学習通信080514
◎おい、地獄さ行(え)ぐんだで!……

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朝の風
改めて多喜二没後75年を考える

 小林多喜二の没後七十五年の今年、各地の記念の催しがかつてない盛り上がりを見せた。民主文学』の六月号は、民主主義文学会が主催した「多喜二の文学を語る集い」の講演を収録しているが、その中で「蟹工船」のエッセーコンテストの入賞者が登場した「青年トーク」に注目した。

 「もっといい船に乗せろ」という出演者の叫びにもあらわれているように、そこでは多喜二の作品が今日の状況と重ねて語られている。それを読んでいて、逆に多喜二が虐殺された一九三三年の状況が、今と似かよっていることを考えた。

 「ノンキナトウサン」を描いた麻生豊が、東京朝日新聞で、大学を卒業して就職口のない青年を主人公にした「人生勉強」という漫画の連載を始めるのが一九三三年の五月である。小津安二郎監督の「大学を出たけれど」の上映が一九二九年だから、インテリ層の就職の困難が長期に続いていたことがわかる。また、この年の二月の女学生の三原山火口への投身自殺をきっかけに、同所での自殺は一年間で未遂も含めて九百四十四人を数えた。最近の硫化水素自殺の続発を連想させる。

 当時は失業、凶作、戦争への不安の中で、若者の閉塞感がつのっていた。歴史は繰り返すなどと言いたいわけではない。侵略戦争へと進んだ歴史を繰り返さないために、多喜二の作品を貫く団結のメッセージの若者への広がりを期待したい。(筑)
(「赤旗」20080514)

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「蟹工船」再脚光
…格差嘆き若者共感、増刷で売り上げ5倍

 プロレタリア文学を代表する小林多喜二(1903〜1933)の「蟹工船(かにこうせん)・党生活者」(新潮文庫)が、今年に入って“古典”としては異例の2万7000部を増刷、例年の5倍の勢いで売れている。

 過酷な労働の現場を描く昭和初期の名作が、「ワーキングプア」が社会問題となる平成の若者を中心に読まれている。

 「蟹工船」は世界大恐慌のきっかけとなったニューヨーク株式市場の大暴落「暗黒の木曜日」が起きた1929年(昭和4年)に発表された小説。オホーツク海でカニをとり、缶詰に加工する船を舞台に、非人間的な労働を強いられる人々の暗たんたる生活と闘争をリアルに描いている。

 文庫は1953年に初版が刊行され、今年に入って110万部を突破。丸善丸の内本店など大手書店では「現代の『ワーキングプア』にも重なる過酷な労働環境を描いた名作が平成の『格差社会』に大復活!!」などと書かれた店頭広告を立て、平積みしている。

 多喜二没後75年の今年は、多喜二の母校・小樽商科大学などが主催した「蟹工船」読書エッセーコンテストが開催された。準大賞を受賞した派遣社員の狗又(いぬまた)ユミカさん(34)は、「『蟹工船』で登場する労働者たちは、(中略)私の兄弟たちがここにいるではないかと錯覚するほどに親しみ深い」と、自らの立場を重ね合わせる。特別奨励賞を受けた竹中聡宏(としひろ)さん(20)は「現代の日本では、蟹工船の労働者が死んでいった数以上の人々が(中略)生活難に追い込まれている」「『蟹工船』を読め。それは、現代だ」と書いている。

 また一昨年、漫画版「蟹工船」が出版され、文芸誌「すばる」が昨年7月号で特集「プロレタリア文学の逆襲」を組むなど、再評価の機運が盛り上がっている。

 新潮社によると、購読層は10代後半から40代後半までの働き盛りの年代が8割近く。同文庫編集部は「一時期は“消えていた”作品なのに」と驚きつつ、「ここまで売れるのは、今の若い人たちに新しいものとして受け入れられているのでは」と話している。
(「読売」20080502)

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今、若者にウケる「蟹工船」
貧困に負けぬ強さが魅力?

 作家小林多喜二の代表作「蟹工船」の売れ行きが好調だ。若い世代を中心に人気を呼び、コーナーを特設する書店も相次ぐ。凍える洋上で過酷なカニ漁や加工作業を強いられる男たちが、暴力的な監督に団結して立ち向かう昭和初期のプロレタリア文学。いまなぜ読まれるのか。

 東京都中野区の山口さなえさん(26)は昨年夏、「おい、地獄さ行(え)ぐんだで!」で始まる「蟹工船」を書店で見つけて読んでみた。「小説の労働者は、一緒に共通の敵に立ち向かえてうらやましい」と感じたという。

 04年に大学を卒業したが就職難。1年後に正社員の経理職を見つけ、残業代ゼロで忙しい日には15時間働いた。だが、上司に命じられた伝票の改ざんを拒むと即日解雇され、10カ月で追い出された。

 「会社の隣の席で働くのは別の派遣会社から来たライバル。私たちの世代にとっては、だれが敵かもよくわからないんです」

 「蟹工船」が発表されたのは1929(昭和4)年。小林多喜二は4年後の33年2月20日に、東京・築地警察署で拷問されて絶命した。没後75年の今年は各地で催しが開かれ、山口さんは多喜二の母校・小樽商科大(旧・小樽高商)などが募集したエッセーコンテストで今年1月、大賞に選ばれた。

 東京・JR上野駅構内の「ブックエキスプレス ディラ上野店」は多喜二の命日に先駆け、2月初めに話題書コーナーに「蟹工船」の文庫を並べた。就職氷河期で苦労した文庫担当の長谷川仁美さん(28)が「同世代の共感を呼ぶのでは」と企画した。週に100冊近く売れ、文庫売り上げのベスト3に入っている。当初は年配の男性客が多かったが、20〜30代が増えたという。

 東京・丸の内の丸善丸の内本店は3月末にコーナーを設け、これまでに約230冊売れた。

 東京・神田の三省堂神保町本店で文庫を担当する山名景子さん(29)は最近、自分でも読み返してみた。中学生のころは暗い話と思ったが、団結して状況を変えようとする男たちの明るさと強さにひかれた。「私たちならばあきらめるかも。蟹工船で働く人たちは偉いですよね」と話す。

 「蟹工船」は複数の出版社から小説や漫画版が出ている。このうち新潮社は4月、文庫の「蟹工船・党生活者」を例年より2千部多い7千部刷ったが足りず、さらに5万部増刷することにした。新潮社の担当者は「活字離れが指摘される世代がこれほど読んでくれるとは」と驚いている。(林恒樹)
(「朝日」20080513)

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ベストセラーの裏側
小林多喜二「蟹工船」

平積み・店頭広告 仕掛ける

 小林多喜二の『蟹工船』(新潮文庫『蟹工船・党生活者』・四百円)が売れている。毎年五千部は増刷する作品だが、今年の増刷分はすでに五万七千部。八十年近く前に書かれたプロレタリア文学の古典が、なぜ今読まれているのか。

 「偽装請負や所得格差が問題になるなか、労働者の過酷な現実を描いた内容に注目が集まっている」(新潮社営業部の渡辺憲司課長)というのが出版社の説明だ。この作品には、資本家に虐げられて徹底的に搾取される労働者の姿が描かれている。「現代のフリーターに状況が似ている」と指摘した作家もいるように、「格差」が喧伝される今の時代のムードに合致している面はある。

 だがそれだけではない。書店と出版社の積極的な販促が売り上げに拍車をかけている。人気の発信源となったのは東京・上野駅構内にある大型書店。この本を平積みし、パネルを設置する「仕掛け販売」を展開したところ、ランキングで七位に入る健闘を見せた。

 これを見て売れると踏んだ新潮社も本気になった。「現代の『ワーキングプア』にも重なる過酷な労働環境を描いた名作が平成の『格差社会』に大復活!!」と記した店頭販促(POP)広告を作成。今月から全国の千五百店に配布を始めた。

 ユニークなのは販促の定番である「帯」をあえて使っていないところ。初版本を再現した表紙は、朱色と黒のコントラストがおどろおどろしい。「この表紙が並ぶと異様な迫力が出る」(渡辺氏)。説明無用というわけだ。

 現代の読者は、多喜二が訴えた左翼思想よりも労働現場の悲惨な描写に目が行くだろう。時代が変われば読まれ方も変わる。作家は拷問で不慮の死を遂げたが、彼が残した小説は現代に生きる幸福な作品となった。
(「日経 夕刊」20080514)

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プロレタリア文学の名作
『蟹工船』異例の売れ行き
 ◇高橋源一郎さん雨宮処凛さんの本紙対談きっかけに

 日本のプロレタリア文学を代表する作家、小林多喜二(1903〜33年)の『蟹工船(かにこうせん)・党生活者』(新潮文庫)が、今のワーキングプア問題と絡んで異例の売れ行きを示している。今年、すでに例年の5倍を超す2万7000部を増刷した。格差社会の現実を映したような現象が、関係者の注目を集めている。【鈴木英生】

 きっかけは、今年1月9日に毎日新聞東京本社版朝刊文化面に掲載された作家の高橋源一郎さんと雨宮処凛(かりん)さんの対談。2人は「現代日本で多くの若者たちの置かれている状況が『蟹工船』の世界に通じている」と指摘。それを読んだ元フリーターの書店員が、ブームに火を付けた。
 『蟹工船』は元々、1929年に発表された。カムチャツカ沖でカニを捕り、缶詰に加工する船の労働者が、過酷な労働条件に怒り、ストライキで立ち上がる話だ。一昨年と昨年には漫画版が相次いで出版されるなど、多喜二没後75年の今年を前に流行の兆しがあった。
 対談で、雨宮さんは「『蟹工船』を読んで、今のフリーターと状況が似ていると思いました」「プロレタリア文学が今や等身大の文学になっている。蟹工船は法律の網をくぐった船で、そこで命が捨てられる」と若者たちの置かれている状況を代弁するように発言。高橋さんも「今で言う偽装請負なんだよね、あの船は」「僕は以前(略)この小説を歴史として読んだけれど、今の子は『これ、自分と同じだよ』となるんですね」と応えた。
 対談を知った東京・JR上野駅構内の書店、「BOOK EXPRSSディラ上野店」の店員、長谷川仁美さん(28)は2月に『蟹工船』を読み直し、「こんなに切実で、共感できる話だったんだ」と感じた。長谷川さんも、昨年まで3年間、フリーターだったという。
 そこで、長谷川さんは「この現状、もしや……『蟹工船』じゃないか?」などと書いたポップ(店頭ミニ広告)を作り、150冊仕入れた新潮文庫を店頭で平積みにしてみた。すると、それまで週にせいぜい1冊しか売れなかった同書が、毎週40冊以上売れ続け、多い週は100冊を超えた。平積みにしてから約2カ月半で、延べ約900冊が売れたという。
 この動きを見た新潮社も、手書き風に「若い労働者からの圧倒的な支持!」と書いたポップを数百枚印刷して全国の店に配ると、ブームが一挙に拡大した。そこで、3月に7000部、4月に2万部を増刷した。新潮社は今後、ポップをさらに1500枚印刷し、宣伝を強化する。
 新潮社では「こうした経緯で古典が爆発的に売れるケースは珍しい。内容が若い人たちの共感を呼んでいるうえ、03年の改版以来使っている、戦前の図柄を元にしたロシアフォルマリズム風の表紙も新しい読者に受けているようだ」と話している。

 ◇今の経済構造と類似
文芸評論家、川村湊さんの話

 『蟹工船』の労働者は、形式上、本人の意思で船に乗っている。だが、そこを脱する機会がない。これは、若者をフリーターから抜け出させない今の経済構造と似ている。輸出用の缶詰を作る労働者が搾取される構図も、今の世界資本主義のあり方を先取りして表現した。現代の若い読者には、この物語のような決起への呼びかけに対する潜在的な欲求があるのかもしれない。
(「毎日 夕刊」2008.05.14)

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◎「多喜二の作品を貫く団結のメッセージ……」と。