学習通信080507
◎萎縮してしまったら……

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《潮流》

上映中止が相次いだ映画「靖国 YASUKUNI」が憲法記念日の五月三日、東京の渋谷シネ・アミューズを最初に順次、全国で公開されます。封切られる前に、これほど政治家の間で話題になった映画は珍しいでしょう

▼七年前、やはり放送前に一部の政治家の間で話題になった番組がありました。最高裁で係争中のNHK番組「問われる戦時性暴力」です。「公平公正に」という言葉で横やりを入れたのは、当時、内閣官房副長官だった安倍晋三氏でした

▼日本軍「慰安婦」の問題をとりあげた番組は、NHK幹部が安倍氏と面会した後、核心部分が削られました。NHK現場スタッフの告発で、政治介入が明らかになるまで四年の月日が流れました

▼映画「靖国」の試写を要望した自民党の稲田朋美議員も、安倍氏につながる人物でした。二〇〇五年の「郵政」選挙で、弁護士だった稲田氏に出馬を促したのは安倍氏。「表現の自由」への圧力は「靖国」派議員のDNAのようです

▼番組で消されたのは、元加害兵士の証言や「慰安婦」とされた女性の告発でした。NHKが検証番組を作らない限り、国民の「知る権利」は奪われたままです。その意味で、今回、「靖国」の上映に踏み切る映画館の出現は尊い

▼広島サロンシネマ・シネツインには二百件近くの激励が寄せられました。館主の蔵本順子さんは、「作られた映画はお客さんが見て初めて完成します。正規の配給ルートを通った作品を上映しないなら映画館の存在理由はない」。至言です。
(「赤旗」20080429)

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もの言えぬ 空気
個の意見封殺 官も民も

 法廷で、原告の蒔田直子さん(54)=京都市左京区=は訴訟の相手である国と市の主張に首をかしげた。

 「一体何をそんなに怖がってるん?」
 三年前、小泉内閣当時に企画された「タウンミーティング(TM)イン京都」の参加者抽選で故意に落選させられたとして、蒔田さんは主催した国と市に損害賠償を求めている。過去の催しでプラカードを掲げ、大声を出したのが落選理由とされるが、身に覚えはない。

 「教育に関するビラ配りや役所への意見申し入れはしたことはあるけど……なぜ?」。京都地裁での公判のたび疑問は深まる。

 抽選問題は、二〇〇六年の政府のTM調査委員会の報告で発覚した。蒔田さんの目には、主催者がTM当日のトラブルを過剰に恐れるあまり、不正な手段をとったと映る。

 「意見をはっきり言ってるだけの市民を『危険』視するなんておかしい」。二月には東京のホテルが、右翼団体の抗議による混乱を懸念して日教組への会場提供を拒んだ。「危機管理」「安全確保」の名目で集会や言論の自由を制限する空気が広がっている、と蒔田さんは感じる。

 発言を封じるのは、国や大企業だけではない。

 「もううんざり」。夜、戸籍のない子どもや婚外子を支援し、法的差別をなくす活動をしている栄井香代子さん(45)=右京区=は、開いたパソコン画面から目をそむけた。インターネットに公開している自分のブログ(日記風サイト)に「諸君は社会悪だ」「ウソをつくな」など、匿名による中傷が続々と書き込まれていた。

 栄井さんは現行制度の問題点をブログで広く議論したかった。しかし、連日十数件もの中傷に戸惑い、外部から書き込みができないようブログの設定を変えた。

 支援活動のため番号を公開していた携帯電話にも、嫌がらせや無言電話が相次いだ。三ヵ月後、落ち着いたかと思いブログの書き込みを再開した。翌日届いたコメントは「卑劣者め。長いこと書き込めないようにしやがって」。ぞっとした。

 「もう精神的に疲れ切ってしまった」と栄井さんは振り返る。顔の見えない人々からの「圧力」で、ブログは再び書き込み禁止にしたままだ。

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 意見を述べ、いろんな方法で思いを伝えることがしづらい空気が社会に漂っている。憲法二一条が保障する「表現の自由」は今、私たちの暮らしのなかでどうあるのか、憲法記念日を前に考える。


上映前「圧力」独り歩き

 「中国人が監督したこの映画は、神聖な靖国神社が市民を戦争に駆り立てたように描いている」

 四月二日、名古屋市内の喫茶店。愛知県岡崎市の塾経営の男性(53)は、映画館の支配人(46)ら二人に対し、映画「靖国 YASUKUNI」の上映を見合わせるよう抗議した。

 「反靖国の映画に税金が使われた」……。新聞や知人の話から得た抗議の理由を並べた。男性は支配人らから「靖国へ行ったことがない」と聞き、拍子抜けした。「一度参拝し、上映するかどうか考えてほしい」と訴えたが、男性も作品を見たわけではない。

 公式参拝の定着などを掲げる団体に参加している。ただ、抗議は個人の意思でした。電話で日時を約束し、ネクタイ姿で出向いた。「ざっくばらんに話し合った」と振り返る。

 一方、映画館は上映を阻止しようとしていると受け取った。靖国を肯定的に描いた作品との同時上映を提案したところ、いったん容認した男性が拒んだからだ。

 「上映をやめろ」などの電話やメールは公開前、各地の映画館にもあったが、街宣車がやって来たのは東京の一館のみ。しかし、「安心して上映できない」と、全国に先駆けて四月に公開予定だった東京と大阪の五館は上映を中止した。

 名古屋の映画館は上映を延期した。二日の抗議が引き金ではない。東京で封切られないと、集客は厳しいと判断した。嫌がらせの電話が相次ぎ客の安全も心配した。

 メディアの関心は二日の抗議に集中した。「政治団体関係者が押しかけた」などの誤報もあり、表現や言論の自由への「圧力」が独り歩きしたきらいがある。支配人は「表現法や主張の是非はみんなが映画を見てから議論できる。何とか上映したい」と漏らした。

 「矛先が違う」。京都シネマ(京都市下京区)の神谷雅子代表(51)は一連の騒ぎに違和感がぬぐえない。国会議員の求めに端を発し、文化庁を介して試写会が開かれた。「自由な表現に介入する事前検閲に等しい行為では?」と思った。

 終戦記念日の境内の映像は新鮮だった。問題提起を含んだ作品だと思った。二月の時点で上映を決めた。

 「一つの見方しか許さない映画を作った時代の怖さをこの国は経験している」。神谷代表はいつもと変わらず観客を迎える準備を進めている。

 「自由に見たい映画を見られることが大事なんです」


ビラ配り有罪に圧迫感

 イラクの平和問題に取り組む市民グループ代表の川島実穂さん(37)=京都市西京区=は四月二十三日夜、中京区の図書館前でビラを配った。現地の最新映像などを上映する行事の案内だ。

 手渡す時、図書館の敷地に立ち入らないよう神経を使った。十日ほど前の新聞記事が念頭にあった。「反戦ビラ配布有罪確定」との見出しに、川島さんは「なんで……」と言葉を失った。自衛隊官舎にビラを配った市民団体のメンバーに、住居侵入罪が確定した。

 人ごとではない。四年前にメンバーが逮捕された当時、自分も自衛隊官舎に、イラクヘの自衛隊派遣反対を訴えるビラを配った。

 最近では、マンションの集合ポストに、「ビラお断り」との掲示が増えた。川島さんは「ビラをまくこと自体がよくない、という空気が社会全体に広がっている」と感じる。

 大学生と話していて、「大学内のビラまきは許可がないとできない」と言葉が返ってきた。「禁止されてるので仕方がない、と思考が止まり、意見や情報を伝えることを萎縮してしまったら怖い」と考える。

 マンションにビラを配布して逮捕され、東京高裁で有罪判決
を受けて上告した真宗大谷派僧侶荒川庸生さん(60)=東京都葛飾区=が四月二十五日夜、京都市を訪れた。中京区で弁護士や市民が「言論・表現の自由」をテーマに開いた集会で、こう訴えた。

 「ビラの配布を禁じることは、表現の自由を奪うだけでない。住民の『知る権利』を害し、情報を遮断することにつながる」

 同じ日の昼、北区の立命館大で、三年の女子学生(20)が「貧困」をテーマに他大学の学生と開く学習会の案内ビラを配った。

 職員の姿を見かけると、いったん配るのをやめる。公認団体でない、有志の学生が敷地内で自主的にビラを配ることは禁じられている。

 学習会を開くのは、大学で現代社会の課題について学び、福祉サークルで活動することと重なる。

 「幅広い人と出会い、語り合うきっかけにしたい」。そんな思いを込めて、ビラを手渡している。

 「びくびくしないで、本当は胸をはって配りたいんです」
 (この連載は、社会報道部の秋元太一、松下亜樹子、勝聡子、松浦吉剛、新里健が担当しました)
(「京都新聞」20080501-03)

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◎「表現の自由」への圧力は「靖国」派議員のDNAのようです。