学習通信080513
◎ワーキングプアの子どもたちが戦争に行く……
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《潮流》
ことし一月の成人式のときです。ある会場で制服姿の自衛官が三人、入隊のすすめ付きティッシュを新成人に配っていました
▼知人が自衛官にきくと、彼らも「こんな形で宣伝するのは初めて」だったそうです。野宿者を支援する自立生活サポートセンター・もやいの事務局長、湯浅誠さんは、『反貧困』(岩波新書)に次のように書いています
▼「私のところには自衛隊の募集担当者から積極的なアプローチがある。ターゲットが〈もやい〉に相談に来るワーキング・プアの若者たちであることは明らかだ。……野宿者の中にも、少なからぬ数の自衛隊経験者がいる。戦争が好きだったわけではない。理由はただ一つ『食べていくため』だ」
▼先の連休に開かれた9条世界会議での、イラク戦争をめぐる討論会。作家の雨宮処凛さんが、湯浅さんの体験を紹介しました。応じたのは、イラクヘ行っていた元米兵エイダン・デルガドさんです。「いまアメリカに徴兵制はないが、貧困という徴兵制がある」と
▼9条世界会議に参加したアッシュ・ウールソンさんは、「貧困という徴兵制」にからめとられていた一人です。家が貧しく、大学へ進むには学費をだしてくれる軍に入る道しかありませんでした。イラクヘ。州兵だからか、装備はおんぼろ。「ただの使い捨ての兵隊だった」と気づきました
▼彼は、『イラクの現実を見て!』(憲法9条・メッセージ・プロジェクト)で語っています。「(日本の憲法の前文と九条を)僕は、すっかり暗記してるよ」
(「赤旗」20080508)
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「落ちこぼれゼロ法」という名の裏口徴兵政策
二〇〇二年春。ブッシュ政権は新しい教育改革法(「落ちこぼれゼロ法」)を打ち出した。
「アメリカでは高校中退者が年々増えており、学力テストの成績も国際的に遅れを取っている。学力の低下は国力の低下である。よってこれからは国が教育を管理する」
どうやって管理するか?
競争を導人する。
どんな競争を?
全国一斉学力テストを義務化する。ただし、学力テストの結果については教師および学校側に責任を問うものとする。良い成績を出した学校にはボーナスが出るが、悪い成績を出した学校はしかるべき処置を受ける。たとえば教師は降格か免職、学校の助成金は削減または全額カットで廃校になる。
競争システムがサービスの質を上げ、学力の向上が国力につながるという論理だ。
教育に競争が導入されたことにより教師たちは追いつめられ、結果が出せなかった者は次々に職を追われた。だが、この法律の本当の目的は別なところにあったと言われている。
「個人情報です」
そうきっぱりと言い切るのはメリーランド州にあるマクドナウ高校の教師、マリー・スタンフォードだ。
「落ちこぼれゼロ法は表向きは教育改革ですが、内容を読むとさりげなくこんな一項があるんです。全米のすべての高校は生徒の個人情報を軍のリクルーターに提出すること、もし拒否したら助成金をカットする、とね」
生徒の個人情報とは、名前、住所、親の年収および職業、市民権の有無、そして生徒の携帯電話番号だ。個人情報漏洩に非常に敏感なアメリカの学校が今までずっと守ってきたその姿勢を崩したものとは何だったのか。そう聞くとこんな答えが返ってきた。
「格差ですよ。裕福な生徒が通う高校はもちろん個人情報など出しません。それどころか校内に軍服をきて武器を携帯した兵士が出入りするのさえ「武器持ち込み禁止原則」によって禁じています。ですが貧しい地域の高校、州からの助成金だけで運営しているところは選択肢がないため、やむなく生徒の個人情報を提出することになるんです」
私の前著『報道が教えてくれないアメリカ弱者や命──なぜあの国にまだ希望があるのか』(海鳴社、二〇〇六年)に詳しく書いたが、米軍はこの膨大な高校生のリストをさらにふるいにかけて、なるべく貧しく将来の見通しが暗い生徒たちのリストに作り直す。そして七週間の営業研修を受けた軍のリクルーターたちがリストにある生徒たちの携帯に電話をかけて直接勧誘をするしくみだ。
勧誘条件は大きく分けて五つある。(一)大学の学費を国防総省が負担する、(二)好きな職種を選ぶことができ、入隊中に職業訓練も同時に受けられる、(三)信念と違うと感じた時は除隊願いを申請できる「良心的兵役拒否権」の行使が可能、(四)戦地に行きたくない場合は予備兵登録が可能、(五)入隊すれば兵士用の医療保険に入れる。
実際若者たちの入隊希望理由の八〜九割は一番目の「学費免除」だ。階級社会のアメリカで、学歴は非常に重要な意味を持つからだ。
ニュージャージー州郊外にある「ハイランドパーク高校の教師と親の会」の会長であるティナ・ウェイシャスは、この法律が貧しい高校生たちをピンポイントで狙ったものだと批判する。
「政府はちゃんとわかっているんです。貧しい地域の高校生たちがどれほど大学に行きたがっているかを。そしてまた、そういう子の親たちに選択肢がないこともね」
親が失業中であるというような情報も、各リクルーターはすべて知っているとティナはいう。息子さんの夢を親であるあなたが叶えてやれないなら軍が代わりに実現しよう、と持ちかけられ、最後のチャンスだとばかりに契約書にサインする親は多い(本人が一八歳未満の場合は親の承諾書があれば入隊契約が成立する)。
ニューヨークにある人権擁護・反戦NGO「インターナショナル・アクションセンター」のデータによると、実際に入隊後に大学の学費を受け取る兵土は全体の三五%にとどまるという。これは学費を受け取る際に前金の納付が義務付けられているためだ。額は一、二〇〇ドル(一三万二〇〇〇円)だが、貧しさから逃れようと入隊した若者たちには厳しく、仮になんとか前金を支払い学費を受け取ったとしても、除隊後に四年間の大学を卒業する兵士は一五%とさらに少なくなる。これは実際に受け取る額(平均二万ドル弱)が軍が契約の際に約束する額(最高五万ドルまで)をはるかに下回るため、四年間の学費にはとても足りないことが原因だ。高卒という学歴で得られる職には限りがあり、安い時給でアルバイトを掛け持ちしながら不足分を埋めようとする生活苦から、多くの学生が途中で断念してしまう。
学費免除に次いで多い入隊理由は、(五)の「医療保険」だ。前章で述べたように、二〇〇七年一月の時点でアメリカ国内で医療保険に加入していない国民は四七〇〇万人いるが、特に貧困地域の高校生たちはほとんどが家族そろって無保険のため、人隊すれば本人も家族も兵士用の病院で治療が受けられるという条件は非常に魅力的になる。
高校卒業と同時に入隊し、二〇〇四年の一月から八月までイラクのバクーバという町に駐屯していたニューヨーク州クイーンズ在住のマックス・バールは、帰国後悪化した倦怠感や不眠症、嘔吐などの症状を近くの軍病院に訴えた。
しかし病院側は診察の予約が取れるのは一〇か月後だと言う。仕方なく民間の病院に行くと、白血病と診断された。だが軍病院以外で受ける治療は保険でカバーされないため、そのまま民間病院で治療を受けることは経済的に不可能だった。その後マックスはさらに体調が悪化し寝たきりの生活を余儀なくされている。彼の妻が仕事を三つ掛け持ちしているが、生活費で手いっぱいでとても治療には足りない状態だという。
原因は政府の退役軍人協会対象予算の削減だ。軍人は兵役の間は国防総省の傘下にいるが、除隊後はVAと呼ばれる「退役軍人協会」が責任を持つ。VAは、除隊後の兵士の心と体のケアやカウンセリング、就職活動の世話からアパートの斡旋まで、兵士たちがスムーズに社会復帰できるための一切のブロセスを無料で提供する。
だが、二〇〇三年以降、ブッシュ政権はVAの予算を年間一億ドルずつ削減、医師、看護士、医療機器および薬の不足により国中の帰還兵専用病院が次々に閉鎖され、治療が追いつかなくなった。現在、ニューヨーク州にあるVA病院の平均予約待ち期間は一年だ。
だが、軍に生徒の個人情報を渡すこの法律に賛成する大人たちも少なからずいる。
ハイランドパーク高校の校長であるブレンダ・グッドマン(仮名)は、この法律を支持する一人だ。
「私の高校の生徒たちのほとんどは、親が失業中だったりアルコール依存症だったり若いシングルマザーだったりと、問題を抱えた家庭の子です。でもその子たちのためにどんなに胸を痛めても、私たち教師にできることはない。貧困地域の現場を知らない平和活動家たちの主張は私には綺麗事に聞こえますね。高校を卒業してもマクドナルドでハンバーガーを焼くか、ストリートのチンピラになるような将来しかない子どもたちを見たら、心ある大人は誰でも、せめて彼らに大学進学のチャンスを与えてあげたいと思うはずですよ」
国防総省の広報を務めるエレン・クレンクも、CNNのインタビューでアメリカの高校生にとってこの法律はチャンスを与えるものだと語っている。
「今まで軍のリクルーターたちは多くの高校から締め出されてきました。子どもたちが三年生になって将来の方向を決める時期になっても、他の企業のリクルーターは「就職案内」の情報を持って堂々と校内に入れるのに、軍はまるで悪者扱いでした。ですが大学進学を望む子どもたちの夢をかなえてやれない親に代わって国が手を差し伸べようというのです。この法律によって、子どもたちの将来の選択肢は大きく広がるんですよ」
ある一人の教師は、教育に導入された競争についてこんな風に語った。
「新自由主義政策を続けている政府は「落ちこぼれゼロ法案」を出した後、さらに二〇〇五年度に「低所得家庭児童向け医療保険基金」から一一億ドルを削減しました。こうして広げられた格差によって、ますます多くの子どもたちが選択肢を狭められているんです。ワーキングプアの子どもたちが戦争に行くのは、この国のためでも正義のためでもありません、彼らは政府の市場原理に基づいた弱者切捨て政策により生存権をおびやかされ、お金のためにやむなく戦地に行く道を選ばされるのです。
今この国で多くの教師たちが直面している悩みは、子どもたちに対して将来の夢を後押ししてやれないという現実です。一体誰が、子どもたちにこう言うために教師という職業を目指すというのでしょう? 「一人の人間として最低限の生活を送るための、最も確実な選択肢が軍に入隊すること」だなんて」
(堤未果著「ルポ 貧困大国アメリカ」岩波新書 p100-107)
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農村の貧しさ
「地方」と軍隊の格差
軍隊を支えていたもう一つの要因は、すでに何度も示唆してきたように、兵士の供給源である農村そのものの貧しさだった。入営兵の出身階層を全国的に示す史料は今のところ、見あたらないが、入営兵の教育程度を示す史料はいくつか存在する。例えば、一九〇〇(明治三三)年の新兵の教育程度を示した表7がそれである。読み書きがほとんどできないか全くできない者が新兵の三割をこえている現実にあらためて驚かされる。
このことは、過酷とされる軍隊生活を必ずしも苦痛に感じない兵土が、つまり、それほど日頃から激しい労働に従事している貧しい階層出身の兵士が少なからず存在していることを示唆している。
(吉田裕著「日本の軍隊」岩波新書 p102)
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◎「「貧困という徴兵制」にからめとられて」と。