学習通信080402
◎One Opinion, the Other Opinion……
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メディア時報 テレビ
NHK会長選出をめぐる迷走
沢木啓三(ジャーナリスト)
二〇〇七年十二月二十五日、NHKの経営委員会は橋本元・NHK会長の後任として福地茂雄・アサヒビール相談役を選出した。さまざまな不祥事が明らかになってから三年以上にわたってNHKは迷走を続けているようにみえるが、新会長選出にあたってもその混乱ぶりばかりが目に付いた。今回は、まさに異例ずくめ≠フ展開だったNHK会長選出をめぐる問題点について検証したい。
政治的介入・古森経営委員長の選任
異例ずくめ≠フ発端は、〇七年五月に朝日新聞が、新しいNHK経営委員長に富士フイルムホールディング社長の古森重隆氏が、安倍晋三首相と菅義偉総務大臣(いずれも当時)の会談で内定した、と報じたことだった。NHK経営委員会の委員長は、経営委員の互選によって決めることが放送法で規定されている(第十五条)。だから、当時はまだ経営委員ですらなかった古森氏が委員長に内定する、ということ自体が放送法の規定を無視した事態であり、しかもそれが現職の首相と総務大臣の会談で決まったということは、報道機関としての独立を保障すべきNHKに対する不当な政治的介人にほかならなかった。
はたして報道のとおり、古森氏は同年六月に経営委員に任命され、同時に委員長に就任した。新任の経営委員が委員長に就任したのは極めて異例の事態だったわけだが、「古森経営委員長内定」をスクープした朝日新聞をはじめ新聞・テレビなどマスメディアの報道で、この人事が放送法の規定から見て問題があることを指摘したものは見られなかった。
古森経営委員長はNHKの改革が手ぬるいとして、橋本会長以下執行部との対立色を鮮明に打ち出した。その極め付きは、本欄でもかつて記したように、執行部が提出した五ヵ年経営計画案の全否定・却下であった。さらに古森委員長と一部の経営委員は執行部に対して発議・提案権を主張したこともあった。
そして昨年十月、経営委員会に「ステアリングチーム」が設置され、古森経営委員長、多賀谷一照委員長代行、岩崎芳史委員、小林英明委員の四人がそのメンバーとなった。これは「執行部が新経営計画を作成する際の前提として十分に検討すべき重要検討事項を洗い出し、望ましいレベルを明らかにして、その結果を経営委員会に報告する」(古森委員長の記者説明)ためのチームで、この報告に基づいて経営委員会が重要検討事項を示し、それを受けて執行部が新しい経営計画を策定する、という運びになるという。経営委員会が強力なリーダーシップを持ってNHK改革をリードして行くという意思の表れとも言えるが、それが一部の委員の恣意に左右されてしまうということになると、また別の重大な問題を抱えることになる。
ほぼ同じころから、古森委員長周辺で、橋本会長を再任せず、新たな会長を選出しようという動きが顕著になってきた。橋本会長は、前任の海老沢勝二氏が一連の不祥事の責任を取る形で任期中に辞任したことを受けて急きょ会長に就任した経緯があったが、とくに不祥事を起こしたり、問題発言を行ったりしたわけでもない会長が一期三年で退任するというのも、NHK歴代会長の中では異例の事態であった。
密室でおこなわれた会長選考
そして、古森委員長以下一部の委員が指名委員会を構成して、後任会長の選出を検討することになったが、ここでの議論の内容はほとんど公開されず、いわば密室で選考が進められていった。古森委員長は記者会見や国会答弁で、次期会長について「外部の人のほうが改革しやすい」などと、NHKの外部から起用して会長に選出することを繰り返し主張したが、具体的な人名は指名委員会の席でも一切挙げようとしなかった。
そんな中で、また異例の事態が発生した。経営委員会の菅原明子委員、保ゆかり委員の二名が十二月十九日に記者会見を開いて、次期NHK会長選出をめぐる古森委員長のやり方を批判したのだ。経営委員が公の場で委員長への不満を述べたことも、過去に例がない。二人は会見で「威圧的で、議論を封殺する」「新会長について、NHKの内部から起用するのか、外部からかという議論のスタートがそもそもおかしく、人物本位で選ぶベきだと意見を述べたが、聞き入れられなかった」などと語り、古森委員長の強引で一方的な議事運営を厳しく批判していた。これに対して古森委員長は「少数意見にも配慮しており、一方的な運営はしていない」旨の反論をしていた。
最終的に、前述のとおり福地茂雄氏が会長に選出されたわけだが、福地氏の名前は指名委員会で議論されたことは一度もなく、古森委員長は最後まで福地氏の名前を明かさなかった。古森委員長批判の記者会見を行った菅原、保の両委員は別の候補を挙げて反対票を投じたが、残る十人が賛成し、採決されたのだった。
このようなやり方についてはさまざまな反対・疑問の声が上がった。中でも目を引いたのが、NHK会長の諮問機関として設置され、二〇〇六年六月に提言を出した「デジタル時代のNHK懇談会」の座長を務めた辻井重男・情報セキュリティ大学院大学学長や座長代行の長谷部恭男東大教授、作家の吉岡忍氏、音好宏上智大教授ら有志十人が十二月二十四日、NHK経営委員会に「視聴者への説明責任を果たし、選任過程の透明化を図るべきだ」などとする要望書を提出したことだった。記者会見した吉岡氏は「公開されている議事録をよく読んでも選考過程がわからず、委員長らが提起したことへの追認機関みたいになっている」と鋭く批判、議事録の公開や視聴者に対するわかりやすい説明を求めた。
私たちの受信料で運営されているNHKのトップが、このように不透明な過程で選出されたことに対して批判が集中するのは当然と言えよう。福地氏も古森氏もともに九州出身で交友関係にあり、そうした「お友だち」を選んだことも各紙の社説などで批判の対象になった。
市民らが候補者を推薦も
一方で、注目すべき異例の事態≠烽った。メディア研究者、ジャーナリスト、市民ら有志が連名でNHK会長候補者を推薦し、経営委員会に対して申し入れを行ったことだ。候補者は、ジャーナリストで元共同通信編集主幹、「放送と青少年に関する委員会」委員長なども務めた原寿雄さんと、現職のNHK副会長(当時)であった永井多恵子さんの二人だ。有志は「NHK会長の選出基準を、第一義的に放送のジャーナリズムと文化的役割について高い識見を持ち、言論・報道機関の長として、自主・自立の姿勢を貫ける人物かどうかに置くべきだと考えます」(経営委員会への申し入れ文書より)として、会長の選考基準についても一定の見解を明らかにした。
これには有識者・文化人らも賛同署名を寄せ、なかでも川口幹夫・元NHK会長や藤井潔・クリエイティブネクサス会長など、NHKの名だたるOBも名を連ねていたことが注目される。しかし、残念ながらこうした訴えはまったく黙殺され、会長選考過程に影響を及ぼすことができなかったのは前述のとおりだ。イギリスや韓国などでは、公共放送のトップ選出に際して公募制や推薦制が実施されている。それらと比較すると、日本のNHKの会長選出過程は過剰な秘密主義に害されているように見える。
制度的な問題を考えると、NHK会長は理事の人事権を一手に握るなど強力な権限を持っているが、経営委員会の承認がなければ経営計画や予算の執行ができない。ちょうど経営委員会が会長に対するチェック・アンド・バランスの役割を果たして、「ワンマン会長」が登場した場合の歯止めになっている。
ところが経営委員会は、NHKの「最高意思決定機関」であり、それゆえか、制度的には委員会の活動を規制できるような仕組みは用意されていない。昨年末に成立した改正放送法では、修正審議によって経営委員会が番組編集へ介人することを禁止する条項が新設されたが、番組以外の事柄について、もし仮に経営委員会が勝手に暴走≠オはじめたら、ブレーキをかける法規制が存在しないのが現状だと言えよう。
そういう意味では、経営委員会のあり方について歯止めをかけられるのは視聴者・市民しかいないと言うこともできる。実際に行動を起こして何らかの影響を及ぼすのは確かに困難ではあるが、私たちは今後ますます、経営委員会を含め公共放送NHKの行方をしっかり監視していかなければならないことは間違いない。(さわき・けいぞう)
(「前衛 08年3月号」日本共産党中央委員会 p166-168)
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テレビ時評
経営委員長発言の危うさ
東京大学教授
醍醐 聰
さる三月十一日に開催されたNHK経営委員会で、国際番組基準の一部変更に関する審議が行われました。その際、経営委員長の古森重隆氏は、「国際放送では日本の国益を伝えるべきだ」と発言しました。この発言はマスコミで大きく報道され、疑問や批判が向けられています。以下、公共放送の原点に戻って今回の古森発言の危険な内容を吟味してみたいと思います。
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国策持ち込む
古森氏の発言で注意する必要があるのは次の二点です。
1、放送法が定めた編集の自由、多様な意見の反映は国内放送に限られるとみなしていること。
2、国際放送では自国政府の見解にそった国益を押し出すべきだと主張していること。
まず一つ目の論点ですが、古森氏は放送法第三条のUの第四項を引き合いに出して、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする」という定めは国内放送に課された規律であって、国際放送では「国内放送のようにいろんな意見がありますと全部並べるだけで済むわけにもいきません」と発言しています。
しかし、これは放送法の精神を身勝手に切り取る「ためにする」議論です。放送法が第一条の二項で定めた「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること」という規定は国内向けか国際向けかを問わず、放送全般を律する最高規範です。
この規範に従う限り、NHKが国際放送においても自国政府が唱える「国益」を背負うべきでないことは明らかです。現に、一九五四年三月二十日の衆議院電気通信委員会でNHK会長・古垣鉄郎氏(当時)は国際放送の編集方針について次のように発言しています。
「……それからまた放送法の中にも出ておりますように、一方の意見が出た場合には、その反対の側の意見も公正に出すようにしなければならない、そういうことも国際放送においても考えるべきでございます」
発言の中で古森氏は自分のビジネスの世界での体験とダブらせて、国際放送では日本の国益、政府の立場を押し出す覚悟が必要だとNHKに迫っています。しかし、これは国際放送を国策宣伝の手段とみなす時代錯誤の偏狭な考え方です。国際放送が諸外国の視聴者から信頼を得る最大のカギは自国の国益を背負わない、文字どおりグローバル・メディアとしての質を備えた番組を制作し発信することにあります。
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世界から信頼
この点で教訓になるのはカタールの衛星ニュース放送、アルジャジーラの報道姿勢です。アルジャジーラは米国のイラク侵攻の時、米英一極支配の報道に対抗する国際メディアとして大きな役割を果たしました。それは同テレビが「一つの意見があれば別の意見がある」(One Opinion, the Other Opinion)を社是に掲げ、侵攻された側の主張、被害の実態も積極果敢に伝えたことが世界各地で共感と信頼を得たからでした。
国際放送にも多様性、非国家性が不可欠であることを理解できない古森氏は公共放送NHKの監督機関である経営委員会の委員として不適格というほかありません。(だいごさとし=NHKを監視・激励するコミュニティ共同代表)
(「赤旗」20080331)
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テレビ・ラジオ
NHK「改革」をどうする
日本学術会議がシンポ
古森重隆経営委員長(富士フイルムホールディングス社長)、福地茂雄会長(元アサヒビール社長)のトップニ人が財界人で占めるNHK新体制が始まって2ヵ月。NHKの今後に注目が集まっています。視聴者が望むNHK「改革」はどうあるべきなのか。日本学術会議がこのほど東京で開催したシンポジウム「放送の公共性問題を考える」から、NHK再生の方向を探りました。
公共放送は権力からの独立を
シンポジウムは、公共放送としてのNHKのあり方を焦点に話し合われました。共通して出されたのは、政治との距離でした。
「NHK問題の本質は政治的権力からの独立と自律性を強化すること」と語る伊藤守・早稲田大学教授は、7年前、放送直前に番組を改ざんした「ETV2001」問題は、NHKにとって最大の危機であったと強調します。
東京高裁の判決で「政治家の意図を忖度(そんたく)した」と指摘されたにもかかわらず、NHKが政治介入はなかったとしていることに対し、伊藤さんは、「この立場を維持する限り、根本的な改革の方針が打ち出される余地はない。間違いを犯したときは、それを認め、陳謝し、失敗から進んで学ぶこと」だと話しました。
桜井均さん(NHK放送文化研究所研究員)はプロデューサー時代、アメリカ主導のグローバリズムと対抗するイスラム、中南米の潮流や、歴史ものなど時代と正対するドキュメンタリーを作ってきました。「会長が持つとされる編集権は、しばしば外部の権力の意向を内部に強圧的に押し付けてきた」と記者やディレクターに内部的自由が保障されているのかを問いかけました。
本来は、このような外部からの圧力に対して、編集の自由を守るために「防波堤の機能を果たすのが経営委員会の役割」(伊藤さん)でした。ところが現状は、古森委員長自身が、「選挙期間中の放送については、歴史ものなど微妙な政治的問題に結びつく可能性もあるため、いつも以上にご注意願いたい」(昨年9月の経営委員会)と編集の自由を踏みにじる発言をするありさまです。
3月11日の経営委員会でも古森委員長は国際放送に関し、「利害が対立する問題については、当然、日本は国益を主張すべき」だと政府の代弁機関としての役割を強要。
「NHKを事実上の国営放送にしたいのか」というシンポジウムでの原寿雄さん(ジャーナリスト)の指摘は、ますます現実味を帯びています。
社会の連帯のベルト役になれ
もう一つ、議論になったのは、ビジネスの観点からみたNHK「改革」です。「産業界からの要請を受け入れやすい経営委員会になっている」と語る音好宏・上智大学教授は、NHKに市場主義を持ち込む政府与党合意の実行装置として新経営委員会が存在していると指摘しました。原さんも、「経営委員の民主的な選出、運営をどう保障するかは急務である」と語ります。
公共放送に視聴者は何を求めるのか。伊藤さんは多元的な言論空間、権力からの独立・自律性、市民への開放性を挙げます。桜井さんは、放送法改定でNHKアーカイブスの有料配信が進行していることについて、「去年3月末でNHK所蔵アーカイブは、ニュース400万項目、61万番組ある。受信料で作られた公共財を視聴者にどう還元するか」と問題提起しました。
遠藤薫・学習院大学教授も、「ジャーナリズムは時代を映してきたものであり、過去のプロセスを常に反復し、検証する必要がある」とアーカイブの重要性を述べました。
原さんは、視聴者を文化創造のパートナーとして遇する協同性を強調。「NHKは日本の民主主義の発達、文化の向上に役立っているか」と問いかけ、「言論の多様性を守るには、市場原理を超えた公共放送の存在が不可欠。日本の文化のインフラストラクチャー(基盤)の役割を果たし、社会の連帯のベルトになるようなことをやらなければならない」と語りました。
(「赤旗」20080402)
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◎「そういう意味では、経営委員会のあり方について歯止めをかけられるのは視聴者・市民しかいないと言うこともできる」と。