二十〜三十二万円、健保保険料は八〜十四万円、と国保の保険料がいかに高額なのかが歴然としている。

厚労省は実態の
調査していない

 しかし厚労省は、保険者(地方自治体)に二〇〇〇年四月から「特別の事情」が無く一年以上にわたり国保保険料を支払わなかった世帯から正規の保論証を取り上げ十割負担の「被保険者資格証明書(以下「資格証明書」)」発行を義務付けた。その結果、今年一月十四日発表の厚労省「二〇〇六年度国保の財政状況について=速報=」では、〇七年度に約三十四万世帯に「資格証明書」が発行されたことがわかった。

 NHKは、資格証明書発行割合が高かった三重県、広島県、福岡県など五県の救急医療を担う医療機関五百施設に緊急アンケートを行い三百八十四機関からの回答を得て、今年一月二十一日までの二年間で「資格証明書や無保険」状態で病状が悪化して亡くなった人が四十一人いたことを公表した(NHK総合「クローズアップ現代」〈一月二十一日〉で報道)。

 今日本は、一九六一年以来の「保険証一枚あればどこの病院にもいつでもかかれる」とした皆保険体制が崩壊の危機に瀕(ひん)している。この間厚労省は、資格証明書・無保険世帯の生活実態調査を一度も行っていない。それどころか、保険料を払えない者を「悪質な滞納者」として切り捨てている。全国の医療機関で、計り知れない多くの方が受診できず亡くなっていることは、たった五県の調査からも容易に推察できる。

政令を無視する
京都市のやり方

 資格証明書の発行は、国民健康保険法施行令第1条第3項(政令)に規定する「特別な事情」があるときには禁じられている。政令によれば特別の事情とは「1、世帯主がその財産につき災害を受け、又は盗難にかかったこと。2、世帯主又はその者と生計を一にする親族が病気にかかり、又は負傷したこと。3、世帯主がその事業を廃止し、又は休止したこと。4、世帯主がその事業につき著しい損失を受けたこと。5、前各号に類する事由があったこと」とされているが、政令指定都市である京都市は、特別な事情を「条例」で定めず、議会での審議を必要としない「条例施行細則」で規定している。

 〇六年六月九日から施行された「京都市国民健康保険条例施行細則第5条」では、資格証明書が発行できない「特別な理由」として以下の四点を掲げている。「(1)被保険者又は納付義務者が、その資産について災害を受け、又はその資産を盗まれたこと。(2)被保険者等がその事業又は業務を廃止し、又は休止したこと。(3)被保険者等がその事業又は業務について大きな損害を受けたこと。(4)前3号に掲げる理由に類する理由があること」とし、京都市は「病気・負傷」の項目を意図的に削除している。

 京都では、資格証明書世帯は、通常の保険証世帯に比べ医療機関にかかる回数は全国一低く二百分の一だ(全国保険医団体連合会調べ)。「病気・負傷」状態にある世帯からも正規の保険証を取り上げているのだから、医療機関にかかれるはずがない。このような政令をも無視している自治体が存在することを、厚労省はどれだけ把握しているのか。

医療受給権保障
すべての国民に

 国保法第六七条は、「保険給付を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができない」としている。この趣旨からも、資格証明書の発行や国民を無保険状態におくことは法律上疑義がある。厚労省は、即刻資格証明書発行を止め国民の医療受給権を保障すべきだ。国民の健康を無視する社会は、「社会そのものが不健康になり、亡国への道を歩む」ことになろう。

 しばた・ひであき
 一九五八年生まれ。立命館大学教授。社会保障論。著書『新しい社会保障の設牡』ほか。
(「赤旗」20080201)

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「医療立国論」へ転換を
医療にお金を使えば経済も活性化

帝京大学医学部名誉教授
大村 昭人さんの講演から

 帝京大学医学部名誉教授の大村昭人さんは政府・財界が進める医療費削減と医療への市場原理主義導入に警鐘を鳴らすとともに、「医療にお金を使えば経済も活性化する」と「医療立国論」を唱えています。講演を中心に紹介します。

市場原理主義の導入では?

 政府はいま、医療費削減を至上命題にしており、日本の医療は崩壊の危機にひんしています。その大本にあるのが1983年、当時の厚生省保険局長が打ち出した「医療費亡国論」で、「このまま租税・社会保障負担が増大すれば日本社会の活性が失われる」「近い将来医師が過剰になる」などというものでした。

 しかし現状とは大きなズレが生じています。日本の対GDP医療費はOECD30カ国のなかで22位と最低レベルです。医師は過剰どころか、OECD各国の人□当たり医師数と比べると10数万人不足で、病院の外来や病棟の閉鎖が相次ぐ深刻な状況にあります。

 政府・財界はさらに公的医療費の削減を進め、保険の利かない医療を拡大する「混合診療」を認めて医療に市場原理を導入する「改革」を計画しています。しかしこれが成功しないことは他国の例で明らかです。

米英両国を見ると……

アメリカでは

 一つは、医療を市場原理に委ねるアメリカです。全国民を対象にした国民皆保険制度のないアメリカでは、公的保険でカバーされるのは、低所得者と高齢者など、国民の約3割だけです。あとは雇用されている企業を通じるなどして民間保険に加入します。しかし零細企業などは保険加入が義務付けられていないため、被雇用者は自分で保険に加入するしかありません。

 家族加入の場合、保険料が安くても年間100万円以上かかるため保険に入れず、無保険者になる人の数は4700万人、人口の約15%にのぼります。

 またアメリカでは民間保険の力が強大です。医療内容にも口を出して医師の裁量権が奪われ、患者も自由に受診できていません。

イギリスでは

 一方、イギリスでは、サッチャー政権が80年代にとった医療費抑制策で、医療制度が根底から崩れました。給料が安い看護師の志望者が激減し、毎年2万1000人必要な新採用の約半分を外国から雇わなければ間に合わない状態となり、入院・手術は1年以上待ちが当たり前になりました。

 ブレア政権になって医療費を増やす政策に着手し、医学部定員を50%増やすなどしましたが、実効が上がっていません。

 不用意な医療費抑制、市場原理化は医療の荒廃を招きます。一度荒廃すると回復にばく大な支出や時間を要するのです。これにたいして日本は国民皆保険制度でフリーアクセスが保障され、総医療費が安いにもかかわらず、WHOの健康達成度の評価は世界―位です。国民皆保険制度は守る必要があります。

雇用創出効果も高い

 日本の政府は、医療への投資に、大きな経済効果があることに注目すべきです。

 ヨーロピアン・コミッションの05年8月のリポートによれば、EU諸国では医療への投資が経済成長率の16%から27%を占めているといいます。EU15カ国に限ると医療制度の経済効果はGDPの7%に相当し、金融の5%を上回っています。

 日本でも医療や介護といった社会保障は、経済波及効果や雇用剔出効果が高いことが明らかになっています。公共事業より、医療や介護の方が高いのです。

 高齢化社会では医療・介護分野の需要はますます大きくなるでしょう。ですから発想を転換し、医療費は国の負債でなく投資であると考えるべきです。支える財源のねん出は、必要のない公共事業をやめるなど、工夫次第で十分可能です。
(「赤旗」20080201)

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◎「自己負担が増えて医療費が家計を圧迫し始めると、民間の医療保険に入る国民が増えていき、保険会社の市場は拡大して利益は上昇していく」と。