学習通信080512
◎疑似恋愛型セクハラやプチ・セクハラ……

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職場セクハラ 変質
部下に擬似恋愛・軽口……
地位の差に配慮
女性も注意を

 セクシュアル・ハラスメント(性的嫌がらせ)が後を絶たない。昨年、改正男女雇用機会均等法で企業にセクハラの防止対策の強化が義務付けられたが、疑似恋愛など新しい形のセクハラも目立ち始めている。セクハラ問題に詳しい山田秀雄弁護士に現状と個人に求められる対処について語ってもらった。

 「取引先からセクハラを受けている」「妻子ある上司と性的関係を持ったが、セクハラだったのでは」最近、企業のセクハラ対策セミナーで講演すると、社員からこんな相談を受けることが増えた。意識の高まりで今までセクハラと見なされなかったトラブルが、表面化し始めたようだ。

 昨年施行された改正均等法では男性やパート・派遣など正社員以外へのセクハラにも配慮することを企業に義務付けた。是正指導に従わない場合、企業名を公表するなど厳しい措置も取り入れた。しかし、新たなセクハラの浮上で職場や働き手一人ひとりの対応は一段と難しくなっている。

 これまでセクハラは「強制わいせつ型」が多かった。一九九九年に当時の大阪府知事が選挙運動員の女性に告訴されたセクハラ事件(強制わいせつ罪で有罪判決)が典型的なケースだ。加害者がセクハラを認識しつつ開き直るタイプだが、こうした露骨なケースは減りつつある。

 代わって目立ち始めたのが、上司が部下の女性に恋愛感情を抱いて交際などを求める、疑似恋愛型セクハラだ。北米トヨタでの事件はその一例。社長にデートの誘いなどのセクハラを受けたとして、二〇〇六年に元秘書が一億九千万j(当時約二百十二億円)の損害賠償請求訴訟を起こし、同年和解した。

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 「功成り名を遂げた」中高年男性にこうした例は多い。ある会社の社長と秘書は二人でドライブした。行き先の公園で社長がキスを迫り、秘書が「ここではいや」と言ったため、同意したと誤解してホテルで関係した。その後、秘書は提訴。「上司との関係に波風を立てないためだった」と主張した。社長は反論したものの結局、賠償金を払った。

 部下である女性は誘いを断りにくい。そこに気付かず「自分は男性として好かれている」と勘違いする。セクハラヘの認識の甘さゆえだが、代償は大きい。

 被害者側の意識が変わり、以前ならセクハラと見なされなかった行為が告発対象になってきたことも大きい。軽い性的な冗談、デートや食事の誘いかけ、ボディータッチなど「プチ・セクハラ」の相談が目立つ。ある会社に「セクハラはとんでもないこと」と主張する社員がいた。しかしその当人が女性社員から「あの人はセクハラ体質で困る」と言われていたことも。

 疑似恋愛型セクハラやプチ・セクハラは、本人が「セクハラは違法行為」と認識しながら、「自分の行為は違う」と思っている点で共通する。加害者に「コミュニケーションが得意でもてる」と自己評価している人が多いのも特徴だ。

 実際、セクハラの加害者として相談に来る人物像も変わった。多くは物腰が柔らかく、職場での人望が厚いタイプ。七〜八年前に訴えられていた人とは明らかに異なる。つまりセクハラは職場の誰にとっても人ごとではなくなったのだ。

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 もっとも、自らのセクハラに気付かない男性がいる一方、心配するあまり、社内で異性に声をかけたり食事に誘ったりすることを控える社員ばかりになった会社もある。職場のコミュニケーションまで萎縮するのは過剰反応だろう。

 また、女性が男性に行うセクハラも今では珍しくない。ある会社では女性上司が部下の男性にわいせつなDVDを渡し「これを見て感想を言って」と命じた。女性の多い職場で男性社員が「もてないの?」「なぜ結婚しないの」などと言われ続けた例もある。

 セクハラの原因は常に男女の認識のズレにある。そして社会の意識の変化に応じセクハラも姿を変える。対策は職場の男女双方がうまく距離を取り、コミュニケーションギャップを取り払う努力を続けることしかない。「自分がされて嫌なことはしない」と念頭に置いて行動することを、改めて心がけることが大切だ。
(「日経」20080315)

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インタビュー
●派遣労働とセクハラ、いじめ

契約打ち切りの恐怖のもとで
 労働経済ジャーナリスト
 小林美希さん

 『ルポ・正社員になりたい 娘・息子の悲惨な職場』などを著し、若い非正規労働者を取材しつづける小林美希さんに話を聞きました。

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 どんなに経験やスキルのある派遣社員でも、新しい派遣先では、最初は人間関係の不安があります。派遣されたばかりの人に仕事を教えるのは、多くは中堅の男性正社員です。派遣社員は、正社員に気に入ってもらえず短期で仕事が打ち切りになるのが怖いから、否定的な言葉はなかなか言えないことが少なくありません。

 ある派遣社員の女性はそのうちに、仕事上必要だと言って携帯の番号やメールアドレスを聞かれ、仕事を教えてやると食事に誘われたり、飲みに誘われたりするようになりました。飲みに行った先で変な雰囲気になり、ホテルに誘われた。さすがにいくらなんでも断りますよね。すると、次の日には、これまで親切だった男性社員が一八〇度態度を変えて、まったくロをきいてくれなくなりました。人事担当者にも「あの子、使えない」と報告して、結局一ヵ月で契約が打ち切りになりました。

 だまして呼び出し

 ある出版社では、契約社員の女性がセクハラにあいました。がんばれば正社員になれるかもしれないと思って、世話をしてくれる正社員について取材や打ち合わせに同行してきました。ある時、夜遅くに「なかなか会えないえらい人が一緒にいる」と呼び出され、彼女がその店に着いたら「もう帰っちゃったよ」。おそらくそんな人はもともと同席していなかったんでしょう、だまして呼び出したのです。「せっかくだから飲もうか」ということになって終電がなくなる。結局ホテルに誘われて、同行してしまった。実は一度目は断ったら仕事を干されたので、二度目は断れなかったそうです。

 セクハラにはこのように性的行為の強要を含むものから、「女はいいよね」と皮肉を言うなど言葉のセクハラもあります。いずれにしても、派遣社員はセクハラのターゲットになりやすいのです。いちいち文句を言う派遣社員はすぐに契約打ち切りにできる、いくらでも代替がいる制度だからです。

 上下関係の中で

 セクハラは、パワハラ(パワーハラスメント=上司からのいやがらせ)の一種で、上下関係、力の強弱関係の中で起きます。一般的に上司・部下というだけでなく、正規と非正規ということがその関係をますますはっきりさせ、仕事の面倒をみてもらう非正規の立場はさらに弱くなります。先の例のように、派遣社員には、正社員の機嫌をそこねて契約中の仕事をきちんと全うできなかったり、契約を更新されなかったりしたら……という恐怖感があります。

 派遣先企業からすれば、派遣社員は派遣期間が短いため、もしトラブルがあってもうやむやにして済ませられるから改善せずに終わり、またくりかえすのかもしれません。

 一方、派遣会社にとっては派遣先企業はお客様なので、派遣社員からセクハラがあったと訴えられてもあいまいにしてしまうケースも多いのです。

 でも、セクハラというのは最悪の人権侵害であると同時に、会社全体にとってもデメリットは大きいのです。仕事の効率も人間関係も確実に悪くなります。たとえば終身雇用制ならば、多少難点のある人がいても、お互いにサポートしあって、職場の人間関係をつくる努力をみんなでしていきます。それを、言うことをきかない派遣は短期でほうり出す、というのでは、苦労して人間関係を築くことで働く人たちも成長し、仕事もよくなっていく、という過程を放棄してしまうことになります。

 セクハラ防止義務

 そもそも企業には、男女雇用機会均等法で職場におけるセクハラ防止のための配慮義務が規定されています。この均等法にもとづき労働省の指針も定められ、職場でのセクハラにかんする方針を就業規則などで明らかにし、従業員にその方針を知らせ、さらにセクハラにかんする相談窓口を設け、相談や苦情に適切に対応することが必要だとしています。労働者派遣法は、派遣元と派遣先双方に派遣社員にたいするセクハラ防止にかんする措置を義務づけています。でも実際には派遣社員が相談できる窓口はほとんどありません。

 派遣社員にとって行政の窓口にうったえるのはハードルが高いんですね。時間的にも行政窓口が開いている時間帯に行かれないというのもありますし、事が公になるのではないかという不安もあります。こじれて紛争になるくらいなら派遣先を変えてもらったほうが楽だという気持ちもわいてきます。

 落ち度≠探される被害者

 セクハラ問題解決のむずかしさは、女性の側がつよく言えないという点にもあります。相談窓口に行って単純に解決できればいいけれど、たとえば会社との団体交渉になったり、裁判になったりして公になると、会社側がセクハラをされた女性の落ち度を探して暴いてくる。賃金差別など誰の目にも明らかなことならともかく、男女二人の関係だからと周囲からも疑いの目で見られたりして、非常にいやな思いをすることもあり、勇気を出して訴えることがむずかしくなっています。ですから、セクハラを受けた派遣社員はほとんどが泣き寝入りしています。

 いまの二十〜三十代は、男女は平等だと教えられ、学生時代はそれで通ってきました。ところが社会に出たとたん、壁にぶつかります。採用差別に始まり、妊娠・出産による解雇、再雇用のきびしさ、さらにセクハラです。男女平等はいまの日本社会ではまだまだ実現していないのですね。

 正当な賃金保障を

 私はまず、派遣社員の賃金を上げ、同じ仕事には同じ賃金を払うシステムにすることが不可欠だと思います。いまの派遣はあまりに賃金が安く、不正にたいして発言ができません。次の仕事が紹介してもらえないとすぐに生活に困るから、派遣先・派遣元のいうがままです。女性が、派遣社員であっても一人でも生きていける賃金を保障されれば、もっと誇りをもって働くことができます。

 さらに、何がセクハラなのか、知識を得ることはとても大事です。私も以前に職場の男性がパソコンの待ち受け両面とマウスパッドに女性の下着姿の写真のものを使っていたので、不快だと言ったことがありますが、本人にはまったく相手にしてもらえませんでした。これもセクハラなのですが、はっきり言わないと、なかなか理解してもらえません。

 妊娠にかかわるいじめも少なくありません。妊娠中に派遣されたら、派遣先会社が「不良品をよこした」と派遣元に抗議したそうです。これはセクハラであり人権侵害です。企業がそうした人権侵害を許さないために、しっかりとした研修をおこない、相談窓口を設置することは不可欠です。
(「女性のひろば」08年6月号 日本共産党中央委員会 p48-51)

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◎「セクハラは、パワハラ(パワーハラスメント=上司からのいやがらせ)の一種で、上下関係、力の強弱関係の中で」と。