学習通信080425
◎「貧困」と「肥満」は同義語になりつつある……

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 フードスタンプで暮らす人々

 貧しさの象徴である不健康な肥満は、子どもだけでなく成人の間でも深刻だ。

 「アメリカ疫病予防管理センター」が二〇〇〇年に国内の成人三〇万人を対象に行った調査によると、アメリカ国民の肥満率調査で、肥満の人が州人口に占める割合はルイジアナ、ミシシッピ、ウエスト・バージニアがそれぞれ三〇%と最も高く、コロラド、コネチカット、ハワイ、バーモントで最も低いことがわかった。

 「二〇〇五年にニューオーリンズの洪水ニュースを見た時アメリカ国民がまず驚いたのは、被災地のアフリカ系アメリカ人と肥満人口の多さでした」

 そう言うのはニューヨーク州でマイノリティの人権専門弁護士をしているマイク・ウォーレンだ。

 マイクは二〇〇五年の夏、ハリケーン・カトリーナのためにすべてを失った被災者たちの権利を擁護するために、何度もルイジアナ州に足を運んでいる。

 「あれを見て、ジムに行かずにマクドナルド・フードばかり食べるからああなるんだって言った日本人駐在員がいましたが、勘弁してくれと言いたくなりました。アメリカという国を何も知らない。もっとも、裕福な州の金持ちたちの間で同じ意見が出ていることの方がずっと怖いのですが」

 大きな被害が出たミシシッピとルイジアナはそれぞれ全米で一番目と四番目に貧しい州だ。

 「たとえばルイジアナ州では、住民の二人に一人がフードスタンプ受給者なんです」

 二〇〇六年度に全米でフードスタンプを受給したアメリカ人は二六一九万五四四九人で、二〇〇〇年から五年間に九三〇万人増加している。

 だが、これらの数字は実際にフードスタンプを必要としている人口のほんの六割に過ぎず、受給資格を持ちながらそれを知らずにいる人口が全体の四割だという。また、ちゃんとした職に就きながらも家族を食べさせられない、いわゆるワーキングプアの数も年々増加する一方だ。国勢調査局の発表によると、二〇〇六年、国内で貧困ライン以下の生活をしている国民は三六五〇万人にのぼる。

 ルイジアナ州ではハリケーン・カトリーナの前年三〇〇四年の時点ですでにフードスタンプ受給者率は六三・八%と高い。フードスタンブの支給額は無収入の四人家族で月額五一八ドル。一回の食事につき一人一ドル四〇セントだ。受給者のほとんどは家に調理器具がなかったり、キッチンそのものがないケースも少なくない。

 「フードスタンブを握り締めてスーパーマーケットに食料の買出しに行く時、一体彼らはどのコーナーに走ると思います?」

 マイクは説明する。
 「できるだけ調理器具も調味料も要らないもの、それでいて少ない予算でお腹がいっぱいになるものをと考えると、選択肢は限られてしまうのです」

 私の頭に、ジャンクフードざんまいだった公立小学校のランチ・メニューが浮かんだ。

 貧困層の受給者たちの多くは栄養に関する知識も持ち合わせておらず、とにかく生きのびるためにカロリーの高いものをフードスタンプを使って買えるだけ買う。貧困層のための無料給食ブログラムに最も高い頻度で登場する「マカロニ&チーズ」(一ドル五〇セント)を始め、お湯をかけると一分で自米ができる「ミニッツ・ライス」(九九セント)や、味の濃いスナック菓子(袋九九セント)、二か月たってもカビの生えない食パン(一斤一ドル三〇セント)などが受給者たちの買う代表的な食材だ。

 これらのインスタント食品には人口甘味料や防腐剤がたっぷりと使われており、栄養価はほとんどない。

 その結果、貧困地域を中心に、過度に栄養が不足した肥満児、肥満成人が増えていく。健康状態の悪化は、必要以上の医療費急騰や学力低下につながり、さらに貧困が進むという悪循環を生み出していく。

 二〇〇四年にニューヨークに住む映画監督モーガン・スパーロックは、自らの体を実験台とし、三〇日間マクドナルドのメニューだけを食べ続けるというドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』を撮影した。

 結果は、わずか三〇日にして体重一二キロ、体脂肪が一〇%増加、内臓機能が著しく低下したために実験の途中で三人の医者から続行不能が言い渡される。

 食生活が人体にいかに影響を与えるかをまざまざと見せつけたこの映画は、世界中のマクドナルド愛好家たちにショックを与え、ドキュメンタリー映画としては異例のヒットを記録した。

 だが肥満=偏食という単純な図の向こう側には、根深い貧困の現状が横たわっている。

 アメリカ国内の飢餓人口

 アメリカ農務省のデータによると、三〇〇五年にアメリカ国内で「飢餓状態」を経験した人口は三五一〇万人(全人口の一二%)、うちニ二七〇万人が成人(全人口の一〇・四五%)、一二四〇万人が子どもである。

 「飢餓人口」と定義されるこれらの人々の大きな特徴は、(一)六割が母子家庭である、(二)子どものいる家庭の飢餓人口数は子どものいない家庭の二倍である、(三)ヒスパニック系かアフリカ系アメリカ人が多い、(四)収人が貧困ライン以下、の四つである。

 また、彼らの三九%は何らかの職業に就いている。

 ニューヨーク州ハーレムの「プロジェクト」(低所得者用集合住宅)に、七歳と九歳の息子二人と一緒に暮らすアフリカ系アメリカ人のモニカ・デイビスにとって最も大きな問題は、いかに親子三人餓死せず生きのびるかということだ。

 夫はいない。ビルの清掃をして稼ぐ給料は月に四五〇ドルで、家賃以外の光熱費や雑費と食費を天秤にかけて悩む毎日だ。

 「フードスタンプだけではとうてい毎月の食料は確保できません。だからそれ以外に「スーブ・キッチン」(民間の慈善団体が行っている食料配給ボランティア)や教会のチャリティの列に並ぶんです。

 今これを払わないで一週間電気が止められるのと、その間ろうそくの光で暮らしながら、息子たちに一枚でも多くパンを食べさせるのとどっちがいいだろう?という具合です」

 一九七四年に始まった連邦住宅プログラムである「プロジェクト」では、一定の基準設備と基準賃料を満たす民間住宅で世帯収人の三〇%を超える家賃分を国が負担する。支援の対象は低所得世帯および六二歳以上の居住者のいる高齢者世帯と障害者世帯だ。

 プロジェクトの人居世帯の平均年収は一万八〇〇〇ドルで、モニカのような経済的に苦しいシングルマザー世帯の平均家賃は三〇〇ドルだ。

 ニューヨーク市にはこのプロジェクトが三四五か所、二六九八棟あり、現在一七万五〇〇〇家族、四三万人が暮らしている。国内最大都市であるニューヨーク市の人日八〇〇万人のうち一九人に一人はプロジェクト暮らしという計算になる。その多くはアフリカ系アメリカ人とヒスパニック系。世帯主の三三%が六二歳以上で一八%が生活保護受給者、人居者の四一%は未成年で四二%が各種年金に頼って暮らしている。

 「家賃を除くと一日に使えるお金は平均五〜七ドル。この中で生活をやりくりするから、いつも食べ物のことばかり考えています」

 アメリカ内国歳入局の発表によると、一〇〇六年度の時点でおよそ六〇〇〇万人のアメリカ国民が一日七ドル以下の収人で暮らしているという。

 「イラクや北朝鮮で非情な独裁者が国民を飢えさせていると大統領は言いますが、あなたの国の国民を飢えさせてるのは一体誰なの?と聞きたいです」

 モニカの声には怒りとやりきれなさがにじむ。

 ブッシユ政権成立の年から貧困率はさらに上昇し、第一期の四年間で増加した貧困者の数が全米で約五九〇万人にのぼる一方で、ウォールストリートのCEO(最高経営責任者)たちは五〇億円を超えるようなボーナスを、石油メジャー会社のCEOは四〇〇億円を軽く超える退職金を受け取り、格差は広がる一方だ。

 昔マンガでよく見た「腹のつき出た金持ち」というイメージが、今のアメリカ社会では急増する「腹のつき出た貧しい人々」のそれに上書きされてゆく。

 世界的な経済学者のポール・ゼイン・ピルツァーは、著書『健康ビジネスで成功を手にする方法」の中で、一二〇兆円規模の食品産業が貧困層をターゲットにいかに巨額の利益を得ているかを指摘している。加工食品のマーケティングは、肥満と栄養失調が深刻な間題である貧困国民の嗜好を研究し、彼らが好む有名人をCMに使うなどしてピンポイントで狙い打ちするという。貧しい国民ほど安価で手に入るジャンク・フードや加工食品に依存してゆくからだ。経済的弱者がそれらの産業を潤わせるアメリカで、「貧困」と「肥満」は同義語になりつつある。
(堤 未果著「ルポ 貧困大国アメリカ」岩波新書 p24-31)

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食の異変
米国 学校給食ピンチ
食材高騰 貧困層襲う
独立採算 値上げに直面

 世界的な食料の高騰は、米国の食卓も直撃しています。子どもたちが楽しみにする学校給食にも、食品価格の高騰が暗い影を落としています。

 ワシントン近郊、メリーランド州モンゴメリー郡の学校給食を長年担当してきた食品栄養サービス局のキャシー・ラゾール局長(51)は今、牛乳の値上がりに頭を悩ませています。

 給食メニューの一品として必須の牛乳は、予想を大きく超える23%の値上がり。すでに二十六万ドル(約二千六百万円)の予算オーバーになっています。

 「この赤字をどこかで補わなくてはなりません」。独立採算で運営される学校給食部門にとっては、値上げを検討しなければならない可能性が生まれています。

命綱とも■
 食品栄養サービス局は、郡内の約二百の公立学校(小、中・高校で生徒数十三万八千人)の食堂に、併設する給食センターで調理した給食を運んでいます。

 給食(朝と昼)を利用するのは、中・高校生の24%、小学生では44%に上ります。弁当を持参し、サラダなどの付け合わせや飲み物を食堂で購入する生徒もいます。給食セットは現在、一食二・五ドル(約二百五十円、小学校は二・二五ドル)となっています。

 学校給食に携わって二十一年となるラゾール局長にとっても現在の事態は「かつてない」と言います。価格高騰が「広範囲の食品におよび、さらに長期化が予測されている」からです。

 米メディアは、給食の値上げを発表する学校が全米各地で相次いでいると伝えています。

 学校給食が教育で果たす役割について、「子どもたちが学習するための環境を整えるため」だとラゾール氏。「空腹では子どもたちは学べません」。貧困問題を抱える米国にとっては、学校給食が子どもたちの命綱ともなっています。

祈るしか■
 同郡でも、生徒のなかには「学校で食べる朝と昼の給食が、食事のすべてとなっている生徒もいる」といいます。フードスタンプ(生活保護者に支給される食料切符)を受給する家庭には、無料・減額給食制度(州・連邦政府が資金援助)が用意されています。

 しかし、給食の値上げとなれば、この制度に該当しない低所得家庭の生徒の間で「給食の買い控えや、食事の栄養価の低下が懸念される」とラゾール氏は顔を曇らせます。

 子どもが多い家庭の親にとっては、すでに「給食費が高い」との声が上がっているといいます。ラゾール氏は、価格高騰が少しでも緩和されることを「祈るしかない」状況だと語りました。(ワシントン=鎌塚由美 写真も)

食料品の値上がり幅
(2006年から08年)
            (%)
小麦粉1ポンド(約500c)39
卵1ダース       63
全粒パン1ポンド    42
牛ひき肉1ポンド     8
鳥むね肉1ポンド     4
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食料品       平均17
(労働統計局の発表をもとにワシン
トンポストが整理したデータから)

(「赤旗」20080425)

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◎「インスタント食品には人口甘味料や防腐剤がたっぷりと使われており、栄養価はほとんどない……貧困地域を中心に、過度に栄養が不足した肥満児、肥満成人が増え……、健康状態の悪化は、必要以上の医療費急騰や学力低下につながり、さらに貧困が進むという悪循環を生み出していく」と。