学習通信080226
◎そこのけそこのけ軍艦が通る……

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《潮流》

小林多喜二の『蟹工船』を初めて読んだとき、息苦しくなるようなにおいの迫力に圧倒されてしまいました。十代の少年には刺激が強すぎたのかもしれません

▼船を動かす石炭と油のにおい。加工されるカニのにおい。漁夫たちの寝る「糞壷」にたちこめる体臭、汗、排せつ物の入り混じった、すえたにおい。吐いたへどから漂う、腐ったアルコール臭。汚物にまみれた死者のにおい

▼しかし、やがてそれらは中和されていきます。潮風のかおりと、権利にめざめた男たちの叫びで。最後に、生か死かをかけてたたかう人間の、気高さが浮かび上がります。「そして、彼等は、立ち上った。──もう一度!」

▼本紙の先輩記者で党の広報部長をつとめた故宮本太郎さんは、『蟹工船』を旧制高校の寮で読みました。押し入れに電気スタンドを引き即製ベッドにもぐり、人に気づかれないように。後の映画監督、今井正さんといっしょでした(『宮本太郎 遺稿と追憶』)

▼宮本さんが「いちばん心に残った」というのは、海軍の登場する場面です。漁夫たちが、日本の旗をはためかせる駆逐艦をみて興奮し、涙する。「あれだけだ。俺達の味方は」。が、彼らがストライキにたちあがると、同じ駆逐艦の水兵が武装して襲ってくる

▼漁夫の一人がいいます。「国民の味方でない帝国の軍艦、そんな理屈なんてある筈があるか!?」。二十日は多喜二の没後七十五周年でした。その前日、自衛艦の漁船への衝突事件がおこり、『蟹工船』がよみがえりました。
(「赤旗」20080221)

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《筆洗》

 ずっと考えている。漁船に衝突した海上自衛隊のイージス艦はなぜ、衝突一分前まで自動操舵(そうだ)で直進を続けたのだろう

▼太平洋の真ん中など、大海原で周囲に船がいないときに使うのが自動操舵であろう。多くの専門家が、船舶の往来が多い場所では、手動操舵に切り替えるのが常識だと口をそろえている。事故現場がまさに該当する

▼「そこのけそこのけイージス艦が通る」。民主党の鳩山由紀夫幹事長が先日の国会審議で、自動操舵のまま進むイージス艦をこう例え、「根底に官尊民卑の発想があるのでは」と追及している。小林一茶の<雀(すずめ)の子そこのけそこのけ御馬が通る>をまねたのだろう

▼作家の司馬遼太郎さんが生前、よく書いたり話していたという終戦直前の体験が頭に浮かぶ。戦車隊の一員として栃木県内に駐屯し、本土決戦のときは街道を南下して敵を迎え撃つ指令を受けていた。だが東京などから避難してくる人たちで、街道はあふれかねない

▼司馬さんは部隊にやってきた大本営参謀に、「交通整理はちゃんとあるんですか」と質問した。ぎょっとした顔で考え込んだ揚げ句の答えは「ひき殺していけ」だったという(『朝日ジャーナル』での対談)。戦争の本質を端的に表している「そこのけそこのけ戦車が通る」である

▼今回の「そこのけ」でも、衝突原因の解明や組織などの見直しと同時に、自衛隊員の意識にもっと着目したい。「そこのけ」意識は本当にないのか。戦前と同じとは思わないが、共通性がまったくないとは言い切れない、深刻な事態に見える。
(「東京」20080226)

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《主張》

イージス艦衝突
回避義務の違反は免れない

 十九日午前四時七分、千葉県南房総市の野島崎から四十キロ沖合で、海上自衛隊の最新鋭イージス艦「あたご」(七、七〇〇トン)が、千葉県勝浦市の新勝浦市漁業協同組合所属のマグロはえ縄漁船「清徳丸」(七・三トン)と衝突し、沈没させました。

 「清徳丸」の船体は二つに割れ、乗っていた船主の吉清治夫さんと長男の哲大さんが行方不明です。政府・防衛省は二人の捜索・救助に全力をあげるとともに、なぜ海上レーダーを備え、見張りも立てていたイージス艦が漁船に衝突したのか、その原因を徹底究明すべきです。

発見できたはず
 「清徳丸」が二つに割れ、「あたご」の船首部分に傷がついていることから、事故は「あたご」が、勝浦市の川津漁港から三宅島・八丈島方向に南下していた「清徳丸」に、真横から衝突して起きたと見られます。衝突原因が、ハワイ沖でミサイル防衛装備の試験を終え、横須賀港(神奈川県)に向かって北上していた「あたご」にあると見られるのは確実です。

 問題は、「あたご」が「清徳丸」を早期に発見する機能を備え、衝突を回避することができたにもかかわらず、なぜ事故を起こしたのかです。

 「あたご」が装備している海上レーダーは暗闇でも遠方にいる船を発見できます。見張り員も複数立っています。町村信孝官房長官は、イージス艦は漁船の存在に気付かないものかという質問にたいして、「そんなことはない。レーダーで海上に電波を流しながら当然調べている。右舷、左舷にそれぞれ見張りもいる」と明言しています。

 海上衝突予防法は夜間航行する船舶に「法定灯火」を義務付けています。「あたご」は大型艦であり、乗組員は高いところから見張っています。暗闇のなかで「法定灯火」をつけて航行する「清徳丸」を見つけられないはずはありません。見張っている以上、「あたご」は「清徳丸」を把握していたと見るのが自然です。

 にもかかわらずどうして「あたご」は衝突を回避しなかったのか。海自には民間船舶を発見しながら衝突を引き起こした前歴があります。

 一九八八年七月、横須賀港東部海域で、浮上して航行していた潜水艦「なだしお」は、遊漁船「第一富士丸」に衝突して沈没させ、三十人を死亡させる事故をひきおこしました。高等海難審判庁は、「なだしお」の「第一富士丸に対する動静監視が十分でな」かったこととともに、「衝突を避ける措置をとらなかった」「接近してからの操艦号令が確実に伝達されず右転の措置が遅れた」と認定しました。遊漁船がいることを知りながら、早くから衝突の回避措置をとらなかったことが事故の原因だったのです。

 今回の衝突ではこうしたことはなかったのか。過去の惨劇を自衛隊が教訓にしているのか疑問をいだかずにはおれません。何らかの理由で早期に衝突回避措置をとらなかったのではないのか。「あたご」から海上保安庁への事故の報告が発生から十五分後になったのはなぜかなどの問題を含め、政府と海上保安庁は、事故原因を徹底究明すべきです。

問われる軍事優先
 事故現場は、毎日一千隻以上の船が往来する東京湾の出入り口に近く、漁船も伊豆七島などとの往来でこみあうところです。万一そうしたところで、「そこのけそこのけ軍艦が通る」といった軍事優先の論理で通行したとすればそれこそ問題です。

 国民と民間船舶の安全を最優先する立場からの解明が求められます。
(「赤旗」20080220)

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──大本営参謀に、「交通整理はちゃんとあるんですか」と質問……ぎょっとした顔で考え込んだ揚げ句の答えは「ひき殺していけ」……戦争の本質を端的に表している「そこのけそこのけ戦車が通る」──