学習通信080508
◎つまり見えない天体です……

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閉じた宇宙$焉A不利になる

 ゴット、ガン、シュラム、ティンズリーの四人が、一九七四年に、開いた宇宙についてまとめた論文のしめくくりは、慎重な、科学的な作法にしたがって書がれていた。

 「宇宙の密度は、宇宙を閉じる必要量の一〇分の一にも満たないことが、さまざまな議論によって、強く示唆されている」

 だが、彼らはそのすぐあとに、宇宙の閉じている可能性がまったく論外になったのではないことをつけ加えた。

 「この推論には、落とし穴があるかもしれない。しかし、あるとしても、原初にあるか、見えないか、あるいはただの黒だろう」

 ブラックホールは、最近の天文学で最大の話題になっているが、物体が非常に強い重力場をもつと、光さえ閉じこめるという考えそのものは、そう新しいものではない。

 一七八四年、イギリスの天文学者ジョン・マイケルが、ロンドン王立協会の物理学会報に出した論文のなかで、もし星の質量が十分に大きければ、その星は出る光をみなつかまえてしまうだろうと書いた。これが最初である。

 万有引力が非常に強いと、どんなものでも、光ですらその表面から外へ逃げだすことができないのである。

 一二年後、フランスの数学者ピエール・シモン・ド・ラプラスは、マイケルの仕事をまったく知らずに、同じような考えを発表した。マイケルとラプラスの理論上のちがいは、マイケルはブラックホールになるには、太陽の四九七倍以上の大きさの星であればよいとしたのに対し、ラプラスは、二五〇倍という単純なちがいだった。

 二人は予言者としての仕事をしたわけだが、こまかな計算については、もちろん正しくなかった。二人が用いたのは、ニュートンの重力の法則であって、このほかに使える科学理論は、当時はなかったのだ。

 いま、私たちには、ブラックホールのなかや周囲にある強い重力場を表わす場合、ニュートンの法則が正確ではないことがわかっている。正しい結果を求めるなら、アインシュタインの理論を用いなくてはならない。

 マイケルやラプラスが信じていたのとは逆に、ブラックホールは巨大な星ではない。どんなに質量があっても、星の直径が大きければ、必要な強度の重力を生みだすことはできない。ブラツクホールが形成されるには、星をつくる物質がなんらかの方法で非常に小さな体積に押しつぶされなければならない。

 非常に質量の大きな星が、核燃料の供給を断たれて、つぶれるときにのみ形成される。いいかえると、ブラックホールは、自分自身の重力でつぶれた星の残骸である。
(リチャード・モリス著「宇宙の運命」講談社 BLUE BACKS p126-128)

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学問 文化
天文学の主役の座へ
ブラックホールの謎を追って

宇宙物理学者
京都大学教授
嶺重 慎さんに聞く

銀河と持ちつ持たれつの関係

 膨大な質量が狭い領域に詰め込まれた天体(宇宙空間にある物体)、ブラックホール。重力があまりにも強いため物質や光さえもそこから出られない、つまり見えない天体です。かつては理論上の産物でしたが、今や現実にあると認識され、世界の天文学者がこぞって観測しています。周囲のガスを吸い込み、そのガスを明るく輝かせたり、中心からガスを光速に近い速度で飛び出させた……。「ブラックホール無しで宇宙は語れない」という宇宙物理学者の嶺重慎・京都大学教授に聞きました。

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 嶺重さんがブラックホール天文学と出合ったのはアメリカ・テキサス大学の研究員時代です。二十年前です。

 「ブラックホールの研究を始めたころは、ブラックホールはあるかもしれないけれど、風変わりなもので、天文学の分野ではたいして重要でないという状況でしたね。変なものを調べていると。今はそうじゃない。ここ十年で研究が大きく進展し、宇宙の歴史を考える上で決して無視できない存在、天文学の主役の一つじゃないかと考えられています」

キーワード磁場
国際会議で話題

 数千億個もの星やガスなどの大集団である銀河は宇宙に数百億あるといいます。そのどの銀河の中心にも、太陽の質量の百万倍から十億倍の巨大なブラックホールがあると考えられています。最近では、その中心にあるブラックホールと銀河の関係が発見されています。

 「銀河の中心領域にあるバルジと呼ばれる部分が明るいほど、大きなブラックホールを持っているという比例関係が見つかっています。バルジは銀河の中で古い星が集まっているところで、銀河ができることにかかわっているといわれています。比例関係にあるというのは、この部分とブラックホールが持ちつ持たれつの関係にあったのかもしれないということです」

 ブラックホールはものすごく強い重力によって周辺のガスをどんどん吸い込んでいます。二つの星(片方がブラックホール)が近くでお互いのまわりを回っている連星系の場合、相手の星からブラックホールヘ落ち込むガスは、ブラックホールのまわりを回転する高温のガス円盤を形成。そこから強いX線などの光を放射します。観測されるのはブラックホールそのものでなく、ガス円盤からの光です。

 この円盤の性質を説明する標準のモデルが一九七三年に確立していますが、光の強さが時間変動するなど説明できない現象もたくさんあります。嶺重さんたちの研究の一つは、それらを統一的に説明できる新しいモデルを提唱し、シミュレーションで観測データを再現したことです。

 「ブラックホールはまわりにガスをまとって、いろいろ複雑な姿を見せてくれているんですが、キーワードは磁場なんです。太陽がいい例ですが、太陽の表面(光球)は五七〇〇度ですが、それを取り囲むコロナは十万度から数百万度の高温。コロナでは磁場がエネルギーをため込み、爆発現象を起こしてエネルギーを解放しているからです。同じことがブラックホールの円盤でも起きているのではないかということで考えたんです。三月にスウェーデンで国際会議がありましたが、理論といえば磁場の話で持ち切りでした。今や磁場を考えないと先へ進めないですね」

 底無しのブラックホールから光速に近いスビードで、円盤と垂直方向に飛び出すガスの流れ──宇宙ジェットという現象も磁場と深い関係があるといいます。

宇宙知ることは
自分を知ること

 二十年来、ブラックホールを研究している嶺重さん。「結婚式に呼ばれて(場違いにも)ブラックホールの話をする」と著書に書いています。

 「ブラックホールは奥が深いんです。『風変わりなもの』と思われていた当時、私は任期つき研究員で、いつまで研究を続けられるかわからなかった。覚えていますけど、『いつまでやれるかわからないから一番好きなことをやろう』と。その時、自分にぴったり合ったものがブラックホールでした。思う存分研究ができて、それが今につながっていることは幸せです」

 研究以外で、頭を占めているのは?

 「天文普及のバリアフリー化です。最近、視覚障害の方と付き合いが増えてきたんですが、星を見る人がどういうものを見て、どういう勉強をしているのか知りたいという希望が大きいのです。これまで天文の知識から孤立した視覚障害者に天文のねもしろさを伝えようと、点字や触図、音声版の試作品を仲間と一緒につくっているんです。力を入れたいですね」

 「よく話すことですが、宇宙の長い進化のなかで私たちの体の元も、地球という環境もはぐくまれたわけですね。宇宙を知ることは自分自身を知る、自分のルーツを知る、自分の住んでいる世界を知ることです。いろんな意味で、宇宙と自分とはつながっているんだというメッセージを伝えたい。志を同じくする人がいますから、励まし合い、励まされ合いながら一緒にやっていますよ」(三木利博)
(「赤旗」20080501)

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◎「宇宙を知ることは自分自身を知る、自分のルーツを知る、自分の住んでいる世界を知ること……いろんな意味で、宇宙と自分とはつながっているんだというメッセージを伝えたい」と。